第79話 弓月の刻、トレントの森を調査する

「美味しかったね」

 「僕はちょっと胸やけが……」


 スノーさんは結局普通に食べてました。朝から肉でも問題ない人のようです。

 それだからお腹が……はっ!


 「ユアン、どうしたのかな?」

 「ナンデモアリマセンヨ?」


 変な殺気を感じた気がしましたが、きっと気のせいです。

 という訳で僕たちは湖の家へと戻っている最中です。

 もちろん、依頼は受けてきました!


 「あれだけの騒ぎだったからね」

 「対応の速さは流石ですね」


 食事が終わる頃に、依頼ボードに新たな依頼が貼られ、僕たちはそれを受ける事にしました。

 その依頼は条件が特殊で、

 Cランク以上の冒険者またはDランク以上のパーティーのみが受ける事が可能で、森の調査を目的とした依頼でした。

 

 「報酬が最低金貨1枚とはね」

 「最大がどれくらいなのでしょうね」


 持ち帰った情報に応じてギルドが判断し、報酬の上乗せをしてくれるようですね。

 

 「金貨5枚くらいはいくかもね」

 「羽振りがいいですね」

 「そうかな。湖の向こう側はトレントの森があって、下手すれば街にまで魔物が来る可能性がある訳だし、重要性を考えれば普通じゃない?」

 「確かに離れていそうで離れていませんね」


 そんな訳で依頼は取り合いになると思われましたが、実際はそうではありませんでした。


 「まぁ、毒を使う魔物がいるかもしれないからね」

 「そうですね。街に解毒薬がないとなると危険ですからね」


 最初は沢山の冒険者が興味を示しましたが、職員に危険性を説明されると引き下がる冒険者が多かったですね。

 それを聞いたうえで依頼を受けた冒険者もいましたが、安全を祈るばかりですね。

 ちなみに、募集冒険者は合計5組でしたので、複数の人が僕たちと同じように依頼を進める事になっています。

 ちょっと競争している気分になりますね。


 「戻りましたよ」

 「おかえり」

 「おかえりなさい」


 僕たちは家に戻り、家の中に、ではなく二人で仲良く釣りをしているシアさんとキアラちゃんに声をかけます。

 二人は毎日釣りをを楽しんでいるので、相当気に入っているみたいですね。

 お陰で食べきれない魚は僕の収納に入っていますので、今後の旅の食料にもなるので凄く助かります。


 「依頼あった?」

 「はい、森の調査を受けてきました」

 「わかった」

 「直ぐに支度してきますね」


 依頼の事を伝えると、二人は釣りを切り上げ家へと戻っていきます。

 その時に、魚を渡されますが、まだ生きているので収納にしまえません。

 

 「短時間で5匹も……二人とも更に上達しているのですね」

 「私には向いていない趣味だね」


 スノーさんと魚の処理をしているうちに、二人が戻ってきました。

 

 「お待たせ」

 「すみません、魚をお願いしちゃって」

 「大丈夫ですよ、食料が増えるのは僕も助かりますからね」


 さて、準備も整い、久しぶりの依頼です。

 移動しながら僕たちはシアさんとキアラちゃんにギルドでの出来事を話します。


 「毒を使う魔物ですか」

 「珍しくはないですが、原因はゴブリンの爪みたいですね」

 「聞いた事ない」

 「そうですよね」


 湖に沿って半周回れば、トレントの森へとたどり着きます。

 距離的には1時間もかからない程度ですので、トレントの森から魔物が出た場合はあっという間に街へと魔物が着いてしまいますね。


 「それよりも、湖の家が危ない」

 「そうですね、貴族が襲われたとなると問題になりますね」

 「出来ればローゼ様達の為にも、異変を確かめたい所だね」


 貴族に問題があった時、責任を問われる事になるのはローゼさん達ですからね。

 湖は街の一部ですので、領主の監督責任が発生するようです。


 「ここから先は僕の感知魔法は宛てにしないでくださいね」


 トレントの森と言われるだけあって、僕の探知魔法にはトレントと思われる赤い点が沢山表示されています。

 その中から動いている赤い点を探す事も可能ですが、非常に疲れます。


 「先頭はスノーさん、間に僕とキアラちゃんで後方にシアさんの布陣で進みましょう」


 僕の提案に異議を唱える人は居ません。

 それなりに信用されてきたのかもしれませんね。


 「進みにくいね」

 「道なき道ですからね」


 トレントの森は国境へ続く舗装された道があります。

 ですが、それはあくまで森を抜ける為の道であるため、僕たちが進む道ではありません。

 僕たちは森の調査をする為にきましたからね、道を進むよりは森の中を探索する方が異変に気がつける可能性が高いです。


 「それ、トレント」

 「これね」


 トレントを避けながら森を進みます。

 

 「これは?」

 「それは木」

 「シアさん、どうやって見極めているのですか?」

 「なんとなく」


 トレントは何らかの方法で制御されてようで、僕たちを襲う様子はありません。

 しかし、こちらから攻撃すれば別で、敵対行動と認識されたら反撃をしてくるようです。


 「シア、先頭を歩くのを代わらない?」

 「そうですね、シアさんはトレントがわかるみたいですし、そっちの方がいいかもしれませんね」

 「わかった」


 森の中は当然整備されていないので、草が多く、安全に通るためには草をかき分けながら進む事になります。

 その時に、剣で間違ってトレントを切ってしまうと危険ですからね。

 そういった判断は僕にはまだまだ疎いようで、早めに気付けるようにしなければいけませんね。


 「それにしても……」

 「トレントしかいない」


 今の所、森にこれといった異変は無し。

 トレントが居る事以外、平和な森です。本当ならトレントがいるだけで危険ですので平和と表すのは変ですけどね。


 「ちなみに、戻る道はみんな覚えていますか?」


 森の中は同じような景色が続いています。

 僕は何となく覚えてはいますが、正直なところ曖昧です。

 探知魔法を上手く使えば戻れるのは戻れますし、街の方向はわかるのですが、万が一の為にも確認は必要です。


 「たぶん平気……だと思う」

 「あっちの方だよね」

 「わかりません、いざとなったキティに誘導を頼めば……」


 誰一人正確な方向がわかる人はいませんでした。

 

 「えっと、街の方向はあっちですので、覚えておいてくださいね?」


 僕一人がわかれば問題ありませんが僕に万が一があった時の事を考え、みんなにもお願いをします。


 「わかった。太陽の位置で覚える」

 「そうですね、それで大体の方向がわかりますね」


 太陽は東から西に沈みますので、太陽の位置と時間で方向は大まかにですがわかります。

 

 「では、引き続き気を抜けずに進みましょう」


 そんなやりとりから進む事、約一時間……僕たちはようやく異変の手掛かりを見つけました。

 森の中で不自然に開けた場所に、それはありました。


 「魔法陣ですね」

 「そうですね。これって……」


 魔法陣は魔法文字により意味を持たせ、効果を発揮します。

 その魔法文字には見覚えがありました。


 「ユアン……」

 「はい、囲まれていますね」

 「背後は私が受け持つよ」

 「援護しますね」


 魔法陣の解析をしようと思った時、周囲に不穏な空気を感じ取りました。

 そして、草むらからゆっくりと魔物が姿を現し、それと同時に僕たちへと駆け出します。

 その数、ざっと20近く。


 「これが、噂のゴブリンかなっ!」


 灰色のゴブリンがスノーさんに斬りかかります。それを剣で受け止め、ゴブリンを押し返しました。


 「3連ですっ!」


 吹き飛ばされたゴブリンは仲間のゴブリンを巻き込み、地面に転がり、その隙にキアラちゃんが3発の矢を撃ちこみます。


 「見ている場合じゃないですね。シアさん、あまり離れないでくださいね」

 「努力はする」


 防御魔法を全員に付与しているとはいえ、得体のしれない魔物です。もしかしたら、思わぬ攻撃力で防御魔法を突破してくる可能性はあります。


 「シアさん、左からお願いします。僕は中央から右のゴブリンの足止めをしますので」

 「右だけでいい」


 僕たちの方には左に3体、中央に4体、右に3体のゴブリンがいます。

 シアさんは真っすぐ、中央へと切り込んでいきます。


 「援護です!」


 しかし、シアさんが狙ったのは左の3体で、シアさんが方向を転換すると同時にキアラちゃんが中央のゴブリンに矢を放ちます。

 それと同時に、僕はゴブリンの足を止める為、魔法を放ちます。


 「スターンスパーク!」

 「ユアン、助かる!」


 発射したのは2方向にです。

 僕とシアさんの方にいた右の3体とスノーさんが抑えている後方にいた3体にです。

 

 「シアさんはこっちを。キアラちゃんはスノーさんの方をお願いします」


 一応、指示を出しますが、形だけですね。

 僕に言われる前に、二人とも既に行動に移していました。

 残る中央に1匹をシアさんが倒し、そのまま右の3体を倒しました。

 そして、後方の3体をキアラちゃんが倒し、残るはスノーさんが相手をするゴブリンだけですが。


 「シアとの模擬戦に比べると簡単ね」


 こちらも問題なく倒したようですね。


 「みなさん、怪我はないですか?」

 「うん。変異種かもしれないけど、ゴブリンはゴブリン」


 3人に怪我はないようで何よりです。


 「しかし、これが変異種ね……」

 「色も変ですし、何よりも角の形が普通のゴブリンと違いますね」


 倒れたゴブリンを見た二人の感想ですね。


 「持ち帰って、ギルドに報告ですね」

 「離れる」


 僕が収納するために、ゴブリンに触れようとすると、僕はシアさんに首根っこを掴まれ、強制的にゴブリンから離されました。

 強引ですが、その理由はすぐにわかりました。


 「溶けてます?」

 「うん」


 倒したゴブリンが次々に溶けていきます。


 「こんな事って……」

 「聞いた事ない」


 スノーさんもシアさんも起きている光景に驚いていました。

 そして、キアラちゃんはそっと一言呟きました。


 「……魔族」


 戦いが終わり、静寂の中に呟かれた言葉。

 僕はその言葉に嫌な予感が浮かんだのでした。

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