第72話 弓月の刻、宿屋に向かう
依頼の報告も無事に終わり、僕たちはギルドを出て今日泊まる事となる宿屋を探す事となりました。
「宿屋は何処にあるのですか?」
「あっち」
僕はトレンティアに来るのは初めてなので、土地勘が全くありません。
なので一度来たことがあるというシアさんに任せて宿屋を目指す事になりました。
ですが、シアさんが向かう方向は街の中心の逆側です。
「シアさんこっちって……」
「うん」
シアさんは短く頷きはするものの、それ以上は答えずに歩いて行きます。
暫く歩くと既に周りに建物はなくなり、森の中の道を進む事となりました。
一応は壁に囲まれた敷地内ではありますが、街からどんどん離れた場所へと進んでいるのです。
10分ほど、歩いたでしょうか。
そこでシアさんはようやく立ち止まりました。
「着いた」
「わぁー!」
森を抜けた先に見えたのは、大きな湖でした。遠目から見た湖が、今目の前にあり、その大きさに僕は感激の声が抑える事が出来ません。
「すごいですね!」
「うん!」
シアさんが喜ぶ僕の頭を撫でてくれます。シアさんも嬉しそうですね。
「改めて見ても凄い光景だね」
「はい、驚きました」
スノーさんは以前にも見た事があるようですが、やはり感動していて、キアラちゃんも耳がピコピコ上下しているので喜んでいるのがよくわかります。
「それで、シアさん何でここに来たのですか?」
「泊まる場所がここにある」
シアさんに案内されながら湖に近づくと、何件も並んだ家屋がありました。
しかも、陸地にではなく、湖の上に立っているのです!
僕たちはその中でも一番大きい建物の中に入ります。
どうやらその大きな建物に受付があるみたいですね。
建物の中に入ると、カウンターにはお姉さんが立っていて、僕たちを出迎えてくれました。
「いらっしゃいませ、本日はお泊りでよろしいですか?」
「うん、4人」
「4名様ですね。水上タイプと陸地タイプがございますが、どちらになさいますか?」
どうやら、止まる場所は2種類あるようです。
恐らく水上タイプはさっき見た家屋だと思いますが、陸地タイプは他の何処かにあるのだと思います。
ちょっと気になりますね。
ですが、シアさんは迷わずに泊まる場所を答えました。
「水上で」
「畏まりました。当、宿屋のご利用は初めてですか?」
「私は泊った事ある」
「ありがとうございます。ですが、お連れのお客様にも説明は必要ですので、案内の者をつけさせて頂きますがよろしいですか?」
「わかった」
案内が必要なほど、注意点があるみたいですね。
シアさんが頷き返事をすると、カウンターの奥からもう一人女性が現れました。
「それと、代金は先払いになりますのでご了承ください」
そう言って提示された額は1泊金貨2枚でした。
ですが、1人金貨2枚ではなく、借りる家屋一つにつき金貨2枚らしいです
なので、1人あたり銀貨5枚の計算になりますね。
そう考えれば?……いえ、よーく考えれば、十分高いです!
だって食事は別みたいですし……。
「では、こちらにどうぞ」
ここまで来て、支払わない訳にもいかず、金貨2枚を渡し、案内のお姉さんに僕たちはついていきます。
「シア、どうしてこっちにしたの?」
「湖の上の方がみんな喜ぶ」
「まぁね。だけど、街の宿屋でも良かったんじゃない?」
聞いてはいけない事を聞いてしまいました。
「え……街にも宿屋があったのですか?」
「街に宿屋があるのは普通でしょ?そっちのが安いし」
スノーさんの言葉に僕は肩を落としそうになります。だって、わざわざ高い方にまた泊まる事になってしまったのですから。
またシアさんにやられてしまったようです。
僕は前にシアさんに注意したはずです。
必ず相談すると。
僕はシアさんの名前を呼び、シアさんに問いただそうとします。
「シアさん?」
僕がシアさんの名前を呼ぶと、シアさんは僕の方を見ずに、キアラちゃんの方へと向きました。
「キアラ、湖の上の方が嬉しい?」
「え……あ、はい。湖の上に家があるって凄いですね!」
ずるいです!
僕が怒る前にシアさんはキアラちゃんを味方につけました!
キアラちゃんが嬉しそうにしているのに怒るのに怒れません。
「むー……」
「ふふっ。ユアンは納得いっていないみたいだけど、折角旅をしているんだから、楽しんだ方がいいよ」
「でも、お金が……」
「そうだね。だけど、もしかしたら一生に一度の体験になるかもしれないし、各地を回る事ができて、稼げる冒険者の特権でもあるからね」
「ですが……」
「私は、ユアン達と此処にこれて嬉しいけど、ユアンは嬉しくない?」
「それは……嬉しいです」
「きっと、シアもキアラも同じ気持ちだよ」
スノーさんの言葉を否定する事は出来ません。
僕も既に楽しみにしてしまっていますし、スノーさんもキアラちゃんも表情が明るく、楽しみにしているのがわかります。
「そうですね、わかりました!」
お金が高いのは気になりますが、スノーさんの言った通り好きな時に来れるような場所ではありません。
それに、お金はまた稼ぐことができます。ですが、この4人で此処に来れるのは最初で最後かもしれません。
「シアさん」
「……何?」
僕が声をかけると、シアさんはびくっと身体を震わせます。
「ありがとうございます」
「怒ってない?」
シアさんは僕に怒られるよ思ったようですね。ですが、今は怒る気持ちは全くありません。
「怒ってませんよ。こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとうございます」
「うん、喜んで欲しかった」
「はい、すごく嬉しいです!」
「うん!」
「だけど、相談はしてくださいね?」
「……善処する」
今回は支払ってしまいましたが、毎回毎回、高い宿に泊まる訳には行きませんからね。
だって、10日も此処に泊まったら今回の依頼報酬が全て飛んでしまいます。
限度を守って、みんなが楽しめる、その為には相談して欲しいです。
シアさん的にはサプライズのつもりだったみたいですけど、毎回違う意味で驚かされてるのでそこも理解して貰いたいですからね。
「こちらをお使いください」
そうこうしているうちに、湖のほとりから続く桟橋を渡った先にある一軒の家に案内されました。
「えっと、ここを僕たちだけで使っていいのですか?」
「はい、問題ありません」
2階建てのその建物は1階がみんなが寛げる場所となっている他、キッチン、トイレ、お風呂があるフロアになっているようです。
そして2階には2つの部屋があり、それぞれ2つずつベッドが置いてあります。
「本当に家……ですね」
「はい、旅行で来られたご家族の方がご利用されますので」
家族といっても、貴族などお金を持っている人が利用するみたいですけどね。
もちろん冒険者も利用する人は多いようですが、お金を考えた時、あまり利用する人は少ないと思います。
実際に、ここに来てから僕たち以外の冒険者は見ていませんからね。
「食事は母屋の方でとる事が出来ますが、別途料金が発生しますのでご注意ください。また、サービスで釣り竿や餌などをご用意しておりますので良ければお楽しみください」
「わかりました」
なんと、釣った魚は自由にしていいみたいなので、上手くいけば食事代を節約できるみたいです!
しかも、料理だけではなく母屋では食材の販売をしているみたいなので自炊する事も可能なようです。
「他にご不明な点はございますか?」
「大丈夫。一度泊った事ある」
「畏まりました。ですが、一応、お客様の安全と快適に過ごして頂くために注意点をお伝えさせて頂きます。
湖の水には濃度の高い魔力が溶け込んでいますので、湖の水をあまり飲まれないようにお願いします。 魔力酔いになられる可能性がございます。
また、湖には魔物も生息していますので、深い場所で遊ばないようにお願いします。万が一があった場合には私どもでは責任がとれませんのでご注意ください」
魔力酔いは効いたことありますね。
高濃度の魔力が溢れる場所にいると、場所酔いのように気持ち悪くなる症状ですね。
湖の水を過剰摂取すると、どうやらその症状が出てしますようです。
それにしても、魔物も居るのですか。
水の中の魔物は厄介なので気をつけないといけませんね。もちろん、深い場所で泳ぐつもりはありませんけどね。
「わかりました」
「では、私は失礼します。何かお困りの事がございましたらお手数ですが母屋までお越しくださいませ」
説明も終わり、僕たちにようやく寛げる時間が訪れました。
「この後はどうする?」
「そうですね、ローゼさんに呼ばれるまでゆっくりしたいですね」
ようやく1ヶ月の旅が終わりましたからね。久しぶりのベッド……お布団……早くゴロゴロしたい気持ちがあります。
「そういえば、ローゼ様に泊まる場所伝えていないよね?」
「そういえば……そうでしたね」
ギルドを出て真っすぐ湖まで来ましたからね。
「誰か伝えに戻る?」
「「「…………」」」
みんなの表情をみればわかりますが、誰も行きたくなさそうです。
「そうだ」
キアラちゃんが思いついたように、手を叩きました。
そして、ラディくんを召喚します。
「ドウシタノ?」
「ラディ……悪いけど、街まで戻ってローゼさんに私達が此処に居ることを伝えて貰えないかな?」
「街ッテ、イマ歩イテ来タトコロヲ戻ッタ街ノコト?」
「うん、お願いできる?」
「…………ワカッタ。主ノ願イジャショウガナイ」
あー……。ラディくんも少し嫌そうですね。
ラディくんは魔鼠ですし、一歩一歩が僕たちよりも小さいですからね、僕たちよりも移動が大変な筈です。
「イッテクル」
「うん、お魚用意して待ってるね」
「ウン、楽シミニシテル。終ワッタラ連絡スル」
帰りはキアラちゃんの召喚で再度呼び戻す事が出来ますからね。
ラディくんが走っていくのを4人で見届けます。
心配の種もなくなり、ようやくゆっくりできそうと思いましたが。
「私はラディの為に釣りしてきます」
優しいキアラちゃんがそう言うと、
「なら、私も一緒に行こうかな。ラディだけに任せるのは悪いしね」
と、スノーさんが続きます。
二人がラディくんの為に頑張ると言うなら、僕たちだけがゆっくりする事は出来ませんね。
「なら、僕も手伝います」
「競争する」
そんな訳で、休む予定が釣り大会が始まる事になったのでした。
説明で釣りが出来る事を知り、実はちょっと楽しみにしていましたけどね!
僕たちは釣り竿をそれぞれ持ち、早速に外に向かう事になったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます