第73話 弓月の刻、釣りをする
向かったのはいいですが、早速問題が発生してしまいました。
「これ、どうやって使えばいいのですか?」
釣りはしたことありますが、ちゃんとした道具でする釣りは初めてで、用意してあった道具の使い方がわかりませんでした。
昔やった時は、適当な木に糸と針をつけ、切れたり折れないように糸と木を魔法で強化し、魚がかかったら引っ張り上げるやり方でした。
ですが、この道具を見た限り、違うやり方で魚を釣るみたいです。
「竿を振ると、糸が伸びる。後は、竿のボタンを押せば糸が縮む」
「それだけですか?」
「うん。特に難しい事はない。魚がかかれば竿が震えて教えてくれる」
シアさんは経験者のようですね。
まずは、お手本としてやって見せてくれます。
「ここは浅瀬だから魚があまりいない。だから中央に向かって……投げる」
シュルルルルと糸が伸び、小さな水しぶきを上げ、釣り針が着水しました。
「こんな感じ」
「わかりました」
僕たちは家の裏で釣りをしています。なんと、釣専用の場所があり、家から湖の中央に向かって伸びた桟橋で釣りが出来るのです!
ですが、桟橋の下は僕の膝くらいまでしか水がなく、深くはありません。
なので、中央に向かって釣り針を飛ばす事になります。投げ釣りと言うらしいですね。
湖は暫く浅瀬が続いたかと思うと、途中から急激に深くなっているようで、シアさんは20メートル程離れた場所に釣り針を投げ込みました。
僕も餌をつけて、見よう見まねで針を飛ばします。
うん、普通にできました。
「シア、餌はどれ?」
スノーさんも経験がないようで、僕と一緒に説明を聞いていましたが、やり方を理解したようで、シアさんに釣りの餌を求めました。
「それ」
うねうねと動く生き物をシアさんは指さしました。
「こ、これしかないの?」
「うん」
うねうねと動く生き物……それはワームです。
魔物ではない、成長すると蛾となる幼虫です。
「えっと、誰かつけてくれない?」
僕たちは大丈夫ですが、スノーさんはワームに触るのが嫌みたいで、僕たちに助けを求めます。
「私がつけてあげますね」
キアラちゃんがひょいとワームを摘み、小指の爪ほどの大きさの釣り針に刺しました。
つけるのではなく、刺しました。釣り針の形にそって。
「ひっ」
「どうかしました?」
釣り針に刺さってもなお動くワームを見てスノーさんが小さな悲鳴をあげました。
「ごめん、釣るばっかにしてくれない?」
「えっと、それじゃこれを」
キアラちゃんは経験があるようで、既に釣りを始めていました。
キアラちゃんは自分の釣り竿をスノーさんに渡してあげます。
「ありがとう!」
「はい、餌がとられたらまた交換しますので言ってください」
「キアラちゃんは普通にワーム触れるのですね」
「うん、エルフの村は森の中にあるから虫は沢山いますし、慣れました」
都会の育ちのスノーさんと違って、僕たちは田舎育ちですからね。虫に対する耐性はスノーさんよりも高いです。
特に僕の育った孤児院はボロボロでしたしたので虫はしょっちゅう入ってきますし、カサカサと動く黒いアレも居ましたからね。
黒いアレは僕も苦手ですけどね。
そして、キアラちゃんも新たに釣り針を飛ばし、ようやく4人揃って釣りを始める事が出来ました。
「それじゃ、相手よりも釣れなかったチームが相手の言う事を一つずつ聞くって事でいいですか?」
普通に釣りを楽しむ予定でしたが、折角なので釣りの成果で競争をする事になりました。
経験者と未経験者がいるので、一応チーム戦となります。
いつもの僕とシアさんチーム対スノーさんとキアラちゃんチームですね。
ルールは単純に釣れた魚1匹につき1ポイントで行いますが、それだけではつまらないので一番大きな魚を釣ったチームには別途3ポイントが加算される事になりました。
「負けない」
「私も負けないよ」
シアさんとスノーさんがバチバチと火花を散らしています。
「僕たちはのんびりやりましょうね」
「はい。だけど、ちょっと頑張ります!」
僕はのんびり楽しめればいいです。キアラちゃんはちょっとだけやる気ですね。
そんな感じで始まった釣り対決ですが……。
「平和ですね~」
「うん」
釣り竿を握り、桟橋から足をぶらぶらさせながら座っているだけなので、他にやる事がありません。
ですが、それが釣りの醍醐味でもありますからね、待つ時間も楽しいものです。
「魚……いるの?」
「スノーさん、ジッとしないと魚逃げちゃいますよ」
僕とシアさんはじっとしていられますが、スノーさんはちょっと苦手なようですね。
「護衛と訓練の繰り返しだったから、こんなのんびりする時間は今までなかったからね」
「わかる」
スノーさんの言葉にシアさんは頷きますが、釣りの経験があったり、高級宿屋に泊まって居たり信憑性が薄いですけどね。
シアさんって意外と遊び人だったりするのかもしれませんね。
「そんな事ない」
「まだ何も言ってませんよ?」
「ユアンの考えてる事、大体わかる」
顔に出ていたのか、シアさんにバレてしまいました。
「よっと、2匹目です!」
「キアラちゃん凄いですね!」
「うん、昔から釣りはよくやっていましたから少し得意なんだ」
今の所、魚を釣ったのはキアラちゃんが2匹とシアさんが1匹、僕とスノーさんが坊主ですね。
「シアさん、まずいですね」
「大丈夫。釣りは根気」
「そうですね、実質2対1みたいなものですからね」
キアラちゃんは調子良さそうですが、スノーさんは相変わらず落ち着きがなく、何度も餌を確認しては投げてを繰り返してます。
相変わらず、ワームには触らないように気をつけていますけどね。
「あー、釣れない」
「スノーさん頑張ってくださいね!」
3匹目を釣りあげたキアラちゃんがスノーさんを励まします。
差が開いてしまいました。
「キアラちゃん、コツとかあるのですか?」
「うん、ありますよ」
どうやらコツがあるみたいです。
キアラちゃんが釣れるのは偶然ではなく、理由があるようです。
「鳥が湖の上を旋回していますよね?」
「飛んでますね」
「鳥は水面に上がってきた魚を狙っていますので、鳥が着水した辺りには魚がいると思うので、その辺りを狙ってあげればもしかしたら釣れるかもです」
「やってみますね」
「私も狙ってみようかな」
湖は広く、中央まではとてもじゃありませんが糸は届きません。
なので、糸が届く範囲に鳥が来たときを狙い、暫し待つことにします。
「ユアンさん、あそこ」
「はい!」
「あそこに狙えばいいのね」
旋回していた鳥が、急降下し湖に着水しました。
僕とスノーさんはそこを狙って同時に竿を振るいます。
ちゃぽんっと僕の針が狙い通り、鳥が着水した辺りに落ちます。
そして、スノーさんの針は……。
「クエェェ!」
「釣れた!?」
水面から飛びたとうとした鳥に糸が絡みつき、見事に捕縛しました。
スノーさんは嬉しそうに糸を巻き上げていきます。
「ふふっ、釣れた」
「違うと思いますよ?」
鳥はポイントに加算しないと伝えると、スノーさんは残念そうにしています。
「ごめんね」
「クエェェェェェ!」
巻き付いた糸をキアラちゃんが解きながら謝ります。
「というか、その鳥って魔物ですよね」
「うん。ウォーターバード。害はない」
体長1メートル、羽を広げれば2メートルくらいになりそうなウォーターバードは見た目はトンビに似ていますが、魔物に分類されます。
ただし、魔物と動物の違いは魔力を持っているか持っていないかの違いが一つの定義でもありますので、魔力を持っているだけで、人間を襲う訳ではないので討伐対象には含まれません。
つまりは魔力を持っている以外に動物と変わらない訳ですが、違いがあるとすれば……。
「普通の鳥よりおいしい」
シアさんの言葉にウォーターバードがびくっと身体をさせると、暴れだしました。
言葉を理解したのではなく、恐らく危険を感じ取ったのだと思います。
「あ、暴れないでください!」
「グエェェェェ!」
暴れた事が原因で糸が余計に絡まり、苦しそうな鳴き声をあげます。
「食べませんから、大丈夫です」
言葉が通じない相手でもつい話しかけちゃう時ってありますよね。
キアラちゃんはウォーターバードに声をかけながら、必死に宥めつつ、糸を外していきます。
「はい、とれましたよ」
糸を外し終え、身動きがとれるようになったウォーターバードは具合を確かめるように羽をバサバサと動かします。
「お詫びにお魚をあげますね」
キアラちゃんは釣った魚をウォーターバードに与えました。
「クエッ!」
釣った魚は網にいれ、まだ生きている状態でしたので、ウォーターバードの目の前でビチビチと跳ねています。
魚はあまり大きくないので、ウォーターバードはそれを一飲みにしてしまいました。
「可愛いですね」
「うん」
ウォーターバードはお礼を言うようにキアラちゃんに頭を何度も下げます。ちょっと鶏みたいな動きで面白いですが、可愛いです。
「ごめんね、もう行っていいよ?」
キアラちゃんの言葉にウォーターバードは羽を広げ、翼を動かし、ふわりと身体を浮かせました。
そして、そのままキアラちゃんの肩に飛び乗ります。
「お、重いです」
「キアラちゃん、懐かれましたね」
肩に乗ったウォーターバードはキアラちゃんの頭に頬ずりするように擦りつけています。
ラディくんの一件から
「キアラちゃん、その子どうするのですか?」
「う~ん……」
キアラちゃんも突然の事で戸惑っているようですね。
その後も、ウォーターバードはキアラちゃんの傍を離れずにずっと傍に居続ける事になり、僕たちは夕飯の為にも勝負の為にも釣りを再開するのでした。
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