第74話 弓月の刻、ラディの報告を受ける
「日も暮れ初めましたし、この辺りで終りにしましょう」
という訳で結果発表です!
「えっと、僕が4匹、シアさんが6匹にキアラちゃんは9匹……」
その後は悲壮感が漂うので言えませんでした。
「数では僕たちの勝ちですが、一番大きな魚はキアラちゃんが釣ったので、そのポイントを合わせるとキアラちゃんチームの勝ちですね!」
「スノーさん、やりましたね!」
「あ、ウン……ソウダネ」
正確にはキアラちゃんの一人勝ちですけどね。チーム戦なので勝ちは勝ちです。素直に喜べないかもしれませんけど。
「スノーさんがこの子を捕まえてくれたお陰です」
「そうかな?」
「はい、この子が魚の場所を教えてくれましたからね」
「クエッ!」
釣りの光景を見ていたウォーターバードが突然飛び立ち、湖の上を旋回し始めましたからね。
それでキアラちゃんの釣れる割合が更に加速しましたから、ある意味スノーさんの功績でもありますね。
「えっと、勝った方は負けた方に一つ言う事を聞いて貰える……でしたよね?」
「はい、その約束でしたね」
勝負でしたからね。
流石に無理なお願いは断りますけど、可能な範囲でならとキアラちゃんに伝えます。
「では……あ、ちょっと待ってください。ラディくんから連絡が」
すっかり忘れてました!
釣りを始めたのもラディくんへのお礼の為でしたね。
キアラちゃんはラディくんを召喚します。
「タダイマ。街ノ魔鼠ヲツイデニ従エテタラ遅クナッタ」
ついでにやる事ではないですが、トレンティアの魔鼠も従えたようですね。
「おかえり、ラディ」
労うようにキアラちゃんがラディくんを抱きかかえようとすると、ラディくんが避けました。
「ナンダコイツ」
キアラちゃんからではなく、餌だと思ったのか、ラディくんに襲い掛かったウォーターバードからです。
ラディくんはウォーターバードの爪を軽々と避け、その直後、砲弾のように飛び出しウォーターバードに身体をぶつけます。
「グゲッ」
「あっ、鳥さん!」
体当たりを受けたウォーターバードはその場に崩れ落ちます。
「リカバー!」
事情を知らないウォーターバードが可哀想なので、僕はウォーターバードに回復魔法をかけてあげます。
回復はしましたが、驚きに満ちた表情で尚も倒れこんだウォーターバードをキアラちゃんが抱きかかえます。
「ラディ、この子は今日仲良くなった子だから攻撃しちゃダメだよ」
「ワカッタ」
「鳥さんもラディくんは仲間だから攻撃しないでくださいね?」
「クエ」
立ち上がったウォーターバードはラディくんに深々と頭を下げます。
「クエクエ」
「ウン、コッチモゴメン」
「クエ……クエ?」
「ウン?…………ヂュ、ヂュヂュ?」
お互いに話は通じ合っているみたいですね。
暫く、ラディくんとウォーターバードのやり取り見守る事となりました。
ウォーターバードがクエクエと鳴くと、ラディくんが腕を組み、うんうんと頷き、一言二言返すやり取りです。
終始、ラディくんが上から目線で話すのでその光景がシュールでちょっとくすりと来ます。
「ワカッタ」
話が終わったのか、ラディくんは大きく頷き、キアラちゃんの方を向きました。
「コイツモ、主ト契約シタイッテ」
「え、本当に?」
「クエッ!」
どうやら、ラディくんとキアラちゃんの関係を説明していたようですね。
ウォーターバードはキアラちゃんに深く頭を下げました。
「私なんかでいいの?」
不安そうにするキアラちゃんにシアさんが声をかけます。
「なんかは失礼。この鳥はキアラを認め、共に居たいと願った。キアラが自分を落とすのは同時にこの鳥の気持ちも無下にする」
僕を認め、契約しているシアさんだからこそ言える言葉ですね。
同時に、シアさんの言葉を僕も受け止めなければいけません。
僕も自信がない、忌み子だからと言ってきました。その度にシアさんは庇ってくれました。
そのお陰か最近では忌み子と名乗るときは、相手にそれでも良ければ、とわだかまりが起きない為に使うと決めています。
僕は忌み子ではなく、冒険者、弓月の刻リーダーだと胸を張って言えるように。
「そうですね、わかりました。鳥さん、一緒に頑張ろうね!」
「クエ!」
キアラちゃんが早速、契約魔法の魔法陣を展開させます。
ラディくんは自然と契約したみたいですので、キアラちゃんにとっても初めての魔法陣を使った契約になるみたいです。
魔法陣にキアラちゃんとウォーターバードが入ると、魔法陣が光輝き、その光に1人と1匹が包まれました。
光が消え、そこに残ったのは静寂。
「えっと、成功した……のでしょうか?」
成功かどうかはキアラちゃんにもわからないようです。
「えぇ、確かに成功しましたよ、キアラルカ様」
女性の声で成功したと聞こえました。
「えっと、今の声は鳥さん?」
「はい、キアラルカ様。私でございます。この度は私を従者に加えて頂き、誠にありたく存じます。微力ながら、主、キアラルカ様のお力になることを約束致します」
右の翼を後ろに回し、左の翼を胸あたりに添え、優雅にお辞儀をしている鳥がいます。
違和感がすごいです!
「は、はい。よろしくお願いします」
ウォーターバードに合わせて、キアラちゃんも頭を下げました。
「それにしても、やたらと流暢にしゃべりますね」
ラディくんはまだカタコトでしか話せませんからね。それに比べると、いえ、比べるまでもなく、まるで人と同じように話をしています。
「タブン、契約ノシカタ。僕は正当ナ手段デ契約シテナイカラ」
「はい、ラディ様の仰る通りです。私はキアラルカ様と魔法陣を通じ、正式に契約致しましたので、ラディ様よりも契約が深く結ばれたのです」
ラディくんよりもウォーターバードの方が数倍体が大きいのにも関わらず、魔鼠のラディくんをわざわざ【様】をつけている事がいよいよシュールです。
「主、出来レバ、コイツニモ名前ヲ授ケテアゲテ欲シイ」
「うん、私も思ってたとこだよ」
鳥さんだのウォーターバードだのではなく、ちゃんとした呼び方はあった方がいいですね。
僕たちが名前を呼ぶこともあるかもしれませんし。
キアラちゃんは少しの間、悩み色々と候補を上げ始めました。
「えっと……鳥だからバーちゃん?」
「クエッ!?」
ちゃんまでが名前みたいですが、流石にそれは無いと思います。
ウォーターバードも驚いたような声を出してますしね、というか驚いた時は鳴き声になるのですね。
「それじゃ、スイチョー」
ラディくんと同じパターンで水鳥をちょっと変えただけですね。
当然、ウォーターバードはイヤイヤと首を振ります。
「ミズチー」
「クエ……」
ちょっと悩みましたが、却下みたいです。
「難しいよぉ……」
「主、頑張ッテ」
名前は一生に一度のものですからね。つける方も悩みますし、つけられる方も納得してもらいたいものです。
キアラちゃんはうねりながらも考え、ようやく名前を思いつきそれを提案します。
「単純だけど、ラディくんは騎士の職からとったから、鳥さんも騎士の言葉を崩して、キティなんて駄目かな?」
「私は、キティ……キアラルカ様より頂いた名に恥じない働きをする事を誓います」
ラディくんの時と違ってウォーターバード……キティさんの体は光りませんでした。
これも契約の仕方、順序で変わるのかもしれませんが、ともあれウォーターバードの名前はキティと決まったようです。
こうして、記念すべきキアラちゃんの2匹目の召喚獣がここに誕生しました。
キアラちゃんの契約獣ですが、僕たちにとっても大事な仲間なので、嬉しいですね。
「ラディ、ローゼさんに伝えてくれた?」
「ウン、問題ナイ」
「ありがとうね」
契約も無事に終わり、ラディくんが戻ったので僕たちは家へと戻ってきました。
「それで、ローゼさんは何と言っていましたか?」
「ヂュッ、ヂュヂュ!」
ラディくんはキティさんに何かを伝えているようです。
「ラディ様は話すのが苦手との事ですので、代わりにユアン様たちに私から説明させて頂きます」
「えっと、僕には様はいりませんよ」
僕はキティさんの主ではありませんからね。
「そうはいきません。ユアン様たちはキアラルカ様の仲間であり、友人でございますから」
「そ、そうですか」
「はい……では、説明させて頂きます。
ラディ様のお話では、ローゼ様から明日の夕食にご招待を頂いたようでございます」
「夕食にですか?」
「はい、着いて間もないため、ローゼ様達も忙しく、休む時間も必要な為のようです」
ローゼさんは領主ですし、やることは沢山あるでしょうからね。それに、ローラちゃんが攫われたりと事件もありましたし、余計にやる事が増えていると思います。
「それなら、無理に明日でなくても良かったと思いますけどね」
僕たちは少しの間はトレンティアに滞在する予定ですので、ローゼさん達が落ち着いてからでも大丈夫ですからね。
「ユアン、そうはいかないんだよ」
「何でですか?」
スノーさんが首を振りながらそう言うので、僕は理由を聞きます。
「貴族は面子が大事だからね。一日待たせるのは着いて間もない私達への気遣いで通せるけど、何日も恩人を待たせるとなると恩を感じていない、蔑ろにしていると捉えられてもおかしくはないからね」
「そういう事なのですね」
「スノー様の仰る通りでございます、ですので明日の夕刻に迎えを送るとの事ですので、準備をお忘れなくお願いします」
準備ですか……。準備といっても僕たちは礼装など持っていないですね。
仮にも貴族様との会食になるのですから、困ります。
「どうしよう……私、ちゃんとした服ないです」
キアラちゃんも僕と同じみたいですね。
「ヂュ」
「はい、その辺りも問題ないようです。会食と言っても、身内のみ、服装などは無礼講で気にしなくても良いとの事です」
言葉通りなら安心ですね。
それにしても、ラディくんの「ヂュ」だけで伝わるのはすごく便利ですね。
「ローゼ様がそう言うなら、問題ないかな。それよりも大事なのは食事のマナーだけど、大丈夫?」
「僕は……多分大丈夫です。孤児院の院長先生から学びました」
こんな事を想定していたかはわかりませんが、月に1回マナー講座がありましたからね。
食べ物は……ですけど、ナイフやフォークの扱い方や順番などを教わりました。
院長先生が何故そんな事を知っていたかは知りませんけどね。
院長先生が正しければ問題ないと思います。
「なるほどね。シアは?」
「平気、嫌という程、叩きこまれた」
「本当に?」
「うん。影狼族は誰かに仕える種族。仕える相手が貴族の可能性も想定してる」
白金亭に泊まった時、シアさんは優雅に食事をしていましたね。コース料理だったのですが、問題なかったと思います。
「後は、キアラだね」
「私も問題ないと思います。ただ、エルフのマナーが通じればですけど」
国や種族が違えば、マナーは違います。
出された物を全て食すのがマナーと考えている国もありますし、敢えてお腹いっぱいになりました、満足しましたとアピールするために残すのがマナーと考える国もありますからね。
「その辺りはエルフ特有のマナーで問題ないと思うよ。一応、後で全員確認だけはした方がいいと思うけどね」
「そうですね」
「……スノーは平気?」
「私はこれでも貴族だしね」
という訳で、今日の夕食時はマナー講座を確認しながら取る事となってしまいました。
正直、マナーを意識すると純粋に食事を楽しめないので苦手ですけどね、仕方ない事ではありますけど。
「報告は以上でいいですか?」
なければ、夕飯の支度をしちゃいたいですからね。魚料理は色々と手間がかかりますので、ゆっくりする時間を作る為にも早めに取り掛かりたいです。
「ヂュヂュッ」
「もう一つだけあると、ラディ様が仰っています」
「ヂュ!」
まだあったみたいですね。
大きな問題がなければいいのですが。
「ローゼ様にキアラルカ様の寝泊まりする場所を伝えた所、この場所はローゼ様達が経営する場所のようで、家屋は勿論、食材や食事も自由にしてくれとの事だそうです」
「えっと、それは……」
これはいつもの……?
「はい、ローゼ様からの好意ですので、勿論無料との事です」
いつのもパターンです!
好意を受け取りすぎて、逆に負い目を感じてしまうパターンでした!
「えっと、みんなはどう思いますか?」
「嬉しい」
「私も、嬉しいです」
「ローゼ様の好意だし、有難く受け取っておくべきかな」
だそうです。
なので、断る訳にもいきません。
「では、好意に甘えさせて頂くという事でいいですね?」
みんなが僕の言葉に頷きます。
「ですが、礼には礼が大事ですので、各々感謝の言葉を忘れないように明日はお願いします。他に報告はありますか?」
「ナイ」
「わかりました。ラディくんもキティさんもありがとうございます」
「構ワナイ」
「主様達のお役に立てたのならば、光栄に思います」
2人……ではなく2匹にお礼を伝え、僕たちは夕飯の準備に取り掛かる事となりました。
何よりも言葉だけではなく、約束通りラディくんにはお魚を、キティさんには新たな仲間として迎えなければいけませんからね!
2匹ともそのままでも大丈夫だと言っていますが、折角なので僕も久しぶりの料理を頑張りたいですし、みんなにもたまには振舞いたいと思います。
なので、僕は張り切って料理をするために、キッチンに向かうのでした。
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