第62話 弓月の刻、始動する

 「えへへ~」

 「ユアン、嬉しそう」

 「そうですかね~?」

 「ユアンさんが嬉しそうで私も嬉しくなりますね」


 そりゃ嬉しくもなります!

 だって、僕たちは今ギルドに向かっていますからね!

 昨日の夜に僕たちは話し合いました。

 今後の事です。

 もちろん、今後とはパーティーについてです。

 キアラちゃんは誘えばきっと一緒に来てくれるという確信はありました。ですが、それは同時に犯罪者のレッテルを貼られる事を意味します。

 なので、キアラちゃんがそれを受け入れる覚悟がないとダメだと思います。ただ、流された結果が不幸に繋がるかもしれませんからね。

 結果、キアラちゃんからはいい返事を頂けました。

 一週間期限を与えた甲斐があったと思います。僅か一週間の間に、キアラちゃんは強くなりましたからね。

 それは力や技術ではなく、心がです。

 発言や行動に何処か卑屈さを感じていましたが、昨日はそれを感じなかったのです。確かなキアラちゃんの意志を感じました。

 数日前にシアさんとキアラちゃんが何やら仲良さげに話していましたので、もしかしたらシアさんが何かを言ったのかもしれませんが、何を切っ掛けにしても僕は良いと思います。

 そして、昨夜は弓月でした。

 パーティーに誘うのはこの日と最初から決めていました。

 それもあって、期限を一週間与えたのも理由の一つです。

 忘れてるかもしれませんが、僕たちのパーティー名は【弓月の刻】ですからね!

 そして、僕たちは新たにパーティー加入者を登録する為にギルドに向かっています。

 臨時ではなく、固定パーティーです。


 「一応、改めて言っておきますけど、僕たち……僕の目的は家を買う事ですが、いいのですか?」

 「うん、いいですよ。私は長命だから、ユアンさん達の一生を見届けてもまだ先がありますから」

 

 僕たちが冒険者活動し、何を目標に頑張っているか、それも当然伝えました。

 後で知らなかったと言われても困りますからね。

 返事はそれでも構わないとの事でした。むしろ、シアさんと同じく同居するつもりでいるようです。

 むむむ、これはもっとお金を貯めて、複数人で住んでも大丈夫な家を買う必要がありそうですよ。

 ですが、それもまだまだ先の話ですけどね。

ギルドは相変わらず混んでいました。

 ですが、先日の事件のせいか既にこの街を離れた人も多いようで、最初に来たときよりは幾分マシだと思います。


 「こんにちは!」

 「あら、ユアンさんに……その他の方ですね。ようこそタンザのギルドに」


 受付のミノリさんをみつけ、僕たちはその列に並びました。少なからず話した事がある人の方がいいですからね。


 「その他とは失礼」

 「冗談です。リンシアさんにスノーさん……とキアラルカさん?でしたね」

 「私は本気で忘れかけられていましたね」


 ミノリさんの対応にキアラちゃんが項垂れます。正直、普段からキアラちゃんと呼んでいたので、僕も本名を忘れかけていました。

 もちろん、キアラちゃんには言えませんけどね。


 「申し訳ございません。それで、今日はどのようなご用件で?」

 「はい、指名依頼とパーティー登録をお願いします」

 「指名依頼ですね、少し確認に時間がかかるので、その間に先にパーティー済ませますか?」

 「はい、お願いします」


 ローゼさんからの依頼は指名依頼という形になりました。その方が、僕たち功績に繋がるようですからね。


 「では、新たなパーティーメンバーをこちらの紙に書いておいてください。私はその間に依頼の確認をして参ります」

 「わかりました」

 「悪いけど、紙は2枚貰える?」

 「わかりました」


 ミノリさんはパーティー申請用の紙を2枚テーブルに置いて、奥へと消えていきました。


 「なんで2枚なのですか?」

 「きっと、書き間違えたよう」


 なるほど。

 2枚あれば失敗した時に直ぐ書けるのでわざわざミノリさんが戻って来るのを待つ必要もないですね。


 「違うよ、1枚は私のよ?」

 「え、スノーさんのですか?」

 「え、なんで驚いてるの?」

 

 そりゃ驚きますよ!

 スノーさんは僕たちの監視役として同行すると聞いていますからね。


 「ダメなら諦めるけど……」

 「ダメじゃないですよ。ですが、大丈夫なのですか?」

 「うん、エメリア様にも許可はとってあるし、好きにしていいってさ。それに、登録は冒険者、スノーとして登録するからね」


 今後は冒険者活動をする時は、家門名を伏せ、スノー・クオーネではなくスノーとして活動するようです。


 「貴族の事はわかりませんが、それで問題ないのですか?」

 「問題あったらしないよ。というか、貴族出身の冒険者だって沢山いるしね」

 「そうなんですね」

 

 意外でした。貴族は貴族の役割があるので、わざわざ冒険者活動をする人はいないと思っていましたからね。


 「簡単。継承権がないから」

 「継承権?」

 「シアの言う通りね。仮に3人兄弟が居たとするよ? その場合だと継承権は基本的に先に生まれた人が優先されるのね。それじゃ、家を継げない他の兄弟はどうすると思う?」

 「えっと……それが、冒険者?」

 「とも限らないけどね。長男の補佐に回る人もいれば、政略結婚に使われたりもする。だけど、生き方を自分で決めたい人もいる。そういった人が冒険者になったりするみたいね」


 確かに、自分の人生は自分で決めたいですからね。予め用意された生き方で満足する人も多いですが、そうでない人の方が多いと思います。


 「だから、私も冒険者活動をしても問題ないのよ。冒険者活動をしている間は貴族じゃなくて冒険者だからね」


 スノーさんは身分証を2つ持っています。一つは皇女様の騎士であり、貴族を証明する短剣。

 もう一つが冒険者ギルドカード。

 それを使い分けるようです。


 「で、私も弓月の刻に入れて欲しいんだけど、ダメかな?」

 「僕は構いませんよ」


 スノーさんが仲間なら心強いですしね。


 「好きにすればいい。だけど、スノー・クオーネの時は仲間だけど一線は引かせてもらう」

 「当然ね。逆にそうして貰えると私も助かるかな」

 「わかった、よろしく」

 「改めてよろしくね」


 シアさんとスノーさんが握手を交わしています。

 なので、僕もそれに参加し、握手するふたりの手に僕の手を重ねます。


 「えへへ、よろしくお願いしますね」

 「うん、ユアンもよろしく」

 「いいなぁ……」


 その光景をキアラちゃんが羨ましそうに見ていました。


 「キアラちゃんは参加しないのですか?」

 「わたしも、いいの?」

 「申請しなくても、もう仲間。キアラは違う?」

 「な、仲間です!」


 慌てて僕たちの手にキアラちゃんも手を重ねました。


 「キアラちゃん、よろしくお願いしますね!」

 「よろしく」

 「はい、よろしくお願いします!」

 「ふふ、楽しくなりそうね」


 僕たちはお互いの顔を見合い、笑いあいます。シアさんもわかりにくいですが、笑っていますね。

 

 「あの……書き終えたなら申請書出して貰えますか? それと、他の冒険者の方の迷惑ですよ」

 「「「あっ」」」


 1名を除き、見事に声が揃いました。

 そして、揃わなかった1名は……。


 「後は任せた……バニッシュ」

 「ちょっと、シアさん!」


 シアさんの体が消えていきます。

 いつの間にか戻っていたミノリさんの言葉通り僕たちは冒険者達から注目の的になっていて、シアさんはそれから逃走したようです。

 後で、お仕置きが必要ですね!

 


 「パーティー登録と依頼の受理は無事に終わりました。内容の確認をお願いします」

 「はい……ありがとうございます」

 

 冒険者達の視線を集めたまま、ミノリさんが手続きを進めてくれます。

 

 「内容は……紙に纏めておきますので後でご確認ください。本来は、このような処置はしませんがね……」

 「申し訳ないです」


 ミノリさんもかなり気を遣ってくれたようです。

 新・弓月の刻はこうして恥ずかしさに包まれながら始まったのでした。

 前途多難な気がします……はぁ

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