第61話 補助魔法使い、挨拶回りをする
「今までの事が嘘みたいに平和ですね」
「うん。ゆっくりしている事が不思議」
僕たちはもうすぐこの街を離れ、再びアルティカ共和国に向かう為、この街でお世話になった人達に挨拶回りをしています。
下手に目立つと面倒なので僕とキアラちゃんは今日はローブを着てますけどね。
ある意味、逆に目立ちますけどね。
「キアラちゃんはゆっくりしてても良かったのですよ?」
「ううん、私も一緒に外歩きたかったですから」
キアラちゃんを助ける前に、今から挨拶に向かう方々にお会いしたので、キアラちゃんは面識がない方々ばかりです。
僕たちだけで話が盛り上がる可能性もあるので、キアラちゃんにとっては気まずい退屈な時間になってしまう可能性もあります。
「来たいならくればいい」
「はい!」
シアさんの誘いに嬉しそうに返事をしています。
「急に仲良くなった気がしますけど、何かありました?」
「何もない」
「そうなんですか?」
昨日よりもキアラちゃんも生き生きとしている気がしますけどね。いい事ですけどね。
「それで、最初はザックさんの所に向かう予定ですが、いいですか?」
「構わない」
「私はついて……一緒に並んでいきます」
「えっと、広がると迷惑になりますよ?」
昨晩に事件があったせいか、いつもよりも人が少なく感じますが、それでも沢山の人で溢れかえってますからね。
「キアラ、あの話とコレは別」
「そ、そうですよね」
「?」
やっぱり2人に何かあるみたいです!
のけ者にされてるみたいでちょっと嫌ですね。
「スノーさんもそう思いますよね?」
僕の気持ちをわかって貰いたく、スノーさんに話しかけると、スノーさんは下を向きながら重い足取りで僕たちの後ろを歩いていました。
「ん……あぁ、そう、だね……うぷっ」
「え、あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫だから、今はそっとしといて……」
とても大丈夫そうに見えませんよ。
「ユアン、トリートメント」
「え、はい」
シアさんがそう言うので、僕はスノーさんにトリートメントをかけます。
「気持ち悪いのが消えてく……ありがとう、ユアン」
「いえいえ、毒でも飲んだのですか?」
「違うよ、昨日のお酒がね……」
そういえば、昨日イルミナさんと飲んでいましたね。
スノーさんもずっと働きっぱなしだったみたいなので羽目を外しすぎたようです。
「お酒、飲み過ぎるとああなる。イル姉もよくあんな感じだった」
どうやらお酒を飲み過ぎると、次の日に頭が痛かったり、気持ち悪くなったりするみたいです。
「僕も気を付けないとですね」
お酒を飲もうと思った事はないので今の所は関係なさそうですけどね。
「こんにちは。ザックさん居ますか?」
「おぉ、嬢ちゃん達か、よく来てくれたな」
「ルイーダさん、こんにちは」
今回は忘れられていないようでした。
「ザックさんは居ますか?」
「ザックなら奥にいるよ、ちょっと待ってな」
ルイーダさんが店の奥に消えていきます。
「すごいですね」
キアラちゃんは物珍しそうに店の中の物を見ています。
「キアラちゃんはこういう店初めてなのですか?」
「うん、あまり稼げなかったので……」
「わかります。僕も最近まで縁がありませんでしたから」
貧乏冒険者の辛いとこですよね。
僕は回復魔法がありますが、普通の冒険者だと、傷を癒すポーション代とかも馬鹿にならないと聞きますので、まだマシだったと思いますけどね。
「これはこれは、いらっしゃいませ」
「ザックさん、この間はありがとうございました」
「いえいえ、その様子だとどうにかなったようですね?」
「はい、ザックさんお陰様でどうにか。それでこの間の魔法機械ですが……」
「何か不備でも?」
「不備どころか何も問題なく動きました。なので、代金をー……」
「動いたのですか!」
大袈裟にザックさんは頭を抱えます。
「はい、魔力を流したら動きましたけど……」
「そうでしたか、魔力を流せばよかったのですね。いやはや、私は魔力がないから動かせなかったのですね。勉強になりました、ありがとうございます」
そう言って、ザックさんは頭を下げます。
「それで、代金の方をー……」
「いや、私も勉強させて頂きましたから、それと相殺という事で」
「でも……」
「ユアン、逆に失礼」
シアさんに窘められます。
「ユアンが無償で傷ついた人を癒したとする、善意なのにお金を渡されたらどう?」
「なるほどです」
傷つき困った人がいれば、迷わず回復をすると思います。だけど、それは気持ちなのでお金を貰う事はしたくないです。
「そういう事です。ですが、助けて頂いた借りはこれでナシという事でお願いしますね」
「もちろんですよ!」
「では、これからは対等な取引を行えるお客様として歓迎させて頂きます」
「はい。ですが、今回はその件もあってお伺いしたのです」
犯罪者として扱われる事はいいませんが、近々、アルティカ共和国に向けて街を出る事を伝えます。
「そうですか、残念です」
「申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず。それが冒険者でありますからね。そうなると、色々と必要な物がありますよね」
旅となれば必要な物は当然出てきますね。
「ユアンさんたちは普段の野営はどのように?」
「火を焚き、それを囲んで順番に?」
一人の野営だと何もしないで、木の傍で休む事が多かったですけどね。
シアさんと野営をした時はそんな感じでした。
「人数も増えたようですし、いつまでもそのままでは良くないのでは?」
「そうなのですか?」
「私ら商人は場所で寝泊まり致しますが、冒険者の方々はテントの類を用意する方も少なくありませんよ」
テントですか。
だけど、見張りとかしなければいけないですし、咄嗟に動けなくなりそうです。
「当然、いつも使う訳にはいかないでしょうが、見通しの良い街道の傍など安全性が高い場所では重宝すると思いますよ?」
「それに、ユアンの防御魔法もある。私も賛成」
「リンシアさんもそう仰っていますし、良ければいい品をお探ししようと思いますが如何でしょうか?」
お金が関わるので、直ぐに返事は出来ません。
「金額によりますね」
「では、幾つか候補をご用意致しますね。旅立ちまでにまた来ていただけることは出来ますか?」
「はい、ですが購入しない場合はザックさんが困りませんか?」
色々と揃えてくれるようなので、どちらにしても買わないテントは余ります。
「テントの類は冒険者の方以外にも需要がありますので、ご心配なく」
「わかりました。また伺わして貰いますね」
「はい、今後ともザック商店をよろしくお願いします」
ただ挨拶するだけのつもりが、テントを買う流れになってしまいましたが、無事にお礼を伝える事も出来ました。
ザック商店を離れ、次に向かったのは白金亭です。
改めてローゼさんに依頼の報告と終了を伝えるためです。
「すみません、えっと、ローゼ様にお会いしに来たのですが、お取次ぎお願いします」
「畏まりました、少々お待ちください」
経過報告の為に、前にも訪れた事があったのでスムーズに手続きをしてくれました。一度しか泊まっていない僕たちの事を覚えてくれていましたからね。
「お待たせ致しました。部屋の方にご案内させて頂きます」
暫くすると、従業員さんがロビーで待つ僕たちの元を訪れ、ローゼさん部屋へと案内してくれました。
「失礼します。ユアンです」
「入っておくれ」
ドアをノックし、僕たちが来たことを告げ、了承得られたので中へと入ります。
「すまんのぉ、今、動けなくてな」
「いえ、気にしないでください。突然の訪問はこちらの都合ですので」
ローゼさんの膝にはお孫さんが座っていました。攫われた人たちの中で一番幼かった子だったので僕も覚えています。
昨日のうちにどうやらローゼさんの元に戻れたようですが、僕たちの姿をみて、不安そうに震えています。
「ローラ、貴女を助けてくれた人達ですよ」
「この前の、お姉ちゃん?」
僕たちの事をマジマジと見ます。
「あ、すみません。これだとわからないですね」
フードを被っていたので、最初の時の印象も違いますし、何よりも人前で失礼ですので、フードを外します。
「狐のお姉ちゃん!」
ローラちゃんは僕がフードをとると、嬉しそうに駆け寄ってきてお腹に抱き着いてくれました。
「元気そうで良かったです」
僕は、お腹にぐりぐりと頭を押し付けるローラちゃんの頭を撫でてあげます。
「えへへ~」
「ずるい」
「ずるいですね」
「ずるいね」
嬉しそうにするローラちゃんを見て、シアさん達が呟きます。
確かに、ローラちゃんは可愛いので撫でたくなる気持ちもわかります。
「ローラ、ユアンちゃん達はお客様じゃ、その辺にしておきなさい」
「わかりました」
ローラちゃんが離れ、僕たちも椅子を勧められテーブルを挟みローゼさんの対面に座ります。
「この度は、本当に助かった。心から礼を言わせてくだされ」
「いえ、本当に無事で良かったです」
「お姉ちゃん達、ありがとうございました」
ローゼさんとローラちゃんが揃って頭を下げお礼を言ってくれました。
ローラちゃんは小さいのによく出来た子ですね。
「それで、礼をしたいのだが儂らも旅先でな、ユアンちゃん達に礼を出来るほど手持ちがあまりないのじゃ」
「気にしなくても大丈夫です」
「そうはいかん。これでも領地を治める貴族じゃからな、礼には礼で返さぬのは恥じになる。だから、少ないがまずはこれだけでも受け取ってくれ」
ローゼさんはテーブルの上に袋を置きました。置くと同時にカチャカチャと金属のぶつかる音が聞こえたのでお金だとわかります。
「えっと……」
少ないと言いましたが、傍から見てもそれなりの量だと予想できます。だって、袋がパンパンに膨れ上がっていますからね!
「とりあえず、金貨50枚じゃ」
「お、多いです!」
シアさんとスノーさんは当然って顔をしていますが、キアラちゃんも僕と同じで驚いていますね。
これが普通の筈です。
「そっちの娘ならわかると思うが、決して少ない額ではないぞ。なぁ、そうじゃろスノーよ」
「はい、ローゼ様の仰る通りです」
ローゼさんの言葉にスノーさんが頷き返します。
そのやりとりが他人同士のやりとりとは思えず、僕はスノーさんに思わず訪ねてしまいます。
「えっと、二人とも知り合いなのですか?」
「うむ、貴族じゃからな、顔を合わす事もあるし、何よりもエメリア様の護衛じゃ、色々と有名じゃからな」
僕の質問にローゼさんが答えました。
「スノー有名?」
しかし、スノーさんはシアさんの質問に首を振ります。
「そうでもないよ。ローゼ様に比べたら全然有名でも何でもない」
「儂はただの老いぼれじゃよ」
「はぁ、変わりありませんね……」
困ったようにスノーさんはため息を零します。
「スノーさん、ローゼさんってそんなに凄い方なのですか?」
「ある意味、ユアンがローゼさんと呼んでいる事の方が凄いけどね……ユアンはローゼ様の名前を聞いたんだよね?」
「はい、聞きました。ローゼ・アルカナ・トレンティア様です」
「ユアンもこれから覚えておいた方がいいのだけど、名前の最後に地名が入っている場合はその領地を表している」
「へぇ、そうなんですね!」
僕たちのような平民は名前しかありませんからね。仮に貴族と結婚すれば、ユアン・○○となるようですけど。
「わかっていないようね」
「何がですか?」
「トレンティア、領主さま」
「そういう事ね」
「へぇー…………えぇぇぇ!」
「ふぉっふぉっふぉっ」
スノーさんに説明され、僕はようやくローゼさん、いえ、ローゼ様がどれだけ偉い方なのかと理解しました。
慌てる僕を見て、ローゼ様が笑っていますが、正直冷や汗がとまりません。
「ローゼ様、申し訳ございませんでした」
「よいよい、許したのは儂じゃ。どうかそのままで居てくれ」
「ですが……」
「ローゼ様がそう言うのならいいのよ。いつもの事だしね」
「人を悪戯好きの老婆みたく言うでない」
「実際にその通りですから。エメリア様もいつもお困りですよ」
「そういえば、ローゼ様「さんじゃ」……ローゼさんは皇女様ともお知り合いなのですか?」
スノーさんとのやり取りで何回も皇女様の名前が出ていましたからね。
「知り合いといえば知り合いかの?」
「何を言いますか……ユアン、ローゼ様は私達和平派の中心人物よ」
とぼけるローゼさんにすかさずスノーさんの訂正が入りました。
いよいよ大物の方のようです。
「だからこそ今回の一件に巻き込まれたんだけどね」
「どうしてですか?」
「脅迫じゃな」
「脅迫?」
「えぇ、和平派の力を落とすのが目的でしょうね。幸いにもその段階にまで至らなかったけどね」
お孫さんを攫い、それを人質に和平派を抜けるか、強硬派につくかを迫る可能性があったとスノーさんさんは言います。
「じゃから、エメリア様の為にも、これからのこの子の人生の為にも今はこの報酬を受け取って欲しいのじゃよ」
ローラちゃんを撫でながら、ローゼさんは金貨の入った袋を見ました。
「わかりました。正当な報酬として受け取らせていただきます」
「うむ、良くやってくれた。それで、儂もユアン殿の話は聞いておる」
ユアンちゃんからユアン殿に呼び方が変わりました。それだけで、和んでいた空気が引き締まるのがわかります。
「よければ、護衛として儂の領地まで来ぬか?」
「ローゼさんの領地ですか?」
「そうじゃ、儂の領地はここより西にあり、国境にも近い場所じゃ。ユアン殿も都合がよかろう?」
国境に向かう予定ですので確かに都合がいいですね。
「しかし、護衛ですか?」
「そうじゃ、元々この地にここまで長居する予定はなかったのじゃが、予定が狂ってしまっての」
護衛を頼む予定の人が他にもいたようですが、大幅に機嫌が過ぎてしまったために契約が切れてしまったようです。
「すぐには答えは出せませんので少しお待ち頂く事は可能ですか?」
「構わぬ。ローラも落ち着くまでに時間がかかるだろうからの。しかし、この街は強硬派の手に掛かっておるから、エメリア様がこの街を離れる頃には出たいがな」
「わかりました。なるべく早く返事をしたいと思います」
「良い答え待っておるぞ。報酬の話もその時にしよう。それとも、先に聞いておくか?」
「いえ、報酬で決める訳ではないので」
「うむ。良い答えじゃ。その気持ちを忘れるでないぞ。甘い話には必ず裏があると思え」
「はい」
緊張しました。
ユアン殿と呼び始めてからのローゼ
僕を見る目が鋭くなったのです。本質を見極めようとしているのが良くわかりました。ある意味、イルミナさんが持つ魔眼よりも厄介だと思います。魔法では防げませんからね。
「お姉ちゃん、また来てね」
「はい、数日以内にまた来ますよ」
「待ってるね」
ローラちゃんの頭を撫で、ローゼさんに依頼報酬のお礼をし僕たちは白金亭を出ました。
「あとは、他に行く場所はありますか?」
「私はない」
「私もです」
この街での知り合いは少ないので他にはいないと思いますが一応確認です。
「そういえば、カバイさんがお礼を預かってるよ」
「カバイさんが?」
「えぇ、娘さんとレジスタンスの件でね」
カバイさんも娘さんの為に頑張っていましたね。
「カバイさんはタンザに?」
「ううん、今は娘さんを連れてタリスに向かってると思う」
「そうですか、娘さんも無事で良かったですね」
救出した人の中に娘さんも居たよう良かったです。あの時はそれほど余裕はなかったですからね。
「私達が街を離れる事は伝えてあるから、間に合うかわからないから、手紙とお礼をね」
スノーさんから手紙を受け取りました。街の中で読むわけにもいかないので一旦収納にしまっておきます。
「それと、これがお礼ね」
「えっと……これって?」
「…………魔剣よ」
見覚えのある魔剣でした。
「それはわかりますが、どうしてこれが?」
「どさくさに紛れてかな」
それは、アズールが使っていた魔剣です。
「これって泥棒になるんじゃ……」
「それは問題ないかな。アズールは領主に加担していた事が今後明らかになる筈だからね」
騎士団の副隊長とはいえ、悪事に加担すれば罪に問われます。今は、皇女様の騎士に捕縛されているようで、帝都で裁きを受ける事になるようです。
「あとはこれね」
「またお金、ですか?」
また袋を渡されました。
短時間にお金ばかり増えると不安になるので、正直コツコツ増やしたいです。
目標に近づくので嬉しいですけどね。
「違うみたいだよ」
「え?」
スノーさんが違うというので、気になった僕は袋の中身を確認しました。
「キラキラして綺麗な石が沢山ですね」
魔石だと思いましたが、それも違いました。
「ミスリル鉱石」
「あぁ、確かにこんな色でしたね」
太陽にあてると虹色に見える特徴の石が入っていました。
握りこぶしよりも大きいサイズで、とても高そうです。
「いいんですかね、こんないい物を」
ミスリル鉱石は魔力伝導率が高く、武器や防具に使えます。その代わり値が張るので下手すれば金貨や白金貨まで飛びます。
「レジスタンスとしてもお礼出来ていないし、貰ってくれると嬉しいかな。私も所属してたし、感謝してるよ」
「わかりました」
今の所使い道はありませんが、大事に収納にしまいます。
「後はいく所もありませんし、街でゆっくりしたいと思いますがいいですか?」
「うん」
「はい」
「いいよ」
ゆっくりとした時間を過ごせます。
あと数日だけですが、束の間の休息になると思います。
街で買い食いしたり、スノーさんと行ったお菓子屋さんにキアラちゃんを連れてったりして充実した時間を過ごせました。
話し合った結果、僕たちはローゼさんの依頼を受ける事にしました。
だけど、それを受ける前にやらなければいけない事があります。
「キアラちゃん、答えは出ましたか?」
旅立ちの日も近づき、僕はキアラちゃんにそう尋ねました。
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