第56話 補助魔法使い、皇女様一向に連行される

 騎士たちは統率された動きで僕たちを囲み、逃げ場をなくしていきます。

 

 「全員、動くな」

 

 響き渡る声の主は一目で格式の高い女性騎士とわかりました。

 その声に、僕たちと領主の騎士たちは動きを止めてしまいます。

 そして騎士たちの中から、綺麗な純白のドレスを着た女性が姿を現しました。

 ウェーブのかかった金色に輝く髪、僕でも見惚れてしまう程の綺麗に整った顔立ち、全てのパーツが計算された芸術品のように美しい人です。

 

 「え、エメリア様!」


 その人の前に、スノーさんが跪き、頭を深く下げます。


 「皇女さま……」


 スノーさんの主という事は僕たちにもわかりました。

 スノーさんと同じように、僕とキアラちゃんも跪いて頭を下げます。二人ともスノーさんの見よう見まねなので不格好ですが、大丈夫でしょうか?

 そしてシアさんは……相変わらず騎士たちを牽制しています。気づいていないふりをしています。


 「スノー、状況を説明しなさい」

 「はっ!」


 スノーさんが今までの出来事を皇女様に伝えます。

 その報告に皇女様はゆっくりと頷きました。


 「そこの騎士、領主をここに呼びなさい」

 「ですが……」

 「エメリア様の命令が聞けないのか!」


 皇女様のすぐ隣に控えていた騎士が一喝しました。響き渡る声に身体が委縮しそうです。


 「わ、わかりました!」


 足をもつれさせながら、領主の騎士たちが館の中に消えていきます。


 「スノー、ご苦労だった」

 「はい、ですがエレン隊長。大分予定とは違うようですが?」

 「いや、予定通りだ」


 今起きていることはスノーさんも知らないようでした。スノーさんの言葉からスノーさんと話している人はスノーさんの上司で、皇女様の騎士団隊長のようですね。


 「これはこれは、第2皇女エメリア様ではございませんか」


 一瞬オークが現れたかと思いました。

 ですが、煌びやかな服も来ていますし、指には高そうな指輪が嵌められているので人間だとわかります。オークみたいに太っていますけどね!


 「お久しぶりですね、叔父上」

 「えぇ。以前にお会いした時はまだ幼子でしたが、大きく、そして美しくなられましたな」

 「世辞は結構です。騒ぎが起きていると聞き、足を運びましたが説明していただけますか?」

 「私も突然の事で何が何やら。詳しくはそこの襲撃者にお聞きした方がよろしいのでは?」


 どうやら、あの人が領主みたいですね。その領主は僕たちの事を憎らし気に見ています。ですが、僕たちは何も悪い事はしていませんよ?


 「わかりました。エレン、この者たちを連れていきなさい」

 「はっ! この者たちを捕えよ!」


 僕たちを囲んでいた騎士たちが包囲を狭めます。

 「悪いようにしません。今は黙ってついてきてください」

 皇女様が小さく僕たちに呟き、それに僕は声を出さずに小さく頷きます。


 「エメリア様、お待ちください」

 「何か?」

 「この街は私が管理しております。なので、その者たちの裁きは私が致しましょう」

 「いえ、それには及びません」

 「……理由をお聞きしても?正当な理由がなければ例え皇女様とはいえど、納得できませんよ?」

 「正当な理由ですか」

 「えぇ、これだけ強引に進めようとしているくらいです。当然、ありますよね?」


 とても皇女様に対する態度とは思えませんね。強硬派に所属しているからでしょうか?


 「ありませんよ」

 「ではー……」

 「ですが、正当な理由などなくても構わないのです。貴方はもう、終わりですから」

 「何を言ってー……」

「エメリア様、発見致しました!」


 領主の後ろから……館の中から女性が現れました。その手には数枚の紙が握られています。


 「よくやりました」

 

 領主の顔がみるみるうちに青ざめていきます。きっと、あの紙は見られたくない、見られてはいけない物なのかもしれませんね。


 「あ、あの娘を取り押さえろ!」


 領主が騎士たちに指示をだします。


 「動くなと言ったはずだ」


 速い。

 騎士たちが動くと同時にスノーさんの上司、エレンさんが動きました。

 

 「があっ!」

 「ふごっ!」


 短い悲鳴と共に、騎士たちが倒れていきます。

 紙を持った女性に辿り着く前に5人の騎士が一瞬で無力化されました。領主の傍に居たくらいですし、決して弱くはない騎士だと思うのですが一瞬です。


 「まだ抵抗致しますか?」

 「くっ……いい気でいられるのも今のうちだ。オルスティア皇子が黙っていないぞ」

 「お兄様ですか?お兄様がこの件に関与していると言っているのですか?」


 どうやら追い詰められて出た失言だったようです。領主は慌てて口を押えますが、この場にいる全員が聞いています。


 「では、行きますよ」


 騎士たちを連れ、皇女様が歩きだし、連行される様に僕たちもそれに続きます。

 連行と言っても、縛られたりせず体は自由ですけどね。


 「エメリア様、領主はいいのですか?」

 「えぇ、どうあがいたところで終わりです。お兄様の名前を出した以上、見逃すほどお兄様は甘くありませんから」


 皇女様は領主がどうなるか予想がついているようです。

 皇女様がそう言うと同時に、領主の館から離れていく人を感知魔法で捉えました。

 全速力のシアさん程の速さではありませんが、かなり速く離れていきます。


 「くっ、強硬派に手を出した事、忘れるでないぞ!そして、小娘ども、公爵である私に手を挙げた事をいずれ後悔させてくれる!」


 何か吠えていますが、僕たちは皇女様達に連行されているので、答える事ができません。

 しかし、ここであの領主をどうにかした方がいいのではないでしょうか?

 それこそ野放しにすると色々と面倒そうです。

 そう思いましたが、それを口にすることが出来ず、僕たちは連れていかれる事になりました。




 「スノー、それと冒険者のみなさんご協力ありがとうございました」


 皇女様は頭を下げずに、僕たちにお礼を言ってくれます。

 王族は簡単に頭を下げてはいけないので仕方ありませんね。逆に下げられたら僕たちが困るくらいです。


 「私からも礼を言おう」


 僕たちは皇女様に連れられ、皇女様が滞在する宿屋にきています。

 初日に泊まった白金亭よりも更に豪華な宿屋です。置かれている備品一つ一つが高級感に溢れ、座っているだけでも緊張します。


 「どうぞ、楽にしてください。今、この場は立場は不問ですから」

 「わかった」


 そうもいきませんという前に、シアさんが返事をしてしまいました!シアさんはテーブルに置かれた飲み物に手をつけ飲んでいます。


 「おいしい」

 「喜んで頂けたようで」


 おいしい、じゃありません!僕は変な汗が止まりません。


 「ユアン殿もキアラルカ殿もどうぞ飲んでくれ」

 「え、あ、はい……」


 エレンさんに促されて僕たちも飲み物に口をつけます。

 緊張から味がしない……と思いましたが、一口カップに口をつけると、口から鼻に芳醇な香りが抜け、口に含むと嫌味のない爽やかな甘さが広がりました。

 

 「あ、おいしいです」


 思わずそう零してしまう程に。


 「帝都でも有名な紅茶です。気に言って頂けましたか?」

 「はい、リンゴの甘さと紅茶の香りがとても美味しいです」


 キアラちゃんも気に入ったようです。僕と同じで何がどう美味しいのか上手く説明できていませんが、すごくおいしいようです。実際に美味しいです!


 「それで隊長、何故エメリア様があの場に来られたのでしょうか?予定では、街の周囲を警戒する予定のようでしたが」

 「あのままならな。スノーには伝えていなかったが、作戦は2重に動いていたのだ」

 「2重に?」

 「あぁ。もし、失敗するようなら引き続き街の周囲だけを警戒し、成功しそうならば今回のように動く手筈になっていた」

 「なっ!」


 どうやら失敗した場合は皇女様たちはあの場に来なかったようですね。つまりは、スノーさん諸共見捨てられていたという事になります。


 「スノー、申し訳ありません」

 「いえ、エメリア様が謝られる事では……」

 

 スノーさんはそう言いますが、その表情は暗く、ぎゅっと拳を握っています。


 「もし失敗したらどうしてた?」

 「シアさん!」


 スノーさん達の会話にシアさんが疑問をぶつけます。しかも、敬語を取っ払っていつも通りに喋っています。


 「その時は、大人しく引き下がるしかなかったでしょう」

 「どうして?」

 「証拠があったからこそ、私達は動けたのだ。仮に私達が正面から領主の館に乗り込んだところで証拠を握りつぶされて終わりだ」


 エレンさんが言う証拠とは僕たちが救出した人であり、こっそりと侵入した人が手に入れたあの紙の事のようです。

 僕たちが救出に成功した時点で皇女様達は行動にうつしたようですね。

 逆に証拠も掴めずに動いていた場合は、あの場で手に入れた紙も攫われた人も全て消されていた可能性があると言います。

 紙は燃やし、攫った人は殺してデビルフィッシュの餌にしてしまえばわかりません。

 そう考えると、無暗に動かれなくて良かったとも思いますし、動けない理由もわかります。

 スノーさんも納得したように、力を抜きました。


 「では、救出した人たちは無事に地下から地上に脱出できたという事でしょうか?」

 「あぁ、問題ない。今は、私達が管理する場所で休ませている」


 気がかりになっていた事がわかり、肩の荷が降りた気分です。もし、折角救出したのにも関わらず、無事に出られなかったら意味がありませんからね。


 「それも、協力者があっての事だがな」

 「協力者……レジスタンスですか?」

 「いや、また別の者達だ」

 「他にも協力者がいたのですね」


 今回の一件で関わっていたのは、僕たち、皇女様達、レジスタンスだけだと思っていましたが別にもいたようですね。


 「それで、私達……ユアン達はどうなるのですか?」

 

 名目上は反逆者として連れてこられました。スノーさんはその心配をしてくれているようです。

 その場合は僕たちは全力で抵抗する事になると思います。反逆罪は死罪が妥当のようですからね。


 「冒険者様たちが罪を負う心配はありません」

 「あぁ、領主をあのまま野放ししていたら強硬派との差が余計に開いてしまうからな


 とりあえず、僕たちが罰せられる心配はないようです。隣でキアラちゃんも安堵しています。


 「結局あの領主を捕縛しませんでしたが、大丈夫なのでしょうか?」


 最後にかなり吠えていましたし、あのまま大人しくなるとは思えません。


 「あぁ、証拠があるからな。例えエメリア様の叔父……皇帝様の弟なのだが、それでもやっていた事は重罪だ今更何をしようが無駄だ」

 「今頃、冷静になりこの街から逃げる手筈を整えている頃だと思います。無事に出られる訳がありませんのに」


この先、領主に起こりえる事を皇女様たちはわかっているようです。とても、恐ろしくて聞けませんけどね。


 「という事は、ユアン達は罪に問われないという事でいいのですね?」

 「もちろんだ。逆に、これ以上に捕まり攫われ奴隷にされた人たちが増えれば、ルード帝国の名も穢されていく事になっただろう。それを止めた功績で褒美を与えたいくらいだ」


 表面上は奴隷制度禁止と言っているのに、実は奴隷を他国に売ってました。それが公になれば信頼は地に落ちるかもしれません。

 もともと、戦争を起こそうとしている国が信頼されてるとは思いませんけどね。


 「褒美くれるの?」

 「本来は……な」


 シアさんがまた恐ろしい事を言っています!ですが、エレンさんの口ぶりからは貰えないようです。


 「今、この場で与えてしまうと色々と面倒な事になるのです」

 「面倒な事ですか?」

 「一応、反逆罪という名目で君らをこの場に連れてきた訳だ。その者に褒章を与えたとなると流石に強硬派が黙ってはいない」

 「王族やそれ関係する者から褒美を与えるのに、手続きが必要になるのです」


 皇女様が物を与えるという事はどうやら国の財産を与える事と同様なようで、それ故に黙って与える事ができないみたいです。

 もちろん、皇女様が自由に使える私財はあるようですが、帝都からこの場に持ち歩くことも出来ないので手元にないようです


 「申し訳ございません」

 「い、いえ!謝らないでください!」

 

 皇女様がとても申し訳なさそうな顔をしています。そんな顔をさせて不敬罪とか言われたら困ります!


 「ですが、ユアン達を放免するのも問題にならないのですか?」

 「私も気になった」


 スノーさんの言う通りです。褒美を貰えない理由が強硬派が黙っていないからならば、僕たちを無罪とするのも強硬派が黙っていないと思います。

 褒美を与える事よりもよっぽど問題になりそうですよ?


 「はい、それなんですが」

 

 少し間が空き、エレンさんが立ちあがると、大きな声で僕たちに言い放ちました。


 「冒険者ユアン、リンシア、キアラルカ、以上3名を国外追放処分とする!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る