第15話 補助魔法使い、お風呂に入る

 「ここで、服を脱ぐ。小さいタオルを持って、それで体を洗って、お湯につかる」

 「なるほどです」

 

 シアさんからお風呂に入る手順を説明してもらいます。何せ、初めてなのでわかりませんからね。


 「まずは、服……ローブを脱ぐのですね」


 ローブを脱ぎ、収納にしまう。本来ならばタオルの入っていた籠に服をしまうようですが、収納魔法がある僕には必要ありません。


 「ユアン……」


 ローブを脱ぐと、シアさんが僕を哀しそうな目で見ていました。

 何か間違えたのでしょうか?


 「どうしました?」

 「ユアン……痴女?」

 「ど、どう言う事ですか!?」

 「ローブの下が下着……変態?」

 「違います! 服が……ないだけです」


 一応服はあります……孤児院で貰った服が一着。ですが、それは部屋着用と決めているので普段から着る訳にはいきませんよね?

 浄化魔法で綺麗にできるからといって、流石に僕にだって部屋着と外着の分別はありますからね。


 「買わなかったの?」

 「村を出た時は、お金があまりなかったので……。ゴブリンの肉とローブにつぎ込みました」


 ローブは予備を持っていなければ問題になります。

 もし、一着しかなくて、それが着れなくなってしまったら姿を隠す事が出来ませんからね。そうすると、忌み子と言われる僕に物を売ってくれる人はあまりいませんから。

 なので、服よりもローブを優先してしまうのは仕方ないですよね?


 「そう……ごめん」

 「いえ、シアさんが悪い訳ではありません。もう少しゴブリンの肉を抑えるべきでした」


 下着にローブに慣れてしまったので、服を買う事を考えなかったとも言えませんしね。


 「食料は大事。だけど、これからはオークの肉も食べるべき」

 「オーク美味しいですからね」

 「美味しい。何よりも、ゴブリンの肉よりも栄養がある」

 「そうなのですか?」


 お肉ならば味は違えど、一緒だと思っていましたが、どうやら違うようです。


 「うん、私には説明できないけど、部位によって栄養が違うらしい」

 「ゴブリンの肉は食べれる場所が少ないですからね」

 「うん、オークなら色々と食べるところがある、栄養を沢山とれば、ユアンも大きくなる」


 シアさんの視線がある一点で止まりました。


 「ど、どこを見ていっているのですか!?」

 「……全体」

 

 シアさんが視線を逸らしました。

 明らかに、僕の体の一部を見ていましたよね?

 いいです、いいんです。僕もそのうち大きくなりますから!


 「それと、一応下着も買った方がいい。特に胸の布は……」

 「うぅ……わかってますよ。シアさんみたいなのがあれば探したいです」

 「サイズがあれば探す」


 シアさんが酷いです。本人に悪気はなさそうですが、僕の胸に刺さります。一応ない訳ではないですよ、慎ましく、少しだけふっくらしてますからね?

 それに、今はいいのです。

 後2年……シアさんの年になれば、シアさんみたく、身長が高くなって、胸もシアさんよりも大きくなりますからね。

 その時は、立場が逆になっているはずですから!


 「でも、小さいユアンも可愛いから大丈夫」

 「慰めになってませんよ!」

 「慰めじゃない、事実」


 そう言われてしまったら、何も言えないです。いえ、いつかシアさんよりも色々と大きくなる宣言はさせてもらいますけどね! 心の中でですけど。

 若干不服な思いを募らせつつも、小さなタオルを持ち、シアさんと浴室に向かうと、不服だった気持ちが一瞬で消し飛びました。

 

 「わぁ! すごいですね、真っ白ですよ!」

 「うん。湯気すごい」

 「早く入りましょう!」

 「だめ」


 一度に何人も入れそうな大きなお風呂に感動した僕は、真っ先にお風呂に入ろうとしましたが、シアさんに腕を掴まれ、止められてしまいました。

 どうやら、早速間違えたようです。


 「まずは、身体を洗うのがマナー」

 「僕、汚れていませんよ?」

 「知ってる。だけど、もし他人がいたら、他人はそれを知らない。習慣をつけるのが大事」

 「そう言う事ですね。えっと……どうすればいいのですか?」

 「こっち」


 シアさんに連れられて来たのは、浴室の端にある場所でした。

 座る椅子があり、壁際には壺が2つ置いてあります。


 「ここは用意がいい。左の壺が身体を洗う液体で右が髪を洗う液体」

 「わかりました」


 左の液体の入った壺から中身を掬おうとすると、またシアさん止められました。


 「まずは、頭から洗う。それに、濡らさないとだめ」

 「わ、わかりました」

 「その魔石に魔力を込めると、お湯がでる」

 「やってみまー……わぷっ!」


 魔力を込めると同時に目の前の筒からお湯が顔を目掛けて飛んできました。


 「この筒は攻撃魔法ですか!」

 「違う、液体と身体を流すやつ。初めてだから、私が手伝う。ユアンは大人しくしてる」

 「はい……お願いします」


 そう言って、シアさんは液体を手に取り、お湯に馴染ませるとその液体は泡を立て始めます。


 「シアさん! 何ですかそれ!」

 「これは、水に濡れると泡立つ液体。これで洗うと綺麗になる」


 シアさんは泡立った液体で僕の頭を洗い始めてくれます。


 「痛くない?」

 「はいー……きもちいいです、それにいい匂いがします」


 わしゃわしゃと僕の頭を洗ってくれるシアさんの指がとても気持ちよく、思わず目を細めてしまいます。

 シアさんは獣人なので、僕の狐耳に水や泡が入らないようにとても丁寧に洗ってくれるのです。


 「ユアン、意外と髪長い」

 「不思議な事に、切っても切っても直ぐに伸びてしまうのですよ」


 背中まで伸びた髪は意図的に飛ばしている訳ではありません。短い方が手入れが楽だと、何度も男の子のような短髪にしましたが、1週間とかからずに元の長さに戻ってしまうのです。

 逆にある一定の長さになると止まりますけどね。

 時々ですが、自分の事なのによくわからない事が起きたりするので、困りものですよね。


 「けど、綺麗」

 「そう言ってくれるのはシアさんだけですよ」

 「うん、それでもいい。私は好き」


 僕の嫌いな髪の毛を好きと言ってくれるだけで、嬉しくなります。今まで、この髪のせいで嫌な思いばかりしてきましたからね。

 だからと言って、自分の髪が好きになれる訳ではありませんが、それでも、少しだけ受け入れられる気もします。その気持ちが今だけだけかもしれませんけどね。


 「これで、髪は終わり」

 

 髪についた泡が落ち、ふわりと花のいい匂いが届きました。

 匂いのお陰もあってか、洗浄魔法を使った時と違う、さっぱりとした感じがしますね。

 洗浄魔法は無臭になりますからね。

 

 「次は背中。自分でやると適当になる」

 「それくらい、自分でできますよ。時々、体は拭いていましたので」

 「いい。私がやりたい」

 「まぁ……そう言う事ならお願いしますね」


 さっきとは違う液体をタオルに染み込ませると同じ花を使っているみたいで、またいい匂いが広がりました。

 

 「痛くない?」

 「はい、少しくすぐったいですけどね」

 「もう少し強くする?」

 「いえ、このままでお願いします」

 「うん、痛かったら言う。ユアンの綺麗な肌、傷つけたくない」

 「その時は、回復魔法で治すので大丈夫ですよ」


 シアさんは優しく、首から背中をタオルで擦ってくれます。くすぐったくて恥ずかしいですが、それ以上に気持ち良いです。


 「尻尾も洗う」

 「え、尻尾はー……ひゃうっ!」

 

 尻尾はないと思いましたか?

 実はちゃんとありますよ。ただ、普段はローブの中で紐を使って体に巻き付けているのでわかりにくいだけです。

 ローブを深く被っても、多少は黒い髪が見えてしまうので、その時に耳は隠せても尻尾がバレてしまったら忌み子とバレてしまいますからね。頭隠して尻隠さずでしたっけ? そんな事は僕はしませんよ。

 それに、尻尾は敏感なので普通は他人に触らせたりしません。シアさんが僕の中でちょっと特別なのですよ?

 ですが、くすぐったいのであんまり触らないで欲しい……逆に優しすぎる手つきがぁ~~。


 「ユアン暴れないで」

 「尻尾が勝手にー……」

 「もう少しで終わる」

 

 ある意味、拷問よりも拷問かもしれません。くすぐり地獄って耐性がないと耐えられませんよね? 痛みは割と強い人は多いですけど。


 「後は前」

 「流石に自分でやります!」


 誰にだって見られたくない部分はありますから。流石に僕だって羞恥心はあります。なので、そんな残念そうにしないでください。


 「シアさんも今のうちに体を洗ってください。それとも、今度は僕が手伝いましょうか?」

 「ユアンがしたいなら」


 少し、期待した目をしているのは気のせいでしょうか?


 「やっぱり、早くお風呂入りたいので次回頑張りますね」

 「そう」


 明らかに残念そうにしています! 気のせいじゃない筈です、だって尻尾がしょんぼりと下を向いています。

 ですが、シアさんは慣れたように、僕よりも長い髪を洗っていきます。

 僕が体の前の部分を洗い終わるとほぼ同時に長い髪の毛を洗い終えてしまいました。僕が雑なわけではないですよ? あと、洗う部分が少ない訳でもないですからね!

 しかし、体を洗い終わると手持ち無沙汰ですね。


 「ユアンは先に浸かるといい」

 「へ? あ、はい」

 

 やる事がなかったので、シアさんが体を洗う所を見ていると、僕の方を見ている訳ではないのにそう言われてしまいました。

 感知魔法を使えば、僕にも出来ると思いますが、シアさんは使わずにわかったようです。

 ちなみに、のぞき見してた訳ではありませんよ? シアさんは僕と違って前衛職で傷を負う機会が多いはずなのに綺麗なので気になっただけです。


 「では、先に浸かっていますね」

 「うん、飛び込まないようにね」

 「わ、わかってます!」

 「あと、タオルを水に濡らして、頭に乗せとくといい」

 「わかりました」


 シアさんの言いつけを守り、僕は浴槽へと向かいます。

 一度に何人も入れそうなお風呂を独り占めできるようです。それだけで、シアさんに連れられてきた甲斐があります。かなり贅沢をしている気がしますけど、これに慣れない様に気を付けたいです。


 「意外と熱いですね」


 水で濡らしたタオルを持っていてよかったです。普通に浸かっていたら耐えられなかったかもしれません。折角のお風呂を魔法で緩和するのも変ですしね。


 「あー……でも、気持ちいいかもしれません」


 体に温かさが染み込んできます。

 水浴びとは違う心地よさ、シアさんがお風呂を勧める気持ちがわかった気がします。


 「お湯に浸かっているとのぼせるから気をつける」


 暫くお湯に浸かっていると、体を洗い終わったシアさんもやってきました。

 僕の座っている隣にシアさんも浸かり、横並びになります。


 「ユアン、どう?」

 「はい、シアさんに連れてきてもらってよかったです」

 「そう思ってくれたなら嬉しい」

 「僕は知らない事ばかりなので、お風呂みたく色々と教えてくださいね」

 「うん。私が経験して良かったことは伝える。ユアンが喜ぶなら私も嬉しい」

 「僕もシアさんが喜んでくれるなら嬉しいので、いつか恩返しますね」

 「うん、だけど、もう十分貰ってる」

 「それでも、です。これから一緒に居てくれるのですから」

 「うん、一緒」


 人の事を信用するのは難しいはずなのに、シアさんには自然と心を開いてしまいます。まるで、ずっと一緒に過ごした姉妹みたいな感じです。

 もしかしたら、契約魔法が関係しているのかもしれませんが、それでも僕は嬉しく思います。


 「少し、熱くなってきました」

 「あがる?」

 「そうですね、慣れていないみたいですのでそろそろ」

 「うん、ユアンは私より長く浸かってたから仕方ない」

 「シアさんは浸かったばかりなので、ゆっくりしていてください」

 「大丈夫。影狼族は寒い所に住んでいたから、熱いのは少し苦手。それに、明日もある」

 「ありがとうございます」


 本当はもっと浸かっていたかったのかもしれません。だけど、シアさんは僕に合わせてくれたようです。なので、自然と感謝の言葉が出てきます。

 

 「体、拭く?」

 「それくらいは出来ますよ」


 お風呂から上がると、シアさんは僕の体を拭いてくれようとします。しかし、流石にそれくらいは出来るので僕は断りました。

 体は小さいですが、子供ではありませんからね。


 じー……。

 

 ちゃんと、拭けるから大丈夫です。


 じー…………。


 髪の水気をとり、上から順番に拭けばいいのです。


 じー………………。


 足の指先までしっかり拭けば。ほら、大丈夫。


 じー……。


 「もぉ、シアさん!大丈夫ですよ!」

 「うん、大丈夫そう」

 「シアさんも自分の体を拭いてください。それとも、僕の体をみたいのですか!?」


 僕が体を拭くところを最後まで見ていたので、思わずそう言ってしまいます。それに対してシアさんは。


 「うん、みたい」

 「ふぇ!?」


 普通にそんな事を言ってきました。


 「ユアンが傷ついたら私の責任。今後、新しい傷がついたら、私が守り切れなかった証拠になる」

 「回復魔法で傷は癒せるから大丈夫です!」

 「うん。だけど、見落としがあったら困る」

 「と・に・か・く! お腹すきましたし、体を拭いて、服を着てください!」

 「わかった」


 改めて、じっくりと体を見られた事に、恥ずかしさが隠せません。

 僕の体を見ても楽しい体だとは思えません。見るならシアさんみたいな方が見ごたえあると思いますからね。


 「ユアン」

 「へ? はい?」

 「ユアンも見てる」

 「気のせいです」


 思い切り目が合いましたが、気のせいです。

 

 その後、シアさんが服を着終え、僕たちはお風呂を後にしました。

 心も体も温かくなり、色々とあった気もしますが堪能できたと思います。

 明日もお風呂に入れると思うと、少し楽しみな自分が居て、新しい事を知れる喜びがありました。

 贅沢に慣れるのは怖いですが、無駄遣いにならない範囲でならこういった楽しみを広げたいですね。

 銀貨5枚はお断りしますけどね。

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