第16話 補助魔法使い、正体がばれる

 「お風呂は堪能できましたか?」


 お風呂から上がり、カウンターの前を通ると、受付のお姉さんが声をかけてくれました。


 「はい、とてもよかったです」

 「喜んで頂けたようで何よりです。お食事は部屋の方でとられますか?」

 「そうして貰えると助かります」


 食堂の方を見ると、空いている席はあるものの、未だに人の姿が多く、とても気になって食事を落ち着いてとれなさそうです。


 「畏まりました。直ぐにご用意しますので、部屋の方でお待ちください」

 「ありがとうございます」


 お風呂から上がっても、ローブを着ている僕に触れず、お姉さんは対応してくれました。

 きっと、何らかの事情を察してくれたのだと思います。流石に、忌み子だとは思っていないでしょうけどね。

 そして、部屋に戻った僕はまず最初にやらなければならない事があります。


 「だーいぶ!」

 

 それは、お布団に飛び込むことです!

 先ほどはシアさんに止められて出来ませんでしたからね。

 飛び込んだお布団はとてもふわふわして柔らかく、僕を受け止めてくれました。

 

 「ユアン幸せそう」

 「はい、こんなお布団なら毎日でも泊まりたくなってしまいますね」

 「このランクは毎日は無理だけど、そこそこの宿なら問題ない」

 「でも……頻繁に宿屋に泊まるのは勿体ないですよね」


 野営が主だった僕は揺らいでしまいます。

 いつか家を購入するためにも少しでも節約するか、少し遠回りになっても宿屋に泊まり英気を養うか。

 野営でも問題ないのですが……宿屋もー……。それだけ、しっかりとした宿屋は魅力的だと知ってしまったのです。

 それに、今後はシアさんも一緒ですし、僕が野営を選ぶとシアさんの事ですから反対しないでしょうからね。そのせいで知らない間に不満が溜まりそうで怖いです。

 お布団にくるまりながら、悩んでいるとドアがノックされました。


 「お待たせいたしました。お食事をお持ち致しました」

 「はーい」

 「ユアン!」


 お風呂に入り、温かい布団に包まれ僕は気が抜けていたようです。何よりも、食堂の横を通り過ぎた時のあの匂いが楽しみで、行動が大胆になっていたようです。

 そのせいで普段から気を付けていた行動が抜けてしまいました。


 「失礼しまー……」


 シアさんの呼びかけも間に合わず、僕はローブのフードを被らずに扉を開けてしまい、お姉さんと目があってしまい……。


 「「ーーーーーっ!」」


 僕とお姉さんは言葉に詰まり、声にならない声をあげてしまいました。

 やってしまった。そう思っても手遅れです、お姉さんは目を見開き、固まっています。当然、僕もです。

 もしかしたら、宿屋を追い出されるかもしれません。


 「こく……天狐てんこ、様?」

 「……え?」


 お姉さんの言葉に僕は逆に驚きました。てっきり罵られると思っていたので、何というか拍子抜けです。

 ですが、もしかしたら僕がお客さんだから気を使ってくれているのかもしれません。そう思うと、やはり怖いです。


 「えっと、気持ち悪く……ないのですか?」

 「とんでもありません! 黒天狐様にお会いできたのですから!」


 ですが、お姉さんから返ってきた言葉はやはり僕を罵る言葉ではありません。


 「えっと、シアさん?」


 状況がわからず、困った僕はシアさんに助けを求めるも、シアさんも首を傾げるだけです。シアさんもこの状況は理解できないようです。

 僕の姿は、普段は忌み子と呼ばれているのにもかかわらず、お姉さんは僕の事を黒天狐と呼び、キラキラとした目で見ているのです。

 僕にはその理由が理解できませんでした。


 「とりあえず、食事貰う。ユアンもお腹空いてる」

 「あ、はい。申し訳ございません、中にお運びいたしますね」


 お姉さんは我に返ったようで、部屋に食事を運んでくれます。

 テーブルの上に並べられた料理は見た事はあります……けど、僕が食べた事のないような豪勢な食事でした。


 「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」

 「あ、ありがとうございます」

 

 食事を置いてくれたお姉さんにお礼を告げます。

 しかし、お姉さんは部屋から出ていこうとはしません。


 「あのー……?」

 「はい?」

 「いえ、部屋から離れようとしないので、少し気になりまして」

 「あ、申し訳ございません。一目、黒天狐様のお食事姿を見たく、それで出来ればお食事の感想などを頂ければと思いまして……」

 「僕は……黒天狐と呼ばれる存在ではなく、忌み子と呼ばれる存在ですよ」


 お姉さんはきっと勘違いしている可能性が高いです。黙っていれば勘違いのまま終わると思いますが、人を騙しているようで気が引けます。

 それならばと、僕は思い切って事実を告白する事にしました。


 「忌み子、ですか?」

 「はい、黒い髪の獣人はそう呼ばれています」

 「黒天狐様はもしかして、帝都出身でしょうか?」

 「帝都ではありませんが、その近くの村から来ました」

 「あー……なるほど」


 お姉さんは一人納得したように頷きます。

 どういう事でしょうか?


 「私では詳しくは説明できませんが、祖母がその辺りの事を詳しく知っています。良ければ、後でお話を聞いてみたら如何でしょうか? 祖母もきっと喜んで頂けると思いますので。黒天狐様のご都合次第になるので、無理にとは言いませんが」

 「シアさん……?」

 「ユアンの好きにする。だけど、私も少し気になる」

 

 忌み子と黒天狐。

 その何が違うのか、そう呼ばれた僕の存在が何を意味するのか、そのヒントが転がっているようです。

 僕は悩みましたが、一つの決断を下します。


 「お姉さん、お食事が終わりましたら、お話をお伺いしたいと思いますので、おばあさんにお願いできますか?」

 「はい、必ずお伝え致します!」

 「ありがとうございます」

 「では、お食事をご堪能くださいませ」


 そう言って、お姉さんは部屋を直ぐに出ていくと思いきや、僕の食事風景を見ようと粘ります。

 いつまでも覗くお姉さんに、シアさんが「宿屋の受付嬢……評判……」と呟くと、ようやく慌てて部屋を離れていきました。シアさん凄いですね!

 ですが、その気持ちもわかります。僕もそうですが、好奇心には勝てない時がありますから。

 ようやく落ち着き、黒天狐という単語が気になったものの、黒天狐よりも食事の方に好奇心が勝り、待ちに待った食事に手を付けた。


 「美味しいです……」


 涙が出そうなくらい美味しいです。

 火龍の翼と食事した時も幸せでしたが、この食事はそれ以上でした。

 パンは柔らかく、塩気の効いた具材たっぷりのスープとよく合い、一品物の煮込まれたお肉はホロホロと口の中で溶けます。

 味も勿論、食感も匂いも楽しませてくれます。


 「シアさん美味しいですよ!」

 「うん、美味しい」


 シアさんも美味しそうにパクパクと口に料理を運んでいきます。


 「けど、贅沢すぎて後が怖いです」

 「そう?」

 「はい、今度、ゴブリンの干し肉様と比べてしまいそうです」

 「大丈夫。色々と食べてきたけど、あれはあれ。一つの食べ物として完成してる」

 「そうですか?」

 「うん。確かにこれは上品な味。だけど、あれは大味だけど懐かしい味。何よりも噛み応えがあって好き」

 

 どうやら、シアさんはゴブリンの干し肉を気に入ってくれているようです。

 そうでした、優秀な旅のお供です。この食事と干し肉様は違います。違う良さがあるのです!

 その事に気付いた僕はゴブリンの干し肉様に心の中で謝罪しました。

 これからもお願いしますと。

 しかし、幸せな時間は続きません。その代わり違う幸せは訪れますけどね。


 「お腹……いっぱいです」

 「ユアンはもっと沢山食べる」

 「無理ですよー……」


 結局、僕は全ての料理を食べきる事が出来ませんでした。それでも、お腹いっぱい美味しい料理を食べる事ができて、大満足です。幸せです。

 食べている時の幸福感と食べ終わった後の幸福感どちらも最高です。

 僕が食べきれなかった余りはシアさんが食べてくれました。それでもまだ余裕がありそうなのは、シアさんは意外と大食いだからでしょうか?

 それで、太っていないのが少し不思議です。


 「けど、大丈夫でしょうか」

 「何が?」

 「先ほどのお姉さんのお話です」


 幸せな気分にいつまでも浸ってはいられません。

 この後の予定では、お姉さんのおばあさんにお話を伺う事になっています。

 しかし、もしそれが罠だったら……と考えると少し不安です。

 もしも、あの話はでっち上げで、忌み子の僕を捕える工作だとしたらと考えると怖くなります。


 「その時は、私が全てを蹴散らす。ユアンは安心していればいい」

 「そうですよね、シアさんがいますからね!」


 そうでした。僕は一人ではありません。何かあればシアさんが居ます。僕もシアさんが居れば戦えるので問題ありません。

 一人でない事を改めて実感し、僕は食器を返す為に、おばあさんにお話を聞く為にお姉さんの元に向かいました。


 「!!! 黒てん…………わざわざ、返却ありがとうございます。お食事は如何でしたか?」


 一瞬、お姉さんは興奮したように大きな声を出しかけましたが、直ぐに食器を受け取ってくれました。

 まだ、食堂の方には人が居るので気遣ってくれたようですね。


 「はい、今までの食事の中で一番美味しかったです!」

 「そう言って頂けると、父も大変喜ぶと思います」

 「それで……」

 「……はい。後ほど祖母がお客様のお部屋にお邪魔すると思いますが、お客様はそちらよろしいでしょうか?」

 「問題ありません」

 「畏まりました。では、遅くならぬうちにお伺いすると思いますので、それまで部屋の方でお寛ぎくださいませ」


 どうやら、おばあさんが僕たちの部屋に来てくれるようです。ある意味、僕たちが迎え入れる事は安心できますね。

 自分の知らない空間、場所が危険という事は冒険者であれば知っている事ですので。

 僕たちは部屋に戻り、おばあさんが来るのをゆっくりと待つことにしました。

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