第14話 補助魔法使い、汚いと思われる
「此処ですかね?」
「ギルドのマークがある。多分、そう」
村が発展し始めている象徴の一つでしょうか、出来て間もないといった感じの綺麗な宿屋なので、僕が入るのは場違いな気がして思わず足が止まってしまったのです。
「本当にここですか?」
「うん、ナノウもそう言ってた」
「なんか、緊張しますね」
「宿屋は宿屋。一緒に入れば大丈夫」
シアさんに手を引かれ、心なしか重い扉を潜ると、カウンター越しから女性の声が出迎えてくれました。
「いらっしゃいませ、本日はお食事ですか、宿泊ですか?」
20代前半くらいの女性が座っています。この人が受付の人みたいですね。
「宿泊。二人、二日泊まりたい」
「宿泊ですね。今からですと、本日の代金はお二人、夕食込みで銀貨5枚、明日の宿泊が朝食と夕食込み銀貨6枚になりますが、よろしいですか?」
「間違えました。ごめんなさい」
2泊で金貨1枚と銀貨1枚だそうです! とてもじゃないですが、そんなお金は出せません。
僕は逃げるように踵を返し、外にでようとします。
が、しかし、シアさんに腕を掴まれてしまいました。
「し、しあさん! 早く出ますよ!」
「平気」
「平気じゃないです! そんなお金はとてもではありませんがありません!」
「平気。ユアン、紹介状。それで大丈夫」
「あ、そうでしたね。つい驚いて忘れていました」
宿屋の質、お姉さんの対応、値段に僕は混乱していたようです。
収納から紹介状を取り出し、受付のお姉さんに渡します。
「拝見させていただきます…………わかりました。ギルドマスターの紹介ですね。こちらの紹介状は一度きりの使用となりますのでこちらで処分させて頂きますが、よろしいですか?」
「処分ですか?」
「はい、ギルドマスターの支払いでお二人を宿泊させてほしいとの内容で、何度も使われるとギルドマスターの信頼に関わりますので」
確かにそうですね。此処に泊まる度に紹介状を使用していたら、ギルドマスターのお金がどんどんと飛んでしまいそうですね。
「わかりました、お願いします」
「ご理解いただきまして、ありがとうございます。では、宿泊ですが一人部屋が二つと二人部屋がご用意できますが、どちらになさいますか?」
「シアさん、どうしますか?」
「ユアンに任せる」
「えーーっと、それじゃあ、二人部屋でお願いします」
「畏まりました。部屋は階段を上がっていただき、左手の一番奥になります。鍵は外出の際はお預け頂けると助かります。万が一預けず紛失した場合は別途銀貨5枚頂きますのでご注意ください」
うぅ……宿屋怖いです。鍵をなくしただけで薬草50本分ですよ!
「わかった」
「では、お部屋に行かれる前に軽く説明させて頂きます」
まだあるのですか!
僕が以前に泊まった宿屋は適当に部屋に案内させられ放置でしたよ! 銅貨3枚の食事抜きの宿屋でしたけどね。
おどおどしている僕を他所にお姉さんは説明を始めます。
ここで話を聞いていなくて、変な事をしてしまったら大変ですからね、しっかりと聞いておかないといけませんね。
「宿屋のサービスとして大浴場を使用することができます。場所は此処から右手、湯と書かれた暖簾がある場所です。ただし、男女時間制になっておりますのでお気をつけください。今ならば、女性の宿泊はお二人だけですので、貸し切ってご利用もできます。ただ今、夕食の準備をしておりますので、夕食前に汗を流しては如何でしょうか?」
お風呂……ですか?
「シアさんお風呂ってどんなところですか?」
その言葉に受付のお姉さんは一歩下がりました。
何故でしょう?
「お風呂は体を洗い、お湯で温まるところ」
「そんな所があるのですね」
「えっと、お客様はお風呂に入った事ないのですか?」
「はい、初めてです」
その言葉にお姉さんの笑顔が引き攣って固まりました。
「ユアン、ないの?」
「はい、孤児院はもちろん僕の住んでいた村にはなかったですよ?」
もしかしたら、貴族の家にはあったのかもしれませんけどね。
少なくとも、僕の住んでいた村にはそのようなものはなかったと思います。
「ユアン……もしかして、汚い?」
「し、失礼ですよ! ちゃんと綺麗にしてますよ!」
ちゃんと
ですが、二人は僕がお風呂に入った事がなく汚いと思っているようです。汚いと思われるのは嫌なので、シアさんに洗浄魔法の事を説明する必要があるようですね。
「浄化魔法ですか?」
ですが、僕の説明に反応したのはお姉さんでした。
「はい、衣服や身体の汚れを落としてくれる魔法ですよ」
「そんな魔法があるのですね!」
「大丈夫、多少汚れていても私はユアンなら気にしない」
むぅ……二人とも信じてくれていないようです。此処はしっかりと効果を見せる必要がありますね。
そう考えていると、ちょうどいい実験台……ではなくて、浄化魔法の効果を証明できそうな人物がお姉さんの後ろから現れました。
「そろそろ夕食が出来る。お客様に伝えてくれ」
「ちょっと、お父さん汗臭いし、エプロン汚れてるよ。それにお客様の前!」
「おっとすまねぇな。ただ、火の傍で鍋を振って、料理していれば汚れるのは仕方ねぇよ」
おじさんは僕たちの前でも汚れた姿を気にした素振りは見せていません。庶民的な僕はそれに少し安心できますね。
それよりも、やることがありましたよ! 僕はこの汚名返上のチャンスを逃す訳にはいきませんからね!
「おじさん、ちょっとこっちに来てもらえますか?」
「ん? 俺は忙しいんだが」
「少しだけです! 僕の信用が関わっているんです!」
「まぁ、そこまで言うのならちょっとだけなら」
「二人とも、ちゃんと見ていてくださいね!……
「うお!」
淡い光がおじさんを包み、光が消えると、おじさんのエプロンは真っ白に変わります。
「すごいな、風呂上りみたいにさっぱりした感じだな。嬢ちゃんありがとうよ!」
「本当だ、汗臭くもないわね……」
「ユアン、すごい」
どうやら、僕が汚くないと証明が出来たようです。
「汚くないのはわかった……りましたが、お風呂は疲れを癒す効果もありますので、良ければご利用ください。それと、説明の続きですが、今から鐘を鳴らします。それが、食事の出来る時間帯の合図になります。一応、朝は部屋に声をかけにいきますので、聞き逃した場合でもご安心ください」
「わかりました」
「お食事はご希望であれば、部屋でとる事も可能ですので、その際はお申し付けください」
「ありがとうございます」
「では、ごゆっくりお休みくださいませ」
受付のお姉さんの説明が終わり、僕たちは部屋の確認のため、一度部屋に向かうことになりました。
そして、部屋を開けた瞬間、僕は気持ちも身体も跳ね上がりました!
「広いですね! シアさん、シアさん! ベッドがありますよ!」
「ユアン嬉しそう」
嬉しいというより、感動です!
高い宿屋は床に寝なくても良いと聞いていましたが、本当だったみたいです!
「こんな高級な宿に泊まれるとは思いませんでした……」
「この宿屋は中の上くらいだと思う。もっと上もある」
「そうなのですか!?」
「うん、ベッドももっと大きくて、部屋に調理場とお風呂とトイレがついている宿屋もあった」
「え……お風呂とトイレが部屋に? 逆に汚くないですか?」
「ユアン、多分勘違いしている。一つの部屋にお風呂とトイレがある訳じゃない。繋がった別室がある」
「そこは、家ですか?」
「違う、宿屋の中の一室」
この部屋でも僕にとっては高級だと思いましたが、シアさんは中の上と言いました。
世の中は驚きの連続ですね。如何に僕が小さな世界で生きてきたかがよくわかります。
「それで、どうする?」
「とりあえず……この気持ちよさそうな布団で寝ます!」
「だめ」
布団にダイブしようとすると、シアさんに捕まえられました。
「どうしてです?」
「ユアンが綺麗なのはわかった。だけど、折角お風呂に入れるなら入るべき」
「でもー……」
「でも、じゃない」
「シアさん僕に任せるって言ってくれてましたよ!」
「それとこれは別。私はユアンに全てを任せても良いと思ってる。だけど、ユアンの為になることならしてあげたい……だめ?」
「ダメ、じゃないです」
「ありがとう」
結局、僕はシアさんに連れられ、お風呂に入る事になりました。
シアさんは年上なのに、急に小首を傾げたり、つぶらな瞳で見て来たりして、可愛すぎるところがあるのはずるいと思います!
特に、シアさんの「だめ?」は強烈すぎて、僕はそれだけで、全て許せてしまいそうです。
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