第11話 Eランク冒険者、契約を結ぶ
「お疲れ様でした」
感知魔法に赤い点はなし。無事に殲滅できたようです。
リンシアさんは将軍の胸に刺さった剣を回収し、血を拭うと僕の元へゆっくりと歩いてきます。
戦闘を終えたリンシアさんの表情は未だ険しくて、金色の目は強い意志に染まったままです。
僕は若干、気圧されながらもリンシアさんを迎えました。
「何か問題はありまーー!?」
静かに近づいてくるリンシアさんに声をかけると、リンシアさんはいきなり僕の前で片膝を地につけ、2対の剣の一方……黒色の剣を差し出し跪きました。
「我が主よ、剣を受け取り下さい」
「え……えぇ?」
何故リンシアさんは僕に跪いたのか。
何故リンシアさんは僕の事を主と呼んだのか。
何故リンシアさんは僕に剣を差し出しているのか。
何故、ナゼ、なぜ……僕の頭は一瞬で混乱しました。
「受け取って、くださらないのですか?」
「え、あぁ……ありがとう」
上目遣いで金色の目に見つめられ、混乱した私は思わず、剣を受け取ってしまった。
その瞬間、私とリンシアの周りに魔法陣が展開され、私達は光に包まれる。
「い、一体何が……?」
解析しようにも一瞬の事で追い付かなかった。唯一読みとれたのは、影狼 契約 の文字くらい。
「我ら影狼一族は、主と認めた者に仕える事こそが使命であり、喜び。
主の剣となり盾となる事を2対の剣と共に、主に忠誠を誓います」
跪いたまま、リンシアさんは深く頭を下げました。
「お断りします!」
「!?!?!?」
僕の返事が予想外だったのか、リンシアさんは顔をあげ、目をぱちくりとさせています。
「どうして、ですか?」
今にも泣き出しそうな表情で僕を見つめてきますが、僕はその表情に負けず、しっかりと断った理由を伝えなければなりません。
「どうしてって……僕は忠誠を誓われるような立派ではありませんから。それに、僕の目的はリンシアさんが求めるようなものではきっとないからです!」
「では、主の目的は何ですか?」
「僕の目的は……家です」
「家?」
「はい、いつか落ち着いた場所に家を建て、薬草などを採取したり、人の病気や傷を癒したりして生計を立て、ひっそりのんびり生涯を終えるのです!」
これが、僕の目的です。
決して誰かに誇れるような目的ではありませんよね。
「ならば、その家を守ります」
「どうしてそうなるのですか!?」
僕は世界を救う勇者でも、平等な愛を捧ぐ聖女でもありません。
ただ、忌み子と呼ばれた補助魔法が得意なEランク冒険者です。
僕に何かを期待されているのならば困ります。
それを伝えるも、リンシアさんは構わないと言ってきます。
仕える、断る、それでも仕える、無理だと伝える。
何度もそのやりとりを行い、ついに僕が折れました。
「それなら、まずはパーティーを組んで、お互いの事を知るというのはどうでしょうか?」
「パーティー……ですか?」
「はい、そこでリンシアさんが本当に仕えるべき相手かどうか見定めてからも遅くないと思います」
「見定める必要はないです。主は主ですので、それに……既に契約は成立しました」
「契約って……さっきの魔法陣ですか?」
「はい、影狼族に伝わる契約魔法です。私が仕えるのに値する主と誓った時に発動する魔法です。一度、契約したらその契約は破棄できません」
何と言う事でしょう。いつの間にか大変な事になっているようです。
「もしも、契約を破棄するとどうなるのですか?」
「出来るかはわかりませんが、もし、破棄されたのならば、私は不要という事。その時は私の命は無価値、命を絶ちます」
僕は頭を抱えたくなりました。
混乱してたとはいえ、受け取った剣がここまで重いとは思いませんでした。勿論、事の重要性がですよ? リンシアさんから受け取った剣がプルプルと震えてきてるのも剣の重さではないですからね。
「とーにーかーく。まずはパーティーを組んでから考えませんか?」
「考える余地はありませんが、主がそう仰るのなら」
「それと、主はやめてください。僕にはユアンって名前がありますので。それと、その口調も他人行儀っぽくて嫌です」
「ですが、主は主……」
「ゆ・あ・ん……ですよ! さっきまで呼んでいたように呼んで、しゃべってください。そこは譲れませんからね!」
念を押すように言うと、リンシアさんは戸惑ったような表情をした。おろおろと挙動不審なのが少し可愛く見えます。
「わかりましー……」
「違いますよね?」
「わかった……ゆ、ゆあん。これで、いい?」
上目遣いに小首を傾げ、頭の上の耳がピクピクと動いていますよ!
なんだか可愛すぎて眩暈がしそうです。
「はい、至らない点ばかりですが、よろしくお願いします」
「ユアンに至らない点はない。私の方こそよろしく頼みまー「ゴホンっ」……頼む」
また敬語を使おうとしたので、咳払いして訂正を促します。
油断するとこうなりそうなので、気を付けなければいけませんね。それに、リンシアさんの事は信頼できそうなので、見限られない様に頑張りたいです。
何せ、臨時ではなく、本格的なパーティーですからね!
そんな決意を元に僕たちはオークを僕の収納魔法で片付け、一度ギルドに報告の為に村に戻る事になりました。
来るときは1人でしたが、帰りは2人。経緯はちょっと変ですが、リンシアさんと歩く森は心地よく感じました。
「影狼族の集落はアルティカ共和国の北にある。私もそこで生まれた」
「どんな場所ですか?」
「ずっと雪の積もる、とても寒い所」
「それは……大変そうですね」
「影狼族は寒さに強いから平気」
村へ帰りながら、僕はリンシアさんの故郷について尋ねました。これから一緒に過ごす仲間として、色々と知っておきたいことがありますからね、
歩きながら色々とリンシアさんの事も聞くことが出来、話を纏めると、年は17歳で僕よりも年上で姉と妹が1人ずついる事、冒険者になれる年になると集落を強制的に追い出される事、長に認められる功績、または主を連れてこない限り集落に戻れない事などを教えて貰いました。
影狼族はずいぶんと過酷で厳しい生き方を強いられているようです。
だけどそれって、僕たちが頑張り認められる功績をあげるか、僕が影狼族の長に認められない限り、リンシアさんは集落へ戻る事ができないってことですよね。
どうやら、責任重大ですよ?
「ユアンが気にしなくてもいい。私は戻りたいと思わないから」
「そうなのですか?」
「じじい……長は頭が固い。それに、集落に帰ったら結婚させられるから」
影狼族の長はリンシアさんのお爺さんみたいですね。いつかはリンシアさんのお父さんが長になる予定みたいですが、お爺さんはまだまだ元気なようでそれも当分先のようです。
つまり、リンシアさんは長の孫にあたり、長の候補の一人みたいです。
しかし、リンシアさんは無理やり結婚させられるのが嫌なようで戻る気はないみたいですね。
強き血を持つ一族を残すために村に戻る事を許された者たちで結婚するしきたりがあり、自分で選ぶことは出来ないみたいですからね。
「だから、私は認められなくてもいいから自由に生きたい」
「わかります。誰かに求められ、望まれる生き方は御免です」
「だから、私はユアンと共に生きる」
僕もいつかは結婚し、家庭を築くかもしれませんけどね。今の所はその予定はありませんけど、リンシアさんはどうするのでしょうか……?
「けど、本当にリンシアさんはー……」
「シアでいい。親しい人はそう呼ぶ。ユアンにもそう呼んでほしい」
「わかりました。それで、シアさんは帝国を離れて、またアルティカ共和国の領地に戻ってもいいのですか?」
僕の向かう先はアルティカ共和国です。僕のような獣人が集まる国で、シアさんの住むところは過酷かもしれないが、自然豊かで穏やかな気候で有名な国と聞きます。
しかし、僕についてくるとなると、折角ここまで来たのに再び戻る事になってしまいますよね。
「構わない。私は主を求めて各地を転々としていただけ。主……ユアンがいる場所ならどこでもいい」
「僕としてはシアさんが居てくれるのは助かりますけど……本当に僕でいいのですか? いえ、何故僕なのですか?」
「ユアンは私の死を救ってくれた。傷を癒し、温かい光で包んでくれた。私の力を引き出してくれた。直感でユアンが必要だとわかった」
「そ、そうですか」
恥ずかし気もなく伝わる真っすぐな気持ちに僕が恥ずかしくなってしまいます。
僕がここまで認められたのは初めてなので、耐性がないようです。
「それとユアンのお陰で私も魔法を少し使えるようになった」
「僕のお陰ですか?」
「そう。契約魔法でユアンとの繋がりが出来たから」
「繋がり?」
僕にはわからないようですが、シアさんは僕との繋がりを感じているようです。
「ユアンは常に魔力を体に流しているから私に伝わってくる。私も魔力を流せば多分ユアンにも伝わると思う」
そう言って、シアさんは魔力を体に流す。
すると、シアさんの魔力と僕の魔力が結び付くような感覚がわかりました。
「ある程度の距離なら私はユアンの場所がわかる。私も魔力を使えば、ユアンにも伝わる……多分」
「いえ、シアさんが魔力を使わなくても、ちゃんと伝わってくるので大丈夫ですよ」
「流石、私の主」
感知魔法で相手の場所がわかるような感じで、更に相手の状態も伝わってくる気がします。
「後は、少しだけユアンの魔法が使えるようになった」
「僕の魔法ですか?」
「そう……
「ーーっ!」
シアさんの周りに漆黒の霧が展開されました。これは相手の攻撃を防ぐことはできないですが、相手の攻撃を返す事のできる反撃の魔法ですね。
「闇魔法……ですね」
「ユアンも使える」
「使え……ます。だけど、僕は光魔法の方が得意なのであまり使わないですね!」
「そう。ユアンは光、私は闇でちょうどいい」
「そう、ですね!」
僕は闇魔法も攻撃魔法と同じくらい…………苦手です。
理由を聞かれないうちに話題を逸らしましょう。
「他の魔法はどうですか?」
「後は……
目の前にいた筈のシアさんの姿が消えました。匂いを辿るもその匂いすらも感じとれません。
簡単に言えば透明人間になれる魔法ですね。
「効果は短いけど、速さを生業にしている私には有難い魔法」
シアさんの速さは目で追うのは不可能ではありません。ですが、目で追えていた姿がいきなり消えたとなると、相手は目標を失い、その隙が死に繋がる事になると思います。
「有用なスキルが手に入って良かったです」
「だけど、魔法使えるようになったけど、元々の魔力が少ない。だから、あまり連続しては使えない」
「魔法の事なら僕も手伝えます。一緒に鍛錬しましょうね」
「うん、お願いする」
「それで……僕に恩恵はないのですか!?」
シアさんが僕との契約で恩恵を得たのならば、僕にも恩恵があってもいいですよね?
少し、期待を期待しちゃいますよ。
「もちろんある」
「本当ですか!」
ありました! どんな恩恵を頂いたのでしょうか? 新しい魔法を覚えたりするとワクワクしますよね、そんな気分です!
「うん、ユアンが死んだとき、代わりにその傷を私に譲渡できる。だから、一度だけユアンは死なない」
更に重圧をかけてきました!!!
シアさんの運命は僕が握っていると言っても最早過言ではありません!
「いりません! そんな恩恵はいりません」
「大丈夫、ユアンは死なない。私も死なない。私が守る」
「そういう問題じゃなくてですね……」
「一緒に頑張ればいい」
何も問題ないと、シアさんが1人で納得して頷いています……。
「そういう事でいいですよ……もぅ」
恩恵らしい恩恵がなくて、僕は少し項垂れてしまうのは仕方ないですよね。いえ、普通の人によってはかなり大きな恩恵なのでしょうが、防御魔法に自信があり、人の死を利用してまで生き残りたい願望がない僕にとっては恩恵とはいえません。
「あと」
「あと?」
「身体能力が少しだけ上がったと思う」
ありました!
契約魔法の恩恵がありましたよ!!!
「具体的にどれくらいでしょうか?」
「これ持ってみて」
契約魔法が発動した時の剣を差し出され、受け取ると、あの時よりも若干軽く感じる……気がします。
「どう?」
「どうと言われても……」
両手で剣を掴み、腕を伸ばし剣を構えますが……。
無理でした。
5分と持ちません。腕がプルプルします。
「……契約魔法が馴染めばもっと身体能力はあがる……多分」
「多分なのですね」
結局、身体能力がどの程度あがったかはわかりませんでした。
シアさんが言ったように身体能力が上がった事が体感できるようになればいいのですが……。
ですが、シアさんにはかなりの恩恵があったようで良かったです。
しかし、ただでさえCランクの腕前のシアさんがこれ以上強くなったのならば、Bランクくらいあるのかもしれませんね。
本当にEランクの僕が一緒にいていいか不安になります。
そんな事を考えている間に僕たちは森の出口へとたどり着いた。
「無事に出られましたね」
「ユアンのお陰」
「2人で頑張ったからですよ」
「うん。そういう事にしとく」
「改めて、よろしくお願いしますね。シアさん」
「こちらこそ、ユアン」
僕たちを祝福するように、優しい風が吹きぬけました。
心地いい風を身に浴びながら、僕たちは報告の為に村へとゆっくり向かっていくのでした。
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