第8話 Eランク冒険者、リンシアさんと森で出会う?
目が覚めると不思議な光景でした。日が昇っていない薄暗い中、僕の目に寝る前にはなかった筈の真っ黒な枕があるのです。
寝ぼけたまま、その枕に頭を乗せます。
温かくて柔らかい極上の枕です。このまま二度寝したら最高に気持ちいでしょう。
「起きた?」
僕の頭上から声が聞こえた。気のせいでしょうか? ですが、それを確かめるよりも眠りの欲求が勝ります。
「いえ、まだ眠いので寝ます」
一応、気のせいかもしれませんが返事をしておきます。気のせいだったらただの独り言なので恥ずかしくはないので。
「そう……おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
会話が続いたので誰か居るようでしたが、確認することをせずに、僕は再び眠りにつきます。温かい森の中で眠るのは最高に気持ちいいですので。
「んー……よく寝ました」
日が昇り始めた頃、太陽の光に起こされる様に目が覚めた。
「おはよう」
「……おはようございます?」
寝ころんだまま、声の方を向くと至近距離に女性がいました。
状況を確認すると僕は女性のモモを枕に眠っていたようです。
そういえば、深夜に一度目を覚ました記憶があります。カンカンとバリアーを殴られる音で目が覚めた事を思い出す。
しかし、感知魔法の反応を見る限りゴブリンが5匹と脅威にならなそうなので再度眠りについた記憶があり、その時に人の反応が近くに来た……所で記憶がありません。
「状況わかってる?」
「はい、柔らかくていい枕です」
女性の顔には見覚えがありました。
「リンシアさん……でしたよね、ありがとうございました。お陰でよく寝られました」
身を起こすと、リンシアさんは木に寄りかかり足を伸ばして座っているようです。
「それはよかった。最初はゴブリンに殺されたかと思った」
リンシアさんの言葉に辺りを見渡すと、ゴブリンの死体が5つ転がっている。どうやら、リンシアさんがゴブリンを倒してくれたようです。
「これは、ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「別にいい、たまたまだから」
「それで、犬のお姉さんはどうしてここにいるのですか?」
僕と遭遇したのはたまたまでしょうが、夜に森に居たのはたまたまではないでしょう。僕は何となくそれが気になり尋ねる。
「リンシアでいい。それと、私は犬ではなくて影狼族。犬族と一緒にされるのは不愉快」
どうやら犬ではなくて狼のようでした。
「申し訳ありません」
「別にいい。それよりもあなたは?」
どうやら僕の質問には答えるつもりはないようで、自然に話の流れを変えられてしまった。
そうなると、無理に話を聞くわけにはいかないですよね。
「僕はユアンです。Eランクの冒険者として活動しています」
「Eランク……?」
Eランクと聞き、不思議そうに首を傾げた。
「ゴブリンに囲まれても平然と寝ているし、私を枕代わりにする程図太いからもっと高ランクかと思った」
静かな口調で淡々と酷い事を言われました。 少しショックです。
「冗談。私も気にしていない。それよりもユアン獣人?」
「冗談ならいいですけど……。獣人と言っていいかわかりませんが……」
僕はフードを外し、隠している狐耳を見せる。当然、髪の色は黒……忌み子と呼ばれる存在だという事を伝える。
「狐の獣人」
「違いますよ、人間と獣人の間に生まれた……忌み子です」
人間は人間。獣人は獣人。その間はどちらでもない忌み子でしかありません。
「気にする必要ない。それは人間がそう言っているだけ」
初耳でした。人間の傍に育ち、忌み子と呼ばれ続けたのでそう思っていたのですが、どうやら獣人の中では違う認識のようです。
「だから、心配しないで獣人である事を誇りたいなら誇ればいい」
「ありがとうございます」
人間の元を離れ、夢を叶えるために、獣人の集まるアルティカ共和国を目指していたのは間違いではなかったようです。
「くぅぅぅ~」
折角いい話で終わりそうなのに、僕のお腹は自重してくれませんでした。
「ユアンのお腹は空気読めない」
「否定はできませんね、何せ素直がウリですから」
恥ずかしさを誤魔化すために自分で素直とか言ってしまいました。
「見ればわかる」
それなのに、冗談を真顔で返されてしまいました。素直に見えて、そうでないかもしれませんよ?
「食事をとるなら村へ戻る?」
「いえ、僕は保存食があるのでそれを食べる事にします」
次元収納からゴブリンの干し肉を取り出す。
「流石、狐の獣人……魔力が高い証拠」
「人間の血も混ざっているからだと思いますけどね。何にせよ便利なので有難いものです」
例の如くカップに湯を張り、干し肉を浸します。
じーー……。
少しずつ干し肉に塗った香草が溶けていくのがわかります。
じーーーーー……。
もう少しすればもっと柔らかくなりますが、僕は少し硬い方が噛み応えがあって好きなんですよね。
じーーーーーーーーー……。
そして、視線がすごいです。
「リンシアさんも食べますか?」
一応、僕が眠っている間、心配して護衛をしてくれたみたいですし……何よりもあの金色の目に見つめられると緊張します。
「いいの?」
目を大きく開き、嬉しそうな声で同意を求めてきました。表情は無表情なので器用なものです。
「はい。僕の秘匿の技術が詰まっていますので、内緒でお願いしますよ?」
「わかった。約束する」
干し肉の入ったカップとフォークを渡し、リンシアさんはすぐに、干し肉を口に運びました。
「結構……味が濃い。肉も噛みごたえがある。スープも辛みと苦みがあっていい感じ」
「普段の食事は勿論……野営時の食事にも優秀ですよ。市販の干し肉は高いし、ただしょっぱいだけですからね」
この干し肉10キロ作るのに、イノシシの肉で干し肉を作ると1キロしか作れません。
とても高くて手が出ませんよね?
「わかる。この肉は噛めば噛むほど複雑な味がでる。肉特有の臭みがあるけど、それが懐かしくて癖になる。しょっぱいだけだと飽きる」
リンシアさんは気に入ったようで、バクバクと干し肉を食べ、スープを啜る。
「なくなった……」
空になったカップを見つめるリンシアさんの瞳は悲しみに染まっています。
「安心してください。干し肉は幾らでもありますので」
気をよくした僕は追加のゴブリンの干し肉スープをリンシアさんに渡してあげます。
「ありがとう……ユアンは料理上手」
「これでも、孤児院で散々料理を作りましたので、経験はそれなりにあるつもりです」
「それなら納得。これは家庭の味」
「研究の賜物ですよ」
やはり、ゴブリンの干し肉様はとても優秀だったようです。何せ、リンシアさんは5回もおかわりをしてくれました。
「お腹いっぱい……ありがとう」
「いえいえ、気に入ってくれたのなら良かったです。他の人はあまり食べてくれなかったので」
「それは勿体ない。その人たちは味覚がおかしい」
「好みがあるので仕方ないですよ」
ちなみに僕は何でも食べるので好き嫌いはありません。多少の毒でも回復魔法で治せますからね。流石に腐ったものは食べませんけど。
「ユアンは孤児院で育ったの?」
食事を終え、まったりと日光浴をしていると、リンシアさんが思い出したように聞いてきました。
「そうです。15歳になった時に、孤児院から旅立ちました」
「15歳?……もう少し下かと思った」
「よく言われます」
「それで、孤児院は近いの?」
「帝都の近くの村なのでかなり遠くまで来てしまいましたね」
「いいの?」
「はい、僕はアルティカ共和国を目指していますので」
そこで拠点を構え、お金を稼ぎ仕送りをする。それが、第一の目標です。
ちなみにですが、ギルドカードにお金を貯める事ができます。そのお金はギルドカードに情報が記録されているので何処のギルドでも一定の額ならば降ろす事ができます。
そして、ギルド同士、情報をやりとりできるので、送金することも可能です。なので、離れていても仕送りは簡単にできます。
「淋しくない?」
「慣れました。二度と会えない訳ではありませんので」
「そう、ならいい」
どうやら心配してくれていたようです。
「それじゃ、私もそろそろ仕事に戻る」
「はい、僕は一度村に戻って依頼の報告と新しい依頼を探してみようと思います」
もしかしたら薬草と流水草以外の採取依頼が出ているかもしれませんからね。出来る限りここで稼げるだけ稼ぎたいと思っています。
何せ……新しい採取ポイントを見つけてしまいましたから!
「何かあったら頼るといい」
「その時はお願いしますね」
「それと、森の奥にはあまり来ない方がいい。オークが集まってる」
警備兵のおじさんも言っていたけど、本当にいるみたいですね。
「わかりました。リンシアさんの仕事がそれですか?」
「そう。ギルドマスターからの調査依頼。この村に高いランクの冒険者が来ないからCランクの私が受ける事になった」
Cランクといえば、僕の2つ上のランクでベテランと称されるランクですね。Dランクが一人前と称されるのでリンシアさんは腕のいい冒険者のようです。しかも、僕と同じで基本的にソロみたいですしね。
「では、リンシアさんもお気をつけて」
「そっちも。ユアンの事、少し気に入った。村で会ったら今度は私が奢る」
「本当ですか!? 楽しみにしていますね」
「私も。それじゃ」
軽く手をあげて、リンシアさんは森の奥へと消えていきます。きっと、あちらの方にオークでもいるのでしょうか?
安全に採取が出来るように踏み入らない様に気を付けたいですね。
とりあえず、採取依頼の報告と納品を済ませるために僕は一度村へと戻る事にしました。
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