第5話 Eランク冒険者、保存食を食べる

 「馬車ですよ、馬車! こんな景色なんですね」

 「嬢ちゃん馬車は初めてなのかい?」


 初めて乗った馬車に思わずはしゃいでしまった僕に痩せ気味のルイーダさんが珍しそうに声をかけてくれました。


 「そうですね。今まで乗る機会がなかったのもので」


 正確には乗れる機会ですけどね。

 馬車と徒歩……どちらが節約になるかと問われれば僕の場合は徒歩です。

 馬車は距離によりますが銀貨1枚から3枚ほどが相場らしいです。勿論、危険な道を通り目的地に向かうのであれば、冒険者を雇ったりするので値段は上がるようですけど。

 しかし、無料で乗れる方法もあります。

 今回のようなケースです。

 冒険者が移動も兼ねて馬車に乗せて貰う代わりに護衛をしたり。ギルドで護衛依頼として受ける場合があります。大体は複数人の募集になる事が多いので、ボッチの僕には無縁だったりしますけどね……少し悲しくなってきました。

 そんな訳でソロで活動している僕は馬車に乗るのは初めてだったりします。


 「歩くよりも速いし、流れる景色を楽しめますし、馬車っていいですね」

 「そうか……?」


 僕の感想に、呻くようにリクウさんが答えました。顔を見ると青白く、具合が悪そうにしています。


 「どうしたのですか?」

 「お前は問題ない様だが、俺はこの揺れが無理だな……酔ったみたいだ」

 「私もこの揺れはお尻に響くからちょっと辛いわね」


 リクウさんは揺れに酔い、マリナさんはお尻が痛い様です。


 「辛そうですね……トリートメント!」

 リクウさんに簡単な状態異常を治す魔法をかけてあげます。軽い毒や麻痺などを除去できる魔法ですが、酔いにも効果があります。


 「助かった。かなり楽になったよ」


 魔法をかけると、青白かった顔も生気を取り戻した顔色に変わっていきます。


 「辛くなったらいつでも言ってくださいね。マリナさんにはこれを」


 収納魔法からウルフの毛皮と鳥の羽を詰めたクッションを渡してあげました。少し暑いかもしれないですが、痛いよりはマシだと思います。


 「ありがとう……これだけで、全然違うわね」

 「いえいえ、水が欲しかったりしたら言ってくださいね」

 「なんか便利だな」


 戦闘以外にも役に立てるように準備してきた甲斐があったようですね。


 「でも……この揺れは眠くなりますね」

 「寝るにはちょっと揺れが厳しくないか?」


 街道は整備されていますが、時々小石を踏んだりして、馬車が跳ねるように揺れる事がありますが、それでも、僕は問題ないです。


 「護衛の仕事がなければ十分に眠れますよー」

 「なら、寝ててもいいわよ? 警戒は暫くは私達がしてるから」

 「でも……」

 「嬢ちゃん護衛間で話し合って、ちゃんと護衛をしてくれるなら俺たちは気にしないぜ。疲労で戦闘に支障がある方が俺らは困るからな」

 「ルイーダさんもそう言ってくれてるし、少し休むといいわ。交代で私達も休めるしね」

 「そういう事なら……」


 みんなの了承を経て、僕は馬車の中で眠りにつくことになりました。


 孤児院の生活のお陰で僕は何処でも眠れる技術があります。隙間風の入り込む雪の降る日や風の吹かない熱気の籠った真夏に眠る事を考えれば余程快適な空間ですよね!


 荷物と荷物の隙間に身をおさめ、ゴトゴトと揺れる馬車の中、僕は眠りの海に落ちていったのです。

 



 「明日の昼くらいには村へ着けそうだし、今日はこの辺で野営という事でよろしいですかな?」

 「あぁ、雇い主の意向に俺たちは従うよ」

 「この辺りなら危ない魔物もいないと思うからいいと思うわ」


 誰かが会話しているのが聞こえる。だけど、それが誰かと考えるよりも睡眠への誘いには勝てません。


 「……アン、……ユアン」


 誰でしょう、僕の眠りを妨げるのは?


 「起きてってば」


 ゆさゆさと体を揺らされる。


 「後、30分は大丈夫です」

 「大丈夫とかじゃないわよ!」

 「痛いです!」


 頭を叩かれたようです。実際に痛みはありませんが、反射的に言ってしまう事ってありますよね。


 「やっと起きたわね。野営するから準備を手伝って」

 「わかりまひた」


 欠伸を押し込めながら返事をし、馬車を降りる。

 日は沈みかけ、辺りは暗くなり始めていました。


 「すみません……寝すぎてしまいました」


 野営の支度をしているリクウさんと商人の方々に頭を下げる。


 「簡単な野営ですので問題ありませんよ。日が落ちてからが危ないので、ゆっくりと休んで夜に備えて頂けたのなら、こちらとしても助かります」


 護衛の仕事を全うできず、怒られても仕方ないのにザックさんは笑って期待していると言ってくれました。


 「はい、休ませていただいた分、夜はしっかり働きますね」

 「お願いします。では、明日の朝早くに出発する予定ですので、それに備え食事をとり休みましょう」


 食事は短い移動という事で各自で用意するようです。


 「ユアンさんに確認はとっていませんでしたが、お食事の方は大丈夫ですか?」

 「はい、問題ありませんよ」


 徒歩のが安上がりといったのはこの辺りにもあります。

 僕の収納魔法の中には食料が沢山あります。なので、徒歩で移動し時間がかかっても食料も水もある僕に無駄な出費はないのです。もちろん水も自力で用意できますよ。


 「それなら安心しました。焚火を焚きましたので、良ければ皆さんもそちらで食事を致しましょう」


 寝ている間に、馬車は街道から少し外れ、見通しの良い場所に移動していたようです。

 既に焚火が灯りとなり辺りを照らし、夜への備えにもなっていて、その近くには一緒の馬車だったルイーダさんとまだ話したことのない、ナーノさんが寛いでいました。


 「いくら見通しがいいからって油断はするなよ」

 「はい、空の方も気を付けておきます」

 「後は焚火ね。朝まで絶やさないようにしないとね」


 仕事の注意点などを確認し、打ち合わせを軽くしながら僕たちも焚火を囲むように座ります。

 食事に始まりの合図はなく、各々が自分らで用意した物を食べるようにして始まりました。

 商人さん達もリクウさん達は夜の食事に用意してあっただろうサンドイッチや柔らかいパンなどを食べており、日持ちのしない食べ物ばかりです。

 これが長い移動となるとそうはいきません。

 まず、優先されるのは水。これは人間は勿論、馬車を牽く馬にも必要になりますからね。

 そして、食料。これは比較的長い間、日持ちのするその為に作られたカッチカチのパンや、しょっぱい干し肉などが選ばれます。

 高ランクの冒険者であれば、美味とされるオークやイノシシなどを狩り、現地調達も可能です。だけどその場合は、血抜きで魔物を呼び寄せたりする可能性もあるので、腕と野営をする場所などを考える必要があるようです。

 僕の収納魔法の中には現在オークが2匹入っていますが、血抜きが終わってなく、万が一にも魔物やウルフなどを呼び寄せてしまっても困るので話し合った結果、お見送りとなっています……残念ですけどね。

 でも、僕も大量に食料は持っているので問題はありません。しかも、僕でも大量に所持できるほどに安く、長い間保存のできる優れた食料です。


 「いただきます」


 カップにお湯を張り、そのお湯に取り出した物を浸ける。食べれるまで時間がかかるのが難点ではあるりますが、食事をとれるだけでもありがたいので待つのも苦ではないです。


 「なぁ、ユアン……何してるんだ?」


 僕の行動を不思議に思ったのか、リクウさんがカップを注視してきました。


 「食事の準備ですよ? こうすることで、お湯に味が染み、肉も柔らかくなるので一石二鳥ってやつです」


 更にパンにも浸せば、パンも柔らかくなってパンにも味がつく。一石二鳥どころではなく、一石四鳥かもしれないですね。


 「見た事のない肉ね……美味いの?」


 見た事のない。

 その言葉に反応したのか、ザックさん達からも視線を集めてしまいました。

 5人の視線が僕の持つマグカップに集まっています。

 正直食べづらいです。


 「美味しいかは人それぞれかもしれませんが、僕は普通に食べれますよ」


 柔らかくなった肉を齧る……うん、いつも通りですね。


 「ねぇ、良かったら一口貰えない?」

 「本当は誰にもあげないのですが、特別ですよ?」


 カップをマリナさんに差し出し、それをマリナさんはフォークで刺しました。


 「結構硬いわね……」


 躊躇いながらも、フォークを口に運び、肉を一口齧る。


 「ぶはっ!!!」

 「僕のお肉が!?」


 女性らしからぬ勢いでマリナさんは肉を吐き出し、激しく咳き込みました。


 「マリナ大丈夫か!?」

 「げほっ……口の中が臭い! 苦みが消えない!」

 「ユアン! マリナに何をした!」

 「何って……」


 何をしたって……見ての通り僕の食事を少し分けただけなのですが。


 「もしかして……毒か!」

 「ち、ちがいます! そんなことはしませんよ! と、トリートメント!」


 光がマリナさんを包む。


 「ダメ……よ、消えない」

 「馬鹿な!」

 「とりあえず、スープで口直しを……」


 マリナさんにスープを渡し、マリナさんはそのスープを口に含むと同時に今度はスープを盛大に吹きだしてしまいました。


 「苦い辛いまずい! み、水をちょうだい!」


 リクウさんが大急ぎでマリナさんに水差しを差し出すと、マリナさんは躊躇うことなく水差しに口をつけ、口を濯ぎ、うがいをしている。

 繰り返す事、数回……いや、数十回。マリナさんが漸く長く深い息を吐きだしたあと、ようやく落ち着きました。


 「死ぬかと思ったわ。大袈裟に、ではなくて本気で」


 とても心外です。


 「で、毒だったのか?」

 「いえ……とてつもなく不味い食べ物……だと思う」

 「ひ、ひどいです!」

 「ひどいのはユアンよ! ……で、一体何を私に食べさせたの!?」


 ようやく、優秀な食べ物の説明ができる時が来たようです。

 僕は思わず自慢気に鼻を鳴らしてしまいます。


 「あれはですね、実はゴブリンの肉なのですよ。ゴブリンの肉は何故か人気が無いみたいで、ほぼタダに近い値段で売ってくれるのです。その肉を森で採取した香草などで臭みを消し、干し肉にするのです。

 スープにつければスープに染み込ませた香草が染み、肉も柔らかくなり、そして何よりも日持ちがする訳です!」


 自慢気に話してしまったが秘匿のレシピであるので、みんなには内緒ですよと伝えるのは忘れてはいけないですね。

 どうやら、僕の発想はなかったようで、驚き感動してか、皆さん口が開いてしまっていますね。


 「旅の相棒なのですよ」


 浸してあった肉を口に運び、ナイフで削らないと食べられなくなったパンをふやかしながら口に運びます。

 まぁ、美味しいとは言えないですけど、旅で安心して食事ができるのは感謝の念が絶えませんね。


 「その肉……あとどれくらいあるのかしら?」

 「後5年は持つと思いますよ。流石にこれはこれ以上はあげられませんけどね」


 孤児院を出発する前、まだGランクだった頃に貯めたお金の大半をつぎ込んだ。頼まれてもこれは譲れないです。


 「ユアン……」

 「嬢ちゃん……」


 リクウさんとザックさんがとても悲しそうな顔をしています。


 「どうしたのですか? さっきも言いましたが、あげるのは無理ですからね?」

 「いや、よかったらこれも食え」


 そう言って、リクウさんはサンドイッチを差し出してくれました。ザックさんもリクウさんの言葉に頷きパンを差し出してくれます。

 ルイーダさんもナーノさんも同様に。

 もしかして、交換でしょうか?それなら少しくらいなら……。


 「そこまでして食べたいとは……わかりました、交換をー……」

 「「「それはいらない!!!」」」


 声を揃えて言われてしまいました。


 「ですが、タダで貰う訳にはいきません」

 「いや、秘匿のレシピを聞いてしまったのです、商人として対価を受け取っていますからご安心ください。勿論、これは世に広めてはいけなー……ではなく、世に広めるのは私の手では行えないのでザック商店の名において口外しないと誓いましょう」

 「「我々も誓いましょう」」


 ザックさんの言葉に同意し、二人も頷いてくれます。


 「ありがとうございます。では、レシピの対価として頂きますね……ですが、リクウさんは……」


 リクウさんの方を見るとびくっと体を震わせました。何故か汗が凄いですけど、丈夫でしょうか?


 「り、リクウは私がユアンに食事を貰ったからそのお礼よ! ね、リクウ?」

 「あ、あぁ。その通りだ」

 「では、物々交換って事で有難く頂きますね」


 ゴブリンの干し肉がサンドイッチや柔らかいパンに代わったのは予想以上の結果だった事に満足しながら豪華な食事を済ませました。


 ゴブリンの干し肉様、ありがとうございます。

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