小国の片隅で

さかした

第1話

中暦20XX年。

世界はインターネットを利用したやり取りが発展した大国と、

魔物の跋扈を防げず、ネット技術もない中世以来の

伝統的な小国で構成されていた。

そんな小国でのこと。


カタタタタタ!カタッカタッ、カタッ!

よし、今日一日もこれで終了っと!

その指使いは何かを高速で演奏するがごとく、

その安定したテンポはもはや芸術の域に達していた。

そのある種特殊な芸術家は、侘しく狭い個室に不釣り合いな、

新品のノートパソコンを広げてカタカタッと音色を奏でていた。

その青年の名は在宅野ワーカーといった。

季節は夏。窓から差す光がワーカーのラフな、襟付きシャツの背中をとらえる。

うーんと一発伸びを入れ、あくびをする。

暑いが、ここの夏は蒸しはせずさっぱりしている。

そうだとしても一休憩に外に出ようと階下に降り、

ロビーを抜けて扉を開ける。

外の入り口部分にはテラスがあり、

そこで知人となった農村の少女が遠くを眺めて佇んでいた。

ドアの音が聞こえると、長く黒い後ろ髪を揺らしながら振り返った。

「あれ、今日は引きこもっているんじゃないんだ。」

「僕だって、たまには外に出たくなることもあるさ。」

「終わったんだ?」

「ああ、僕の演奏ワークは終了。

 良いテンポで流れるように指が動いたよ。」

「それは良かったね。」

少女ははあ、とため息混じりにつぶやいた。

「どうしたの、浮かない顔して。」

「この村には相変わらずやらなければならない仕事ワーク

 があるということよ。それも喫緊の。」

少女は落ち込んではいるが、そういう割にはやけに気は落ち着いている。

「私にはどうせできない仕事ワークだからどうしようもないの。」

少女は物言いたげに青年を見つめていた。

「ぼ、僕にやれっていうの!?」

「ダメ?」

少女は青年に仕事ワークを依頼した。

具体的には、この村を度々襲っては荒らしていく魔物たちのことだ。

「それってかなり危険なんじゃ…。」

「だって、大国から来た外回りの営業マンはじめ、

力強そうな建設現場のあんちゃんも皆忙しいって相手してくれないのよ。

だから在宅野ワーカーさん、頼れるのはあなただけなの。」

頼れるとは、大国出身はたいてい一丁は持ち歩いているライフルのことだろう。

かの火器兵器技術によって、魔物はおろか

広大な領土を形成することに成功したのが今の大国だ。

かの青年は渋々ながらも、了承することにした。

「魔物は、この道をまっすぐ行ったところにある森に潜んでいるわ。

 ワーカーさんは大国の人だから大丈夫だと思うけど気をつけて。」

気が進まないが、魔物が襲っていると分かって見過ごせないではないか。

今、村の外へと動けるのは僕以外にはいないのだから。

そう自分に言い聞かせながら、森の奥へと進んでいく。

もはや人目を憚ることもなく、魔物たちは来るなら来いと

言わんばかりに藪の中から姿を現す。

その数、5、6、7体。

遠慮は無用と、すぐさま

大国製造の強力な武器であるライフル銃を連発する。

目前の敵たちは、未知の攻撃に意表を突かれて

その場で次々と倒れていく。

そんな中、横の茂みの方からずっと様子を窺っていたのか、

突如として猪のような巨獣がワーカー目がけて猛進してきた。

「……っ」

急所はかわした。というのも、その褐色の巨体が目指したのは、

ライフル銃そのものであったからだ。

その細身状の筒が、何か脅威的な生き物か何かだと

誤解していたのだろう。まだ生き長らえているそれに

とどめを刺すかのように吹き飛んだ銃身を踏みつぶしていた。

だが一方でこれは好機だ。

ワーカーはかばんからノートパソコンを取り出すと

イノシシ怪獣目掛け、


カタタタタタ! カタッカタッ、カタッ!


突如始めた指さばきに呼応して、備えつけの

取っ手口から強力な稲妻が、一直線に最大限の威力で放電される。

その雷撃を前に、脅威はライフル銃のみと決めつけていた猪型巨獣は

なすすべもなく、一瞬のうちに失神した。

「しまった…。若干最後の3連打の始まりが遅くなってしまった。

 これは芸術としては…不出来だ。」

唸りながら、その分厚い毛皮の怪物にとどめを刺す。

その道のプロフェッショナルである在宅野ワーカーは、

在宅ながらにして可能な限りあらゆる仕事ワーク

対応可能な最新鋭のノートパソコンを用意していたのだ。

それはマウスとキーボードによって遠隔で操作可能な浮遊機によって稲妻

を放電する、対魔物用の自宅警備装置だ。

むろん、森の奥では遮蔽物が多く視界がそぐわないのに加え、

距離が離れすぎると電波の状況次第で操作不能の事態となり、実践向きではない。

その備え付けの装置をノートパソコンから隔離せず、そのまま発射したのが

先ほどの一撃だった。

いまだにぶちくさと先ほどの指さばきにこだわりを見せるワーカー。

村に戻ると感謝の嵐で迎えられたのは言うまでもない。

それは土地に拘束され、助ける力のない村人たちに代わり、

人助けをする、転勤族ならぬ、勇者族の新たな始まりでもあった。

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小国の片隅で さかした @monokaki36

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