フクロウの国

姫宮未調

フクロウの国

『深い深い森の奥にはフクロウが一羽いる。

そのフクロウを見た者には幸せが訪れる』


そんな言い伝えが古くからある。

そこかしこに。


場所によっては、知恵を授かるとか学問の神様のように崇められたり。

女性の守り神、守護神など。


皆信じている。

おとぎ話のような神話を。

いつか幸せになれますようにって。


……あたしは信じていない。

そんな絵本の中のようにふわふわした話なんて。

物語としては好きだ。

ありえないからこそ、楽しい。


だって、誰も会った人の話を聞いたことがないから。


.☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:*.☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:*


「リナ、森の巫女に選ばれたんだってね!

いいなあ、代わってほしい」

「そういうことしちゃダメって知ってるでしょ? ミラ」

「言ってみただけですう」


耳の下までのふわふわしたくせっ毛の、瞳のくりくりしたミラは可愛い。

背中の半分まである真っ直ぐな髪、大きくもない瞳のあたしとは正反対。


皆、森に強い憧れを持つ。

フクロウを待ち焦がれている。


「フクロウに会えたら教えてね! 」

「会えたら、ね」


ミラと分かれ、村の中心にある大きな家に向かう。

森ではなく、村長であるばば様のところに。

森は神聖な場所。

ばば様の祝詞の儀式を受けなければならない。

大昔からやっていること。

知らない者はいない。


向かう最中、周りに羨望の眼差しを一心に受ける。

あたしが言い伝えを信じていないことなんてしらないから。


羨ましがらないで。

代われるものなら代わってよ。


そう思いながら、ばば様の家につく。


「ばば様、リナです」

「おはいり」


しわがれた声が、入室を許可した。


「失礼します」


すだれのようなものを持ち上げた。

そこにいたのは、小さく丸まったおばあさん。

糸目を綻ばせ、こちらを向いた。


「おすわり」

「はい、失礼します」


ばば様の前に座り、開いているかわからない糸目を見つめた。


「さて、と。おまえは聡明だから──疑心を抱いてるだろう」


ビクッとした。

ばば様は、うらないをする。

言わなくてもわかってしまう。


「誰だってそうさ。見たこともないものをどうやって信じられよう」


ばば様は厳しいけど、優しい。


「それでも村の掟は順ずる。できた子だね」

「ばば様、あたしはできた子じゃない」

「周りを惑わすようなことは言わないだろう? 」

「だって……」

「『だって、みんなが好きだから』」


息を呑む。その通りだ。


「ひとつ、昔ばなしをしようかね」


そして、いつも唐突だ。

なんであたしを選んだの、なんて聞かせてくれない。


「リナ、おまえはこの村と森以外見たことがないだろう? 」

「ない。ばば様たちがそとから来て、この村を作ったのは知ってる」

「うん、そうだね」


ねえ、ばば様たちはどこからきたの? とは聞かせてくれない。


「──このせかいはとても広くて、心細いものだ」


広い広いせかい。あたしには想像すらできない。


「見上げるそらのように果てしない」

「終わりはないの? 」

「終わりはないといえばないし、あるといえばある」


矛盾しているけれど、きっと意味がある。


「地は繋がっていて、まあるいんだよ。だからあるといえばあるし、ないといえばない」「じゃあ、まっすぐ歩けばまたここに戻るの? 」

「頭のいい子だね」


くしゃくしゃと頭を撫でられる。

撫でられるのは好きだ。

あったかい気持ちになる。


「でも、まっすぐには歩けないんだよ。『海』があるから」


それは水たまりより大きな池でもなく。

それは池より大きな湖でもなく。

それは湖より大きな川でもなく。

それは川より大きな海。


「わたしたちは、海を渡ってきたんだ。のりものを使って、安住の地を探してね」


お船というやつだ。ばば様が言っていた。


「村を作ったけれど、ここには原住民がいた。家も立てず、その日暮らしのね。わたしたちはそとからきたのに受け入れてもらえたんだよ」

「優しい原住民だったんだね」

「ああ。その彼らから、『フクロウ』の逸話を聞いたんだ」

「ばば様たちは、彼らの分まで大切にしてたんだね」


ばば様は、糸目をうっすら開けて優しく笑う。


「わたしも信じちゃいなかったが、森に踏み込んだんだ。『かみさまがいるから入っちゃいけない』と言われたのにさ」

「入っちゃいけない? 」

「彼らは崇めていたからさ。そこで──『フクロウ』に会った」


あたしは目を丸くした。

ただの信仰のシンボルじゃなかった?


「『フクロウ』は人のことばを話した。話が出来たんだ。『おまえの求めるものはなんだ? 』そう聞かれた」


求めるもの……。


「なんて答えたの? 」


ばば様は口を閉じ、あたしをじっと見てからゆっくりとまた口を開いた。


「……『幸せがほしい』と」

「手に入った? 」

「ああ、じじ様に出会えたからね。原住民の若者だった。皆おなじ顔に見えていたのに、わたしがいなくなったことを誰よりも案じてね。森の前でずっと待っていてくれたのさ」

「……ステキ」

「初めて、わたしたちのように顔に個性が見えたのさ。帰るなりほかの原住民たちも違って見えたんだ。……おなじ人間なんだと安心した瞬間だった」


ばば様はまた、あたしの頭を撫でてくれた。


「だから、巫女には──『フクロウ』に会うにはおまえが相応しい。盲目に信じることのない信念を持つおまえがね」


ほら、ぜんぶ話してくれた。


「あたしじゃなきゃだめなの? 」

「ああ、おまえしかいない」


嬉しかった。あたしじゃなきゃいけないってハッキリ言って貰えたことが。


「あたし、行ってくるよ」


ばば様の手が優しくかざされる。

……祝詞が始まった。また突然だ。

なんて言ってるかわからない。

心地よい旋律を聴きながら、あたしは目をつむった。


「……いっておいで」


いつの間にかおわり、優しくなでてくれた。


.☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:*.☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:*


夜明け前、皆が寝静まっているころに出発した。

暗い暗い森の中。

少しの不安と、少しの期待を胸に。




どれくらい歩いただろう。

周りがおなじような、木々のざわめきと景色ばかりで、方向感覚すら失っていた。


そんなとき、近くで羽音がした。

木々を移動する音と羽音を頼りに、音のする方に向かう。


『フクロウ』はどんなすがたをしているの?


ただただ歩き、次第な走り出す。

と、いきなり視界が開けた。

大きくて太い木と湖があった。

眩しい光が水面に写っている。

あたしは大きな影をみた。

眩しい光の主である月がかげるように。


「『フクロウ』? 」


あたしは声に出していた。

大きな影は、ゆっくりと水面に降り立つ。

村にいる鳥より大きな大きな鳥。

まるっとして、ふわっとした鳥。


『人の子よ、おまえは何を求める? 何を望む? 』


ギョロっとした大きな瞳をこちらに向けていた。


あたしの求めるもの? 望むもの?


「あたしは──あなたを信じたくて会いに来た。あなたを知りたい」


沈黙とともに風が吹き抜ける。

思わず瞳を閉じてしまう。


「……おまえを待っていた」


ものすごく近くで声がした。

おそるおそる瞳を開き、前を向く。


「え? 」


水面に『フクロウ』の姿はなく、代わりにキレイな男性が目の前に立っていた。


「名前は? 」

「リナ……」


まるで月の光のように眩しい微笑みを向けられた。


「リナ。私は、私を求めてくれるものを待っていた。崇拝ではなく、私自身を」


あたしは気がつく。

『フクロウ』はさみしかったんだって。

こんなところで、たった一人で生きていたんだ。


手を差し伸べられた。


あたしは気がつく。

『フクロウの巫女』の本当の意味を。


それは、『フクロウの花嫁』。


番を求めていたんだ。

でも、誰でもいいわけじゃない。

人間とおなじ、求め合える存在を。


あたしは彼の手をとる。


あたしは崇めるほど信心深くはない。

けれど、ひとりで生きていけるほど強くはない。


「あなたを知りたい」


目を奪われるほどキレイな姿は、人を模していながらも神秘的で……。


.☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:*.☆.。.:.+*:゚+。 .゚・*..☆.。.:*


「……ねえ、ばば様。リナは帰って来ないの? 」


ばば様はミラを優しく撫でる。


「ミラ、リナはね。『フクロウ』になったんだよ」

「え? 『フクロウ』に? 人間がなれるの?

「たったひとりだけね。それがリナだったのさ」


それからというもの、かみさまのように崇めていた『フクロウ』を、明け方になると見かける者が増えた。

より近くに『フクロウ』を感じ、村は発展していく。

街になり、国になる。

村と森だけで生きてきた彼らは、そととの繋がりを得、急速に成長していく。

『フクロウの村』は『フクロウの国』となった。





何百年経った今でも見掛けるのだ。

の『フクロウ』が寄り添いながら、飛ぶ姿を。


二人は願い、叶え続ける。

皆に幸あらんことを、と──。



Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フクロウの国 姫宮未調 @idumi34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ