第31話 思わぬ出会い

 六カ国統合演習と名が付いているこの一大イベントは、その名の通りアルス王国を含めた六カ国で竜騎士に当たるドラゴン部隊が一カ所に集まるという、なかなか派手なイベントだった。

 普段は最後尾なのに、今回は最前列で全員を引っ張る形になってしまい、無駄に照れくさくはあったが、これが団長がボロボロになるまでお父さんとやり合って決めた、新たな約束なのだろう。

 おそらくは、僕を兵として使うなら、それ相応の配慮をして身の安全くらい守れと……。これこそが、一番落ち着かない事だった。

「安全だって落ち着いてきたら、やっと周りが見えてきたな。団長のほぼ真横って……」

 あまり慣れない視界に、僕は苦笑した。

「全く、普段一人で飛んでるのにね。こんなの、恐るるに足りずってね」

 僕は深呼吸して、笑みを浮かべた。


 カレン王国が用意した会場には、仮住まいの家のような簡単な作りの家が無数に並んでいた。

 その家々の真ん中には、これまた仮設のような感じで厩舎のようなものがずらりと並び、かなり大規模なものだった。

「こりゃ凄いね。聞いてなかったけど、この様子じゃ泊まりがけみたいだし……去年は日帰りだったのに」

 会場が接近してくると、団長が手で続いてくるように合図してきた。

 僕は了解の意を返し、降下しながら仮設住居の群れを飛び越え、仮設厩舎が並んだ辺りのちょうどよさそうな場所に着地した。

「アーデルハイト殿、後続が詰まってしまうので早く」

「わ、分かりました!!」

 後ろにアレス王国の警備のために残った人たちを除いた、百人近くがいるという感覚になれていない僕は、慌ててファルセットに手綱をつけて、団長に続いて仮設厩舎に向かって引いていった。

「我が国はこの辺りが割り当てられている。次は宿舎だな。今回は過去最大の3日間の予定だ」

 ちょうど近くの仮設厩舎に自分のドラゴンを引き入れながら、団長が笑みを浮かべた。

「アーデルハイト殿のドラゴンは、こういう環境に慣れていないだろう。そのまま付いてきてくれ」

「分かりました」

 僕はファルセットを引き、団長と一緒に厩舎の間にある通路を進み、宿舎の並んだ一体を歩いた。

 すでに他国のいくつかは到着していて、なぜか耳ざとい商人が屋台を出し、すでにお祭り状態だった。

「うん、相変わらずだな。これでも、演習となれば誰もが少しは真面目になるのだぞ」

 団長が笑った。

「そ、そうですか……みんな強そうだなぁ」

 辺りを見回しながら歩き、僕は思わず笑みを浮かべた。

「まあ、そういう役割だからな。ドラゴンから下りれば、大体大酒飲んで騒ぐだけだ。面白い連中ではあるが、慣れないとうるさいと思うぞ」

 団長は笑って、他より小ぶりな建物に僕を連れていった。

「アーデルハイト殿は分かっていると思うが、この仕事で女性は珍しいものでな。国によっては、女性ではドラゴンに近づく事さえ不可能なほどだ。この場では、そういったことも緩むが、宿泊が絡むとな。ここは、女性用宿舎だ。細かくは聞いていないが、一人ということはないはずだから、まずはここにいて欲しい。いつも通り、宿舎脇にドラゴンを留めていいという許可は取ってある。安心してくれ」

「はい、分かりました」

 僕は団長に軽く頷いた。

「すまんな、落ち着いたらまた呼びにくる。今年は大規模なので、色々あってな」

 団長は笑みを浮かべ、宿舎から離れていった。

「さて、ここか。寝場所があるだけいいって感じが、逆に楽しくなってきたな」

 僕は笑みを浮かべ、宿舎の扉を開けた。

「ん、珍しいな。戦い慣れているという感じではないが、ただ者ではない事は分かるぞ」

 宿舎には先に大柄な女の人がいて、いかにも頑丈そうな鎧や武器の手入れをやっていた。

 女の人は笑みを浮かべ、座っていたベッドから立ち上がった。

「こ、こんにちは。アーデルハイトといいます」

「私はアレクシアというが、ここでお互いの国がどこだかという野暮な事はよそうか。そこの装備をみれば分かると思うが、そこらに普通に転がっているドラゴン乗りだ。よろしく頼む」

 アレクシアさんは、僕にサッと右手を差し出した。

「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 僕は左手で握り返し、頭を軽く下げた。

「そう固くなるな。そこのドラゴンはアーデルハイトのか。この際、私も呼び捨てにしてくれ」

「えっ、はい。そこらに普通に転がってるドラゴンですが、いい相棒です」

 アレクシア……は、いきなり大声で笑った。

「なんだ、噂に聞くドラゴンテイマーということで、私もかなり緊張していたのだ。存外、面白いヤツだと分かって安心したよ」

「あ、あれ、なんか変な事いったかな……」

 アレクシアは僕の手を掴んだ。

「なにしろ、アーデルハイトもくるとは聞いていたがな。いつ到着かは誰も分からなかったからな。私が知る限りでは、これで全女性陣だぞ。不公平な世の中だな」

 小さく笑い、アレクシアは僕を宿舎に引いて入った。

「二人しか使う者がいないのに、無駄に広いのが難点でな。どうしていいか、なかなか分からなくてな」

 宿舎の中には六台もベッドがあり、確かに二人で使うには広すぎた。

「はい、確かに広いですね……まあ、いいか」

「うん、私も適当にやるから、空いてるベッドを好きに使ってくれ。まあ、我が家ではないがな」

「分かりました……」

 僕は空いている適当なベッドに座ったタイミングで、アレクシアの鎧に付いた文様をみた。

「……アルカサンドラ王国の国章だね。待った、確かあの国は」

「ん、ブツブツとどうした?」

 アレクシアが不思議そうに僕に問いかけ、再び鎧などの装備をはじめた。

「あ、アルカサンドラ王国の第二王女様!?」

「いや、そこらに転がっている第二王女……じゃない。ドラゴン乗りだが、どうしてそう思った?」

 アレクシアが笑った。

「そ、そりゃ、王家の人間で女の人でドラゴンに乗ってるなんて……し、失礼!!」

 僕は慌てて自分の口を押さえた。

「なかなか気がつかれないのだが。この国章でバレてしまったかな。こればかりは、消すわけにはいかないからな。だから、そういう野暮な話はなしだ。分かったな?」

「わ、分かりました!」

 思わず背筋を伸ばして全身に力を入れ、一気に脱力した。

「それだ、それでいい。普段、固まってる者ばかりだからな。せめて、ここにいる間くらいは私も背筋を丸くしたい。ついでにアーデルハイトも休むといい。なにかと、疲れるだろうからな」

 アレクシアは笑みを浮かべ、自分のベッドに座ったまま小さく息を吐いた。

「やっとこの期がきたな。表に出してくても出せない愚痴が腐るほどあるのだ。私は勝手に喋るから、適当に相づちでもうってくれ」

「い、いきなり!?」

 僕は自分の場所と決めたベッドに腰を下ろし、小さく笑みを浮かべた。

「どうぞ、ごゆっくり。暇だから、全部聞いちゃいますよ?」

「それでいい。では、いくぞ」

 まるで爆発したかのように、日々の愚痴を吐き出し始めた。

「まあ、楽ちんではないか」

 その後、僕はしばらくの間、アレクシアの愚痴を聞いたのだった。

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