第32話 いきなり問題

「いや、すまななかったな。こんなつまらぬ話を延々と聞かせてしまってな」

 僕に日常の愚痴を吐き出すことですっきりしたようで、アレクシアは苦笑した。

「いえ、そんな事はないですよ。僕が聞いちゃってもいいのかという話題もありましたけど、もう遅いですよ」

 僕は小さく笑った。

「なに、構うものか。他の者がいないから出来ることだ。助かったよ」

 アレクシアが笑った時、宿舎の扉がノックされた。

「おや、誰だろう。みてこよう」

 アレクシアがベッドから立ち上がって、扉を開けた。

「これはアレクシア殿。アーデルハイト殿、全員の収容が完了したので、念のためドラゴンの様子をみて欲しい。大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

 僕はベッドから立ち上がった。

「一つ願いがあるのだが、無理ならそういって欲しい。私も同行して構わないか。技を盗もうというわけではない、退屈しのぎにといったら怒られてしまうかな。装備の手入れも終わってやることがないのだ」

「ん、これは思わぬ申し出だ。アーデルハイト殿が嫌でなければ、私は構わんぞ」

 団長が戸口で僕をみた。

「は、はい、誰かにみられて困るものはないので。行きましょう」

  僕は笑みを浮かべ、アレクシアと共に宿舎を出た。


  三人でアレス王国に割り当てられた仮設厩舎に向かうと、僕は早速ドラゴンたちの様子を確認していった。

「それにしても、狭いなぁ。しょうがないけど、これじゃストレスになっちゃうよ」

「まあ。これでも一番広いスペースをもらっているのだ。帰るまでの辛抱としよう」

 思わず出てしまった声に、団長が苦笑した。

「僕が我慢しても、ドラゴンが我慢出来るとは限らないですよ。まあ、この子たちは体が小さいので大丈夫だと思いますが……」

 僕の言葉を遮るように、近くでドラゴンの激しい声と悲鳴が聞こえた。

「ほら!!」

 僕は慌てて厩舎を飛び出した。

 すぐに見えたのは、厩舎を破壊して暴れるドラゴンたちだった。

「マズい、エスカレートする前に……」

 僕はその場に向かって走りながら、笛を思い切り吹いた。

 暴れていたドラゴンたちの動きが止まり、なんだ? といわんばかりに全員が僕を見つめた。

「……翼長の長いファインセット種じゃ、こんな小屋じゃ入らないよ。なにを考えてこんな設計にしたんだか」

 僕はドラゴンたちを睨み付けた。

「……纏めて掴んだ。もう問題ない」

 あれだけ暴れていたドラゴンが、嘘のように静まった。

「よし、こんなもんかな。これ、なんとかしないと、そこら中で起きちゃうな……」

 僕はもう一度笛を吹き、小さくため息を吐いた。

「さすが、アーデルハイト殿だな」

「いや、いいものといっていいか知らないが。暴れるドラゴン相手に立ち向かっていくとは。我が国のドラゴンテイマーは腰抜けでな」

 ついてきた様子の団長とアレクシアがそれぞれ僕の両肩を叩いた。

「いえ、それよりこの厩舎をを使うのは問題があります。誰にいえばいいか分かりませんが……」

「分かった、私の方から文句いってこようか。アーデルハイトがいっていたといえば話が通るよ。有名だって、知ってたかな?」

 アレクシアが笑った。

「ゆ、有名!?」

「ああ、アーデルハイト殿の名を出せば、ドラゴンについては誰も異論を挟まないほどのな。では、アレクシア殿にお願いしよう。こちらも、違う意味で異論は挟めまい」

「そういうことだ、私は私のやることをしよう。説教は得意なものでね。なにがいけないのか教えてくれ」

 アレクシアが頷いた。

「厩舎が狭すぎます。この倍はないと……そのくらいですね。でも、今から作り直すというのは難しいかな。これなら、いっそ厩舎を使わない方がいいです」

「分かった、行ってこよう。先に宿舎に戻っていてくれ」

 アレクシアが笑みを残して、どこかに向かっていった。

「いや、すまない。ここにきて、予定外の仕事をさせてしまったな」

「いえ、これが僕がここにいる意味なので、別に構いませんよ」

 団長は僕の肩に手を乗せた。

「せっかく収まったと思ったのだが、これはこの厩舎を利用しないということで、また大移動だろうな。アーデルハイト殿、宿舎まで送ろう。こうなると、人間もイライラしてくるので、終わるまでは出ない出欲しい。

「イライラ……は、はい!!」

 暴れるドラゴンよりこっちの方が怖い僕は、素直に団長に頷いた。

「ああ、それとこれ。業務用の日誌と並んで、好き勝手に個人的な事を書いて交換しようと思う。これなら、仕事にも影響しないだろう」

「ええ!?」

 団長が笑って真新しい日記帳を僕に手渡してきた。

「内容はなんでもよい。私も適当に選んで書く。愚痴でも悪口でも、あくまでも個人的な事でな。どうだろうか?」

「わ、分かりました!」

 団長は笑って。僕の手を握った。

「では、いこうか」

「た、大変な事になった……」

 なにを書けばいいか分からないが、嫌なはずがないので僕は日記帳を抱えて、さっそく書くことを考え始めた。

 そのまま宿舎まで移動すると、僕を置いて団長はどこかに向かっていった。

「うわ、これは想定外だったな。書くのは好きだからいいけどね」

 僕は宿舎に入り、オマケみたいに設けられたテーブルセットの椅子に座り、日記帳の一ページ目にかかれていた団長の世間話を読んだ。

「自分の事を俺とかいってるし、真面目に普段の状態って事か。僕はこれが普段だからなぁ」

 思わず笑みを浮かべ、僕もなにか適当な事を書き始めた。

「それにしても、ここじゃなくてもいいのにね。照れくさかったのかな」

 僕は笑い、次々と書き込んでいったのだった。

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