第25話 こんな時もあるさ

 アレス王国竜騎士団団長の名は、ベルンハルト・アロイツだったか。

 団長としか呼ばないので、すっかり忘れてしまったが、確か十八才で竜騎士団に入団して、いきなり昇進を重ね二十才にしてみんなを束ねる団長にまでたどり着いてしまったという逸話がある。

 さて、それはともかく、今日も一日が始まったのだった。

「よっと……。これで、厩舎の掃除は終わりだね」

 僕は最後の厩舎の掃除を終え、額の汗を拭った。

「一段落か。小屋に戻ろう」

 僕は馬車に乗ると、そのまま小屋に向かった。


 小屋に帰ると、封書を手にした国王様が、椅子に座って待っていた。

「あ、あれ!?」

「うむ、精が出ているな、ご苦労。苦労ついでに、またこれをお願い出来るかな。今度は、バルツ王国の国王宛だ」

 国王様は笑みを浮かべた。

 当然、僕はこれを断る事など出来ないので、国王様が差し出してきた封筒を素直に受け取った。

「今度は時間制限はない。ゆっくりで構わんよ。隣国の一つとはいえ、結構距離があるはずだからな」

「はい、分かりました。ゆっくりとの事ですが、今から急げば夜にはここに戻れるでしょう。いってきます」

 僕は国王様と一緒に小屋を出た。

 一応やれとみんなにいわれているので、不在を示すために小屋の扉をしっかり閉めて施錠した。

「では、頼んだぞ。無茶はしないようにな」

「はい、いってきます」

 僕はファルセットに跨がると、そのまま空に舞い上がった。


 当たり前といえば当たり前だが、アレス王国国内上空は平和そのものだった。

 午後の太陽の日を浴びながらできる限り速度を上げて進むうちに、行く先に国境を示す長大な壁が見えてきた。

 通常なら国境の関所でチェックが入るのだが、竜騎士はその限りではなく、僕とファルセットはバルツ王国領内上空に入った。

「こういう天気の昼に飛ぶと気持ちいいんだよね。仕事中にいう事じゃないけど」

 一人でいって笑った時、いきなり全身を痺れるような痛みが走った。

「っく……」

 痛みの元はすぐに分かった。

 左足の太ももに焼け焦げのような傷が出来ていた。

「こ、攻撃魔法。全く気配を感じなかったよ……」

 僕はファルセットの飛ぶ高さを一気に上げ、同時に防御魔法を唱えた。

 こういった攻撃系の魔法は全く使えない僕は、こうなると逃げるしかなかった。

「うわ、本気できた!?」

 今度は全身を駆け抜けた強烈な寒気のような感覚で、攻撃魔法の標的にされた事を察した。

 どこからともなく飛んでくる無数の光球が、したたかに僕が展開している防御魔法の防壁を叩き、真っ直ぐ飛行する事が困難になった。

「……禁を破ってブレス。いや、ダメだ。そんなことしたら、シャレにならないな。このまま空にいることは危険だね」

 僕はため息を吐き、眼下の草原に降りると、ファルセットだけ空に上げた。

 すると、どこに隠れていたのか、いかにも魔法使いという姿をした人たちが六人ほど出てきて僕を囲み、手にしていた杖の先を僕に向かって突き出した。

 これは、剣でいえば鞘から抜いて切っ先を突きつけられたようなものだ。

「……問答無用か。ならば、やることは一つだね」

 僕はちょうど正面にいた人を睨み付け、小さく笑みを浮かべた。


「……なんだ、大したことなかったよ。最初の一撃は、この程度の魔法使いじゃないよ。どっかに潜んでるはずなんだけど」

 大した労もなく倒した六人はさっぱり忘れ、僕は周辺の気配を慎重に探った。

「!?」

 それに気がついた時には遅かった。

 草原の光景にしか見えない背後で、いきなり空間に巨大な光球が生まれ、振り向いた僕の体を焼いた。

 これには堪らず地面に倒れると、男の人が一人で僕に近寄り、肩紐が千切れて飛んだ鞄を開けると、無言で国王様から託された封筒を抜き出し、そのまま持ち去っていった。

「……イテテ。杖なしで……ここまで出来る人の相手なんて……出来ないよ。悔しいけどね」

 僕は地面に倒れたまま転がり、仰向けになって空を見上げた。

「と、とにかく、ファルセットに乗ろう。落ちないように頑張れば、城まで帰れる。この怪我で自分に回復魔法なんて無理だから」

 回復魔法は、基本的には自分に使わない。

 自己治癒能力を活性化させて治すので、傷の程度によって回復痛という痛みがあるのだ。

 だから、ここまで派手にやられた怪我となると、魔法に必要な精神集中が途切れてしまうというわけで、僕はとにかく小屋に戻って自分で作った薬を飲もうと考えたのだ。

「よし……」

 僕はなんとか手を動かし、首に提げている笛を口にして思い切り吹いた。

 すると、どこかにいっていたファルセットが、僕の脇に降りてきた。

「ここからが……問題」

 痛みに負けるかと、無理矢理立ち上がろうとしたが、どうやっても膝立ちすら出来なかった。

「こ、これは、マズいよ……」

 僕は仰向けに横になったまま、どうしようもなくなって苦笑した。

 本気でどうしようかと困っていると、どれほど時が経った頃か。

 日が傾いて夕方になろうかという時になって、アレス王国の国境警備隊のマークがついた馬車が数台やってきた。

「大変遅くなりました。大きな爆光が見えたので、状況を確かめるために参りました。とにかく、お運びしますので」

 馬車から降りてきた警備隊員の言葉に僕は答える気力もなく、ただ苦笑で返した。

 そのまま馬車の荷台に横に寝かせてもらった僕は、取りあえずということで軽い回復魔法をかけてもらいながら、なんとか現場をあとにしたのだった。

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