第16話 ドラゴンを帰そう
この国ではグモルクと呼ばれる種族の集落に向かって、僕はファルセットに乗りながらドラゴンを連れて空を飛んでいた。
神経質というほどではないが、グモルクは他種族をあまり好まない。
僕だけでも大変なのに、巨大なドラゴンまでいるとあっては、大騒ぎになる事確実だった。
「ほら、きたよ」
僕は素早く呪文を唱えた。
青白い防御結界の壁が真下に展開され、次の瞬間巨大な氷柱が地上から飛んできた。
防御結界で氷柱は粉々に砕けたが、いちいちこんな事をやるのも嫌だったので、僕は信号弾を撃ち出す機械を手に取った。
「えっと、グモルク式だとこうか」
僕は一定周期で信号を上げた。
……敵意なし。救助を求める。
すると、すぐ先の地上から信号弾が上がった。
「ここに降りろか。了解っと」
僕は最後に信号弾を上げ、指定された場所に降下していった。
「お前はなんのつもりだ。救難信号だったので、ここに招いたのだが」
長い耳に整った顔という、いかにもグモルクといった感じの人が三人広場にいて、一人が怪訝な顔をして聞いてきた。
「救難は救難です。このドラゴンを本来住んでいる場所に返さないと、まず冬は越せません。グ……じゃなかった、エルフの術で転送して頂けませんか?」
僕は一瞬焦ったものの、なんとか返した。
グモルクなんて呼んだら、まず生きて帰れないだろう。
こういうところが、僕はどうにも苦手だった。
「ふん、そのドラゴンはどうしてここにきた。大凡、人間が使う下卑た魔法が原因だろう。ならば、人間の魔法で対処するのが筋というものだ。せいぜい、頑張る事だな」
会話していた一人が踵を返すと、付き添いの二人も同じ行動を取った。
「……しょうがないな」
僕は剣を抜き、会話していた一人との間合いを一気に詰めた。
「な、なんだと……」
「ごめんなさい。でも、これで感心を持ってくれたかと」
その人の首に届くギリギリの範囲で止めていた剣を鞘に収め、僕は一礼した。
「感心を持つというより無謀だぞ。私だからよかったが、これを『攻撃行動』と取れば、今頃呼び子の笛が吹かれて、大変な事になっていた。馬鹿者!!」
その人が脇にいた一人に目をやると、素早く森の中に入っていった。
そして、もう一人に目をやると、その人は僕を後ろ手に縛った。
「これから長老がくる。いきなりなにをするか分からないからな。少し窮屈なのは我慢しろ」
「えっ、長老!?」
グモルクの長老といえば、まさに集落の長クラスのお偉いさんだ。
集落の奥に座して他種族の前に姿を見せず……というのが普通だ。
これだけでも、かなり異例な事だった。
「当たり前だろう。我々はドラゴンなど、たまに飛んでいるのをみるだけで、こんな間近でみた事などないのだ。好奇心はそれなりにある。転送する代わりに、よくみせてくれればいい。もっとも、私は凄い剣士に出会ったとも伝えてしまったからな。この意味が分かるか?」
「け、剣士じゃない。それに、エルフの仕来りくらい知ってるよ。こういう時は、長老の前でその集落トップクラスの戦士と決闘するんでしょ。よけいな事いわないでよ!!」
その人が笑った時、森の中からそろそろとグモルクが現れた。
「さて、凄まじい剣士とは、お主のようじゃな」
長老というには、見た目が若い人が近寄ってきた。
「いや、剣士じゃないし、そっちはオマケだし……あの、ドラゴンの転送の件はどうでしょうか?」
「うむ、手を尽くすと約束しよう。その前に、あれがドラゴンか。噛んだりしないか?」
どうやら、長老の興味はまずドラゴンのようだった。
「普通に触っているだけなら、暴れたりはしません。変な事をした場合は、保証しませんよ」
僕は笑みを浮かべた。
実のところ、僕が抑えているので、よほどの事をしなければ、まず暴れる事はなかった。
「変な事か。まあ、撫でる位なら問題ないだろう」
長老がそっとドラゴンに近づき、適当な場所を軽く撫でた。
「うむ、これは希有な体験をしたぞ。これで十分だ。まずは、ドラゴンを転送しようとするか」
長老の声でグモルクたちが動き始めた。
ちょうどドラゴンが中央にくるように、杖の尻で広場の地面に複雑な文様を描き、僕とくっついてきたファルセットは文様の外に引っ張って出された。
そして、数名で呪文を唱え始め、ここまで連れてきたドラゴンの姿が消えた。
「うむ、成功だ。別名『迷子の命綱』。今頃は、本来の生息地に届いただろう。さて、今度はお主だな。自慢の剣技とやらとみせてもらおうか」
「いや、自慢じゃないし!!」
僕の言葉など誰も聞かず、いきなり縛られていた縄が切られ、背中を押された。
「とっと……。どうしても、やるんだね。はぁ」
押されて飛び出た向こうには、すでに鞘から剣を抜いたグモルクが一人立っていた。
やる気はなかったが、向こうがそのつもりでくるなら、僕も命がけなので油断は出来なかった。
グモルクの集団が歓声を上げる中、剣を構えたグモルクがまっすぐ僕をみた。
「……素直過ぎるね。五手先まで余裕で読めるよ。なら」
僕は腰の後ろの鞘に収めてある短刀を抜いた。
刃の背が櫛のようになったこの剣は、マインゴーシュという特殊な短刀だった。
この櫛のようになった隙間で相手の剣を捉え、そのままへし折るという防御専門の珍しい剣だったが、使いこなすのは結構大変だった。
「おい、手抜きではないだろうな?」
剣を構えたグモルクが聞いてきた。
「……どう見える?」
僕はそのグモルクをみて、小さく笑みを浮かべた。
「……やる気はあるようだな。いいだろう、いくぞ」
グモルクが一気に僕との間合いを詰め……勝負は一瞬だった。
バキーンと鋭い音がして、すれ違いざまにグモルクの剣が折れて飛んだ。
「ば、バカな……」
信じられないという様子で、グモルクが僕をみた。
「これで怪我なんかしたら、もったいないでしょ。だから、これで勝負ありにしよう」
僕は勝手に相手の左手を右手で握って、握手とした。
「うむ、勝負ありじゃな。なるほど、凄腕だった。結構なものをみせてもらった。名を聞こうか。またこれでは嫌だろう」
「ええ!?」
僕は思わず倒れそうになった。
グモルクに名を聞かれたという事は、同族に近い形で僕をみるという事だ。
これは、奇跡的な事といってもいい。
「驚く事はなかろう。その腕で攻めてこられたら、堪ったものではないからな」
長老が笑った。
「あ、あの、アーデルハイトといいます。アーデルハイト・イェーガー」
「うむ、ではアーデルハイトと呼ぶ事にしよう。私はディオンだ。よろしくな」
最後に笑みを残し、全てのグモルクが森に消えていった。
「うわ、凄い日だぞ。これは、自慢できる。大変だからやらないけど!!」
僕は小さく笑い、ファルセットの背にまたがった。
こうして、まずは大変な思いをしたであろう、ドラゴンを元の場所に送り返すという、なかなか大変な仕事が終わったのだった。
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