#2

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今なら分かる気がする。


もう十数年も前のことだというのに。


だから、そうなのだ。


当時から釣り合ってなどいなかった。


分かり合えてなど、勿論いなかった。




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「ありがとう。じゃあね」


そんな短いメールに果てしない不安を感じた。


添付されていたのは一枚の画像。深夜2時という時間帯もあってか全体的に暗くてはっきりしない。しかし、俺ならば分かる。そんな画像が意味深さを増す。


「…どうしたの?」


きっと、血の気が引いていたのだろう。携帯の画面を見たまま動かなくなった俺の様子に姉が声をかけてくる。今の今までお酒と男の話題で盛り上がっていた姉の友達2人も同様に心配そうな視線を向けてきていた。


「あの……」


それ以上の言葉が出なかった。無理に出そうとすれば別の何かが込み上げてきて、吐きそうになるのを必死に我慢して姉に件のメールと画像を見せる。


「なにこれ…」


姉には勿論分からない。だが、誰かに見てもらったこと、分からないにしても共有して分散できたことが少しだけ余裕を生んだ。と同時に、どうして言葉にしなければ伝わらないのかという理不尽な憤りが湧き上がる。


水澄みすみ…? ちょっとアンタ大丈夫?」


「…。行ってくる」


「え? いや、行くってどこに...」


「ここだよ!」


苛立ちは自然と声色を変質させた。普段から喧嘩などしない仲という周知の事実が崩れ、姉の友達たちにも動揺の色が見てとれる。


「ここってどこ? ちょっとアンタおかしいよやっぱり」


「いいから、行かなきゃ...」


「あっ、ちょっと水澄⁈」


姉の制止する声など構わず着の身着のままで家を飛び出る。3月頭の気温はまるで突き刺すようだった。お気に入りの靴の踵を踏んだまま走り出す。息が白い。吸い込む外気もまた身体を気管から冷やしていく。


それでも足を止めない。走ればまだ間に合うかもしれない。そもそも杞憂であって欲しい。嫌だいやだイヤだ。お願いだ...。回り続ける思考と走り続ける身体。その二つの負担が直ぐに視界を白くする。それでやっぱり止まるわけにはいかない。


あと5分。あとちょっとでいいから、持ってくれ。あとちょっとでいいから待っていてくれ。そう願うことしかできなかった。


そして、迎えた結末を俺はもうよく覚えていない。


誰のものかも分からない悲鳴を聞いた。必死に行った全てが無意味で、応える声はなかった。その内に赤いランプがいくつも現れ、抱きとめられるようにしてその場から離され、現実を受け入れることなど到底無理で、助けを求めることさえあの時の俺には出来なくて。気付けばただただ泣きながら、その時を、その日を、それから数日を、過ごすのだった。




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「.........」


なんて夢だ。と、呟くことにすら疲れてしまった。言葉は出ない。狂ったように高鳴る鼓動を抑えるようにして落ち着くのをとだひたすらに待つ。


大丈夫。大丈夫だ。大丈夫だから。大丈夫。


自身に言い聞かせる。思い込ませる。もう終わったことなのだから、と。


「......ふう」


息を吐く。薄暗い部屋の中でも分かる。吐いた息はあの時のように白くはない。当たり前だ、室内なのだから。そう、当たり前だ。もう違うんだ。大丈夫大丈夫大丈夫。


その内に鼓動も落ち着きを取り戻し、胸につかえていた鈍痛と息苦しさも行き場を見つけたかのように姿を消す。そう、これで良い。いつも通りなのだ。


枕元に転がっているスマホを確認すれば時刻は午前4時前。早朝ということよりも目に付いたのは充電があと3%しか残っていないことだった。どうやら昨晩もいつのまにか寝落ちしてしまっていたらしい。手探りで充電コードを探し、しばらくゴソゴソした後でまた目を閉じる。


二度寝は望めないだろう。それでも休まなければいけない。どんなことが起こっても日々は進み続けるのだから。誰だどんな夢に魘されようと、それでもやっぱり当たり前のように朝が来るのだから。


生きている、その限りは。




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