第3話
急かされるまま馬車に乗り込む。
中はまぁ、想像してた通りの大きさだ。前に運転席、その後ろに離れて二席、その後ろにくっついて二席といったところだろう。後部座席の後ろには何故かマットが引いてあったか、気にしずに乗ることにした。
なんというかこの馬車……シャトルバスを小さくしたような既視感があるんだよな〜。
俺はいつもの指定席……しいては一番後ろにの左側に腰を下ろした。
続いてあの男が乗車した。
少し額に汗をかいているようにも見えた。外で何かあったのだろうか?
「おい、お前……名前なんだったか?」
「……あ、はい。村主かずまさと言います。お願いします」
「あ、敬語はやめろ。俺は敬語が嫌いだ。何せアメリカ育ちだからな……ま、アメリカがどうとかあんまり関係ないが兎に角敬語ってやつが苦手なんだ。それとな、俺の名前聞いてるか?」
えーと、確かクレアが電話越しに話してた人だよな……。
「確か、ミリエダさん……でしたっけ?」
「よく知ってるじゃねーか。本名はミリエダ・フォウル、デールってんだ。長ったらしいからみんな俺のことをミリーと呼んでる。お前も気軽にミリーとでも呼んでいてくれてかまわない」
「は、はい」
「返事の大きいやつは好きだ! これから多分長い付き合いになるとは思うがそこんとこ宜しくなカズ!!」
ミリーは気軽に手を伸ばし握手を求めてきた。
自ずと俺も手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさい!! その男……ホモよ」
「え?」
「おい、人聞きの悪い事を言うんじゃない。俺はただ男の体にしか興味が持てないというだけだ」
「……それをホモと言わず何というのかしら。それに人の弟子と勝手に契約しようだなんて私を舐めすぎよ。それに、かずまさ! 魔術に関わるものと気軽に握手をしてはダメよ。こんなホモに引っかかっることになるわよ」
まじか、この人……ホモ、なんだ。 うわー危うく危なかった。
掘られるなんて死んでもごめんだぞ。もう一回死んでるけどさ。
というか、契約って握手で出来るんだ。そっか、互いを認め合うって意味も含まれてるんだよな握手って。そんな古文をどこかで見た気がするんだよな〜。
まあ、その前に俺と握手して無理やり契約しようとしてきた人の言葉とは思えない発言だな……。
この事は言わないでおこう。
「それで、目的地まではどれくらいで着くのかしら?」
「姫さん。それよりも料金ですよ。200ドルでいいですかね?」
「はぁ!? そんなにもぼったくるのね貴方。あれだけ私が良くしてあげたというのに。何か恨みでもあるのかしら?」
ミリーはしばし押し黙る。
恨みならあるんじゃね?
ど頭打ち抜かれて死んでるんだからな……。俺だってこんな人と関わりたくないよ。
ふとそんな目線を送ってみると、なぜか頷かれたが気のせいだと思いたい。こんなホモと意思疎通しても全然嬉しくない。
「…………いえ、特に」
「なによ、その間は」
あからさまに目を背けミリーは運転席に着いた。
クレアは前方の座席に腰を下ろしシートベルトを素早く着用した。車の揺れなんてそんなに大したことないだろうに、何故あんなに焦ってシートベルトをするのだろうか……?
そんな事よりも俺の目に止まったのはハンドルが付いている……という事だ。この車……しいては馬車には馬が付いている。普通……んー普通ならば手綱ではないのだろうか? なぜにハンドル、アクセル、ブレーキが完備されているのだろうか……?
それに、運転席の横に付いている赤いボタンは?
「おいカズ、シートベルトしねーとちょいと痛い目にあうぜ」
「は、はぁ?」
「いくぜ!!」
アクセル全開、後ろの排気口からは黒ずんだ煙がもくもくと立ち込める。
さながらスポーツカーのようなうねりをあげ、ハンドルが強く握られた。
その瞬間、強い衝撃と共に宙に投げ出された。
「え?」
考える思考の時間さえも取らせず宙に浮いた体は馬車の後方、何もない後ろの壁に腰から激突した。
「グハッ」
肺の中にある空気が押し出され、苦しくなる胸。それに加えて軽い脳震盪も併発し一時的に思考がシャットダウンした。
強い揺れと、加速していく車体によって体にかかる重力すなわちGが体感で三倍から四倍ほどに膨れ上がる。
辛うじて開いている目を窓に向けた。驚くことに窓から見える景色は新幹線のそれとは比べ物にならないほどのスピードを叩き出していた。
宙に浮いているのではないかと錯覚するほどのスピードに何度も意識が飛び、そして、あまりの衝撃に眼を覚ます。これを幾度となく繰り返し神経もろとも疲れ果てた具合の時、馬車がゆっくりと停止した。
停車がゆっくりで良かった。
急激に止まっていたならば慣性の法則に則りフロントガラスを突き破り道路に投げ出されていたであろう。
そして、体にかかる重力が消えたことにより俺は自由落下した。
そして、下に引いてある黒色のマットに体を再度叩きつけられることになった。
「な、成る程……このためのマットかーー」
痛む体、痛む腰をさすりながらムクリと上体を起こした。
「どうだ? 初めてのドライブは?」
「いでで……糞食らえですね」
「あはは、殺すぞ?」
ニンマリとした笑顔の目は完全に人殺しのそれだった。
「はいはい、そういうのはやめておきなさい。二人とも頭ぶち抜かれたいのかしら?」
いつのまにかホルスターから抜かれていた拳銃は俺たち二人の頭部を捉えている。
二人とも苦笑いで両手を上げ、互いに互いを目で合図を送り、クレアに獲物を下げてもらうべく頭を高速で上下させた。
「わかればいいのよ」
口から少しだけヨダレを垂らし、フラつく足。その弱さを出すまいとクレアは歯を食いしばっていた。
(この馬車、早いのはいいのだけれど乗るとほぼ吐くのよね……それが問題だわ。でも、ここでは吐けない……あの子が見てるんだもの!!)
謎の虚勢はそう長くは続かないだろう……。
「それじゃ俺は行くから。とっとと馬車から降りてくれ。あと姫さん支払いはまたつけか?」
「いいえ、今日は少し持ち合わせがあるから払うわ」
手荷物赤いショルダーバックをゴソゴソを探っている。
「あーん〜そうだな。燃料もそんなに使ってねーし……二十ドルでどうだ?」
「えーと、日本円でいいかしら?」
「あぁ、構わないよ」
クレアは財布から二千円取り出しミリーに手渡した。
「おいおい、姫さん手が震えてるけど大丈夫か? 今日は吐かないと息巻いてた割には根性が足りないんじゃないのか?」
「う、煩いわね。マジで殺すわよ」
鬱陶しそうに手をひらひらさせミリーはクレアに手渡されたお金を大事そうにズボンのポケットにしまい込んだ。
燃料ってなんだろ……草、かな?
馬ってガソリンとか飲むわけ……ないし。
そんなことを考えていると、肩を叩かれた。
後ろを振り返ると幼馴染の|優里(ゆり)がいた。
「かずくんこんなところでなにしてるの? 東京行ったんじゃなかったの?」
「え、あぁ、えぇーと……その」
「なになに? 私に隠し事……? 酷いよ!」
頬を膨らませ可愛らしくて優里は猫が甘噛みするように怒った。
クレアを見ると、死刑執行人みたいな顔をしていた。あ、これ……死んだわ。
ドパッン!!
空薬莢が空を舞う。
鈍い痛みと共に右足が吹き飛んだ。
「ぐぁぁぁああ!!!」
「他の女とイチャつくなんて万死に値するわ」
「あわあわあわあわ!!!」
涙目になって状況が掴めずあたふたしている優里を尻目にクレアは暗殺者のような目を俺に向けハンドガンのスライダーをゆっくりと引いた。
「遺言はなにがいいかしら?」
銃口が優里に向いた。
「かずくんになんてことするの!! それに、鉄砲なんてそんな危ないもの振り回すなんて……この犯罪者!!」
優里の言葉にクレアはピクリとも眉にしわを寄せるた。
「クソガキがいきがるんじゃないわよ。殺すわよ…それと、『欠損修復』」
淡い紫色の光が俺の足に集まりゆっくりと元の形へと戻っていく。
神経がズタズタになるような痛みが身体中を駆け巡る。
声にならない悲痛な叫びをあげ、俺は気を失った。
その頃、ミリーはというとそそくさと馬車に乗り込みその場を後にしていた。
触らぬ神に祟りなしといった感じだろうか?
メンチを切り合う両者は互いに引かず、気絶した俺を真ん中に挟みいがみ合っていた。
プルプル……
優里のスマホが鳴った。
「出たらいい」
「……お言葉に甘えて」
ポケットからスマホを取り出す。
[なにこの忙しい時に……え、ん……分かりました。すぐに戻ります。この場はどうしたら? ……えぇ、分かりました。場所はX3、5682Y21.32588です。はい、お願いします]
深いため息を落とし、優里はクレアに向き直る。
「私は火急の用事ができたので少しここを離れます。彼に指一つでも触れたら、魔女裁判にかけて火あぶりの刑に処します」
「…………」
鋭い眼光でクレアは優里を刺し殺さんと睨みつける。それを、いとも容易く流し、背を向け優里はどこかへと行ってしまった。
この女、ドSにつき コカトリス @Yamatanooroti
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