私の人生を救済するのは確実に間違いなく絶対に120%フクロウだからお前は死んどけ

ささやか

私の人生を救済するのは確実に間違いなく絶対に120%フクロウだからお前は死んどけ

 酎ハイ三本、缶ビール五本、焼酎一瓶を飲み干した午前二時。私の頭はかつてないほど冴えわたっていた。そう、完璧かつ完全なる明晰さは、もはやフェルマーの最終定理さえいとも容易く証明できるに違いない。もう証明済みだが。


 景気づけに最後の缶ビールを飲みながら先ほど私に降りてきた天啓について落ち着いて考慮する。この行き詰った人生を好転させるたった一つの冴えたやりかたを。


 始まりは深夜ラジオだ。売れない漫才コンビ・ベトナム上海問屋の烏賊口が言った。


 いやー、最近フクロウカフェって言ってみたんですけど、あれまじすごい。


 へえ、そうなんだ。と相方の溝浦が相槌を打った。

 それから烏賊口は、きっと精子臭い口でフクロウの魅力を冗長に語った後、フクロウって漢字で苦労せずってことで「不苦労」と書いたりするみたいで、縁起がいいよね。と言った。


 これだ。私は閃いた。これだこれだこれだこれこそが起死回生の一撃だ。フクロウがあればこのブラック企業で人生を投げ売りする日々から脱却できるのだ! 散々妻とは離婚するとかほざいた挙句、一向に別れる気配のない部長を引きずることなく、ミラクルでハッピーな人生が私を待っているのだ! ハラショーハラショーハラショー!


 そうと決まれば善は急げだ。私は最低限の用意をして、自宅から一番近くにあるペットショップに走った。


 初春の空気は深夜冷たく、これまでの人生のように肌寒かった。しかし私は屈しなかった。ペットの田島に到着する。


 さあ、フクロウだ! フクロウを寄越せ! 私はペットの田島に突撃するが、しかし扉は閉じられていた。おかしい。私が幸福になろうとしているのにそれを拒もうとするなんて絶対におかしい。ダークブラックカンパニーの陰謀に違いなかった。


 私がどうにかして中に入ろうと扉を叩いていると、何をしている、と無罪無垢たる私を咎める声が背後から投げつけられた。振り向くとそれは眼鏡をかけた神経質そうな顔の青年だった。


 貴様はいったい何をやろうとしているのだ、そうだ、わかったぞ、この類稀なる優秀で優勝な知能を持つ俺にはわかったぞ、貴様は今このペットの田島に法を犯して侵入し、この俺の輝かしい人生の象徴となるべき幼気なフクロウを誘拐しようとしているのだろう、そうだろう、いや、きっとそうに違いにない、そうだ、絶対そうだ! この薄汚い下劣な犯罪者め。お前など官憲の手を煩わせるまでもない。この俺が成敗してくれよう!


 私は激怒した。このファッキン眼鏡はどうして聞くに堪えない御託をほざいているのだろうか。ケツ穴に左腕つっこんで奥歯ガタガタ言わせたろか。この開かない扉の先には私の未来が、幸福が、フクロウが待っているのだ。それを邪魔しようとか正気の沙汰ではない。誰かが幸せになろうとしているとき、その足を引っ張ろうとするとは鬼畜の所業だ。人心がない。まるでブライアン・フローだ。


 さて。ここで問題だ。民主主義を標榜する国家に居住する人間ならくるくるぱーでもわかる簡単な問題だ。自分の自由と権利が侵害されているとき、果たしてどうすればいいのか。


 答えは簡単だ。闘うのだ。


 あぎゃわああああああああああああ!


 私は闘志の雄叫び(女だけど)をあげて、ファッキン眼鏡に立ち向かった。


 んじゃめなあああああああああああ! 


 ファッキン眼鏡も雄叫びをあげて私を迎え撃つ。


 ふん、敵ながら逃げなかったことだけは褒めてやろう。さあ、戦争だ!


 戦争だ! 

 戦争だ! 

 戦争だ!











 と、なるわけもなく、騒ぎを聞きつけた近隣住民の通報によりかけつけた勤勉なる警察官によって、私とファッキン眼鏡は逮捕され、留置場にぶちこまれた。


 その後、アルコールという神聖不可侵なるドーピングが切れ国家権力に太刀打ちできなくなった私は、というか酔いが醒めてやべー矢部太郎と思った私は、おとなしく警察官の取調べを受け、素直にごめんなさいをして、帰宅した。ちなみにペットの田島ではフクロウは売ってないらしい。なんじゃそりゃ。というやりきれない思いになった。三秒間くらいなった。


 結局私はフクロウを手に入れることはできず、その代わりに、逮捕されるような社員はいらないんだよねーと労働基準法ガン無視の上司からクビを言い渡され、その流れで嘘っぱち部長との縁も切れた。要するに暗黒残酷職と不倫的恋人を失ったわけだが、負債を整理したような感じで差し引きするとプラス的な清々しさがあった。


 そんなわけで真っ昼間、会社で人生をすり減らすこともなく、自宅でぼんやりとテレビを見る。ベトナム上海問屋の烏賊口が最近ヒョウモントカゲモドキのハイポオレンジホワイトアンドイエローを飼い始めたんですよと言った。お前、フクロウはどうしたんだよ。


 スマートフォンでヒョウモントカゲモドキを検索していると、ピンポーンとインターフォンが鳴る。誰かと思えば、あの眼鏡をかけた青年だった。


 なんの用だと思ってとりあえず玄関に出てみると、彼はわりと深めにお辞儀して、あの時はすみませんでした。と言った。なんか人生に行き詰ったってか、そんな感じで酔っ払って、そんな時にフクロウがどうとか聞いたら、いや、すみません、言い訳ですね。


 あの。思わず私は尋ねる。それってもしかしてベトナム上海問屋の烏賊口ですか?

 ああ、それです! あの烏賊口です!


 彼はだだっ広い宇宙で遭難した挙句ようやく同郷の人間に会えたP342星人のような笑顔になった。きっと私も同じような顔になっていただろう。


 烏賊口、さっきヒョウモントカゲモドキを飼い始めたって言ってましたよ。

 マジですか。裏切りこの上ないですね。

 ですよね。


 そこで彼は手に提げていた紙袋を掲げた。


 そうだ、これカステラ、お詫びに買ってきたんで。よかったらどうぞ。

 ああ、これはこれはありがとうございます。


 私は紙袋を受け取り、愚鈍で鈍重な頭脳による思いつきをそのまま口にする。 

 

 あの、よかったらあがって一緒に食べませんか?

 いいんですか。と彼は言う。

 ええ、もちろんです。だって、三時のおやつは――


「文明堂」


 二人の声が重なる。私たちは笑った。私はその時、はじめて誰かに会えたような気がした。 

 

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