ばあちゃん(KAC1:切り札はフクロウ)

モダン

ばあちゃん

「ばあちゃん、探し物?」

「いや、別に大したものじゃないから」

「言ってよ。俺、分かるかもしれないし」

「ふくろ…」

「袋、どんな?ビニール袋?紙袋?何か特徴を教えてくれたら一緒に探すから」

「いいの、いいの。」

「そう。じゃあもう聞かないけど…」

 俺は、荷物の整理を手伝いながら続けた。

「俺さあ、ちょっと会社でしくじっちゃって。

 できれば内緒で終わらせたいんだ。なにしろ、相手のあることでね…。こういうときって、やっぱりお金で解決するしかないんだろうなあ。

 表沙汰になると自分のクビどころか、会社自体の存続に関わるかもしれないから。

 誰にも言えなくて。

 別に何かしてほしい訳じゃないよ。ただ、聞いてくれる人がいるだけで気持ちが落ち着くんだ。それを伝えたくて…。」

 話し終わらないうちに、ばあちゃんのきつい声が響いた。

「あんた、それねえ。身内のオレオレ詐欺よ。

 ここで、私が、『いったい何があったの?』『いくら用意すればいいの?』とか、うろたえると思ったら大間違い。

 だって、同じ屋根の下で暮らしながら話しかけてきたの何年ぶりだっけ。

 トラブルが起こったときに、たまたま私が施設にはいるタイミングだったから、今がチャンスだと思ったのかしら。あ、本当はトラブルなんかないんでしょ。私がこの家を去る前に何か奪おうと思って…。」

「いやいや、やめてよ。

 なんだか俺が悪意に染まった孫みたいじゃん」

 ばあちゃんは俺の話なんか聞いちゃいない。

「あ、あった」

「何が」

「ふくろうのキーホルダー」

「それを探してたの?袋じゃなくてふくろうか。なにしろ、見つかってよかったね」

 ばあちゃんは、やっぱり俺の言葉なんか無視して独り言のようにつぶやくんだ。

「これ、あんたが子供の頃にくれたものなのよ。覚えてないでしょうけど」

「え」

「何の気まぐれか敬老の日にお小遣いで買ってくれたのよ。それでも、私は嬉しくってね。今回、この家を出ていくのにどうしても持っていきたかったの」

「俺、覚えてないけどばあちゃんは大切にしててくれたんだね。

 でも、だったら、なんでなくしちゃうの。いつも手元に置いといてくれれば探すことなんてなかったわけでしょ」

「これまでは会話がなくてもあんたがそばにいたから。これからはあんたの代わりになるものが必要だから。

 どう、わかった?」

 いや、違う。

「俺、思い出したよ。

 これ買ってきたとき、ありがとうとは言ってくれたけど、全然嬉しそうじゃなかったもん。しかも、親父に『センスが悪いのはお前譲りだ』とかぐちってるのも聞こえてたし。

 その時、このクソばばあとは二度と口きかねえって決めたんだ」

 俺が一気にまくし立てると、ばあちゃんは急にテンションを下げて言った。

「いくら必要なの」

「二百万」

「じゃあ、このキーホルダー、二百万で買うわ」

「物わかりがいいね。ありがとう」

「そのかわり、本当のことを言って。そのお金は何に使うの」

「好きな人がいるんだ」

「だから?」

「その人、頭がよくて物静かで…。」

「お金の使い道聞いてるのよ。」

「夜の仕事してるんだよ。そこに通ってるうちに借金がかさんで…」

「あんた、つくづくふくろう好きなんだねえ。森の哲学者ながら夜になると音を立てずに狩りをする、そういう相手でしょ」

 ああ、ばあちゃんらしさ炸裂。

 だから、距離をおきたくなったんだ。

 でも、俺のプレゼントを施設に持っていきたいと言ってくれるのは正直嬉しくもあるけれど。

「私も昔はそういう女でね。ふくろうみたいだって陰口叩かれてたものよ。だから、あんたがふくろうのキーホルダーくれたときに嫌味な孫だと思ったわ。縁起がいいから選んだだけだったんでしょうけどね。

 でも、よく考えればそこに私らしさがあったの。そして、そこに魅力もあったんでしょう。

 この歳になって新しい生活を始めるには、あのキーホルダーが心の支えになりそうな気がしてね」

 なぜか、ばあちゃんが女に見えた。

 そして、大好きな彼女もいずれはこうなるんだと思うと、何もかもがどうでもよくなって気持ちが一気に冷めていった。

 すべてはふくろうのせいだ。

 いや、ふくろうのお陰で少し大人になれたのかもしれない。

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