第10話 少年の絶望

俺は自分の耳を疑った。

この学校は、一年の内に三回、各学年から代表を決める選抜試合がある。そして、優勝者と二位、三位を学年の代表とし、地方大会に出場する。そこで優勝すると、県大会、全国大会と続き、全国大会で優勝した高校には多額の賞金と、ある一つの″特権″が与えられるらしい。″特権″については、学校の重要関係者しか知らされていない。

男は、龍崎翔(りゅうざき しょう)は、俺にその選抜試合に出ろと言った。意味がわからない。いや、本当は分かっている。ただ自覚したくはなかった。

「見せしめのつもりか… ふざけるな、断る」

すると、龍崎は口を裂けんばかりに開き、獰猛な笑みを浮かべた。

「いや〜いいぜ? 別に断っても。でもまぁそ

ん時はそこの女がどうなるかなぁ〜」

「っ…っ…!」

こいつ、ルナを人質に取りやがった。

実質この時、俺の拒否権は無くなった。

「おいおい? そんな顔すんなよ。何も要求な

んてしないぜ? まぁちょっとした″事故″ぐ

らいはあるかもしれねぇけどな」

龍崎は心底、嬉しそうな笑みを浮かべると、俺の胸ぐらを掴んだまま左腕をあげる。

「まぁ、頑張れや」

とだけ言うと、窓の方へ腕を振り下ろす。するとほぼ同時だった。窓の外、遠くにある山。その一部分が″吹き飛んだ″。

俺とルナはただ見ることしか出来ない。脳が目の前の情報を処理しきれない。まさにそんな光景だった。

龍崎翔。その異能は、自らがその場で起こした現象を際限なく、自在に″肥大化″させ視認できる範囲に″移す″力だ。

つまり、彼が放つ拳の風圧は、戦車、山でさえ吹き飛ばす程の巨人の拳になりうる。

その圧倒的な力から一年の頃の選抜試合一回目では、全員を病院送りにした。そのせいか二回目の時は龍崎を含め四人。三回目にいたっては、一人も出場しなかった。そのため代表は成績が良い上位2名が選ばれた。実質今の二年の最強だ。

そんな圧倒的な力を持つ男は、俺を雑に投げると、図書室を去っていった。

同時に、今日の授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。それが俺にはまるで人生の終わりを告げる死神の声に思えた。

「け、圭佑くん…」

ルナは心配そうに声をかける。

俺は作り笑いを浮かべ、大丈夫だと伝えると、図書室を出た。後ろから声をかけられた気がしたが、振り返らず進んだ。

いつもより重い体を引きずるようにして家に着いた俺はドアを開ける。

そして、いつものようにハルが出迎える。

「おかえりなさって、兄さん!? 顔どうした

の!?」

俺は殴られたことを思い出した。一度気づくとまた、痛みがやってきた。右頬を隠すようにして治癒を始める。

「何でもないから、心配ないよ」

作り笑いを浮かべるが、うまく出来た気はしなかった。

ハルは何か言いたそうだったが、何か悟ったのか、わかったと言って俺に抱きつく。俺はバランスを崩しそうになるも、しっかり受け止める。そして耳もと近くで

「無茶だけはしないで……」

と言った。

そしてすぐに離れると、いつもの笑顔で

「今日はカレーだよ! 早く手を洗って一緒に

食べよ!」

とだけ伝えると、キッチンに入る。

本当に出来た妹だ。どちらが上かなんてわからないなと思った。

俺は治癒が終わると靴を脱いだ。


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