小さなぼくはまだ知らない
佐倉 青
小さなぼくはまだ知らない
ぼくは勉強がきらいだ。まだよくわからないんだけど、これからいっぱいしなくちゃいけないんだって。難しいこともあるみたいで、そんなことやりたくないって思っちゃうよね。ぼくはこの前かっこよく卒園したから、今は毎日いーっぱい遊べるけれど、もう少ししたら、小学校っていうのが始まってしまうんだ。ぼくは何にも変わらないのに、一年生になるからって、ママはぼくにお名前を書く練習しなさいって毎日うるさくて困っちゃうよ。
お日さまがぴかぴかしているから、今日はママと一緒に動物園に来たんだ。ぼくはライオンさんが大好きだから、近くで見るのが楽しみで、昨日からずっとどきどきしていたの。
それなのに、さっきママとケンカをしちゃった。おいしそうなアイスがあったから食べたいって言ったんだけど、ママは帰るときに食べようって言ったんだ。ぼくは今食べたかったのに、ひどいやって思って怒ったんだ。そしたらママに、「そんな子は知りません」って言われたから、ぼくも「そんなママは知らない」って言ったんだ。
怒ったぼくはママのところにいたくなくて、ママのうしろのほうに走ったの。たくさんの人がいる間をするりと抜けて、汗が出るほど走ったんだ。いっぱいいっぱい走ったから、ママはびっくりしてるだろうと思って、かっこよく振り返ったのに、ぼくの周りにいるのは知らない人ばっかりで、ママがどこにいったのかわからなくなっちゃった。
だいじょうぶ、ぼくは泣かないよ。だって強い子なんだもん。かっこいいから、モテモテで大変なんだ。あーちゃんもゆーちゃんも、ぼくのことを大好きって言ってるし、このくらいで泣かないよ。それに、かっこいいヒーローになるってパパと約束してるもん。
ママがいなくてもだいじょうぶ。ひとりでライオンを探してみよう。ママはきっと、ぼくがライオンのことを好きなの知っているから、ママだってそこにいるかもしれないからね。
きょろきょろと見てみると、いっぱい人がいる場所があったよ。たくさん人がいて、ぎゅうぎゅうになったところに入ってみると、そこには大きなきりんがいたんだ。ぼくだってすぐに大きくなるんだぞって、背伸びをしてみたけれど、きりんはとっても大きかったよ。そうしたら今度は、きりんの向こう側に、ぞうがいるのが見えた。ぞうのところに行ったら、今度はシマウマがいた。ぼくの大好きなライオンはどこだろう。
ぐるぐるといっぱい歩いたら、今日一番たくさんの人がいる場所についたんだ。ライオン、かっこいいなあ。すっごく、強そうだなあ。一番見たかったライオンも見たし、そろそろママのところに戻ろうかな。ママはきっと、さみしくなっているかもしれないからね。でも、ここはどこなんだろう。ぼくは、どこから走ったんだろう。ママはどこにいるの。
あっ、あの白い服はきっとママだ。待って、行かないで。ぼくはさっきよりも速く走ってママの服をつかんだんだ。ぼくは一生懸命に走ったのに、ママじゃない女の人がこっちを見てるの。「ごめんなさい」って言って、知らない人のことをママだと思っちゃったのが恥ずかしくなって、また走っちゃったんだ。もうだめだ。なんだか悲しくなってきちゃった。
目の前がぼんやりして、さっきよりも見えなくなってきちゃった。泣いてなんかないよ、ぼくは強い子だからね。
下を向いて歩いたら、知らない建物のところに来ちゃったみたい。じいっとその中を見てみたんだけど、何にもいないのかな。動物園なのに、変なの。不思議に思って、いっぱい探したら、建物の前に看板があったんだ。
看板には、「フクロウ」って書いてあったよ。カタカナが読めるからね、ぼくにはわかるよ。『やこうせいで、ひるまはねている』って書いてある。よくわからないけど、おひるねが好きなのかな。『もりのはかせとよばれています』っても書いてある。ぼく、はかせのこと知ってるよ。ヒーローに変身する方法を教えてた人も、はかせって言ってたもん。きっと、このフクロウってのも頭がいいのかな。ママなら知ってるかな、あとで聞いてみよう。
ママのことを考えたら、なんだか涙が出そうになっちゃって、出ないように上を向いたんだ。そうしたら、ぼくのあたまのずうっと上のほうに、ふわふわしたものがあったんだよ。
あれがフクロウなのかな。じーっと見てたんだけど、動かないみたい。
「おーい、いつまでねてるのー」
ぼくがそう言ってみたらね、ぼくの声にびっくりしたのかな、フクロウっていうものがこっちを見たんだよ。鳥のなかまなのかな、くちばしがあって、まあるい目をしてる。
「フクロウさーん」
ぼくがそう言った瞬間、びっくりすることが起きたんだ。フクロウの顔が、ぐるんってさかさまになっちゃったの。うそだと思ってもう一回見たんだけど、今度は首がぐるんってうしろを向いちゃった。
すっごくびっくりしたら、さっきまでがまんしてたのに、涙がいっぱい出てきちゃった。
「ママぁ―、どこにいるのー」
おっきな声でママのことを呼びながら、僕の顔は涙でいっぱいになっちゃった。
そうしたらすぐにママの声が聞こえきて、ママに会いたくて、ママを探そうと涙を手でふいたときに、ぎゅうって抱きしめられたんだ。
「心配したんだよ」
「ママ、ごめんね」
ぼくとママは仲直りをするために、アイスを一緒に食べたんだ。ぼくはチョコで、ママはバニラだよ。やさしいぼくは、途中でママとアイスを交換してあげたんだ。きっとこれで許してくれるよね。
ママと手をつないで動物園を出るときに、フクロウのことを思い出したんだ。首をぐるぐるしてたのは、ママのことを探してくれていたのかな。ママを呼んでくれてありがとね。ばいばい、また来るからね。
「あのね、ママ、フクロウってもりのはかせなんだって。どうしてか知ってる?」
「そうなの? ママもどうしてなのかわからないなあ」
「ぼく、明日は図書館に行きたいな。フクロウのことを調べてみたくなっちゃった。あとはね、お名前を書く練習だってするよ。今度来たときに、あのフクロウにも見せてあげるんだ」
これが勉強だってことに、小さいぼくは、まだ気づかないんだ。
フクロウさん、あのときはどうも、ありがとうね。
小さなぼくはまだ知らない 佐倉 青 @sakuraao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます