凶鳥、汝の名はフクロウ

無位無冠

凶鳥、汝の名はフクロウ

「おい、新米。やばいぞ」


「どうした? 敵がいたのか」


 思わず体を屈めて、周囲を見渡す。

 しかし、どこにも敵がいる様子はない。相棒も呆けっと突っ立ったままだ。やれやれと持っていた槍を杖にして立ち上がる。


「なんだよ、なにがやばいんだ?」


「ほら、あれだ」


 相棒が、槍で木を指し示す。


「木?」


「馬鹿。枝のとこ、いるだろ。茶色いのが……」


 よく目を凝らすと、枝に茶色い大きな鳥がとまっている。


「もしかして……フクロウか」


「ああ。くそ、最悪だ。よりにもよってフクロウを見つけるなんて」


 相棒が兜の上から頭を抱えた。


「なんでだよ? いいじゃないか、フクロウ」


「お前、本当に馬鹿だな。俺たちは偵察に行くんだぞ。敵がどこにいるのかわからないんだ」


 相棒が眼前に指を突きつけてくる。


「つまり、どういうことかわかるよな」


「敵にいつ襲われるかわからないってんだろ。何回も聞いたよ」


 そのまま目に指を入れられかねなかったので、乱暴に払いのけた。

 徴兵されて、今回が初陣の自分に相棒は何かと教えてくれている。たまに食事を少し取られるのは勘弁して欲しいけれど、お陰でガラの悪いベテラン兵士に絡まれなくて済んでいた。


「そう、偵察は危険な任務なんだ。それなのに俺たちはフクロウを見つけてしまった」


 見つけたのはあんただろうが。いつの間に俺も入ったんだよ。


「フクロウだろ? むしろ運がいいじゃないか」


「お・ま・えはよう、物を知らないにも程があるぞ。どんな田舎から来やがったんだ、まったく。いいか、フクロウは不吉なの。死を運ぶ最悪の鳥で、見かけた兵士は生きて帰ってこられないって言われてるんだよ」


「そうなのか……いや、俺の故郷じゃ幸運を呼ぶ鳥なんだけど」


「んなわけあるか。あー最悪だ。じっとこっちを見てやがるよ」


 相棒の言う通り、フクロウは見張っているかのように視線をそらさない。相手は鳥とは言えども、確かにじっと見られていると、どんどん怖くなってくる。


「なあ、もう行こう。フクロウに悪口言ってても仕方ないし」


 相棒がぐちぐちとフクロウに向かって悪口を言い続けているのを止めさせる。


「そうだな。よし、ここからはより慎重に行く。絶対に見つかるんじゃないぞ。見つかったら、新米を盾にして逃げるからな」


「最悪だ、こいつ」


 盾にして逃げるなんて言いながら、相棒が中腰で前を行く。自分も中腰の姿勢で相棒についていった。

 しかし、そんな姿勢では体力を消費するだけだった。前だけでなく、後ろや周囲にも気を配り続けているので神経をすり減らすのも難点だ。


 疲れてきて、集中が切れ掛かったところで、前を進んでいた相棒が振り返る。


「新米、休憩にするぞ」


「ああ……」


 その場でへたり込んでしまう。しかし相棒に蹴られ、慌てて木の影に隠れる。体力はついてきたと思っていたけれど、相棒に比べたら全然ない。

 腰にぶら下げた水袋を手に取り、少しずつ口に含む。相棒も、木を背にして腰を下ろすと、携帯食をちまちまとよく噛みながらつまんでいた。


「……おい、あれ」


 相棒が木の上を指差す。つられて見上げると、フクロウと目が合った。


「さっきの、フクロウだよな」


「やっぱり狙ってやがるんだ。俺たちを殺す気なんだよ」


 うなだれて何かを小声でぶつぶつとつぶやく相棒。


 そんな相棒に肩をすくめて、頭を振る。

 そして、ふと思いついて携帯食を手に取った。携帯食を指で摘んで、掲げてみせる。フクロウがかくっと首をかしげるので思わず笑ってしまった。

 しかし警戒してか、なかなか寄ってこない。仕方がないので自分の口に放り込む。そして、咀嚼するのを見せながら、もう一度携帯食を掲げてみせる。

 やがて、ふわっと羽を広げてフクロウが飛んでくる。少し怖かったけれど、動かずにじっとしていると、指から携帯食だけを咥えていき、元の枝に戻る。

 それが妙に嬉しくて、一つ食べては一つ掲げてを繰り返す。そして、携帯食が少なくなってきたところでフクロウが枝に戻らずに肩にとまった。


「おいおい、なに手懐けてんだ。頼むからやめてくれ」


「お、帰ってきた?」


「俺はずっとここにいただろうが。分かってんのか、そいつはフクロウなんだぞ」


「不吉な鳥ってんだろ。そりゃ、じっと見られてたら怖いけど、こうなったらかわいいじゃないか」


 相棒の目が、信じられない物を見る目に変わる。


「無事帰れたらお前とはもう一緒にやらねえからな。験担ぎしねえやつと組めるか」


「験担ぎならしてるさ。言ったろ、俺の故郷じゃ幸運を呼ぶ鳥だって」


「そんなふざけた迷信を信じてる奴らが本当にいるなら、お目にかかってみたいぜ。まったく……」


「目の前にいるだろ、俺が。って、おいフクロウ。お前怪我してるのか」


 フクロウの足が、血で赤くなっていた。とまっている肩にも、少し血がついてしまっている。慌ててフクロウを両手でつかむ。


「おい、ちょっとこいつ持ってて」


「え? うそ、フクロウ持っちまった。俺は死にたくないぞ。ねえ、さっきの嘘。帰っても一緒にやるよ。だからこいつ持って。お願いだから。もう飯も取らない。賭けもイカサマしない。新米ちゃん、お願い」


 相棒が小さな声で、且つ早口で言い募るのを尻目に、腰袋から徴兵されたときに餞別で渡された軟膏を急いで取り出す。

 

「ちょっと、染みるかもしれないけど、我慢しろよ」


 フクロウの足に水をかけ、血を流してから軟膏を塗り込んでいく。フクロウは暴れることなく、大人しく相棒の両手に収まっている。


「よし、できた。ほら来い」


 未だに早口で訴え続けている相棒からフクロウを受け取り、さっきと同じように肩にとまらせる。

 フクロウは俺と相棒を交互に見比べると、突然羽を広げた。そして、くちばしで羽をむしると、ぬっと突き出してくる。


「くれるのか? ありがとう、もらっておくよ」


 くちばしから二枚の羽を受け取る。


「おいおい、んな不吉なもんどうするんだ。しかも二枚って、まさか俺の分とか言うんじゃねえだろうな」


「そのまさかだよ。ほら、兜につけてやる」


「おい止めろ。俺を殺す気か」


「大丈夫大丈夫。験担ぎだって」


 大声で暴れるわけにもいかないため、相棒は文句を言いながらも大人しく羽を兜につけられた。自分にもどうにかもう一枚の羽をつける。 

 それを見届けたからか、フクロウが肩から飛び立つ。上空で数回円を描き、飛び去っていく。


「よし、ついて行こうぜ」


「新米。お前やっぱり変だわ。フクロウについて行くなんて、死にに行くようなもんだ」


「だから、そっちに敵がいるんだろ」


「……それもそうだな。よし、今度はお前が前にいけ。後ろと周囲は警戒してやるから、前だけに集中しろ。見逃したら死ぬからな」


 相棒の忠告にうなずき、槍を構えながら中腰で進む。前だけでいいとなると、未熟な自分でもなんとかなる。

 ほどなく、敵が準備中の野営地が見えた。巡回の兵士に気づかれないようにして注意しながら戻り、ある程度離れたところで一気に走り出す。


「よっし! 手柄だ手柄だ。金が手に入るぞ!」


「言っただろ! 幸運を呼ぶ鳥だってな!」


「ああ! フクロウは幸運を呼ぶ鳥。次からは新米を信じてやるよ!」


 そのまま味方の陣地まで駆け抜け、大急ぎで敵の野営地の場所を報告する。将軍も最初は半信半疑だったが、続々と報告が入ってきて信じてくれた。最初に報告をもたらしたことで報奨金にありつき、相棒と大いに盛り上がった。


 そして、夜を迎えた。


「おい、新米。お前を信じるって言ったな。あれは嘘だ」


「ああ」


「絶対にお前を信じねえって決めたからな」


「ああ、俺も自分を信じないよ」


 跪き、両手を頭に乗せて、敵兵に槍を突きつけられている。

 夜明けに敵を奇襲するはずが、味方は夜襲を受けて壊滅状態だ。相棒と慌てて兜を被って戦おうとしたところで敵に囲まれてしまった。殺されなかったのは、囲まれてすぐに将軍が討ち取られたからだった。

 そして、同じように降伏した味方とともに並ばされている。


 前を騎乗した騎士たちが通り過ぎていく。殺されるんじゃないとビクビクしながら見守っていると、一騎が目の前でとまった。


「もしかして、お前たちか。この子の治療をしたのは?」


 最初はわからなかったが、自分たちに話しかけられているとわかり、相棒とともに騎士を見上げた。

 兜を被っているが、可憐な女騎士だとわかる。女騎士の後ろには、茶色い大きなフクロウが羽を広げていた。


「この子に傷薬を塗ってくれたのはお前たちか?」


「は、はい。そうですけど……どうして?」


「兜にフクロウの羽がついているからな。もしかしてと思ったのだ」


 嬉しそうに笑う女騎士に、見とれてしまう。


 これが、後に梟将軍と呼ばれる女騎士と俺たちの出会いだった。

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