それもまた、繰り返された歴史なり

第十七話: 一難去ってまた一難

※マリー視点に戻ります

時系列は、『第十六話 全ての始まり』  の、続きからとなります



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 ………時は、少し遡る。




 ――フッと意識が浮上する。



 その瞬間、マリーが最初に知覚したのは、視界の大半を埋め尽くす青空。そして、彼方から聞こえてくる、人々の営みのざわめきであった。


 ざわざわと足元を通り過ぎて行く、幾人もの人影。「お姉ちゃんたち、こんなところで寝ていたら風邪引くよ」そんな中で、マリーたちの安否を気遣う子供たちの声が流れて、離れていく。


 けれども、マリーの目にはまだ光は灯らない……と。こつん、と身体にぶつかった何かが転がって、顔のすぐ傍にて止まった。



 ……見れば、それは一枚の硬貨であった。



 しかも、基本的に紙幣が流通している『東京』では少し珍しい、『ラステーラ』などで広く流通している硬貨であった。



 ……錆び付いた……マグナ硬貨?


 何で……こんなところに……?



 霧の掛かった頭の中でそれだけのことを、何分も時間を掛けて思い出す。手足が、まるで自分の物じゃないみたいに感覚が薄かった。



『おい、そろそろ起きろ。てめえの女が泣いているぜ、寝ぼけている暇なんてねえぞ』



 呆然とその硬貨を眺めていたマリーの耳に、突如その声が届いた。


 どこかで聞いたことのある野太い声に、わずかながらではあったが、ようやくマリーの頭が動き出した。


 頬に当たる雑草が、くすぐったい。ぐわんぐわんと揺れていた思考が徐々に治まっていく。


 少しして、マリーは己が地面に横たわっているのを自覚した。そして、そのまま何度か深呼吸をした後……ようやく身体を起こした。



「……?」


 ――はて、自分は何をしていたのだろうか。



 何をするでもなく、マリーはぼんやりと眼前に広がる青空と、にぶい光を放つ硬貨を交互に見つめる。そのまま幾しばらくして……頭上を3回程野鳥が飛び交った後、おもむろに立ち上がった。



(ここは……公園か?)



 顔を上げて、広場の向こうに見える建物を見つめる。


 その中で、ひときわ高い建物である『センター』を見つけたマリーは、そこでようやく……心の底から安堵のため息を零した



「『東京』に……俺たち、やっと戻って来られたんだな」



 辺りを見回せば、視線がいくつも己に向けられていることに気づく。


 最初に目が合った老夫婦らしき二人から心配の眼差しを向けられたが、マリーは愛想笑いで誤魔化して視線を逸らし、改めて公園の向こうに見える建物を見やった。



 ……見慣れた町の景色と、『センター』……確かに、『東京』であった。



 今いるこの場所自体に見覚えはないが、表通りに出ればすぐに分かるだろう。それが分かっただけでも、マリーは二度目となる安堵のため息を吐かずにはいられなかった。



 次いで、マリーはそのまま己に声を掛けてきたであろう人物を探すが……はて、とマリーは首を傾げた。



 ……何処を見ても、今しがたの声の主らしき人物が見当たらなかったからだ。


 遠くから声を掛けてきた……否、それはない。先ほどのアレは、すぐ傍から声を掛けられた感じだった。


 しかし、改めて確認してみれば、誰も彼もがマリーから、あまりに距離が離れすぎている……マリーの、気のせいだったのだろうか。



(どこかで聞いた覚えがあるんだがなあ……それにしても、随分と見られているぜ……まあ、仕方ないか)



 こんな日中に、地面に直接横たわっていたら注目も集まって当然だろう。例えそこが公園だとしても、だ。


 声を掛けてこなかったのは、マリーの容姿もそうだが、なにより傍に武装したイアリスが居たから……あっ!



 イアリス――っ!



 その名と顔を思いだし、慌てて周囲を見回して……居た。


 マリーの居た場所から見え難い場所、遊具の陰に隠れる様にして、イアリスが横たわっていた。


 急いで駆け寄って、その身体を抱き起こす。どこか負傷している可能性もあるし、とにかく起こさなければ……そう思って振り上げたマリーの手が、止まった。



「……泣いている、のか?」



 見れば、だ。


 閉じられたイアリスの目じりには、幾重もの大粒の涙が浮かんでは、金のほつれ毛を張りつかせて滴り落ちていた。



「――おいこら! 見世物じゃねえぞ! あっち行ってろ!」



 とりあえず、様子を見に集まって来た野次馬共(子供)を追い払って……静かに、振り上げた手で、そっと涙を拭ってやる。


 しかし、後から後から滲み出てくる涙が、その指を濡らす。嗚咽こそ漏らしていないものの、その涙は号泣と呼べるほどに多く、熱かった。



 ……いったい、どうしたのだろうか。


 ……もしかして、頭を打ったのだろうか。


 ……このまま起こすべきか、それとも急いで病院に運ぶべきか。



 一瞬ばかりマリーは迷う……のを見計らったかのように「うっ……」イアリスが呻き声をあげ……ゆっくりと、目を開けた。青い瞳が、マリーを捉えた。



「イアリス、俺が分かるか?」

「……マリー、か?」

「ああ、そうだ。俺たち、戻って来られたんだ。分かるか、『東京』に戻って来られたんだ」



 その顔を覗き込んで、張り付いた金髪を指で取り払う。次いで、ビッグ・ポケットに手を伸ばし……空を切って、舌打ちと共に辺りを見回す。「待っていろ、水を持ってくる」少し離れたところに転がっているのを見付けて、取りに行こうとしたが。



「――行くな!」



 急にイアリスは声を荒げて、マリーが離れるのを止めた。「あ、た、頼む、今は私の傍にいてくれ」それどころか、ドレスの裾を掴んで放そうとすらしない……その異様な姿に、「ああ、分かったよ」マリーはとりあえずイアリスの言うことに従った。



「しかし、そんだけ涙を流しているんだ。気を落ち着かせる為にも、何か飲んでおいた方がいいんじゃないかい?」

「……私は、涙を流しているのか?」



 言われるまで気づいていなかったのか、驚いたように目を瞬かせていたイアリスの焦点が、マリーに合わさる。


 次いで、その視線が何かを探すように辺りをさまよい、震える手でイアリスは己の頭を摩ると……また、大粒の涙が零れ始めた。



「おい、どうした? 頭が痛むのか? 痛いんなら、病院に連れて行くぞ?」

「いや、痛くはないんだ。頭も体も、どこも痛くない」



 慌てて抱き上げようとしたマリーを、押し止めつつ、イアリスは首を横に振る。そして、一拍おいてから、「夢を、見たんだ」そう言葉を続けた。



「夢?」

「ああ……頭を撫でられる夢を見た。とても大きくて、とても優しくて……凄く、懐かしいと思える夢だった」



 そう言うと、イアリスはまた己の頭に手を置いた。



「ああ、温かかった……あれは、あの二人は、いったい誰だったんだろう……」



 まるで消え去った温もりを名残惜しむかのように、その手は何度も髪を梳いている。さすり、さすり、慈しむかのように頭を摩るその手は……悲しくなるほどに、震えていた。


 それはもしかしたら……本当の両親の記憶なのだろうか。


 過去から未来への時間移動が気付けとなって、記憶が思い起こされたのかもしれない。涙を流すイアリスを見て、そう思いながら手持無沙汰なマリーは己の頬を掻く。



「……感傷に浸っているところ申し訳ないが、ここは少し場所が悪いぜ」



 チラリと、無遠慮に見つめてくる野次馬共の様子を確認しつつ、マリーは声を潜める。子供程度ならマリーの見た目でも怒鳴れば離れていくが、大人相手ではそう上手くいかない。


 中には『ブラッディ・マリー』を知っている者もいるのか、慌てて離れていく姿も見受けられたが……大半の野次馬共は怯むことなく、好奇心を隠そうともせずにマリーたちを眺めていた。



「泣きたいなら、寮にでも帰ってゆっくり泣け。くそ熱いシャワーでも浴びてスッキリすれば、そのうち涙も止まるさ」

「……ああ、そうだな」

「俺も早く返ってゆっくり寝たいぜ……ああ、サララの膝で小一時間寝よう、決めた、俺は今決めたぞ」

「……くくく、そうか。それは、帰らないといけないな」



 欲望で明け透けなマリーの言葉が、イアリスの気持ちを切り替えたのだろう。泣き笑いの顔で涙を拭ったイアリスは、思いのほかしっかりとした足取りで立ち上がった。


 途端、どすん、とイアリスの傍で何かが落ちた。二人がつられてそちらに目をやれば……イアリスの愛刀である魔法剣『アルテミス』と、イアリスのビッグ・ポケットが転がっていた。



「……道具は後から来るようにでもなっているのか?」



 首を傾げながら駆け寄ったマリーは、その二つを手に取る。次いでに自分のも拾ってから、軽く砂埃を叩いてイアリスのを差し出す。


 しかし、イアリスは……ビッグ・ポケットはすぐに受け取ったが、『アルテミス』には手を伸ばさなかった。



「どうした? お前の剣だろ?」

「…………」



 ――あの状況でも手放すのを嫌がるぐらいに、これには執着していたのに。



 意図が分からずにもう一度差し出す。すると、さすがに受け取らないわけにはいかないと思ったのか、イアリスは何度か迷いを見せるかのように指先をさまよわせた後……静かに、『アルテミス』を受け取った。



 ――その瞬間だった。フッと、公園に、マリーたちに影が差したのは。



 あっ、と声を上げたのは誰が最初だったか、それは分からない。


 ただ、誰も彼もが訝しげに顔を上げた……その瞬間。凄まじい爆音が『東京』の青空に響き渡った。



 ――驚いた鳥たちが、奇声をあげて一斉に飛び立った。



 誰も彼もが思わず肩を竦める程の衝撃が振動となって伝わり、誰も彼もがたたらを踏んで体勢を崩した……と。



 ――おおおおおおお!!!!



 ビリビリと全身を震わせる、とてつもない爆音。突如叩きつけられたそれに「キャァァ――!?」公園に居た若い女性が悲鳴を上げた――直後、建物の向こうに見えた『センター』が、音を立てて崩れ落ちた。



 ――いや、違った。



 マリーは、マリーたちは、見た。『センター』を呑み込むようにして舞い上がった砂塵の中で、太陽を遮った巨大な影が、『センター』を押し潰していくのを。



 それは――巨大であった。



 東京でも有数の高層ビルである『センター』が小さく見えてしまう程の何かが、まるで砂で作った小山を崩すかのように。


 人間が作り上げた『東京』の象徴。『ダンジョン』で繁栄した人類を嘲笑うかのように、そいつはいとも容易く『センター』を瓦礫に変え……砂塵の中へと姿を消した。


 直後、体勢を崩すほどの衝撃が、再び『東京』中を揺らす。突然の出来事に呆然と立ち尽くしていた幾人かが、耐え切れずにその場に膝を付いた。


 一拍遅れて、砂塵が舞い上がった。


 それはあっという間に日の光を、空を覆い尽くさんばかりに高く昇る。そして、フッと、影が下りて薄暗くなった公園の中で……誰かが、ポツリと呟いた。



 ――なあ、何か、変な音がしないか?



 その声に、公園に居た誰も彼もが耳を澄ませる。最初は訝しそうにしていた人たちも、次第にはっきりと聞こえてきた異音に辺りを見回し始める。


 だが、それらしいモノは何も見当たらない。ぽつぽつと降りてきた砂埃ぐらいしかなく、異音だけが何処からともなく響いて来ていた。



「……イアリス、俺の傍を離れるなよ。すげぇ嫌な感じがするぜ」



 そんな中、互いに背を預ける形で周囲を警戒していたマリーが、ポツリと囁く。「どうする、逃げるべきか?」剣こそ抜かないものの、油断なく神経を研ぎ澄ませているイアリスに、マリーは首を横に振った。



 ――直後、マリーの身体から光が放たれる。



 前振りのないソレにギョッと飛び退いたイアリスはもちろん、公園に居た幾人かが驚きに目を剥く。しかし、そんな彼ら彼女らをしり目に、どこからともなく現れた濃霧がマリーの身体を覆い隠した。


 ゆらりゆらり、濃霧は見る間に伸びて行く。そして、膨らみが瞬く間に人の形を取ったと思ったら、中から飛び出した細腕がふわりと霧を薙ぎ払う。手慣れた様子で変身を終えたマリーは、「いや、まだだ」そう言って警戒を強めた。



「どうするかは、何が起こるかを見極めてからだ」



 その言葉と共に、カタカタカタ、設置されている遊具が、不吉に震え始めた。それは微かな地響きを伴い、異音はますます大きく人々の不安を駆り立てる。中には泣き出す子供も現れ始め、次第に恐怖が伝染していく。



 ――あっ。



 誰かが、彼方を指差した。その指差す先を確認したわけでもないのに、その場にいた誰もがそちらへ目を向けた。なぜ、それが出来たのかと言えば――。


 幾重もの建物を覆い隠して突き進む、土砂と瓦礫交じりの突風。それは瞬く間に建ち並んでいた家々を貫き、粉々に打ち砕き、また新たな土砂と瓦礫を作る。


 その陰りの向こうで幾つもの死を撒き散らす、砂塵のミキサー。それが、公園のすぐ傍に有った建物をなぎ倒しながら、公園の中へとなだれ込んできたからであった。



「うわぁぁぁああ!!??」

「ぎゃぁぁぁあああ!?」



 悲鳴が、公園中から上がった。誰しもが迫り来る砂埃の嵐から逃れようと、背を向けて走り出す……だが、遅かった。彼ら彼女らは、迫る突風に比べてあまりに鈍足すぎた。


 どれだけ必死に逃げようとしても、どれだけ必死に隠れようとしても、全ては遅かった。


 老若男女を問わないそれは、あらゆるものを瞬く間に砂塵の向こうへと飲み込み、幾重もの悲鳴も濁流が如き暴風の中に消え去った……のだが。



「うっしゃらああ!!」

「うぉあああ!?」



 その中でただ一人……いや、違う。麗しき金髪の美女を抱えた、白銀色の美女が、薄黄色の嵐の中から弾丸のように脱出した。それはもちろん、イアリスを抱えたマリーであった。


 放射線を描いて、薄黄色の尻尾を纏わりつかせながら建物の屋根に着地したマリー。「く、来るぞ!」ぎゅう、としがみ付くイアリスの身体を抱き締め返し……再び、飛んだ。


 ドレスがはためいて、空気の壁を突き破る。直線を描いて空を舞うマリーのその姿はもはや人間大の砲弾。着地の度に蹴る度に、屋根やら看板やら何やらを踏み砕いて……空を駆け抜ける。


 早馬よりも速く、鳥よりも滑らかに、獣よりもしぶとく……背後から聞こえる破壊の音に、何度も冷や汗を掻きながら……マリーは必死に空を舞った。



(――やべぇ! 逃げ切れねえ!)



 その極限の状況の中、マリーは気づいた、気付いてしまった。そのことに、思い至ってしまった。


 着地と、次の着地場所を見極めて、タメを作る、ほんの一瞬の作業。一つ一つはコンマ何秒という一瞬の作業……しかし、それも積もれば、取り返しのつかないロスとなる。


 少しずつ、少しずつ、距離を詰められている。このままではいずれ自分たちもこの中に飲み込まれる。その未来が……痛みを伴う程に脳裏を過った。



 本来なら、逃げ切れたのだ。


 ほんの少し、避難行動が速ければ。


 イアリスを、抱えていなければ。


 逃げる場所が、平地で障害物がなければ。


 十分に、逃げ切れた。もっと余裕をもって、マリーは対処できた……なのに!



(ちくしょう! どこだ、どこへ逃げれば!)



 砂塵の勢いは、少しずつではあるが弱まってきている。だが、この突風が厄介なのは、含まれる大小様々な瓦礫や石の数々。それらがまるで弾丸となって濃霧の中で渦巻き、飲み込むモノを例外なく仕留める。



 どこでもいい、これから逃れられる場所を――を?



 さまよっていたマリーの視線が、ふと、共同住宅の一角に定まる。設けられた広場の隅に立つ、黒い点……人影に対して、妙にマリーの意識を引いた。



(あいつ、何しているんだ?)



 先ほど見た時には、居なかったはずなのに。そう思った直後、人影が……誰かが、こちらに向かって大きく手を振り出した。


 何だ、と目を凝らしていたマリーの目が……瞬間、大きく見開かれた。



(――マージィ!?)



 その瞬間、マリーは驚きと意外さのあまり言葉が出なかった。



 ――何故、そこにマージィが居るのか。


 ――何故、マージィは逃げずにそこに居るのか。


 ――もしかして、この事態にまだ気づいていないのか。



 いくつもの疑問が閃光のようにマリーの脳裏を過った……が、考えている余裕はなかった。屋根を蹴り抜いて方向を変え、手を振るマージィの傍へと飛んでいた。



「しっかり捕まっていろよ!」

「――分かった!」



 背中に回された腕に、さらに力が込められる。微塵の隙間もなくなったのを感じ取ったマリーは、慣性を利用して体勢を変え……広場に着地した。


 瞬間、着地の衝撃で土埃が舞い上がった。それだけでなく、加速していたマリーの身体を受け止めた大地は、尾を引くように足跡を残して行き……マージィの前で、停止した。



「――なんでここに!?」

『速く入れ! ここなら大丈夫だ!』



 マリーの言葉を遮って、マージィは井戸を指差す……問答する時間は無い。広場になだれ込む暴風を振り返る間もなく、マリーはイアリスを抱き抱えたまま、身体ごとぶつける勢いで井戸の中に飛び込んだ。



 『最後の最後まで、悪いんだけどよ』



 ――その時、マリーは聞いた、



 『時々でいいから、『アイリス』のこと、気に掛けてやってくれ』



 ――確かに聞こえた。



 『ミシェルに似て、頑固で臆病で寂しがり屋だからよ』



 そして、見た。砂塵の中に飲み込まれる寸前に浮かべた……マージィの笑みを。


 驚いたマリーが唇を開いたと同時に、その姿は砂塵の中に飲み込まれ……見えなくなった。



 ――マージィ!?



 その光景に思わず言葉を失くす……が、事態は待ってくれない。直後、今の状況を思い出したマリーが振り返れば、暗がりのはるか奥に見える、微かな水のきらめき。



 ……あれ、これって……思ったよりもずっと深いんじゃね?



 確かに風は大丈夫だろうが、もしこれで水が少なかったら……そのことに思い至ったマリーは、「ひぁ!?」イアリスの悲鳴を無視して素早く体勢を反転させ、その身体を抱え直す。


 次いで、大きく息を吸って覚悟を決めると、両足を思いっきり左右に伸ばし、井戸の内壁へと突き刺した。


 ――瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの騒音が井戸内部を反響した。


 と、同時に、「いってぇぇぇえええ!!??」ガリガリと井戸の内壁を削る騒音をかき消すような、マリーの悲鳴も木霊した。



 言ってしまえば、力技であった。



 すらりとドレスから伸びた滑らかな両足が、衝撃でぶれて見える程に痙攣を繰り返す。肌の上に筋が浮き出て、筋肉が隆起し、履いていた靴が千切れ飛ぶ程の力が込められた。



(股が、股が割れるぅぅぅ!!!)



 しかし、その甲斐あってマリーたちの落下速度は目に見えて減少を始める。削れて落ちた破片が幾つもの波紋を生み出す水面まで、あと少し……という辺りで、ようやく二人は静止した。



「――す、すまない、この恩は一生を掛けてでも返そう……と、ところで、大丈夫か?」



 ぜえ、ぜえ、ぜえ……静まり返った暗闇の中で、ポツリとイアリスの声が響いた。



「な……なんとかな……さ、裂けるかと思ったが……裂けてないよな?」



 この状況では確認のしようがない……そう思った途端、「うひぃ!?」生暖かい何かが股に触れた。


 思わず身体を硬直させたマリーであったが、「だ、大丈夫だ! 裂けてないぞ!」その直後に響いたイアリスの声に……深々とため息を吐いた。



「お前、触るのなら先に声を掛けろよ」

「あ……す、すまない」



 暗闇の中、イアリスが頭を下げたのが気配で分かった。



「ていうか、もし裂けていたなら、下手に触ったらダメだろ」

「そ、その時は私が責任をもって看病しよう!」

「止めろ、サララが本気でぶちぎれるから」



 ようやく息を整えたマリーは、顔中に噴き出した汗をそのままに、頭上を見上げる。ごうごう、と轟く薄黄色はまだ続いており、パラパラと引っ掛かった砂埃が落ちて来ていた。



 ……マージィのやつ、大丈夫だろうか。



 砂塵の向こうに飲み込まれたその姿を思い返しながら、マリーは歯痒さにやるせなくなる。さすがに数分も経てば突風やら何やらも治まるだろうが、上の状況は悲惨の一言だろう。


 なにせ、この砂塵の風は建物をなぎ倒す程の破壊力がある。


 まともに受ければ負傷は絶対、常人なら即死。不意打ちに等しい状況だったとはいえ、マリーが逃げの一択を取ったぐらいだ。


 いくら鍛えているとはいえ、老齢一歩手前のマージィがどうやって……そもそも、なぜあんな場所に居たのか……あっ。



(そういえば、さっきあいつ、『アイリス』を頼むって……『アイリス』って誰だよ)



 まず、そこからである。しかし、アイリス……はて、どこかで聞いた覚えがあるような……どこだったかな?



「……ところでマリー、私は一つ気になっていることがあるのだが……」



 ポツリと囁かれたそれに、ひとまずマリーは思考を切り替える。「聞いても……いいかな?」目の前を確認することすら困難な暗闇の中で、イアリスの声は思いのほか響いた。



「何だ?」

「先ほど、この井戸に飛び込む際のことなんだが……」

「勿体ぶった言い方だな……急にどうした?」

「……気を、悪くしてしまったなら申し訳ないのだが」



 マリーの訝しがる様子が、体温を通じて伝わったのだろう。

 尋ねてきたイアリスの声は恐る恐るというか、どこか探るような言い方であった。



「さっき、お前は誰と話をしていたんだ?」

「……はっ?」



 うわん、と思いのほか大きく響いた自分の声に、「あ、すまん」マリーは謝った。次いで、「お前、見てなかったのか?」ありえそうな可能性を尋ねてみた……が。



「いや、見ていたぞ」



 イアリスは首を横に振った……振ったのが、気配からマリーに伝わって来た。「だったら――」、そう続けようとしたマリーの唇は……次に放ったイアリスの一言で、塞がれた。



「誰も、居なかったぞ」

「えっ」

「だから、誰も居なかった。お前はあの時、何も無いところに向かって話しかけていた……私には、そうとしか見えなかったぞ」

「……えっ」



 呆然、絶句……イアリスの言葉が、理解出来ない……イアリスは今、何と言った?


 誰も居なかった……誰も居なかった、だって? 何を言っているんだ。今さっき、確かに居たじゃないか。


 その言葉を、マリーは寸でのところで呑み込む。付き合いこそ短いが、イアリスがこの手の冗談を言うような性格で無いことは知っている。


 だから、マリーはイアリスの顔が見えずとも分かった。イアリスが、イアリスの見たままを語っていることが……本当のことを話しているのが、マリーにはよく分かった。



(それじゃあ、俺は……さっき俺が話した、あいつは……なんだ、いったい、どういうことなんだ?)



 だが、イアリスの言っていることが事実なのだとしたら、マリーの見たアレは……マージィは、いったい何だったと言うのだろうか。


 確かに、マリーは会ったのだ。そして、話して、聞いて、見たのだ。


 マージィの姿を、マージィの笑みを……砂塵の向こうに消える前に語った、その言葉を……これはいったい……?



「――いや、気にしないでくれ。ただ、少し疑問に思っただけなんだ」

「……そうか」



 言葉を失くして考え込むマリーの気配が、温もりを通して伝わったのだろう。


 イアリスはそう言って話を終わらせたが……井戸内部の湿気も相まって、何とも言えない、纏わりつくような違和感だけがマリーの中に残される。






 ……。


 ……。


 …………それから、しばらく。



 ごうごうと轟いていた砂塵も治まり、覆われていた薄黄色が晴れて青空が見えるようになった頃。「そろそろ出られそうだな」そう言ってマリーはイアリスを抱きしめる腕に力を込めた。



「行くぞ」



 そう告げると、ぎゅうっとマリーの背に回された手に力が入る……のを確認したマリーは、おもむろに両足を抜く。

 ほぼ同時に、凄まじい脚力で持って放たれた蹴りが、ぼん、と内壁に穴を開けて……マリーは、跳んだ。


 右、左、右、左、右――五つの穴を開けた辺りで、二人の身体はふわりと井戸の外へと飛び出して軽やかに着地する。


 そうしてようやくイアリスを下ろしたマリーは、「うへぇ、すげぇことになったなあ」周囲の景色を前に、ただただ目を瞬かせた。


 二人の目の前には、惨禍の跡が惨たらしく残されていた。小さく造りの甘い建物は全壊し、比較的頑丈に造られた建物も、その大半は目も当てられない有様で、無事なのは数えられる程度しかなかった。



 ……ただ、不幸中の幸いと言うべきか。



 今現在のこの場所は、ほぼ無風に近い状態であり、視界も良好だ。加えて、小麦粉のように細かい砂粒が雪のように積もって、その爪痕を幾らか優しく覆い隠してくれていた。



 ――この中に、マージィも居るのだろうかと、そんな考えが脳裏を過る。



 同時に、先ほどのイアリスの言葉も脳裏を過る……そもそもマージィは、本当に居たのだろうか。もしかしたら、アレは幻覚……あるいはもっと別の、何かなのだろうか。



(まさか、またあの女が……いや、止めよう。マージィには悪いが、な)



 考えるのは、後でも出来る。そう己を無理やり納得させる……そうせざるを得ないこの状況に、マリーは舌打ちした。


 そう、悲しくも残酷で非情な話だが、今はそれに気を向ける余裕などなかった。



「……三つ、か。何ともまあ、どえらいことになったな」



 はるか彼方の向こう。いまだ砂塵を纏っている巨大な竜巻が、相も変わらず健在な様子を見て、マリーは舌打ちする。次いで、現時点で分かっていることを頭の中で整理する。


 おそらくは、あの三つの内のどれかが、『センター』を押し潰したであろう影だ。先ほどの砂塵の嵐も、おそらくはソイツがやったことだろう。



(しかしまあ、靴もドレスもまーた新調か……っと、この場所は風上か。下手に風下から攻めたら、地獄だな)



 この状況で恥ずかしがる性格をしていないマリーは、砂埃やら何やらで汚れたドレスやドロワーズを、躊躇なく脱ぎ捨てて裸になる。普段であれば騒動が起きるその行動も、今は騒ぐ人がいない。



(果てさて、どうしようか)



 パンパンと叩いて誇りを落として身に纏いながら……今後の行動を考える。



(何をするにしても、まずはサララたちとも合流したいしなあ……あいつらどこにいるんだ? 館に居ると有り難いんだが……って、そうだった)



 そういえば、館の方は無事なのだろうか。今更ながらその事に思い至ったマリーは、景色を見回し……おそらくは館があるかもしれない方角を見つめる。だが、見えなかった。


 何か足場となる建物があればはっきりと確認出来るのだが、近くのは軒並み崩れ落ちていてどうしようもない。


 直接向かうべきか……一瞬、そんな考えが脳裏を過った。


 けれども、隣で言葉無く涙を滲ませて立ち尽くすイアリスを見て、軽く頬を掻く。


 さすがに、こんな状態になっているイアリスを放置するわけにもいかない。



 ……仕方ないか。



 そう判断した直後、マリーの身体は、ぽふん、と立ちのぼった霧に包まれ……元の姿に戻っていた。


 一つ、ため息を吐いたマリーは改めて魔力コントロールを行う。魔法術が発動すると……ふわりと、何も無い空間から滲み出るように、『マリー』が姿を見せた。


 それは、以前マリーが『地下街』で使用した魔法術であった。その数、ずらりと7名。全く同じ姿をした美少女(棒付き)が計8名も集まると、さすがに異様な光景である



「うわぁ、きめぇ」

「鏡見てみろ、そのきめぇやつの大本はお前だ」



 マリーの素直な感想に、『マリー』の一人がため息を吐く。



「それで、俺たちは館に戻ればいいのか?」

「俺はあいつの動向を見てくるぜ」

「それじゃあ、俺はあっちのやつを見てくる」

「俺はどっちに行ったら?」

「それよりも体勢を立て直すべきでは?」



 次々に向けられた質問に、「ええい、急くな!」マリーは怒鳴った。



「お前ら3人は館に行け。必要だったら全員を『エレベーター』にぶち込んで『地下街』に送ってやれ。多分、マリア辺りは俺が戻ってから~とか、鼻息荒く勇んでいるだろうからな」

「俺たちは?」



 指示を受けていない4人の『マリー』が手を上げた。



「お前らは、あの砂煙の向こうを見て来い。俺も後から行くから」

「あい、分かった」



 マリーの言葉に、『マリー』たちは一様に頷く。その直後、『マリー』たちはわき目も振らず走り出す。


 彼らは一様に砂煙を立てて加速すると、あっという間に小さくなっていき……砂塵の向こうへと駆けて行った。



「さて、と」



 その後ろ姿をジッと見送っていたマリーは、改めて砂塵の……正確に言えば、『東京』を破壊した三つの砂の嵐を見つめる。



(……ん?)



 ふと、マリーの耳がある音を捉える。それはどこか聞き覚えのある反響音……ぱーん、ぱーん、ぱーん、と断続的に聞こえてくるそれに首を傾げ……「あっ」思わず、声に出た。



(これって、『マシンガン』の音に似ているじゃねえか)



 しかし、『マシンガン』は確か戦争時代に使われていた兵器。マリーたちが居た数百年前にあるそれが、今の時代にも残っているのだろうか。



 ……いや、ありえない。



 マリーはそれを否定する。だが、この断続的な異音はどう説明をつけるのか……とまで考えた辺りで、マリーの脳裏にある言葉と可能性が過る。



(もしかすると……この音は、『気銃』ってやつの音か?)



 仮にそうなのだとしたら、それを扱っているのは間違いなく『軍』だ。


 記憶が正しければ、『気銃』はかなり高価で扱いが難しい武器。そんなものを扱うやつらといったら、『軍』以外は考えにくい。


 そして、その『気銃』の音が続けてするということは、だ。今のこの状況で、『軍』が動いていると判断して、間違いはないだろう。



(それってつまり、わざわざ金の掛かる『気銃』を使わざるを得ない状況ってことだよな)



 ……何故だろう……嫌な予感が脳裏を過る。



 さすがにありえないよなあ、と思いつつも、どうしてこんなに不安を覚えるのだろうか。



(……予定変更だな)



 しばし迷いを見せたマリーであったが、どうしても不安を拭い去れない。なので、マリーは早速『マリー』の内に一人に思念を送った。



 “おい、聞こえるか?”



 心の中で、マリーはそう投げかける。もちろん、口には一切出ていない。それは、マリーと『マリーたち』の間を繋ぐ、特別な回線である。



 “聞こえてるぜ……つーか、うるせえなあ。もうちょっと静かに話せよ”



 返事が返って来たのは、その直後。テレパシーとでも言うべきその能力は、この分身における副産物とも言うべき力であった。



 “残念だったな。俺は一言も話してないんだなあ、これが”

 “うわぁ、うぜぇ……お前後で絶対殴るわ”


 “はぁ? てめぇ分身が俺に歯向かうつもりか? ん?”

 “いやぁ、無能な主を持つと分身も大変でねえ”


 “……お前、本当に俺の分身かよ”

 “それはマリー、お前が誰よりも知っているし、分かっていることだろ?”



 頭の中に響く、その言葉。前触れも無くいきなり不機嫌そうに眉根をしかめたマリーは、傍から見れば異様な姿だろう。



 “いいから、お前はこの音がする方を見て来い。多分、『軍』が戦闘を起こしているだろから、注意しろよ”

 “へいへい、分かっていますよ……ったく、分身使いの荒いやつだぜ”



 その言葉と共に、『マリー』からの信号が途絶える……だが、それは言い換えれば、会話が止まっただけだ。


 根本的な部分は常に繋がっている状態であり、その位置は常に認識出来ている。続けて、マリーは他の『マリーたち』に指示を送った。


 全員がマリーであり、全員が『マリー』でもあり、マリーはマリーで、『マリー』は『マリー』でもある。



 ――個にして群、群にして個。



 以前、『マリー』がイシュタリアに語ったその言葉。それは、比喩でも何でもなかった。


 マリーと『マリー』は肉体的にこそ離れているものの、精神的……もっと深い部分が常にリンクし続けている。


 それは、ある種の同一体と言ってもいい状態であり、言ってしまえば意識を共有しているに等しい状態であった。



(……ひでぇな……街の中も滅茶苦茶か……死体がごろごろ転がってる……まるで地獄が顔を覗かせたかのような光景だな)



 実際に状況を見ている『マリー』からリアルタイムで伝わってくる、信号にも似た様々な情報。それら一つ一つを超高速に、それでいてほとんどタイムラグを起こさずにマリーの頭は処理をする。



(……視界も悪いし、思っていた以上に兵士がうろついている……敵をうまく発見出来ていないようだな……)



 続いて、館に向かった三人へ……ちょうど、館に到着したようだった。マリーよりも多少能力が落ちているとはいえ、さすがは『マリーたち』である。



(館の方は大丈夫か……ああ、やっぱりマリアのやつ以外にもけっこう居残ってやがったな。後で説教……って、おいおい、何でいきなり泣き出すんだよ……ドラコは……居ない? イシュタリアも……居ない? サララも……おいおい、あいつらどこに行っているんだ?)



 マリー自身、それがどういう感覚なのかは説明出来ない。


 しかし、送られてくる情報は『マリー』が感じていることの全てである。視覚を含めた五感はもちろん、各人が抱いている思考や、受けた痛みも、全てだ。


 そのやり方を、マリーは既にこの魔法術を習得したと同時に把握していた。一切の疑問を挟まずに、幼子が当たり前に母親を、父親を求めるように、マリーはそれを理解していた。



 “とりあえず、マリアたちはさっさとエレベーターに乗せるぞ”



 送られてきた『マリー』の声に、マリーは頭の中で頷いた。



 “ご苦労、そのまましばらく『地下街』に放り込んどけ……ああ、あと、最低でも一人は地下に残れ”

 “んん、なんでまた……ああ、良く考えたらマリアたちが『地下街』に下りるのは、これが初めてか”

 “そういうことだ。斑と焔にはお前の方から説明してやってくれ。こっちは、俺の方で何とかするから”



 ……よし、これでひとまず、マリアたちは大丈夫だ。



 『マリー』の指示を受けて避難を始めたマリアたちの様子に、そう安堵のため息を零す。直後、先ほどの異音の元へと向かっていた『マリー』から伝わって来た光景を見て、「おいおい……」マリーは絶句した。



 脳裏に映し出された映像を一言でいえば、惨劇、である。



 三つの首を生やし、鋭き爪と牙を生やした巨獣が、兵士たちを藁か何かのように蹴り飛ばし、引き千切り、噛み殺している……そんな、おぞましい光景であった。



(なんてデカさだ……ん、あれが『気銃』か? 始めて見るが、思った通りマシンガンと同じく、弾か何かを打ち出すのか)



 見た限り、兵士たちもただやられるばかりではない。襲い掛かる巨獣を前にして、すぐさま隊列を組み直して砲撃を再開。その陰に隠れて行う負傷者の搬送と、弾の補充を行っている。


 さすがは、エリート揃いの戦士というべきか。


 その動きには一切の無駄が無く、一人一人が常に最適な行動を取り続け、怪物を前に一歩も引かずに戦っている……大したものだと、正直マリーは思った。



(……これはもしかして、『気銃』が全く通じてねえんじゃねえのか?)



 だが、同時にその予感がマリーの脳裏を過った。



 『マリーたち』を通して伝わって来る光景を見る限り、一見すれば『軍』は互角に渡り合っているように思える……しかし、そうではない、というのがマリーや『マリーたち』にも分かった。



 “……やべぇな。兵士たちの攻撃が全く通じてねえ……兵士たちの士気が目に見えて下がり始めているぞ”



 キンッ、と頭に響く『マリー』の言葉。それを、マリーはあえて否定しなかった。それよりも……マリーの視線が、館がある方角へと向けられた。



 “おい、そのワンコは館の方に向かいそうか?”

 “は? ……さあな。とりあえず、今のところは兵士たちに気を取られているようだが……そちらに向かう可能性は否定出来んぞ”



 そう、兵士たちの戦いを監視している『マリー』が締め括った直後。



 “おいおい、こっちに向かわせるのだけは勘弁だぞ”



 館でマリアたちの非難を手伝っている『マリー』の内の一人が、割り込む様に思念を送って来た。



 “今さっき避難を始めたばかりだぞ。幾らなんでも、そんなすぐに終わらねえよ”

 “どれぐらい掛かりそうだ?”



 マリーが尋ねるが。



“そんなの、分かるわけねえだろ”



『マリー』の答えは良いものではなかった。



 “まあ、この調子だと……避難完了まではもうしばらくは掛かるんじゃねえかな”



 つまり、その間に戦火が移動して……あれがもし館の方に行かれると、大惨事だ。


 やはり、俺が直接向かって戦う必要がありそうだ『軍』に目を付けられるのも嫌だが、さすがにこの状況で面子などに拘るやつもいないだろう。


 とりあえずはそう結論付けたマリーは、早速行動に移そうと……イアリスを見て、ため息を吐いた。



「そろそろ起きろ」

「――あいだ!?」



 いまだ心ここにあらずの金髪娘の脳天に、拳骨一撃。静まり返ったその場に、イアリスの悲鳴が木霊した。



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