第十一話: 女の意地 男の意地

※最後あたり、人によっては不快に思う性的な描写があります







 見た目は少女そのものではあるものの、モンスターであることには変わりない。驚異的な速度で会話できる程度にまで自己治癒したサキュバスを文字通り叩き起こすこと、十数分前。


 全身ボロボロ、顔やら体には青痣だらけのサキュバスは、絶望的な状況にも関わらず、まったく怯えた様子も無く不敵な笑みを浮かべていた。



「……で、体液ってのはこいつの血液でいいんだよな? それだったら、適当に腕でも足でも切ればいいんだよな?」



 先ほどサララの腹部を切開したメスを片手に、マリーはチラリとサキュバスを見やった。見た目とは裏腹に、その目線は氷のように冷たい。


 対して、サキュバスも負けていない。ウィッチ・ローザの明かりに煌めくそれを見ても全く怯む様子はない。それどころか、血が目的ならどうぞと言わんばかりに腕を差し出す余裕すら見せていた。


 その余裕を見ていたイシュタリアは、ふむ、と頷いた。



「そうじゃな。しかし、ただ血を抜いただけではつまらぬとは思わんか?」



 それは、マリーも考えていた……が。



「それはそうだが、肝心のサララにその気がないようだしなあ……それに、今はそんなことに構っている場合じゃないだろ」


 マリーが顎で指し示した先には、毛布を布団代わりに横になっているサララの姿があった。血の気の無い顔で、静かに寝息を立てている。


 先ほど目を覚ました時に、『マリーの好きにしていい。ただ、いつかリベンジしたいから、出来ることなら殺さないでほしい』と言ったきり、また眠ってしまったのだ。


 短期間の出血と手術によって、体力を多大に消耗したからだろう。


 マリーとイシュタリアの二人掛りで着替えさせた際にも目を覚ますようなことは無く、深く眠っているようた。


 幸いにも熱などはまだ出ていないので様子見しているが、どのみち早くサララを安全な場所で安静にさせないとならない。



「……それもそうじゃな。私としたことが、少しばかり熱くなってしまったのじゃ」

「なに、不完全燃焼なのは俺も同じだ」



 そう言うと、マリーはさっさとサキュバスの手を取った――瞬間。


 サキュバスが文字通り爪を伸ばすが、それ以上の速さで繰り出した拳がサキュバスの顔面にめり込んだ。パッと、血飛沫が飛んで、地面に吸い込まれた。



「殺すつもりはねえから、大人しくしとけ」



 けはっ、とサキュバスは泡混じりの血反吐を漏らした。構わず、マリーはサキュバスの手を取ると、その手首にためらいなくメスを突き刺した。


 びくん、とサキュバスの肩が跳ねた……のかもしれない。腕の半分ぐらいまでを抉ったそこから、鮮血が滴り落ちる。「おっと、勿体ないのじゃ」イシュタリアは、すかさず滴り落ちる滴の先に瓶を置いた。



「……やりすぎたか?」



 ポタポタと、赤い滴が瓶の中に溜まっていく。この分だと、ものの数分でいっぱいになる勢いだ……サキュバスの体格から考えれば、満杯まで注いだら確実に失血死するだろう。



「いや、大丈夫じゃ。人間とは別格の生命力じゃからな……ちょっとやそっと多量の血を流したところで死にはせぬよ」



 そう断言するイシュタリアに、マリーは納得に頷いた。



「じゃから、気絶したフリをしても意味は無い。まあ、話すほど体力が減っているのであれば、そのまま寝ていても構わんのじゃ」



 えっ、とマリーの目がサキュバスを向く。鼻血と涎を垂らして俯いていたサキュバスが……くくく、と殺しきれない笑い声と共に、顔をあげた。



「何もかも、御見通しってわけね……参ったわ」

「これでもダンジョン関係の知識は深いからのう……伊達に長生きはしておらん。お前のように流暢に言葉を話すモンスターは初めてじゃが、言葉を話すやつ自体は経験済みなのじゃ」

「へえ、そう……その深い知識に、サキュバスはどう記されているのかしら?」

「お前が考えている通りのことが書かれておる」



 その言葉に、サキュバスは、げげげげげ、と笑い声をあげた。聞いているだけで胸がざわつく、不快な笑い方だ……これが、サキュバスの本性なのかと、マリーは思った。


 ……その笑みが、突如ピタリと止まった。


 気絶したのかと思ったマリーが、わずかに顔を近づける。途端、ヘビのように伸ばされたサキュバスの舌にしゅるりと頬を舐められたマリーは、飛び退くように後ずさった。



「うふふ、初心な反応ねえ……」



 にやり、と歪な笑みを浮かべたサキュバスは、ぐげげげ、と笑い声をあげる。カッと湧き上がった怒りに拳を振り上げるが……ため息と共に下ろした。


 それを見て、サキュバスは笑みを止めた。流れ出ていく血液と二人の顔を順々に見やったサキュバスは、「あのさ、聞きたいんだけど」と首を傾げた。



「なんで私の血液なんかいるの? モンスターの血液が欲しいんなら、わざわざこんな下層まで降りなくてもいいじゃないの?」

「カチュの実を作る為にはお前の血液が必要なんだよ。そこの年寄り曰く、強いモンスターの血を使う方が、高値になるらしいからな」



 ふうん、サキュバスは納得したのかしていないのか、気の無い返事をした。


 別段、分からせるつもりは毛頭なかったマリーは、それっきり無言になったが……その沈黙は、イシュタリアによって破られた。



「誰が年寄りか! せめて敬意を持って、お婆ちゃんと呼ぶのじゃ!」



 珍しく怒りを露わにするイシュタリアに「いや、怒るポイントそこかよ」マリーは苦笑した。



「……ねえ、そのカチュの実って、なに?」



 その言葉に、マリーはサキュバスへと振り返った。好奇心で輝いている彼女の瞳を見て、おや、とマリーは首を傾げた。


 イシュタリアへ目配せすると、軽く頷かれたので、マリーは特に隠さずに話すことにした。



「ん~、説明が難しい。まあ、果物と思って貰ったらいいかねえ」

「クダモノ? クダモノって?」

「え、そこからかよ……えっと、甘い物だよ」

「アマイ? アマイってなに?」

「……おい、ふざけてんのか? もう一発食らうか?」



 空気を狙った拳が、ひゅぼ、と音を立てる。けれども、サキュバスはそれに対して何の反応も見せなかった。マリーを嘲るわけでもなく、おちょくるわけでもなく、本当に不思議そうな顔で首を傾げていた。



「……のう、もしかして、本当に分かっておらぬのではないか? 少なくとも、私の目からは嘘を付いているようには見えんのじゃ」



 マリーの後ろで反応を見ていたイシュタリアが、ポツリと答えた。マジかよ、と思いつつも、マリーは座り込んで、サキュバスと目線を合わせた。



「ほら、お前たちモンスターも、人間を襲ったり、他のモンスターを襲ったりするだろ? その後……調理するかは知らんが、食べたりするだろ? それの反対の味だよ」



 傾げていたサキュバスの首が、反対の方へと傾いた。



「……私、食べたことないわ。人間も、モンスターも、食べたことないの」

「はっ?」



 ポカン、とマリーは呆けた。



「だって私、この部屋から出たことないから。この部屋に入って来たのは、ずっと昔に二人だけ。人間の姿を見るだなんて、それ以来よ」

「えっ、じゃあ、お前普段は何を食って生きているんだ?」



 疑問を感じてマリーが尋ねると、サキュバスは背後の大木を……正確に言えば、大木の上部、広大に茂る枝の半ばを指差した。



「あそこに、小さな木の実が成っているのが見えるかしら?」

「見えると思っているのか、お前は?」

「時々、あの実を食べたりしているわ……あ、そうだ」



 サキュバスの身じろぎに合わせて、ぐぐぐ、とゴーレムがたたらを踏んだ。すかさず攻撃しようとする二人に「違うってば。木の実がポケットに入っているから、それを取るだけよ」どこ吹く風で身じろぎをすると、はい、と取り出した木の実をマリーへ差し出した。



「毒とかそんなのは無いから、一回食べてみたらいいんじゃないかしら」

「…………ふむ」



 受け取ったマリーは、じっくりとそれを眺めた。小さなマリーの掌に収まるそれは、殻に覆われていて中身が見えない。いちおう、注意しながら力を込めると、殻はあっさり割れた。



「……見た目は、アーモンドみたいだな」

「……そうじゃな」



 中から出てきた一回り小さな実を、注意深く観察したのち……ゆっくりと、口の中に放り込む。もごもごと口内で転がしてみるも、味は無い……覚悟と共に噛み砕いてみる……が。



「……どんな味なのじゃ?」



 恐る恐る、イシュタリアは尋ねる。マリーは、何とも言えない表情であった。



「一言でいえば、無味無臭。味も何も無い砂粒噛んでいるようだ」



 ブッ、とマリーは木の実を吐き出した。お世辞にも美味いとは言えない。こんなものばかり食べていては、甘みも何も分からないと言うのも無理はない。


 ……ふと、マリーは瓶へと視線を向けた。


 見れば、瓶の縁ギリギリまで血が溜まっている。閉めようと手を伸ばす前に、サッとイシュタリアが蓋を閉じた。中途半端に伸ばした手で頬を掻くと、サキュバスの腕に突き刺したメスを抜き取った。


 無言のまま、サキュバスとマリーは見つめ合った。何かを言えばいいのか、それとも何も言わない方がいいのか……分からなかったマリーは、目を逸らして立ち上がった。



「……ねえ、体液って、また必要になるのかしら?」



 ポツリと尋ねられた言葉に、マリーは振り返らなかった。無言のまま、イシュタリアへ視線を向けると、イシュタリアは知らないと言いたげにソッポを向いた。


 ガリガリと、マリーは頭を掻く。そして、深々とため息を吐くと……ゆっくりと振り返った。



「何が目的だ?」

「その、カチュの実ってやつを食べたい。出来たら、一個ちょうだい」

「寝言は寝て言え」



 さっさと踵をひるがえそうとするマリーに、サキュバスは慌てて声を張り上げた。



「血が欲しいなら、もっといっぱいあげるから! ねえ、いいでしょ?」

「そう言われても、そもそもこの部屋に来ること自体無理だろ」

「それなら簡単よ。あんたさえ協力してくれるなら、いつでも出られるから」



 その言葉に、ギョッとマリーは目を見開いた。傍で成り行きを見ていたイシュタリアも、口を半開きにして呆気に取られた。


 ……モンスターが、地上に出る。


 言葉にすれば簡単そうに見えるが、モンスターが地上に出たという話を、マリーは生まれてこの方聞いたことがない。イシュタリアですら、地上でモンスターを見たのは数百年も前の話だというのに……だ。



(……マジ、なのか?)



 まじまじと、マリーはサキュバスを見つめた。


 一般常識として、モンスターは地上に出られないとされている。それは単純にモンスターが地上へ出て行こうとしないというのもそうだが、何より途中の階段には決して近づこうとしないからである。


 モンスターは階段に入ると息絶える。地上の光を浴びると溶けてしまう。


 そんな都市伝説のような噂を、本気で信じている人もいるぐらいだ。少なくとも、マリーは生きたモンスターを地上で見かけたことは、一度もない。


 だが、モンスターの死骸ならば地上へと持ち帰ることは可能だ。手間が掛かる上に危険ではあるが、それを専門にする変わり者も『東京』にはいる。


 モンスターの骨なんかは一部で物資として使われており、実際にモンスターの骨を使った道具も売られている。


 とはいえ、それらは全て死骸だ。生きているやつが地上に姿を見せる……地上に、出てこられる。もし、その事実が広がれば、『東京』は確実にパニックに陥るだろう。



「それだったら、私は血をあなたに渡せる。あなたは、アマイのを私に渡せる。ねえ、良い考えだと思わない?」



 自分が何を言っているのかを分かっていないのだろう。サキュバスは初めて顔を見せた時と同じように、見た目相応の可愛らしい笑みを浮かべていた。


 自然と、マリーとイシュタリアは互いに目配せしていた。二人はサキュバスから少し距離を取ると、そっと互いの肩に手を回して声を潜める様に俯いた。


『なあ、どう思う?』


 あやふやな言い回し。けれども、イシュタリアには十分であった。


『嘘は言うておらぬ……と私は思うのじゃ』

『昔にも、似たようなことはあったのか?』

『無い。ここまではっきりと会話をすることが出来るやつは初めてなのじゃ。ついでに言うならば、地上に出る手段があること自体、私も初耳なのじゃ』


 そう言うイシュタリアの顔には、迷いの色があった。


『私個人の判断から言えば、ぜひ、あやつを地上に連れて行きたいのじゃ』

『なぜだ?』

『単純な、私の好奇心。じゃが、決断に迷っておる……お主の意見はなんじゃ?』

『適当に拷問して手段を吐かせる。これ一択』


 きっぱりと、マリーは言い切った。サララに傷を負わせた時点で、マリーは何時でもこの少女の姿をしたモンスターの首をへし折れるのだ……ただし、サララが殺せとは言っていないので、今の所殺すつもりは無い。


『……拷問して吐くかのう?』

『言ってみて何だが、全く思わんな』


 このまま捨て置いて帰ればそれで終いではあるのだが……マリーもイシュタリアも、どうしていいか分からなかった。


『……なあ、昔、地上にもモンスターが出てきていたって言っていたな?』

『……?』

『地上に出たやつらは、全て死んだのか?』

『……断言は出来ぬが、全てではないらしいのう。地上に適応して生き残ったやつらもおると、物好きなお偉方から聞いたことがあるのじゃ』

『マジか?』


 イシュタリアは頷いた。


『とはいえ、何百年前かの小競り合いでそういった情報はほとんど消失してしまったらしいからのう……今では、どれが元モンスターなのか、さっぱり分からないのが現状だというのが、そやつらの結論であったな』

『……大多数のモンスターは、なんで死んだんだ?』

『物好きなお偉方でも分からぬことじゃ。それは私にも分からぬ。空気が合わぬのか、地上の光に弱いのか、今も謎のままじゃ』


 はっきりと、イシュタリアは言い切った。


『どちらにしても、連れて帰るのであれば、安定的に体液が手に入るし、そうなれば後はエネルギーを手に入れるだけ。今後、余裕が生まれるのは確実じゃな』

『…………』

『そのかわり、あやつの情報は黙秘せねばならなくなるのう。見た目が人間らしくとも、モンスターであることには変わりない。事実が露見すれば、大騒ぎどころの話では無くなるのう』


 ――そもそも、人語を話すモンスターの存在自体、恐怖の起爆剤になりかねんのじゃ。


 そう続けたイシュタリアの言葉に、マリーは、無言のまま考え続ける。そして、時間にして5分が過ぎた頃……マリーは、決断した。



「連れて帰ろう」

「……よいのじゃな?」



 咎めるわけではないい、確認の言葉。

 それに対して、マリーはため息と共に頷いた。



「危険は承知だが、いちいちここまで降りてくるのも相当に危険だ。なにより、こいつから俺たちが知らないダンジョンの情報を引き出せるかも分からん」



 マリーはイシュタリアから離れると、「……それに、だ」サララを横目で見やった。



「こいつを連れて帰れば、サララは何時でもリベンジ出来るし、今は人手が欲しいからな。言ってしまえば、こいつを都合良くこき使うことも不可能じゃないわけだ」



 人手、ねえ。イシュタリアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。



「……モンスターを使役する……か。昔、そんなことを考えた馬鹿な奴らがおったが、その末路がどうなったのか知りたくはないか?」

「どうせ、食われてお終いだろ」

「なんじゃ、つまらん」



 ぶう、とイシュタリアは唇を尖らせる。それを鼻で笑って、マリーは改めてサキュバスの眼前に立った。



「イシュタリア」

「……本当に、よいのじゃな?」



 再三尋ねられて、マリーはふと、動きを止めた。



「……やっぱ止め――」



 るか、と続けるよりも前に、ずしゃりとゴーレムが崩れ落ちる。慌てて構えたマリーの前で……サキュバスは、ゆっくりと立ち上がると、分かっていると言いたげに苦笑した。



「ここまできて、そんな馬鹿な事考えたりはしないわよ。私にだって、プライドっていうものがあるもの」

「モンスターのプライドとか、女が言う『初めて』の自己申告よりも信用ならん」

「……そんなものなのかしらね」



 そう納得するサキュバスを見て、イシュタリアは己を指差した。



「実は、年齢=彼氏いない歴なのじゃ」

「説得力が有り過ぎて、信用以前の問題だな。蜘蛛の巣通り越して、もはや古城だろ」

「おっと、手が滑ったのじゃ」



 イシュタリアの拳が、マリーの腹にめり込んだ。うごほ、と涎と胃液を吐いて蹲るマリーを他所に、イシュタリアはジロリとサキュバスを見つめた。



「ところで、お前の名前は何というのじゃ?」

「名前……? ああ、ナタリアよ」



 ナタリア、イシュタリアは口の中でその言葉を反芻した。



「誰が名付けたのじゃ?」

「誰でも無いわ。私が私となったとき、もうその言葉は私の中にあったから……ねえ、そろそろ話を進めたいんだけど、いいかしら?」



 チラリと、ナタリアと名乗ったサキュバスは、蹲っているマリーを見やる。



「……ああ、そうじゃったな」



 イシュタリアはけらけらと笑い声をあげると、「ほれ、いつまでそこで蹲っているのじゃ」マリーを無理やり立ち上がらせた。


 ものの見事に真っ青なマリーの顔をむにむにと揉み解すと、さっさとナタリアの前に付き出した。



「……私が言うのも何だけど、あんたのお仲間は中々酷いことするのね」



 マリーは何も答えずにイシュタリアを睨む。けれども、イシュタリアは自然な様子でそっぽを向いて、下手くそな鼻歌を披露していた。


 ……怒るだけ無駄なようだ 色々と諦めたマリーはため息を吐くと、胡乱げな眼差しをナタリアへ向けた。



「……で、何をするんだ? 魔法術でも使うのか?」

「そんなことはしないわよ。あなたは……マリーは、ただジッとしていればいいだけだから」



 そう言うと、ナタリアの衣服が空気に混ざり合うように溶けて、スルリと落ちた。


 驚いたマリーの視線が、わずかに膨らんだ胸から、見た目相応にくびれていない腰回りの下……股間にぶら下がっている物体を見て、ギョッとその場を退いた。



「お、お前、男だったのか!?」

「ううん、違うよ。これが邪魔して見えないだけで、女の部分もちゃんとあるから」

「男の部分自己主張しすぎじゃありませんかねえ!?」



 震える指先が、ナタリアの股間を指差す。そこには、マリーの腕……とまではいかなくとも、その状態でもデカいと思わせる巨大な砲身が、力無く垂れ下がっていた。



「……ほっほう……これはまた、ビッグサイズじゃのう」



 言葉も無く驚いているマリーの隣で、イシュタリアは目を細める。「しかし、私の身体にはちとデカすぎるのじゃ」ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるイシュタリアに、ナタリアは首を傾げた。



「……私のこれ、大きい方なの?」

「どう頑張っても、私の中には物理的に入らん大きさじゃな……それで、そのブツをどうするのじゃ?」

「……えっと、まずはこれを……」



 あっ、とマリーは声をあげた。垂れ下がっていた砲身がピクリと脈動したかと思ったら、見る間に鎌首を持ち上げ始め……あっという間に、子供の腕並みに太く、熱槍へと変貌した。



「マリーのお尻の中に入れます」



 そう言うと同時に、びくん、と槍が跳ねた。


 それを見た瞬間、マリーは考えるよりも前にサララの元へ駆けだそうとしていた「おっと、往生際の悪いやつじゃ」が、イシュタリアによって地面に押さえつけられてしまった。主にゴーレムとイシュタリア自身によって。



「――すいません! マジで勘弁してください! ほんと御免! マジで許してください!」

「いやあ、お主の泣き顔を見ると、どうにも心の暴力さんが疼いてしまってのう……ここはサララたち、館の皆の為と思って耐えるのじゃな」

「だからって、これはあんまりだろ!? いくら見た目がこれだからって、俺は女一筋だぞ!」

「危険は承知のはずじゃろ? 男が何時までもグチグチと情けないことを言うでない」

「こんな展開を誰が想像しろっていうんだよ! 俺は預言者じゃねえんだぞ!?」



 手加減も糞も無い。いつぞやのフルパワーよろしく、全力でイシュタリアを振り払おうとするが、不思議なことに、魔力が練れないばかりか四肢に全く力が入らない。


 訳が分からず焦るマリーをしり目に、イシュタリアはさっさとマリーを四つん這いにさせると、ペロリとドレスの裾を捲り上げた。



「ほほう、ドレスの上から想像していたが、男とは思えぬ良い形と弾力じゃな」



 なでなでとサポーター越しに尻の感触を確かめたイシュタリアは、力づくでサポーターを引きちぎった。忘れていたが、イシュタリアも大概な怪力である。



「うぎゃああああ!! やめろ! やめてぇぇーー!!」

「安心するのじゃ。治癒魔法術でしっかり裂けた傷を治してやるから、死ぬようなことは無いのじゃ」

「そう言う問題じゃねえよ!」

「……少しの間だけ、耐えるのじゃぞ」

「鼻の下のばして言うなよ糞野郎! い、いやだ! やめてくれえ!」



 迫り来る絶望に、いよいよマリーの口から泣き声があがる。けれども、ゴーレムによって押さえられた身体はビクとも動かない。首だけを動かしてどうにか振り返ると……なぜか頬を赤らめたナタリアと、目が合った。



「……さ、サキュ……な、な、ナタリア?」

「なぜかしらね」



 ポツリと、ナタリアは呟く。恐る恐る、サキュバスの名前を呼んだマリーの耳に、悪夢の言葉が届いた。



「あなたのお尻を見ていると、コレが固くなりすぎて痛くなってくるの」



 ……あ、これ駄目な流れだ。


 それなりに修羅場を潜って来たマリーの第六感が、終焉を予感させる。四つん這いになっているマリーに覆いかぶさるようにナタリアは膝をつくと、熱の籠ったそれをぺたりと尻に押し当てる。


 奇しくも、ぞぞぞぞ、と二人の背筋に震えが同時に走った。それは、全く別別の相反する理由から来るものであったが、それがナタリアの背中を押したのであった。



「それじゃあ、始めるわよ」

「――ま、待て! 言っておくが、その中にはウンコが詰まっているんだぞ!」

「――っ!?」



 その言葉に、ピタリと腰の動きが止まった。後ほんの少し体重を掛ければ、大惨事になっていたところであった。



(あ、あぶねえーーー!!!)



 痛みすら感じる程に強く掴まれた腰の感触に、マリーは声を張り上げた。恥も外聞も無い。今、この絶望的状況を乗り切る為なら、いくらでも恥を掻く。


 羞恥心のあまりに心臓が爆発しそうな気分だ。けれども、その甲斐あってかナタリアの動きが止まった。とにかく、これでどうにか時間を稼いで、状況を打開する――!?



「……私のこれで、あなたの中が掻き混ぜられる……なぜだろう、なんだか胸が張り裂けそうな程に高鳴っているわ」

「えっ?」



 グッと掴まれた腰に力が込められたのを、マリーは知覚した。



「マリー……私を、受け入れて」



 熱が、触れる。間もなく訪れる現実を理解したマリーは、涙で潤んだ瞳をぎらりと滾らせ……吼えた。



「――ちっくしょう!!! 分かった、分かったよ! 俺も男だ! やるならやれ! サララだって根性を見せたんだ! 俺だって根性を見せてやらぁ!」

「……良う言うた! それでこそ男じゃ!」



 イシュタリアのその言葉と共に、ナタリアの腰がマリーと密着した。響き渡った悲鳴と共に、治癒魔法術の光がふわりと周囲を明るくしたのは、その直後のことであった。




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