2night


俺は倉庫に寄りかかって子供時代のことを思い出していた。そういえば、自分も当時幹部のミッドに声をかけられた時かなり警戒していたな、自分たちに危害を加えるのかって思ったな、と思い出し、笑った。あの天性らしい身のこなし以外は、あの頃を思い出すようだ。懐かしいな、と色々思いを張り巡らしていると、急に背中をつつかれた。


「準備出来たぞ、ってあんたビビりすぎじゃねぇか?なんで急に逃げるんだよ」

「ふむ、正確には1m16cm8mmだな。全員準備出来たから呼びに来たのだが…」


俺が元いた場所を見ると、全員が見たことの無いカバンを持ってこちらを見ていた。何製だ?それよりこいつら、隠密が身につきすぎだ…。あとその数値の正確さはなんだ。


「おう、じゃあ行くか。お前らが準備してた間に車持ってきたから。乗れ。」


これだ、と車を指さす。でかい車で来てよかった。


「…お一人用にしては大きいですね」

「すげぇなこれは」

「すごいな」

「俺いちばーん!」


意気揚々と乗り込む少年たちに、転けるなよ、と声をかけ運転席に俺も乗り込んだ。


車を走らせていると、紫髪の少年が提案をした。自己紹介をしよう、と。いい案だ、ジャンケンで負けたヤツから、と言えば


「じゃあ、あんたに全員勝てば、あんたから始まるんだな、簡単だな。」


いや、ジャンケンは簡単、難しいの部類に入らないはずだろ。だが、何故か俺は1回で4人に負けた。ハサミと紙で。お?なんでだ?


「ん…?」

「いや、さっきも思ったけどびっくりし過ぎだろ。あと早く自己紹介しろよ」


「お前、俺にあたり強いな。俺はテペロだ。21歳、リデスの副幹部だ。あー、酒が好きだ。幹部には、心の相棒を作れ、と言われてお前らをスカウトした。心外だ。テペロと呼んでくれればいい」


「当たりが強いのはいつもの事!んじゃ次俺。俺は14歳、なんて呼んでくれてもいいよ!お兄さん確かに友達少なそう!」


「それ、失礼だよ…。僕も14歳です。テペロさんは悪い人では無さそうだけどね…。えーっと、あ、好きに呼んでください!」


「15になったばっか。口先が悪いのは生まれつきだ。あとよく考えろ、お前の友人は俺含めて3人だぞ。お前の方が圧倒的に友達少ないぞ。あ、好きに呼んでくれ。」



「そして、俺一人だけ年上15歳だ。俺は残念ながら半年生まれるのが早かったようだ。そして、友人が少ないのは俺達も、ということか。呼び方はなんでもいい。」

パパか…?あと、

自己紹介の定義は、自分の紹介すなわち、名前を名乗るものだろう?名前どこだ?


「お前ら、自己紹介って知ってるか?」

「おう。」

「…名前は?」

「どの名前がいいか分かんなくてさ!」


何を言っている。名前が沢山あるのか?こいつら。


「どういうことだ」


「僕達だけの呼び名。親からの形だけの名前。スラムでの名前…みたいな感じです。」


なんで沢山あるんだ。普通統一…あぁ、そういうことか。親に付けられた名前は戸籍上のようなものにあっても、実際にあだ名のように使われていたのは別っていうことか。あったな。そんなこと。


「覚えやすい名前でいいか?」


「りょーかい!…俺クロ!」

「僕がシロです。」

「俺がアサ」

「そして、最後の俺がヨルだ。」


なんでそんな名前なんだ?


「命名理由は、クロシロは髪色だろ。アサヨルはなんだ?」


「え?髪色じゃん。朝の空と夜の空。お兄さん、ビックリすること聞くね。」


「減点だな」


…夜の空はクロだろ。それより俺は何を減点されたんだ。ヨルは紺色と紫色の中間の紫よりだろ。どこが夜だ。まあ、いいか。

これは多分、こいつらだけの呼び方だろう。覚えやすいというか、もう覚えた。


「まあ、これからよろしくな。クロシロアサヨル」


クロシロアサヨル、滑舌、良くなるな。

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車内


五人が都市部に着く頃には、日も落ち、少年たちは寝息をたてていた。普通は3人で乗るはずの後部座席を、4人で狭いながらにも座わっている。微笑ましい光景である。彼はリデスという組織に入って、より一層、人というものを疑いに疑いを重ね生きていた。そして、時間をかけて彼の隊を作り上げた。しかし、この少年たちは一瞬にしてテペロの心を満たした。いや、他人に対する疑心と真意の混沌だからこそ、かつてスラムにいたテペロの求めた完全のものとなったのだろう。


「…全員、俺の隊に入れるか。いや、でも…。いや…大丈夫か。」


殺伐隊に入れるのは少々、少年の忍耐には酷かとは思ったが、出会い頭のあの出来事から考えて、大丈夫だと踏んだ。スラム出身のこの心は強いのだ。経験が違う。あと、俺を殺そうとしていたアイツらの目は揺るぎないものだった。

それより、まずは自分に命を下した幹部にこいつらを紹介しないと行けないな。ここでの暮らしに慣れさせて、幹部のところへ行くか。絶対笑われそうだがな、そう決めたテペロは自分の家へと車を走らせた。家に着いて、物はあれども家事ができない自分を思い出すまであと、30分。


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都市部


「おい、着いたぞ。お前ら起きろ。俺は先に入って…掃除して来るからゆっくり来いよ。ゆっくり」


テペロさんの声が聞こえる。ゼータが目を覚ますと他の3人も起き上がり始めた。車から降りて空を見ると午前2時過ぎであるとわかった。周りはレンガでできた建物が建ち並び、電灯が町を照らしている。先程までいた場所と同じ年代とは思えない街並みであった。奥の方に酒場でもあるのか、賑わっている声もする。


「クロ、もう2時だよ。あっちを出たのは昼の13時半だったよね?」

「ん、、、。」


ゼータの呼びかけに気づいてはいても、まだ微睡みの中にいるファイ。ゼータはクスリと笑って、デルタの方を向く。


「…寝てるね。ねぇヨル、距離は…?ざっと950㎞といったところかな?」

「そうだな、1000㎞弱ってところだな。それがどうした?」

「いや、随分離れちゃったなって思って。街に帰ってきて。この夜の人の賑やかさに触れて。本当に、これから始まるんだね。」

「そうだ。…怖いか?」


不安げな顔をするゼータに気づいたデルタは最年長として彼を気遣う。


「そうじゃないと思うけど、いや、やっぱり怖いのかな。」

「俺だってそうだ。」

「本当?」

「きっと、アサだって、クロだってそうだ。組織が組織なだけに、これから起こることが全て成功していくとは限らないからな。」

「うん。そうだね。ありがとう。ちょっと気が楽になったよ。さすが僕達のリーダーだね!」


車内で簡単に聞いた話。

名前も王も排除したこの国は、10年前から二つの組織が支配している。南北に分かれた1つは、リデス。それぞれがそれぞれを潰そうとしては果たしきれない。そんな状況が続いている。毎日のように仲間が消えていく。弱いものは捨てられることもある。

四人は欠けてはならない。かといって、普通新入りが組織内で、上手く立ち回り主戦力として生き残るのは難である。スパイ疑惑もあるから。


しかし、ゼータが恐れているのはそれではない。むしろ、その話はもう知っている。

小さなたった1つの失敗が、これまでの全てを壊す不安。そして、想定に予習に計画を重ねたことをついに実行する喜びにも似た恐怖。


「今晩くらいは、そのガチガチの緊張を解け。クロのやつを見てみろ。爆睡だ。」


指さす先にはスヤスヤと車内で眠る灰色。

あの、ハイテンションキャラを思い出してゼータは笑う。


「いつもの2倍は喋ってたからね。」


疲れちゃったのかな、と微笑む。


「シロもなかなか可愛らしかったぞ。誰を参考にしたんだ?」


ニヤッとした顔つきでデルタが言う。何事もなくその足を踏み、ファイの方へ歩くゼータ。その先では、


「おい!バカクロ起きろ!」


シグマの拳骨でも起きないファイがぐずっていた。


「んーー。ムリ。アサ運んで~」

「チッ、おら乗れよ」

「アサ優しい~!乗る~」


背中ですやすやと再び眠りに落ちるファイを嫌そうに運ぶシグマ。1回ぐずったファイをあやすことが出来るのはシグマだけだ。


「今日もお守りお疲れ様だね、アサ」

「いつも押し付けて悪いな、生憎クロはアサが一番のお気に入りのようだからな。」


「なんだよその不名誉。あとすまねぇが、俺らの荷物頼む。俺はこのバカで手一杯だ。」


「任せて!」


ぐずりファイと比べれば荷物持ちは朝飯前である。

ゼータは車内から木皮製とジュート製のカバンを2つ取り出して、デルタに貸せ、と言われどちらも盗られて、家へと入った。


「あんた、たいそうでかい家に住んでるんだな。結婚でもしてるのか?もしそうなら…俺たち邪魔じゃねぇか?」


周りを見渡しながら聞くシグマ。テペロの家は1人だけで住んでいるとは思えない広さであった。平屋かと思えば2階もある。散乱しているが上物も多い。女物の服が廊下に何枚か落ちている。…だが、どうやらそれぞれ、サイズは違うようだ。それも、ざっと見ただけて3つはサイズが違う。


「あんた、…不倫は良くないぜ?女の恨みは怖いもんだぞ、それより人としてどうかって…」


蔑んだ眼差しを奥にいるテペロに向けるシグマ。


あらぬ疑いをかけられていること気づき、テペロは心外と言わんばかりに


「俺は結婚してないし、不倫もしていない。」


という。証拠品を前に何を言っているのだこの男は。呆れた顔をするシグマ。


「そうか、テペロは女遊びが好きなクズ野郎って話だな。今この瞬間にテペロという人の信用がガタ落ちだ。減点だな。」

「おいヨル。それも違うぞ。まず俺に女が寄ると思うのか?」

「…あ、なさそうですね。」


ゼータは、テペロをマジマジと見て、笑って答える。


「おい、憐れんだ目で俺を見るな。シロ、お前は無垢な目で笑うな。この服は、殺伐隊のだ。社交パーティーの乱撃の時着たんだよ」

「え?お兄さんが?ドレスを?え?気持ちわ」

「クロ。起きたならアサから降りて荷物を自分で運べ。あとシロ、笑うな。仲間がドレスを着たんだ、俺じゃない。」


食い気味の言葉にファイは、はーい、と返事をして、デルタから2つカバンを盗って奥へと進んだ。

傍目から見ると、レンガ製の家が立ち並ぶ中、の1つとしか思わないが、地下もあるためかなり広い構造になっている。


「まずお前らの寝床を作らないとな。ちょっと待っとけよ。確か、地下に色んな家具があったはず」


地下にある二つの木製ベットを1階へ持って行こうとしたテペロをデルタが咎める。自分たちは地下でいい、と。地下は肌寒いし掃除していないとテペロが言えば、自分たちで掃除をするという。


「お前らできた奴らだな。いや俺が出来ないだけなのか?俺は、飯もまともに作れな…いってまずいな。今日の晩御飯どっかに食いに行くか」


お前らの好き嫌いはなんだ、とテペロが問えば


「僕が作りますよ。材料はありますし。台所借りますね。クロも手伝ってくれない?」

「もちろん!」


ゼータが作ると進言。少し食料を持ってきたという。それはフェイクとして持ってきた食材。ここ数年はファストフードばかりで手料理は食べていないなとテペロは思い、その提案を受け入れた。


「頼もしいを絵に書いた奴だなお前達」


これぐらい出来ないと、あの場所で4人暮らし出来ませんから!、というゼータ。それもそうだな

と納得するテペロであった。


夜食が出来上がる頃には、地下の片付けは3分の2程終わっていた。タンスなど、使われてない家具が適当に並べられていて、処分するものとそうでないものを分けるのは大変だった、シグマは言う。


粗大ゴミの山と片付き、最低限のの家具が揃った地下を見たテペロ。


「地下が綺麗な所初めて見たな、埃まみれだったから放っておいたのだが…。床、あったんだな。」


いや、お兄さん掃除しなよ!と笑うファイにつられて笑う。家が賑やかなのは良いものだなとテペロは思った。食卓につき、ゼータの作った料理を食べれば、かなり腕の良いもので驚いた。その趣旨を伝えれば、普通ですよ、と言われさらに、普段まともなもの食べてないからじゃない?とファイに言われてしまう始末。ご名答である。ファイがシグマからトマトをかっさらい、喧嘩が勃発。拗ねたファイがテペロからトマトをかっさらおうとして、デルタとゼータの説教で大人しくなった。

たわいないその光景に、テペロはここ7年間忘れていた少年だった時の心を思い出した気がした。


食事諸々を済ませ、テペロは4人に指示をした。明日のためにしっかり疲れをとること。何かあったら呼べ、と。


「分かった!今日はありがとう、おやすみ!」

「ああ、また明日な」


他の3人も挨拶をする。殺伐とした雰囲気のかけ離れた日常生活というものをテペロは久々に味わったと思った。

暖かい挨拶をかわしたのはいつぶりであろうか。

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