1night


1年後



男は歩いていた。国最南部のスラム街へ向かって。自分の育った場所へ向かって。目的は一つ。良き人材を組に連れ帰ること。かつての自分がそうであったように。男の名はテペロ、都市部で勢力を強く持っている組織 Re destroy 通称リデスの副幹部である。

テペロは5年前、当時16歳、最南部のスラム(通称SⅢ、スラム3番というそのままの意味)で暮らしていた。都市部で暮らしていたが、7歳の時にひょんな事で攫われて、家族のなかった彼。スラム街の仲間と必死に生きることだけを考えた毎日を過ごした。少しでも弟妹のように思う子を楽にさせたいと思いながら身を削った日々。そんなある日、不意に現れたリデスの幹部。彼は多量の金と引き換えにリデスへの勧誘に乗った。

そして、5年で副幹部にまで登り詰めた。スラムでは犯罪が日常茶飯事で身を守るために対処し続けたおかげか、はたまた天賦の才能か、実力を認められ、リデス最高峰の殺伐隊を率いる身になった。そして今、彼は新しい人材を探すため、故郷に帰ってきた。あまりにも不本意な任務を果たすために。


リデス本部で幹部はテペロに言った。


「あー、ただの体力バカとかは入らんのんや、はっきり言って人材は足りているんやし?才能とかじゃなくてな〜、まあ、お前さんが気に入ったやつを勧誘してこいな。どんな奴でもドーンっと、この俺が許可してやんよ!…あ、ええ女だった時は考えるけどな。」


意味がわからない。詳細を聞けば、相棒でも作ってこい、ということらしい。足でまといでもいいから、お前さんが気に入ったやつを連れてこい、と。お前さんは、隊のことはかな〜り大事にしてるのを分かってるんや。隊の奴らの気遣いも出来てる。あんなやっばい奴等をまとめて、尊敬もされとる。最高の指導者!ただな、心の支えっちゅうもんがなけりゃあお前さんは生き急いで壊れちまう。お前さんは、隊のために死ぬのが目的になって生きてるんや。相棒ができたら、そいつのために自分が生きていないといけない大切さに気づくんや!、と。自分を大切にしろ、お前さんは機械じゃねぇんだわ。と熱弁された。

気に入らなかったら連れ帰らないからな、と言って部屋を出た。見ず知らずの人間を気に入り、なおかつ信用すること、そんなことが簡単に出来たら俺はそもそもこんなにやさぐれていない。足でまといは要らないだろう、と思ったが渋々故郷へと足を運んでいる。


本当最南端であるエリアSⅢのスラム近くに車を止め、歩いて数分がたった。しかし、そこに広がるのは、記憶にない世界。一応スラム街に入ったはずだが、何故か誰一人存在していないのだ。

5年前はこの場所はたくさん子供がいて、苦しくとも、笑い声が溢れ、賑やかでもあったはずだ。テペロは分からなかった。何がこの場所で起こったのかを。流行病で全滅でもしたのか…?変化の著しさに困惑し、再び道に沿って歩き出した。兄弟のように思っていた子供たちの顔が頭に浮かぶ。どうしたものか、と思いつつ足を動かしていると、道沿いに小さな野菜畑を見つけた。テペロは、彼の知る限りのスラム街中心部へと駆け出した。スラム街のシステムを大きく変え向上させたであろう有能な人物をリデスへ招き入れるために。


駆けて行った先には、5年前の即席で作ったであろうの家の連なりは消え去り、残骸らしきものが一部に積み重なっていた。簡素ではあるが、木製で、しっかりと作られた平家があった。隣には小さな倉庫。ありえない。木製ならまだしも、レンガ製なんて材は、まずこの辺りにはないはず。あったとしても高値で買えない。傍から見れば、ここはリデスエリアの最悪と呼ばれているスラム街SⅢではなく、田舎にある一軒家のそれと同じであった。

最早その場所は彼の故郷ではなかった。


戸惑いが隠しきれず、再び周りを見渡すと、倉庫の裏に誰かが白髪の少年が走っていくのが目の端から見えた。丁度いい、少し話を聞いてみよう。そう思い、倉庫の裏へと駆け出した。

しかしテペロが倉庫の裏で見たのは伽藍堂。先回りして行ったのだから先程の少年と出会わないはずがない。ならば、白髪の少年は…


「…どこに行ったんだ?」


テペロは警戒心が強まった。確かに今自分の思ったことだが、今の声は自分のものでは無い、後ろから発せられた声である。本能のが危険信号を出すがまま銃を構え振り向くと、小瓶を持った灰色髪の少年が笑っていた。


「って思ったでしょ。…ねぇ、お兄さん。こんなスラムにわざわざ何しに来たの?」


人が近づいてきた気配など微塵もなかったはずだ。何故この少年は自身の背後にいるのか、そして銃を向けられても無反応な少年に、テペロは焦りが募る一方、苦し紛れに言葉を紡ぐ。


「お前こそ、何をしてるんだ。他のやつは…」

「俺はここで暮らしているだけだよ。でもさ、お兄さん。人の質問に質問で返すってさ、俺失礼だと思うんだけど。殺しちゃうよ?ね?」


そう言ってテペロの後ろを見やる少年。


「そうだな、まず、子供相手に銃を使うのは大人気ないな。減点だ。」

そう言うのは紺色?の髪に、紫色の眼。


「そうだね、それで、なぜそんなに警戒しているのですか?まず、初対面の人とは挨拶をして名前を言うんだけど。…常識だと思うのですが。」

軽蔑した緑の目で見つめる白髪の少年。


「いやそもそも、コイツ何しにきたんだよ。こんなスラムにその格好って。」

テペロと変わらないほどの高い背で、濃い青の目で射抜く青髪の少年。


「ね、酷いよなこの態度!」

不機嫌な緑目の灰色髪。


おかしい、おかしい、おかしい。今、目の前にいる灰色髪の少年とは全く別物の声が、後ろから三人分も聞こえてくる。テペロが振り向けば、3人の少年が目の前に、その内の1人は先程の白髪の少年。これは大人しくせざるを得ないと感じたテペロは銃を投げ捨て手を挙げた。


「お前らこそそんなに警戒するな、俺はただ、観光に来ただけだ」


とにかく言葉で騙して安心させてこの灰色髪少年を連れ帰る事にしよう。銃は2丁あるからな。この少年達の行動力、気配を消す力、動揺のなさから察するに容易では無さそうだが。俺の目標は、戦うことじゃない、殺すことでもない、この有能そうな人材を持ち帰ることだ。必ず殺伐隊で生かせるだろう。ただ一つ、この4人以外の奴らが見当たらないのは不思議だが。


「え、観光?銃をもって?戦闘用としか言えない服装で、1年前の流行病のせいでたった4人しかいなくなったスラム街に来て、そんな嘘が通用すると思っているの?不思議な人だね。そんなに死にたいの?」


目の前にいた白髪の少年が銃を拾ってテペロに問いかける。…そうか、流行病か。あいつらは、もう。


もし僕たちの臓器売買とかで、お金稼ぐつもりなら、あなたのを売り捌きましょうか?、そう言って銃を俺の脳天に向ける。前髪で目が隠れているためか、表情が読み取れない。白髪の少年もだが全員のこの冷静さはなんだ。


「正直に言ってもらわないと困るな。俺達の今後に大きく関わるからな。」


紫色髪の訝しんだ顔を見て、テペロはこの不利な状況を覆す算段を考えたが、白髪の少年の持つ銃は迷いなく俺の心臓に向けられた。危険性が高すぎると決断を下す。ここで、死ぬわけにはいかない。


「ああー、分かった分かった。降参だ。…俺はテペロ。都市部から、ある中心組織から派遣されてきた。理由は、有能な人材を引き入れることだ。この勧誘に乗ってくれる人を俺は探している。それで、俺はこの灰色髪の子を持ち帰りたいって思っている。ちなみに俺は、数年前にここから勧誘された人間だ。別にお前達を殺そうとか思ってねぇから、その銃を下げてくれ。」


信頼を得るとは限らないが、嘘をついてる訳では無い。本当のことだ。色々言葉が足りないだけで。


「なるほど、臓器売買ではないと。ふむ。」

「え?連れていくの?」

「え、俺連れていかれちゃうの?」

「こいつが有能…?」


なんとも言えない感想を述べる少年達。先程まであった張りつめた空気は突如消え去っていた。


「…返事は、どうだ?」


「えー…。えー、急すぎだなお兄さん!俺びっくりしちゃったじゃん!初めっからそう言ってよ!」


危ない人かと思っちゃうじゃん!と騒ぐ灰色髪。急に雰囲気が変わりフランクな空気。おい、どうしたお前ら。


「んー、もし俺が着いて行ったとして、…対価は?」


臓器売買ではない安堵で、俺の背中をバシバシと叩きながら話す灰色髪。まず、なんで臓器売買と思ったんだ。あと、緩み切っているように見えるが、その急な申し出に対価を聞く対応力から見て、やはり俺の目に狂いはないな。そう思ったテペロは、誰もが釣れる対価を言う。


「金だ。大量のか…」

「えー、じゃあヤダ!お断りします!パス!」


ひらりと離れていく灰色髪。食い気味に断られ驚くテペロ。


「何故だ!都市部で金があればなんでも出来るんだぞ!」


つい感情的になったテペロ。金で釣れない人がこの世にいるとは思っていなかったからだ。


「え、俺はみんなといる方がいい。なんでもいいよって言ってくれるなら、みんなと行くって言おうとしたけど、お金俺興味な〜い。4人で生きていけるし?」


先程までのあの圧倒される雰囲気は皆無で、ムスッとした年相応の表情をする少年。


「それは困るな、俺は誰か連れて帰らないといけないんだ。」

「んー…でも俺も困っちゃう。」


どうやら、何故かこちらの急な申し出に完全な拒絶ではないようで、何かを考え始める少年。


「あんた、それ上司的なやつに言われたのか?」


急に話しかけてきたのは青髪の少年。


「年上にあんたって…。まぁ、そうだが。」

「何人とか言われてんのか。」


食い気味の質問の真意が分かった気がしたテペロは、ただ聞かれたことに答える。


「いーや……。それはないな」

「じゃあ、こいつだけじゃなく、俺ら4人全員とかどうだ」


青髪の少年の予想通りの提案。


「あ、それなら俺行く!ねぇねぇ、お兄さん、みんな連れて行ってよ!それなら俺絶対行く!」

「そうだな、いい提案だな。4人で行けるなら不満は何も無い。」

「僕達一緒にいれたらそれでいいんです。ただのおまけみたいな感じで。」


お兄さん、この提案どうよ!と言う灰色髪少年。あ、よく見ると緑に染った髪束が左側にあるな。白髪のやつの右側にもあるな。瞳の色も緑で…こいつらカラフルだな。まあ、


「…仲、良いんだな」


展開の速さに、見たままのことしか答えられない。ただの会話をすることに慣れてないからか。


「そして、俺はなかなか有望株だぞ。頭は結構いいからな。」


紺…いや紫か?、の髪の青年がドヤ顔で言う。


「…、お前それ自分で言うのかよ。俺は体力面かな、白銀髪のこいつは物知り、灰色髪はこの中じゃ一番、アホだな。バカなのは俺だけど。」


青髪の青年が呆れながら話す。俺、そんなに急に打ち解けられるようなこと言ったか?戦闘では頭は回るはずが、この場でトンと思考が止まる。


「あ!今俺の事だけdisったな!酷い!」

「そうだテペロさん。僕達は命の保証とかは大丈夫ですよ。ふふっ、なんか、やばい感じの組織の勧誘ですよね?頑張って役に立つから、だから僕達全員連れてって下さい。」


警戒心を完全に解いたのだろうか、初めはゴミのような目で見てきた白髪が、周りに花を飛ばせて話しかけてくる。それにしても、


「…分かってたのかよ」

「いや、あんたが銃を持ってる時点で分かるだろ。」

「減点だな」

「…それもそうだな」


一見ただの仲のいい子供だが、初めのあの行動力、洞察力から考えると、全員なかなかな素質がある。あと、この賑やかさは悪くないな、むしろ懐かしくて心地いい、そう思った。かつてのスラム、以前の自分の環境に似た純粋な子供の賑やかさ。俺が一番好きだった時間。

テペロは、 お前ら全員、自分の荷物もってこい。まとめて面倒見てやるよ。と言い放った。


「やった!お兄さんありがとう!」

「みんな一緒でいいんだね!あ、テペロさんも家入りますか?お茶ありますよ、僕特製ですけどいりますか?」

「媚び売ってないで早く支度しろ」

「思春期の青髪くんは、大好きな灰色髪くんを盗られて焼いているのか、ふむ。珍しいな。」

「うるせぇリーダー!支度すんだろ?戻るぞ!」


喧嘩をしながら平家に入っていく少年たち。先程の殺気溢れる子とは見違えるようだ。テペロはまさか本当に気に入る人間ができるとは思っていなかった。しかも4人もだ。普段なら賑やかさは雑音としか思えなかったはずだが、子供らのあれは、闇に葬ったはずの昔の幸せが目の前に、手の届く場所に現れた、そんな感じであった。彼らは、テペロの心を癒したようだ。自身も知らない深い傷を。

ただ、一切彼らから足音がしなかったことにテペロは気づかなかった。



「まさか自分から来るとは思って無かったなあ。で、相棒役?心の友?ねぇその前に、この僕のキャラ設定どうにかならない?。」

「来るタイミングは分かんねぇよ。さすがに。ゼータは淑女の振る舞いだからな、頑張れ。」

「まあ、いいよ。上手く勧誘全員されたわけだし、シナリオを演じ切ろう。」

「よく殺さなかったなファイ。褒めてやろう。」

「でしょ!ゼータの感覚で気づいたけど、どうしよ。これから。そんなにシナリオ練りきってないじゃん!」

「…落ち着け。今からの注意点を言う。次俺らがフィルター無しで話せるのは…いつになるかは分からない。ただ、それまでは今から言う注意は絶対に守れよ」

「「「りょーかい」」」

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