第8話 間引き
彼は肩を叩かれ目を覚ました。うっかり仕事中に眠ってしまっていたようだ。
やけに優し気な上司の声が、頭上から降って来た。
「また会いに来たよ」
そっと目を上げると、怒りの炎に包まれた課長の姿がある。
「それ、何時から放って置いたのか知らないけれど、大変な事になってるよ。君にちゃんと修正出来るのかな」
その声に驚いて『監視装置』を操作すると、もう少し放置していたら『囲い』から飛び出し兼ねない状態の対象物件が表示された。
「あぁ……」
「その地は、簡単に潰して良い物件じゃないから注意するよう言ってたよね。ちゃんと処理して、明後日の昼までに報告するように」
丸一日で片付けろという事だ。
「もう少し……」
「その状態でそれ以上待てると、本気で思っているのですか」
男は、そっと監視データを覗いて、溜息を吐いた。
「いえ、待てないでしょうね」
「じゃ、宜しく」
上司の言葉は正しい。放って置いたら大変な被害を被る。下手をすれば この区域の生物が全滅する可能性すらあるのだ。いや、この『囲い』そのものが壊れてしまう可能性すらある。
男が忌々し気に舌打ちしたのは、注意を促して来た課長に対してではない、この監視対象に対してである。
これは、以前にも何度か危機的状況になったことがある。その都度介入して最小限の被害に留めていたのだが、好い加減 面倒になって来た。
「こいつは潰すしか無いな……。全く、これなら前支配者の方がマシだったな」
資料室である。
男は、監視対象に対するデータを そこの管理官に送付しし、それを殲滅するのに最も効率的な情報を求めた。その回答が来たので、足を運ん出来たのだ。
「どうだ、良い物件はあったか」
「これなど如何でしょうか。その監視対象が 最大の武器としているモノを使用不可能にする事が出来ます」
「使用不能か……」
「ご不満ですか」
「以前にも何度か、3か4回くらいかな、似たような処置をしたのだが思ったより効果が続かないんだ。こいつ等、意外にシブトイんだよ。直ぐ別の武器を造ってしまう」
「……そうでしたか。ちょっとお待ちを」
担当官は、以前行った処置を確認した。
確かに 思ったより短時間に復活している。しかし、これらの方法は皆『表面的』な処置であった。今回提案しているのは、そういう類ではない。直接内部構造に干渉するのだ、復活は不可能である。
「お待たせしました。
今度の処置は今までのモノとは違います。内側、それ等の最大の武器を破壊するのです。仮に復活したとしても、今までのような凶悪な性質は顕現しないでしょう、使う事が出来ませんから」
「そうか。じゃ、詳しく聞こうじゃないか」
「はい。先ずは、こちらを ご覧ください……」
■■■
「ほぅ、凄いな」
視察のため、といより『監視対象』の状態を確認するために来た男は、その成果に感嘆の声を洩らした。
「現在、彼等は最大の武器である『知恵と知識』を失っています。兵器や その他遺跡も全て回収致しますので、それで事故を起こす事もありません」
「もう復活する可能性は無いという論拠は」
「はい。記憶も消えている筈ですが、仮に残っていても それを使う術を持っていません。
この空間に充満している粒子は、ある程度以上の『知恵と知識』を持つ者にのみ反応します」
「現在 幼児である存在には効果がないのではないか」
「大丈夫です、これは最低でも、この惑星が そこの恒星を100万回周回する程度は滞留します。その間に全てが終わるでしょう」
「終わるとは」
「適者生存です、彼等は環境に適応して変化します。これまでの『知恵と知識』を必要としない形で」
「それでも完全とは言えんな」
「なら『強者』を造りましょう。『知恵と知識』を持たず、腕力が強くて生存本能の高い存在を10パーセント程度混ぜれば、弱者は淘汰されます」
「……そうだな。先ずは実行してみよう」
「では、準備に掛かります」
地球上から人類は絶滅、とまでは行かなかったが文明は完全に崩壊し、それが復活する事は無かった。
多くの勇者が現れ、雌を多数取り込んだため、弱い雄は伴侶を持つ事が出来ず次第に数を減らして行った。
ヒトは野生化し、他の野生動物と同様に狩り、狩られる生物に回帰した。当然、彼等では歯が立たない『天敵』も存在する。
雑食性の中型猿の一種と、宇宙生物図鑑には記されている。
「ほう、今度は徹底的にやったようだな」
「はい。今までは問題が起こる度に対処して来ましたが、もう我慢の限界です。完全に知的生物から排除致しました」
「仕方ないだろう。彼等は あまりにも凶暴過ぎた、知的生物群に加えるには適当とは思えないほどにね」
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