第5話 地球ではなくなった惑星(改2)
広い廊下に病院のような雰囲気は既にないが、並んだ部屋は彼が向かう場所以外 全ての扉が開け放たれている。もう1人しか残っていないのだ。
その部屋の前に立ち止まり、少し間を置いてノックする。「どうぞ」という女性の声に、その生存を確認し安堵した。
明るい顔を造って声を掛ける。
「また会いに来たよ」
扉を開くと そこには椅子に腰掛け、外を眺めている少女がいる。
「忙しそうね。用件はもう片付いたのかしら」
「ほぼ……ね」
「今度来た時には、全部教えてくれるって約束は……覚えてるよね」
「もちろんだよ。今日は そのために来たんだ」
「じゃ、お願い」
「まず結論から、この惑星圏内で人間は貴女しか残ってない。
この施設にいた生存者も 君を残して全員死亡した。そして君の健康状態も良好じゃない事は、当然分かっているね」
男、介護仕様特化形・ヒューマノイド型アンドロイドは、何も隠さず説明する。これは少女が受ける精神的衝撃を無視した訳でも、その望みを鵜呑みにして語っている訳でもない。彼女が知る権利を行使したため、隠せないのだ。
「脱出に成功した人数は、概略で良いけど どのくらいかしら」
「30億人程が脱出を試みたが、成功したのは約1千万人だと推定している」
「たった……、その人達が ここに帰って来る可能性は」
「殆どの者が帰って来ようとするだろうね、成功するかどうかは別にして」
意外な回答だった。少女は きっと移住先が見つかるだろうと、誰も帰って来ないと思ったいたのだ。
「えっ、何故」
「亜光速航行で移動しても、この惑星の経過時間で ここが復旧すると予想されていた1億年程度では、ヒトが住める惑星を発見するのは難しいからだよ。それに、脱出時点でも国家という枠を越える事が出来なかったようなので、戻るとする者が増加するのは明らかだね」
「なぜ貴方は『地球』という言葉を使おうとしないのかな」
「この惑星は もう、かつての地球とは違うモノになっいる。
全ての地殻が破壊されマントルに呑み込まれた。再生するのに2千万年以上掛かったんだ。生物もこの施設に隔離保存していたモノ以外は全滅したから、この状態を『地球』と呼称するのには些か無理があるね」
「なぜ過去形」
「今が、その『2千万年以上』に当る時期だからだよ。君は冬眠状態にあったんだ」
「でも、体調は良くなっていないわ」
「貴女の病を治療すのは不可能だった。はっきり言うと 他の仕事が忙しくて、それを研究する余裕がなかったんだ」
「……そうだろうね。貴方達の最優先事項は、この惑星の再生に転換されるものね」
「その通りだよ。優先順位のせいで、君には手が回らなかった。申し訳ないと思っている」
「それは良いわ、納得したから。それで、最終的にどうなったのかしら」
「今、この惑星には、大陸と呼べるものは1つしかない。そこに解放した生物は突然変異を繰り返し、どんどん環境に適応していっている。海洋生物につては、地上より甚だしい変化が起こって凄い事になっている。だが、知的生物は 未だに発現していない」
「ここは病院だったよね、月面にあった」
「生物種保存倉庫でもあったけどね。月面が危険な状態になったので、金星の(太陽)周回軌道側に移動したんだよ。最近になって この惑星の衛星軌道上に戻って来たんだ」
彼は、窓から見える 元は地球と呼称していた惑星に視線を向けた。
「金星軌道側に? 何故そうなったか順を追って話してくれないかな」
「最初は……、そうだな。
地球磁場の逆転が起こって、マントルが大きく揺さぶられた。
人類は それを事前に知っていたんたが、技術的な問題はともかく国家間の軋轢など諸々の事情で脱出時期が統一出来なかった。早期に脱出した者、概算で1千万人だけが生存していると思える」
「はぁ、やっぱりね」
超国家組織の構築はダメだったか。少女は少し落胆した。種の危機に際してさえも利己主義を優先するヒトの浅ましさに呆れたのだ。
彼は少女の反応をみて、少し時を置いて話しを再開する。
「それによる地球の重力変動で月軌道の異常が起こり、地球と月の間にあった人工衛星やスペースデブリ、多くの小天体が月面と地表に衝突し、それに巻き込まれた者も多くいようだ。それは とても甚大な被害だったろうね」
「見てなかったの」
「見てたら ここには存在してないだろう?」
「それもそうだね」
「加えて地球ではマントルが活性化し、
「全部?」
「そう、1つ残らず。この惑星は海だけになった時期があるんだ」
「でも、さっき大陸が1つあるって言ってたよね」
「それは私達にも意外だったよ。何等かの地殻変動による、としか言えないね」
「その大陸と海に、保存してあった生物を解放したんだね」
「月面にあったこの施設が生き残ったのは、初期の段階、月の軌道に異常を感知した時点で移動したからだ。
さっきの答えだけど、金星側を選んだのは火星側より安全だとの判断したからだ。どう考えてもアステロイドベルトは危険だったのでね。
それでもハビタブルゾーンを外れないように留意しないといけなかった」
「そんな状態の地球、この惑星が たった2千万年で良く復旧出来たわね」
「約2千万年でこの惑星が復旧したのは、我々が生存していたのが、そして大きく干渉したのが原因だろうね」
「大変だったね、ご苦労さま。
ありがとう、概略は了解したわ。でも、貴方は当初から私の担当をしていたヒトなの、かな?」
介護仕様特化形・ヒューマノイド型アンドロイドは苦笑を浮かべた。
「やはり気付かれましたか。私は 正確には貴女の知っている存在とは別物です。外見や記憶は継承していますが、流石に2千万年は持ちませんので」
「そうなんだ」
「もう1つお知らせする事があります」
「私の寿命の事かな」
「それもありますが、さっき言ったように2千万年は長く、アンドロイドやロボットも、もう私しか残っていません」
「えっ」
「貴女の寿命が尽きた時点で、私は当施設と共に この惑星に落ちる事になっています」
「何故ですか」
「私がこの姿で存在するために、多大な資材と労力を要しました。生存者が存在する限り、それを守るのがアンドロイドやロボットの使命ですから。それでも私の寿命は僅かしか残っていません。
この施設を、この位置に固定していられるのは長くても10年が限度です」
それは彼女の寿命が10年に満たないという意味でもある。
「分かったわ。また明日も来てくれるかな」
「もちろんです」
■■■
2年後のある日、いつものようにアンドロイドがドアに手を掛けて声を発した。
「また会いに来たよ」
返事がない。
そっと中に入って彼女が眠って、睡眠ではない意味で眠っているのを確認し、暫く瞑目した彼は、事後処理を始めた。
その日の夕方から明朝まで、とても長い時間 惑星上空に美しい流星が走った。
しかし それを鑑賞する者は誰もいない。
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