第3話 勇者の選択


 ある小屋の前、少女がドアを叩いて声を掛ける。

 「リーダ、もう出掛ける時間だよ」

 「……」

 返事はないが、彼女には彼が中にいる事が分かる。

 「皆 待ってるんだけど」

 「……」

 「たかが模擬戦で負けたからって何を落ち込んでいるの。目的を忘れたんじゃないでしょうね。

 ちゃんと鍛錬しなかった貴方が悪いのだから 今更、その様はないわよね。

 あと1日だけ待ってあげる。それでも来なければ置いて行くから。

 同時に、この場所が使えなくなるのは知っているわよね」

 「……」


 ■■■


 昨日と同じように ある小屋の前で、少女がドアを叩いて声を掛ける。

 「また会いに来たよ」

 「……」

 昨日と同じように返事がない。

 「じゃ、入らせて貰うね。私達は出掛けるから、預けていた装備を返してね。どこにあるのかな」

 部屋の片隅に蹲る男が収納袋を投げて来た。

 少女は それを受け取り中を確認する。

 「収納の拡張さえしていない、じゃなくて出来ないのかな」

 明らかに揶揄が含まれている言葉である。

 「!」

 一瞬 怒気が吹き上がるが、すぐ静まった。勝てないと分かっているからだ。

 「……全部揃っているわね。もっとも これらは各人に特化しているから売却なんて出来ないのだけれどね」

 売却しようとした事まで知られていたのだ。男が僅かに反応した。

 「……!」


 「あのグループで最弱の私に負けたのが、そんなにショックだったのかしらね。

 でもさ、貴方がリーダになった時点ではハンディがあったからね。職業軍人である貴方と、未成年の全く武術の経験がない私達を戦わせる事 そのものが可怪しいわ。私達が負けるのは予定通りだったのよね」

 「……」

 「それで 全員の武器装備を取り上げるなんて暴挙を黙認する人達も、どうかと思うのだけれど。鍛錬のためとでも言ったのかな。

 あ、そう そう。貴方の『勇者印』も消すからね。悪用されたら困るから、って もうしてたね」

 彼の悪行は既に知れ渡っている。


 少女は男に向かって「顔を上げて」と指示したが反応がないので、自ら動く事にした。

 近付き、持ち上げた男の額を覗き込む。

 「もう殆ど消えてるけど、念のため消去するわね」

 「……や、め……ろ」

 元リーダは、少女を力一杯払いのけようとしたが、ビクともしない。魔法である。彼の魔力では 彼女のそれを避ける事すら出来ない。

 「よし、消去完了。

 あぁ、そこにある貴方の言う所の聖剣と装備は要らないわ。私達が入手したものより性能が悪いからね」

 「な、何だと!」

 隠しもしない侮辱の言葉に、我慢出来なくなって男が立ち上がった。身長が2メートル以上もある、対して少女は160センチメートルに満たない。覆い被さるようにして襲い掛かった。

 勝算はあったのだろう。魔法を使う余裕はない上 体格差が大きいし、腕力だけなら負ける筈がないと。


 その小屋に轟音が鳴り響いた。

 部屋の隅に、その前まで蹲っていた場所とは対角線上の位置に投げ飛ばされ、気絶しているのは元リーダのクズ男であった。

 「言ってなかったかしら、私の護身術はレニン師直伝じきでんなの、素手で私に勝てる人間は数人しか存在しないわ」

 それを聞いている者はいない。


 少女は黙ってそこを去り、仲間の勇者達が出発の準備を終えて待っている場所に向かう。

 彼女達には使命がある。

 魔王と会見するために、たくさんの試練を突破しなければならないのだ。足手纏いになるような者を連れて行く事は出来ない。

 あの男は、元より大した人物でないのは皆が知っている。それでも一応リーダと決められていたので我慢していたのだ。

 彼女が『男に襲われた場合、相手を殺しても良い』という当然の権利を選択をしなかったのは、ただ死体を埋めるための 時間の無駄を省いただけである。


 「さぁ、行きましょう」

 新たなリーダとなった少女が声を掛けると、皆が答える。

 「おぉ!」

 これでこそチームなのだ。

 魔王との会見予定は12年後、それまでに更に力を付けて、会見対象である事を認めて貰わなければならない。余裕のある時間とは とても言えないが頑張るしかない。


 本物の勇者達が、鍛錬場所として提供されていた村を去り、最初の試練に向かって第1歩を踏み出した。


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