僕を、君のフクロウにしてくれませんか?

ぶるすぷ

僕を、君のフクロウにしてくれませんか?

 僕の住んでる国には魔法のフクロウがいた。

 フクロウはとても賢くて、人によく懐き、そして魔法が使えた。


 十五歳になる時に一人一羽、フクロウを神様からもらうんだ。

 そして、一蓮托生のパートナーとして一生を過ごしていく。


 フクロウがいれば、魔法が使える。

 それは常識だった。当たり前のことだった。

 できて当然だった。


 けれど、僕はできなかった。

 みんな神様からフクロウがもらえる中、僕は何ももらえなかった。

 なんで僕だけもらえないんだと嘆いても、何も出てこなかった。


 僕は、いるかも分からない神様を嫌いになった。

 僕を笑う、今まで友達だと思ってた人たちを嫌いになった。

 冷たい目で見てくる大人の人たちを嫌いになった。


 フクロウを持っていない僕を嫌いになった。

 全部、全部嫌いになった。




 ある日、女の子が一人、僕のところへ来た。

 十五歳ぐらいの少女だった。

 コホコホと咳をしていた。

 どうせ僕のことを馬鹿にしにきたんだろ、と言った。

 彼女は何も言ってこなかった。

 なんでだろうと思って見てみると、彼女は泣いていた。

 僕は驚いて、どうしたの、と聞いてみると、魔法が使えないの、と彼女は言った。

 フクロウがもらえなかったのだと、彼女は言った。


 僕は、昔の僕を見ているようで胸が痛くなった。

 だから言った。


 じゃあ、僕と同じだね。


 彼女の頭をなでた。

 僕ももらえなかったんだ、と話すと、彼女はびっくりしたようだった。


 大丈夫、大丈夫。


 そう言いながら彼女の背中をさすると、彼女は涙を流した。

 僕は、彼女が泣き止むまで、背中をさすり続けた。


 少しして泣き止んだ彼女は、花が咲いたような綺麗な笑顔で、ありがとう、と言ってきた。


 あんまり綺麗な笑顔で、僕は思わずドキッとして、その後魔法を使われたみたいに胸が温かくなって。

 彼女はフクロウがいなくても魔法を使うんだな、と思った。


 そうして出会った僕たちは、どこにも居場所が無いので一緒に暮らすことにした。




 ある日、僕は魔法が使えないので、彼女と一緒に水を川までくみにいった。

 いちいち汲みに行くのは面倒で大変だった。

 すると帰り道の途中、彼女が僕に水をかけてきた。

 びっくりして、でもなんだか彼女は楽しそうで。

 このやろーと言いながら、僕は水をかけ返した。

 するとまた彼女は水をかけてきて。

 何度もかけあって、気がついたら辺りがびしょびしょになっていた。

 結局、もう一度汲みに行くことになって。

 水がかかって寒いのか、彼女はコホコホと咳をしながら笑った。

 一人で運んでいた時よりも時間がかかったけど、それでも、一人でいる時より心が軽かった。




 ある日、彼女は料理をすると言った。

 やんちゃな彼女に料理ができるのかと僕は若干疑い。

 すると彼女は、任せてよと自信満々に笑い。

 仕方ないので待っていると、少しして美味しそうな料理が出てきた。

 美味しそうだねと言うと、彼女はえっへんとふんぞりかえった。

 だけど、一口食べた途端、口の中が何か大変な物に侵食された感触がして。

 要するに、すごく不味かった。

 それでも頑張って、美味しいよと言うと、彼女は嘘を見抜いたようで、不味いんでしょ! と怒った。

 ぷりぷりと怒る彼女に食べさせると、僕と同じような反応をして咳き込んだので面白かった。

 びっくりするぐらい不味い料理だったけど、彼女と笑いながら食べる料理は、美味しい気がした。




 ある日、彼女の咳が止まらなくなった。

 咳をする時はあったけど、一日中ゴホゴホと咳が止まらないのは初めてだった。

 途中で、口から血が出てきたりもして、僕はすごく心配で。

 でも彼女は笑って、大丈夫、すぐ良くなるから、と言って。

 結局、次の日の朝になってやっと回復した。

 また何かあったらすぐに言って、と僕は彼女に念を押した。

 彼女は、大げさだよ、と笑って答えた。




 お祭りに行きたい、と彼女が言うので、本当はあんまり行きたくないのだけれど、僕は一緒に行くことにした。

 この国の起源とも言われる、人の姿になれるフクロウの神様。

 その存在に感謝するというお祭りらしい。


 そのことを説明すると、彼女は、どうでもいいから屋台に行こう! と言った。

 フクロウの神様も報われないなと思ったけれど、僕も一度屋台に行ってみたかったので、フクロウの神様に心の中で謝りながら、屋台に行った。


 彼女は屋台に行くと、わたあめ、というお菓子を買ってきた。

 少し味見すると、甘くて、ふわふわで、口の中で消えちゃう感触が面白かった。

 すると彼女はわたあめを少し手で取って、あーん、と言いながら僕に近づけてきた。

 少し恥ずかしくて、食べようかどうか迷っていると、食べないの? と彼女が言って。

 その時の彼女の顔が少し悲しそうで、寂しそうで。

 僕は仕方なく、差し出されたわたあめを一口で食べた。

 彼女はすごく嬉しそうにして、私にもやって! と言ってきたので、僕は彼女と同じように、あーんと言いながらわたあめを食べさせてあげた。

 彼女は少し咳をしながら、一口で食べて、その後少し顔を赤くして、恥ずかしい、と小声で言った。

 恥ずかしいならしなきゃいいのにと言ってみると、彼女は少し怒って、わたあめを全部食べてしまった。



 彼女と一緒に歩いていると、ふと一つの屋台が目に入った。

 その屋台に寄ってみると、そこでは綺麗な絵を書いていた。

 一人の少女が、壮大な魔法を使っている姿の絵だ。少女の後ろに、小さなフクロウが描かれている。

 店の人が言うには、このお祭りで感謝するフクロウの神様の絵らしい。

 その姿は幻想的で、とても綺麗だった。

 綺麗だね、と彼女に言うと、彼女は、何が綺麗なの、と聞いてきた。

 この絵だよ、と言うと、彼女は少し怒った様子で、私とこの絵の女の子、どっちが綺麗かな、と言った。

 君に決まってるじゃん、と返すと、彼女はなぜか顔を真っ赤にして、ばか、と言って僕のお腹のあたりに顔をうずめてきた。

 何か悪いこと言っちゃったかな、と思って、絵を買ってあげようかと思ったけど、彼女はなぜか、絶対にいらないよ、言うので、結局買わなかった。

 機嫌、悪い? と聞いてみると、彼女は、大好き、と笑顔で言ってきた。

 一瞬、そんな彼女に見惚れちゃって、誤魔化すように、答えになってないよ、と僕は笑った。

 えへへ、と彼女ははにかんで笑った。



 辺りも暗くなってきて、そろそろ帰ろうかなと思った時。

 唐突に彼女が、花火見に行こう! と手を引っ張ってきた。

 仕方なく彼女についていく。

 少し歩いて、お祭りの場所から離れた広場に着いた。

 誰もいない静かな場所だった。

 彼女がコホコホと咳をするので、大丈夫? と声を掛けると、あ、花火! と彼女は元気そうに空を見上げた。

 つられて僕も空を見ると、そこにはとても綺麗な花が、光を散らしていた。

 空に咲く花火はとても美しかった。

 途中、彼女が僕の手を握ってきて、僕はびっくりして彼女の方を見ると、彼女の頬が少し赤くなっていた。

 強く握り返すと、彼女も、握ってきた。

 二人だけで見る花火はとても綺麗で、幸せだった。



 花火も終盤になってきて、そろそろ帰ろうか、と彼女に声を掛ける。

 うん、と小さな声が返ってきた。

 僕が立ち上がり、彼女も一緒に立って。


 そして、僕が一歩踏み出した時、後ろで、ドサリ、と何かが倒れる音がした。


 何転んでるんだよ、と笑って振り向こうとしたのに、僕の心臓がバクバクと鳴って、鳴って、鳴り止まなかった。

 振り返ると、彼女が、地面に倒れていた。

 地面に倒れて、ケホケホと咳をしていた。

 その口からは、血が出てきていた。


 背筋が凍りついた。

 焦って、何をすればいいのか分からなくていると、彼女が苦しそうな声で喋った。


 ――私、分かってたんだ、いつか、死ぬんだなって。魔法が使えれば助かったかもしれないけど、でも私、魔法使えなくて、誰も助けてくれなくて。ずっと、ずっと、苦しかったんだ。


 喋らないで、お願い、と言っても、彼女は笑って、続けた。


 ――でも、君に会ってから、楽しかった。君と一緒に過ごす時間が一番、楽しかった。君がいたから、私は幸せになれた。


 僕は今の幸せが続いてほしかった。ずっと一緒にいたかった。嘘と言ってほしかった。


 ――私、もうすぐ死ぬ、よね。ちょっと、怖いんだ。手、握って、ほしいな。


 僕は手を握った。手は、いつもよりずっと冷たかった。涙が出てきた。止まらなかった。

 僕は彼女に死んでほしくなかった。

 生きててほしかった。

 ずっと一緒にいてほしかった。

 それでも、彼女は死にそうだった。


 僕は願った。

 魔法を使いたい。

 一度だけでいい。

 だから目の前の彼女を、ただ助けるためだけに。

 魔法を使いたい。


 僕のフクロウはいらない。

 魔法のフクロウなんて、一蓮托生の存在なんていらない。


 他人に蔑まれてもいい。

 笑われてもいい。

 だから。

 今、まさにこの瞬間。

 この一瞬に。


 僕は彼女のフクロウになりたかった。


 刹那。

 声を出す暇もなかった。

 周りが光に包まれた。少しして、僕が光ってるんだと気づいた。

 羽が辺りに舞っていた。少しして、僕の羽が舞っているんだと気づいた。


 そして、やっと。

 僕は、自分が何なのかに気づいた。


 僕は声をかけた。僕、実はフクロウだったみたい、と。

 すると彼女は驚いて、そしてすぐに、はにかんで笑った。

 フクロウだったんだね、と言う彼女は、目を赤くして泣いていた。


 すぐに僕は、彼女の病気を治した。

 彼女は幸せそうに笑い、僕の羽をさすった。


 彼女は立ち上がった。僕は、彼女の隣に立った。

 すると、どこかに行っちゃうの? と彼女が言ってきた。

 うん、と僕は答えた。本能的にそうだと分かっていた。

 悲しそうにする彼女に、でも、誰かと契約すれば大丈夫みたい、と僕は続けた。


 え、と目を見開く彼女。

 そんな彼女に、僕はこう言ったんだ。


 これからもずっとずっと、君を幸せにしたいんだ。

 ずっとずっと一緒にいたい。

 だから。

 だからどうか。


 僕を、君のフクロウにしてくれませんか?

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