第5話 お腹空いたっていう女の子可愛くない? 世紀末篇
――はー私迷惑かけてばっかりだな…… でも蓮太郎くん。 私が困った時にはいっつも助けに来てくれて……自分も本当はいっぱいいっぱいなハズなのに……
まるで傷だらけなのに敵に向かっていくマゾレッドみたいです……ちょっとかっこよく見えました……
よしっ。私が落ち込んでいても蓮太郎くんが困るだけだから、張り切っていきましょう。 ありがとうね蓮太郎くん。初日が蓮太郎くんと一緒じゃなきゃ、私くじけてたかもしれないよ……このお礼はちゃんとしないとね。
――そう考えている菜乃花には作り笑いでは無く、頬には自然とえくぼが出来ていた。
● ●
「お疲れさまでしたー」
菜乃花ちゃんが休憩から帰ってきた後は特に何事もなく最後の締め作業まで終えることが出来た。最初はあれほどテンパってミスを連発してしまっていた菜乃花ちゃんも、休憩から帰ってくると気分をリフレッシュすることができたのか、和かな表情で接客出来るまでに至っていた。
「蓮太郎くんお疲れー。 今日はありがとうっ! もしよかったら今日のお礼もしたいですし、一緒に帰りませんか?」
「お礼だなんていいのに。 おれも今日は色々と菜乃花ちゃんに助けられたからさ。 まぁでも、帰り道は途中まで同じだし、一緒に帰るかー」
「うんうんっ。 楽しみにしてますー。 じゃあ着替え終わったら、ビルの外で待ってますっ」
そう言うと菜乃花ちゃんは軽やかな足取りで女子更衣室の中に入っていった。
「やれやれ。 女の子を待たせるわけにはいかないし、さっさと着替えてエレベーターの前に行くとするかな」
更衣室のドアを開けると中には蒼先輩が丁度ズボンを下ろしているところであった。
「ノックくらいするのが礼儀ではないか? このような状況で突然扉を開けられると、おれのバージンが不安になるではないか」
流石は文太先輩と友達なだけはあって、アブノーマルな性癖の知り合いが多い人であることを思い返させるセリフを吐きつつ、こちらに振り返ってきた。
「お疲れ様です。 今日はうまくホールを回せずに申し訳ありませんでした」
「そんなことはないぞ。 流石に三年間飲食をやっていただけあってお客様が何を望んでいるのかは考えられているようだな。 コース料理のペース配分も、各お客様の食べるペースに合わせられていたし、自分には対処できなそうな問題が起きた時には直ぐにおれに知らせに来てくれた。 正直、初日でここまでできるとは想像していなかったな」
蒼先輩は爽やかにおれの肩をぽんっと軽く叩きつつ、ねぎらいの言葉を掛けてくれた。
「ホールに出てたわけでもないのに良く状況がわかりましたね。 自分がいるエリア以外の状況まで把握しているなんて流石としか言いようがありませんね」
「まぁたまに店の状況を見るために洗い場を出ていたし、下がって来る洗い物の状況から大体の判断はできる。 ホールの下げものは基本、松落か志水しかいないわけだしな。 あと今日実際に働いてみて何か気になったことはあるか?」
「あのー働く前から一つ気になることがあったので質問していいですか? 仕事には関係ないのですが……」
「ああ。なんでも気軽に聞いてくれ。 どんな質問だ?」
「あの宇宙服ってどこで手に入れたんですか? まさか本当にZASAが開発したものではないですよね?」
「当たり前だろ。 あれは今日カウンター三番に来ていた小夜子さんと宇宙服プレイするために爺やにつくらせたものだ。 宇宙服プレイは萌えるぞー。 特に中の湿度が上昇してくると頭部のガラスが曇ってくるところがたまらん。 それにな……」
蒼先輩の話が長くなることを察知したおれは無言で更衣室を後にした――。
――というか正直どん引いてしまいました。
それなりに急いで支度を済ませたはずであったが、ビルの外にはもう菜乃花ちゃんが頬に両の手のひらをあてて待ってくれていた。
「お待たせ。 待ったかい?」
「ううん。今来たところです。 蓮太郎くんと一緒に帰れると思ったら自然と急いじゃったみたいですね」
菜乃花ちゃんはそんなセリフを言った後恥ずかしくなったのか、頬にあてがった手を開いたり、閉じたりしている。
おれは可愛い仕草と言葉に、あてられ胸の鼓動が早くなってしまったみたいだ。キュウシンを持っていたら間違いなく服用するであろう……
おれの激しい動悸が菜乃花ちゃんの耳に届く前に話を切り出すことにした。
「菜乃花ちゃんのお家はどこにあるんだっけ?」
「国分寺です。 蘭華ちゃんとは駅が近いから友達になれたんですっ。 確か蓮太郎くんも蘭華ちゃんと同じで国立ですよね?」
「そうだよ。 まあ蘭華の家みたいに駅から近いところには住んでないけどね。 やっぱり蘭華とは仲がいいんだ?」そう言いつつ駅に向い歩いていたおれ達は、改札差し掛かった。
電子切符をあてがうと、ピピッという電子音と共に改札が開かれる。人ごみの中彼女を見失わないように注意していると、少し遅れて菜乃花ちゃんが隣の改札から出て来た。
「もうすぐ電車来るみたいだから行きましょうか」
電光掲示板を見た菜乃花ちゃんに急かされ、ホームに着くと丁度電車が来たようだった。そして無事電車に乗ったおれは先ほどの話の続きを促した――。
「私の家は父子家庭で、父は転勤族なんです。 引っ越したと思っても、またすぐに引っ越してしまうので、なかなか友達ができなくて…… そんな生活を送っているうちに引っ込み思案になってしまっていたんです。 だから蘭華ちゃんが初めて話かけてくれた時は嬉しかったなぁー。 そんな訳で蘭華ちゃんは私の中で特別な友達です。 蘭華ちゃんと友達になれて引っ込み思案も大分マシになって、蓮太郎くんみたいなお友達もできて、蘭華ちゃんにはホントに頭があがらないんですよ」
「へー。 そんなことがあったんだ。 大学に入ってからもお父さんの転勤はあるの?」
「お父さんはなるべく転勤しないようにするって言ってくれているんですけど、実際はわからないですね」そう言うと菜乃花ちゃんは少し寂しそうな表情になってしまった。
空気を変えるためにおれは明るい話題に切り替えるべく口を開いた。
「そう言えば新歓で菜乃花ちゃん戦隊モノが好きがって言っていたけどあれツッコミ待ちの冗談だったの?」
「ひどいなー。 冗談じゃないですよ。 戦隊モノが好きになった理由も引越しが関係しているんです」
「そうなんだ。 でも、どうして引越しと戦隊モノが繋がるの?」と話の続きを促す。
「昔も私中央線沿いに住んでいて。 まぁちっちゃかったのでどこの駅かは忘れてしまったんですけど。 そこには私の名前にもある菜の花がたーくさんある小高い丘があってそこによく行っていたんです。 そこならなんか一人じゃないみたいで…… ある日そこの空き地で当時私の通っていた小学校の人が遊んでいたんです。 いつも私のことをいじめていた子達だったんですけど…… 私のお父さんはすごく忙しい人で、私の着ていた服は買いに行く暇がなかったので従兄弟のお下がりだったんです。 それで男女だーって感じでいつもからかわれていました。 いじめられてはいたんですけど一緒に遊びたくて見ていたんです。 そしたら男女がこっち見ているぞー。 もっと女らしく髪伸ばせよな。 みたいな感じで私の髪を引っ張ってきたんです。 周りにいた子達も面白がって私のことをいじってきて……」
「大変だったんだね。 でもその男の子は菜乃花ちゃんのこと好きだったのかもよ。 小さい頃って好きな子をいじめたくなるし。 菜乃花ちゃんって可愛いからさ」
「そんなんじゃないですよー。 それで話の続きなんですけどね。 私がいじめられているところに颯爽と小学生の体には不釣合な大きな自転車に乗った男の子が助けに来てくれたんですよ。 なにやら大きな声で叫びながら、いじめっ子達を自転車ではね飛ばしたんです。 丁度それが当時放送されていた暴走戦隊の暴走レッドとかぶって見えて…… それがとってもかっこよくて……私の初恋だったんです。 結局私は助けてもらった数日後に引っ越してしまったんですけど、それ以来私は辛い時があった時には戦隊モノを見てその時のことを思い出して、元気をもらっているんです」
「なるほど。それで戦隊モノを好きになったわけか。 でもいい話だねー。 その後初恋の人とは何かあったの?」
「私の通っていた小学校と彼の小学校は違ったのですけど、引っ越すまではその丘で一緒に遊んでくれたんです。 そして私が引っ越してしまう最後の日に勇気を振り絞って告白しようと思ったんですけど、結局できなくて…… 最後はまたねって言って普通にさよならしたんです。 彼は毎日手紙書くからって言ってくれて住所を交換したんですけど、結局彼からは一度も手紙はきませんでした…… でも私からは一度だけ手紙を送ったんです」
「『私が二十歳になったら、私も大人になっているので一人暮らしをして、もうお引っ越しはしないです。 だから十三年後の二十歳の誕生日。四月七日にまたあの菜の花が咲く丘でまた逢いましょう。 その時にはさよならした日にできなかったお話があります』何度も何度も失敗しながらこんな感じの拙い文章を綴りました。 返信は来なかったけど今でも春になって、菜の花を見るとその事を思い出しますね……」
そう昔を思い返す菜乃花ちゃんの顔はとても幸せそうで……不覚にも惚れちゃいそうになる。
「返信は来なかったみたいだけど、菜乃花ちゃん手紙を出してすぐにまた引っ越しちゃったんじゃないの? おれも引越しちゃった友達に手紙を送った時に返って来ちゃったことあるからさ。 それに菜乃花ちゃんが教えた住所も引越せば変わるわけだから、菜乃花ちゃんから手紙が来ないと手紙を送りたくても送れないよね……」
「――あっそうですよねっ。 だから他のお友達も手紙を送ってくれなかったのかー。 確かに今考えればそうだったのかもしれませんね。 約束の日は来年の春かー。 諦めてたんですけどあの丘を探して行ってみましょうかねー」
「本当に再会できたらなんかのドラマみたいだねッ。 なんかこっちまで心が温まるようなエピソードだったよ」
「そうですかー? 私も昔のことを話せるようなお友達ができて嬉しいです」
この後、電車を乗り換えて自宅のある駅に着くまで間たわいのない話をして、菜乃花ちゃんのことを少し知ることが出来た気がする。
「そういえば入学式の時おれが近くに座っていたの気がついてた?」
「えっ? そうだったんですか? 全然気づかなかったです。 次郎君が隣りにいたことは覚えていたんですけど」
「おれその次郎の隣に座っていたんだよ。 菜乃花ちゃんは周りの人と違って鼻を被ってなかったから鮮明に覚えているよ。 あの時はなんで鼻を押さえなかったの?」
「だってそんなことしたら失礼じゃないですか。 私がされたら悲しい気持ちになるでしょうし」
――やっぱ菜乃花ちゃんはめっちゃいい子やな……
「あっもう次は国立ですよ。 今日は本当にありがとうね。 改めてちゃんとお礼もしたいし、アドレス交換しませんか?」
「お礼だなんていいのに。 でもアドレスは交換したいな。 赤外線でいい?」と言い最近変えたばかりのスマートフォンを差し出す。
菜乃花ちゃんはアドレス交換に慣れていなかったのかもたついていたが、なんとか駅に着く前に交換することが出来た。
「あっ後私実はバイトの皆さんにこれからよろしくお願いしますという気持ちを込めて、クッキーを焼いてきたんですけど…… 直前で渡すのが恥ずかしくなってしまって渡せなかったんです。 もしよかったら蓮太郎くんもらってくれませんか?」
「マジでっ!? 本当におれなんかがもらっていいのか? 丁度バイト前飯食って無かったから腹減ってたんだよね。 ありがとう。大切にいただきます」
「はいっ。 バイトの人へのあいさつの気持ちで作ってきたのは本当なんだけど一番食べて欲しかったのは初めての男友達である蓮太郎くんだったから…… 作ってきて良かったですッ。 美味しく出来ているかはわからないんですけど…… よかったら食べてください。」
「ああ。 ではありがたく頂戴するよ」
「うんっ。 お口に合わなかったら無理して食べなくてもいいですからね。 じゃあまたサークルで会いましょう」
「あっあとね…… たまには電話もしちゃっていいですか? 私男友達と言えるような人がいなかったから、男友達と寝る前に電話するのが夢で……」とハニカミながら菜乃花ちゃんは言う。
「勿論だよ。 いつでも電話してね」そう言うとおれは緩みきった頬で、電車を降りた。
――家への帰り道。薄暗い路地を歩いていると携帯が振動した。ディスプレイを見るとそこには松落菜乃花と書かれていた。
「そう言えばクッキーを貰ったんだっけな…… お礼と感想も言わなきゃだし、食べながら歩くとするか」
ポケットから可愛らしくラッピングされた包みを取り出し、結ばれた紐を解く。
そして、綺麗に形の整ったクッキーを取り出した。
おもむろに口に含んだ最初の一口は菜乃花ちゃんのように優しい味がした……
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