第6話 アナキン・フェラーリ・パンツァー2世
~ 虹色 スプラッシュ ~
本日は快晴。
雲ひとつ無い青空に自然と気分はハイになる。
現在午前十一時。
昨日に届いた蒼先輩からのメールによるとそろそろお迎えが来てもいい頃合いだ。
迎えがいつ来てもいいようにおれは玄関で体育座りをして待ち構えている。
なんでこんなにソワソワしているのかというと、今日は楽しみにしていたお花見の日なのである。
昨夜は遠足を前に寝付けない小学生よろしくなかなか眠ることはできなかったが、そんな眠気は絶好のピクニック日和の天候にどっかに行ってしまったようだ。
蒼先輩によれば全部こちらで準備するから何もいらないとのことであったが、遊ぶ道具なんかは準備してないだろうな。などと考えプラスチック製のボールとバット、トランプなどの遊具を押入れから引っ張りだし、バッグに詰め込んだ次第である。
どうも蒼先輩もこういったイベントが好きな性分のようで色々と準備してくれるらしく、期待してくれと言っていた。
美桜ねぇと菜乃花ちゃん、蘭華とおれは二駅の間に住んでいるし、その他の飲研メンバーは学校の近くに一人暮らししているため、蒼先輩の家にある車に乗って目的地まで送ってくれるみたいだ。
静寂に包まれていた自宅に「ピーンポーン」とインターフォンの音が鳴り響きおれは勢い良く立ち上がる。
しかし、あまりに早く玄関から出ると楽しみすぎて待ち構えてしまうことがバレてしまうため、一呼吸置いてからドアノブをひねる。
冷たい鉄製のドアを開くと、柔和な笑みを湛えた初老の男性が「お迎えにあがりました志水様。 本日のドライバーを務めさせていただきます吉田です。 ではお車の方へご案内いたします」とおれに自己紹介をしてきた。
そして初老の男性は背筋をピンと伸ばし、気品の漂う足取りで車まで先導してくれた。
彼が白手袋をはめた手で丁寧にドアを開けた車は強い日差しに黒光りする豪勢なリムジンであった。
平凡なおれの家の横幅位あるのではないかというくらいに長いリムジンに前を通り過ぎていったご近所の人は目を丸くしている。
そのご近所の人と全く同じ顔をして言葉を失っていたおれを「蓮ちゃーん早く入ってきてよ」とひと足先に車内にいた美桜ねぇが急かしてきた。
その聞き慣れた声に、はっと我に返ったおれは知り合いに見つかり変な噂が立つ前に素早く車内へと滑り込む。
「おう蓮太郎。 なんだその大きな荷物は?」
まだ春先で夜は肌寒くなるというのにショッキングピンクのタンクトップ一枚という軽装の文太先輩はおれの大荷物の中身について訪ねてきた。
自分が手ぶらだから余計気になるのであろう。
「まぁ着いてからのお楽しみですよ」
そう言ってはぐらかしたカバンの中身は、結局トランプなどでは飽き足らずサッカーボールや人生ゲーム、虫除けスプレーにランタンなどを入れパンパンに膨らんでいる。
おれの抱えた大きなボストンバックは手ぶらな他のメンバーからするとさぞ異様に映ることであろう。
おれに向けられている視線を例えるならば、体育祭の練習でジャージ登校なのにその事を忘れていて制服で登校してしまった奴にクラスの奴らが向ける視線である。
「蓮ちゃんのことだから、たぁーくさん遊び道具持ってきたんでしょ?」
「子供ね……」美桜ねぇは呆れた顔で、蘭華は馬鹿にした顔でこちらを見ている。
しかしおれは蘭華の前にあるこの場には不釣合な大きな手提げを見逃さなかった。
「お前だって大荷物じゃねぇかよ」
「うっさいわね。 確かに食材なんかは用意してくださっているみたいですけど、食後のデザートは用意していないかもしれないじゃない。 レディは食後のデザートを嗜むものなのよ」
――クールぶってるがコイツも楽しみにしてた口じゃねぇか。
よく蘭華を見ると目の下に二箇所黒いところがあり、蘭華の雪のように真っ白な肌に白と黒のコントラストを形成している。
おれと同じでワクワクしすぎて寝れなかったんじゃねぇかよッ。と心の中でツッコムが
「そんなことはいいから早く座ってくれませか? そこに突っ立っていられると鬱陶しいのですが」
と蘭華の顔を見て突っ立っていたおれは目の前に座る柊木にたしなめられてしまった。
柊木の言葉におとなしく従ったおれは、ふかふかした革張りの座席に腰を下ろした。
初老の男性はおれが着席したのをバックミラーで確認すると、アクセルを踏みリムジンはゆっくりと目的地に向け発車した――。
車内を見渡すと前方上方に大型テレビが取り付けられ、中央には長いテーブルがあり、チーズやナッツなどの軽食が並んでいる。
そしてそのテーブルの周りをぐるりと座席が取り囲んでいるようであった。
おれが入ってきたほうのドアの隣には冷蔵庫も完備しているらしくみんなドリンクを飲んでいる。
「皆昼から飲んでいるがお前は何を飲むんだ? 大体の飲み物は揃えているぞ」
「ではビールでお願いします」おれが質問に応えると、蒼先輩は冷蔵庫からよく冷えたグラスを取り出し、これまた一般家庭の車内ではお目にかかることの無いビールサーバーから生ビールを注いでくれた。
「よしッ全員揃ったことだし乾杯するか。 乾杯」
「カンッ」と高級な薄いグラスを合わせた高い音がすると蒼先輩は本日の簡単な予定について説明し始めた――。
「大体二時間ほど車を走らせれば目的地の川沿いに着く。 そこは一ノ瀬家の私有地なので思う存分騒いでくれ。 バーベキューのセッティングなどはもう家の者に頼んであるから着いたら直ぐに始められる。 そして日が暮れたら帰る予定だ。 本日の予定については以上。 目的地に着くまでは自由にしてくれ」
その一言を合図に再び車内は騒がしくなる。
「連太郎くーん。 ボールは? ボールは持ってきてくれましたか?」
「当たり前田のクラッカーだぜ。 トランプなんかも持ってきている。 抜かりはない」
「わーい。 じゃあ後でキャッチボールしましょうね」
「じっ次郎くんも仲間にいれて欲しいんだな」
涼でさえおれの荷物を見たとき訝しむような顔つきであったが、菜乃花ちゃんのこの笑顔を見ると無駄に頑張って準備した甲斐があったなと思う
。
「ねぇねぇトランプしよーよー。 あるんでしょー?」
しばらくすると、ゲーム好きの美桜ねぇが提案してきた。
蒼先輩にハメられたくないおれは「じゃあトランプ二組あるし、二チームに別れるかー」と美桜ねぇの提案に付け加えた。
グループ分けの結果おれは、蘭華、菜乃花ちゃん、柊木と同じグループになり、前方のスクリーンを背にする形で、おれの入ってきた方のドアから柊木、おれ、蘭華、菜乃花ちゃんの席順でコの字に着席した。
「やっぱトランプと言えば大富豪だよな。 それでいいか?」
おれは小さい頃から美桜ねぇの家族と別荘に行ったときにいつもやっていた得意のゲームを提案する。
そして特に異論がでなかったためその案はすんなりと通った。
「あんまり、色んなルールあると知らない人いるし、ルールはヤフーに合わせる感じでいいかな? 八切りと革命、反則あがり以外無しで。 そんでカード交換ありの四回で一セット。あっ後、都落ちありね。 最後に大貧民になった人が罰ゲームで大富豪が罰ゲームを決めるって形でいいかな?」
「私は構わないわ。 どうせ負ける気はないし」
「僕も同感ですね。 蓮太郎。後で誤ったって容赦しないですからね」
「では始めましょうか。 頑張ろうねッ」
そうしてデュエルが始まった……
――ここは最初の入りが肝心だな。最初から飛ばして大富豪になっても都落ちがあるし、一回大貧民になっちゃうとカード二枚交換があるからなかなか抜け出せない。
幸いおれの手札にはジョーカーもあるし、ペアが多い。手札はまずまずだな……
これならイレギュラーが起きない限り富豪あたりにはつけられそうだ。
「おれのターン。 5を召喚しターンエンドだ」まずはペアがない弱いカードを出す。
そしてそれぞれカードを出していき、このターンは柊木のキングで流れた。
「いやー柊木さん流石ですわ。 でも負けませんよー。 絶対最初にあがるのはおれだからなッ」
「ふっ。僕を甘く見ないほうがいい。 手札はあまり強くないがオツムの違いというものを見せてあげますよ」
――こいつ馬鹿で良かったー。まさかこんな簡単に挑発に乗ってくるとは……
そうして見事におれの目論見通り、柊木が大富豪でおれが富豪になった。
――しかし、ここからはうまくいかなかったのだ……
意外と柊木は大富豪が上手く、カードの引きも神がかっていた。
三回続けて大貧民になっている菜乃花ちゃんは軽く泣きそうになっている。
――おれが…… おれが菜乃花ちゃんの大貧民を阻止してやるぜっ。
「ドローッ!」しかしそんなおれの気合に反し、今回のカードの引きは微妙であった。
「フッハハ。 やはり天は僕についているようだな。 このカードなら蓮太郎をはめることができる」
柊木は菜乃花ちゃんとカードを交換するときにぼっそっと耳打ちをし、カードを交換していた。これは大方これから革命をすることと、何を渡せばペアになるのかを聞いたのだろう。富豪であるおれの手札がよくないことから蘭華か菜乃花のどちらかもなかなか強い手札である可能性が高い。
そこでおれは革命を促すため自分の引きがよかったとでも言っておくか。どうせコイツのことだからおれの決めに来たカードを潰し、最後のほうで革命してからあがるつもりなのだろう。ここはコイツの行動を制限しておいたほうがやりやすい。
そう考えたおれは手札を整理する。
そして最後に保険のため華麗な手捌きで反則にならない程度の細工をほどこした。
狙いは大将首ただ一つ。いざ出陣っ。
「僕の手札にジョーカーは一枚。 蘭華さんから渡された二枚にジョーカーは無かった。 つまり富豪であるお前の手札にジョーカーがあることは知っている。 そしてお前の性格からして菜乃花さんのことは放っては置けないので、二位や三位で甘んじることはないだろう。そのため狙うのは僕の都落ちという事になる。僕と蘭華さんの手札を合わせ二枚以上にならないカードはただ一種類。セブンだ。そこから導き出されるシナリオは僕の革命を利用した君を嵌める作戦を読み、革命を返し、僕の都落ちを狙うとでも考えたのだろうが残念だな、それも読んでいる。」
――ヤバイな。完全におれの作戦を読まれてる……
そしてゲームは進んでいき、革命と柊木、蘭華ペアの蓮太郎陥れ隊の援護によって菜乃花ちゃんの手札もあと一枚になっていた。
これでおれの左隣、菜乃花ちゃんから見ると右隣の蘭華があがると自動的におれと柊の一騎打ちになる。そして、もしそうなれば戦力の差からおれが負けることになるのは火を見るよりも明らかである……
「ようやく蓮太郎のカードは五枚になったようだね これで様子を伺わなくていい」
そう言うと柊木は5のスリーカードで場を流し、クローバーの2を出した。
そしておれはジョーカー含みの4のペア出し場は流れ、次に三枚のセブンを出す。
「君のことだから残りの手札を一枚にして右隣の僕が直ぐにあがれないように行動を制限すると思ったよ。 だがペアを出し続ければ君がどんなに強いカードを持っていようが出せない。そしてこの展開になることを読んでいた僕は蘭華さんにペアを残すように助言してある。 蓮太郎。君の負けだ」
そう言って9のペアを出す。おれがパスすると蘭華は6のペアを出し、柊木は3のペアをだす。これで蘭華の手札は残り二枚。おそらくペアカードが残っているのだろう……
「はははっ」そう言っておれは天を仰ぐ。きっと柊木があがったら鬼畜な命令を出すんだろうな……
「謝るならいまのうちだぞ。 まぁ僕の靴を舐めて土下座すれば、罰ゲームを加減してやらんでもない」
――いやいや、その時点でかなりの罰ゲームだろ……
そして柊木はクイーンのペアを出す……
「ははっ。はははっ。あーはっは。 柊木っ! お前の負けだ」
「どうしたのかい蓮太郎。 ついに気が触れてしまったのかい? 君のカードは残り一枚。 どうあがいたってこの手には勝てないはずだ」
「確かに残り一枚だったらな…… 確かにお前の目には一枚に見えるだろうな。だが……リヴァー―スカードオープンッ!」
そう言うとおれはトランプを挟んでいた人差し指と親指をスライドさせた……
「ばっ馬鹿なカードが二枚だと…… まさか最初にカードを重ねていたのか……」
「そのまさかさ。 滅びのバァーストストリーーーームッッ!!」
今日一のテンションでおれはジャックのペアを場へと召喚した……
――どうやらトランプに夢中になっているうちに二時間も経過したいみたいだ。車がゆっくりと速度を落とし停車した。
「蓮太郎大先生。どうやら目的地へと到着したみたいだピョン」そう言う柊木は化粧を施された顔で上半身裸になり、両乳首に洗濯バサミ。頭にはうさみみを装着し、女豹のポーズを取っている……
あれから大富豪でおれにハメられ続けた柊木は罰ゲームの結果、こんな感じで生き恥を晒している。ちなみに洗濯バサミとうさみみはおれが罰ゲーム用に持参した。
そんな柊木に「あっもう着いたみたいだし、気持ち悪いからやめていいよ」と優しく言ってあげた。
「蓮太郎大先生ありがとうだピョン……」そういう柊木の顔は怒りをとっくに通り越し目に光るもので化粧が崩れグシャグシャになっていた。
そんな柊木を横目に指紋が目立つんじゃないかと余計な心配をしてしまうくらいに光り輝いている車のドアノブを引き、ドアを開ける……
車内を降りるとそこには静かに流れる大きな川があり、川沿いには様々な種類の桜が咲き乱れていた。
柔らかな風が桜の花びらを優しくはこび、ホトトギスが囀っている。
非常に美しい風景に一同は目を奪われた……車内ではあれほどうるさかった飲研メンバーもこの光景には言葉がでないようだ。
この風景の美しさはちっぽけな自分の語彙力では表現出来ない。
それほどにここの桜は美しかった……
「さて、それではバーベキューの準備をしているところまで行くぞ」
そう言って蒼先輩は先陣を切って川辺の小石をジャリッ、ジャリッと踏みしめ進んでいく。
蒼先輩が目指しているであろう三十メートルほど先の芝生には黒の大きなビニールシートが引かれ、その隣には豪華なバーベキューセットとクーラーボックスが二つ。その他にはテーブルと椅子などが用意されていた。
「じゃあ荷物をビニールシートに置いたら、青いクーラーボックスから好きなドリンクを取って椅子に座ってくれ」
ぞろぞろとビニールシートへと向かった面々は荷物を置きドリンクを手に取ると着席していった。ここでも蘭華はノンアルコールを取ったところを見ると、こないだと同じ鉄を踏むつもりは無いのだろう。
本日二度目の乾杯をすると、おれ達は肉や野菜を焼き始めた――。
きっとおれたちが着く頃を見計らって蒼先輩の家の人が火を起こしておいてくれたのだろう。 そのおかげでスムーズにバーベキューに移ることができた。
「このグリルすごいですね。 溶岩の石で温めるようになってるんですよね?」
「そうだぞ、なにやら遠赤外線の効果で上手く火が通るらしい。 肉は勿論すべてA5ランクのブランド和牛のものだから思う存分食べてくれ。 後トイレはあの奥の小屋にあるからそこを使ってくれ」
そう指さす先にはこれが小屋ならうちの家は廃屋だよなというくらいに立派な建物があった……
「あー蓮ちゃん。 そのお肉は私が手塩にかけて育ててたやつなのにー」バーベキューが始まり、美桜ねぇが焼いた肉を強奪すると美桜ねぇはポカポカとおれの肩を叩いてきた。
「じじゃあ、美桜さんに僕の育てていたお肉を進呈するんだな」
「はむはむ。なかなかね。 さあ私のためにもっと焼きなさい」
「そっその肉は美桜さんにあげようと思ったんだな……」
「では蘭華さんにはこの僕が直々に焼いて差し上げましょう」
「あっこのお肉は蓮ちゃんにあげるね」
「おー流石美桜ねぇ丁度今は牛タンの気分だったんだよね」
「でしょでしょッ。 それに焼き加減も蓮ちゃんの好きなミディアムレアだから」
「えらいぞ。 褒めてつかわす。 じゃあ美桜ねぇにはおれの育てたカボチャを贈呈してやろう」
「ありー。 丁度野菜の気分だったんだっ」
「まぁ美桜ねぇの考えていることは大体わかるよね」
「蘭華さんっ。 ではこのお肉も召し上がってください」
「いらない。 今は野菜の気分だから」
どうやら、この楽し気な雰囲気に先ほどまでは意気消沈していた柊木も元気を取り戻したらしい。 本当によかった……
――これでまた柊木をいじる事ができる。
まぁこんな感じでがつがつ焼いていると当然、管轄外の食料がでてくる。そういった焦げた食料は皿いっぱいに乗せた肉を素手でワイルドに食べている文太先輩の皿にそっと混入させている。文太先輩はなんにも言ってこないのでこれでいいのだろう。
彼は今日の日差しのように眩しい笑顔でタレと肉汁の付着した手で額の汗を拭っている。
しかし、このようなハイペースがそう長く続くはずもなく、三十分足らずでお腹は満たされ、楽しいバーベキューは早くも終了してしまった。
文太先輩と次郎はまだ食べられそうであったが、缶のアルコール飲料が無くなってしまったのを合図に一旦休憩に入ることになった。
「おれは小屋に酒を取りに行く。 気の利いた酒はないだろうがまあ無いよりはマシだろう」
「あっ。 実はおれ酒持ってきてるんですよ」
そう言っておれは持参した昼ドラで銀行強盗が「ここに札束を詰めろっ」と言ってそうなボストンバッグから下町のナポレオンを取り出した。
「麦焼酎だし、割って飲めばいいんじゃないかな?」
「というかお前のバッグは四次元ポケットか」涼からツッコミが入る。
「割物は沢山あるみたいだしいいんじゃないかしら? 私のは薄めにしなさいよ」
「蘭華はお酒弱いもんな~。いいのか最初から敗北宣言で」
「その手にはのらないわ。 私は佐々木のように単純ではないわ」
「佐々木? もしかして蘭華ちゃん柊木くんと間違えてない?」
「あら? コイツの名前は佐々木ではなかったかしら? まぁどうでもいいのだけれど……」そう言って指差す先にはチワワのような目をした柊木がいた……
そして、そんな柊木が哀れになったのか次郎は無言で背中を叩く。きっとあいつは柊木の気持ちが痛いほど解るのだろう……
ただっ広いビニールシート一面に気まずい空気が漂う……
「まあそんな悲しいことは飲んで忘れようぜっ」文太先輩は紙コップに焼酎を並々と注ぎ、一気に煽った。
――文太先輩……飲んで忘れたらきっと蘭華は柊木の名前をまた忘れるよ……
そう思ったが、文太先輩にならい焼酎を一気する柊木の寂しそうな背中を見ると言い出せなかった。
そして優しいおれは哀れな柊木に飲み物を注ぎに行ってやった。
――無論どす黒い笑をたたえて……
「柊木大丈夫か? お前さっき車の中でも結構飲んでただろ? 烏龍茶飲むか?」右手に持っていた紙コップを優しく差し出す。
「ちょっと待て。 君が優しいなどありえないですね。 こっちも見せてください」そう言っておれが左手に持っている紙コップを覗き込む。
「ふっ。 何度もお前ごときに騙されるわけが無いでしょう。 蓮太郎が僕に差し出したほうのが明らかに色が薄いではありませんか」柊木はおれ左手から紙コップを奪い取ると二口で飲み干し空のコップをおれに渡す。
「ほらっ。 また入れれば許してやらないこともないですよ」
「チッ」おれは小さく舌打ちした。
「聞こえていますよ。 いいから早く入れて来てください。 僕はこの日差しで喉が渇いているのです」
「へーいへい」仕方ないから新しいのをいれて来てやる。
普段は柊木の言うことを全く聞かないおれが自分の言うことが心地いいのだろう。何度も同じペースで繰り返す。
――しかしお気づきであろう。おれがただで柊木の言うことを聞くはずが無いということに……
そう。おれは最初とても濃いウーロンハイと、烏龍茶に近い色の濃いウーロンハイを入れたのだ。そして疑り深い柊木はおれの持つ烏龍茶に近い色のほうを見て「こちらは烏龍茶である」と勘違いしてしまったのである。
フフッおれってば下町のナポレオン☆ そう馬鹿な事を考えている間に柊木はテーブルの足にガンガンと頭をぶつけている。
「ぶつけても痛くないー」と馬鹿な事をやっているあたり泥酔しているようだ。
酔いつぶれている柊木を見て満足したおれは四次元ポケットから秘蔵の一升瓶を取り出し、文太先輩達とちびちび焼酎飲んでいる涼の隣りに座る。
「なぁ上流のほうに行ってみようぜ」
「あぁ。せっかくだから行ってみるか。 おれもお前に聞きたいことあるしな……」
程よく酔っている二人は川沿いの桜並木を並んで歩き出す……
数分歩くと先ほどよりも上流に近づいたこともあり、辺にあるのは石というよりも岩といったほうがいいようなサイズの大きいものが増えてきた。
川の流れも先ほどと比べ早くなっており、岩とぶつかった際に白波を立てている。
「ここらへんでいいか。 あんまり歩いても帰るのが大変だし」
日差しは桜並木に隠れているとはいえ、じんわりと汗をかいてきた頃おれたちは手頃な岩に腰を下ろした。
ポンッと小気味良い音を立て日本酒の封を切り、ラッパ飲みすると涼に差し出す。
涼は一口飲むと「大吟醸か。 うまいな」と言いつつラベルを見ている。
「さてっ。 そんでおれに聞きたいことって何だ?」
「ああ。 大体想像はつくんだが、詳しくは聞いたこと無くてな…… お前と蘭華ちゃんはどうして気まずくなったんだ?」
「あぁそういや言ってなかったな……」
「――おれと蘭華は高校生の頃付き合っていたんだよ……」
おれは拳大の石を拾い、白波の立つ川面へと力いっぱい投げた。
石は放物線を描きゆっくりと降下する。
そして、バシャンと大きな水しぶきを立てた。
その水飛沫は日光に反射し、小さな虹の橋をかけた……
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