ファントム・アウルはかわいいを主張する

御剣ひかる

“ファントム・アウル”はかわいいを主張する

「また出たってよ、“ファントム・アウル”が」


 先輩兵士の言葉に新米の男が首を傾げた。


「なんですか、それ?」

「あぁ、おまえはまだ聞いたことないか」


 先輩はまるで講義でもするかのように話し始めた。


 ここは東西を険しい山脈にはさまれる大森林の南側、背後に大きな平原と、さらに南に大都市を抱える駐屯地だ。

 大森林の北側には敵国が陣取っていて、この森林を挟んで争っている。

 森を抜けた先にある敵の駐屯地をどちらが先に精することができるかが、この戦争の大きな鍵となっている。


「だからここを守る俺らの役割は、敵方に攻め入ろうとしている精鋭部隊に負けず劣らず重要だ」

「はい、判っています! ……それで、そのファントムなんとかっていうのは」

「ファントム・アウルだよ。精鋭部隊とは別行動をしている暗殺者、ってウワサだ」


「一人なんですか?」


 尋ねたのは新米兵の幼馴染にして治癒師の女の子だ。まだ二十歳にもなっていない彼女は、血なまぐさい戦場に不似合いだが、治癒の魔法が使えるということでここに駐屯することとなった。


「そうらしい」

「詳しいことは判らないんですね」

「うん、なにせ暗殺者だからな。正体なんて知ってるのは上層部だけじゃないのか?」

「上層部も知ってるかどうかアヤシイぞ。っていうか本当にそんなのがいるのかも確かじゃないし」


 別の先輩兵士が話に加わってきた。


「精鋭部隊の誰かがあんまり手柄を主張してないだけかもしれないだろ」


 兵士の話だと、夜の間に敵の斥候が森をこっそりと侵攻してきたことが幾度もあるそうだが、そのたびに返り討ちにされているそうだ。


 敵も前線に送り込んでくるからには腕の立つ者達を集めているだろう。だが彼らに一切気取られることもなく倒していることから、いつからか“ファントム・アウル”と呼ばれるようになったのだ。


「それで“フクロウの亡霊”か。なるほど」

「どうしてフクロウ?」


 新米が納得するのに、治癒師は小声で尋ねた。


「フクロウって、狩りの仕方から森の暗殺者って言われるからね」

「ほぅほぅ。知らなかったよ」

「フクロウだけに」

「誰がうまいこと言えって?」


 駐屯地の一角に笑いがあふれた。


「おまえら本当、仲いいよな」

「見てると和むわ」

「治癒師ですから、みなさんの心も癒しまぁす。あ、でもできるだけ怪我はしないでくださいね」


 少女がウィンクすると、先輩兵士たちは「ありがとな」と笑った。




 その日の夕方、事態が大きく動いた。

 敵の一団が森を抜け、駐屯地近くへと迫ってきたのだ。

 兵士たちは武器を手に飛び出していく。ここまで攻め込まれては敗北の色が濃くなってしまう。


「おまえは隠れてろ!」


 治癒師に言うと、新米兵も銃剣を手に勇ましく飛び出して行った。


 戦局は一進一退。どうにか食い止めているといったところだ。

 やがて日が落ちてくる。


 敵兵が撤退を始めた。どうにか持ちこたえたようだ。

 安心して兵士たちが駐屯地へ戻ると。


「大変だ……、あの子が連れていかれた……」


 治癒師の少女が隠れていたテントのそばで兵士が倒れている。


「あいつら、彼女に強力な癒しの力があるってウワサを聞いて、……さらいに来た、らしい」


 この世界に魔法は存在するが、使い手はかなり希少だ。なので彼女がここにいるのは極秘だったはずだが、なぜか敵方にバレてしまっていた。


「一気に攻略は難しいからまずは彼女をさらったか」


 兵士たちが、治癒師の幼馴染の新米兵を気の毒そうに見る。


「大丈夫、あいつらはこれから森の中に入るんでしょう? きっと“ファントム・アウル”がやっつけてくれますよ」


 震える声で、自分に言い聞かせるように少年は言う。

 お願いだ、どうか彼女を助けてください!

 そう強く願いながら。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 森の北の駐屯地は色めき立っていた。

 しばらくの間、謎の攻撃を受けて前衛部隊が壊滅状態に追いやられていたが、今夜、敵の治癒師の奪取に成功したのだ。


 予想以上に森の進軍が手間取り作戦決行が危ぶまれたが、見事娘を拉致し、懸念されていた帰り道での襲撃もなく、この上ない戦果となった。


「この娘が貴重な癒しの手か」

「おいおい、あんまりちょっかい出すなよ。怯えてるじゃないか」

「こんなかわいい嬢ちゃんに治してもらうなんて、ちょっとぐらいの怪我なら大歓迎だな」


 兵士達は、後ろ手に縛られて猿轡をかまされ身を縮めている少女の顔を覗き込んだ。


「早速、怪我人を治してもらおうじゃないか。おまえをここに連れてくるのに犠牲者も出てるんだ。その分、しっかり働いてもらうぞ」


 隊長らしき強面の男が治癒師に顔をずぃと近づける。

 囚われの少女は、涙目でうなずいた。

 猿轡が外され、ロープが解かれる。

 彼女のすぐ後ろに抜身の剣を持った兵士が立った。


「変な真似するんじゃないぞ。いくら貴重と言っても害になるなら殺す」

「そんなこと……、できません。わたしにできるのは、傷を治す魔法だけです」


 いかにも非力そうな少女が震えながらか細い声で答えたのに、北の兵士たちは満足そうにうなずいた。




 彼女が北の駐屯地に連れてこられて二日目の、明け方。

 駐屯地のあちこちで悲鳴と怒号が入り混じっていた。

 兵士が首を切られて倒れていっているのだ。


「亡霊だ……。“ファントム・アウル”が出たんだ!」

「落ち着け。背をあわせて小さな輪になれ」


 恐れおののく兵士達に隊長が叱咤する。

 指示通りに数人ずつ輪になる兵士達を見て隊長はうなずいた。これで少なくとも部隊があっという間に全滅ということはない。相手が足元から湧いて出るか、宙から降ってくるということでもない限り。


 だが、そのまさかが起こった。白み始めた紺碧の空に黒い影が浮かび上がり、兵士達の真上にふわりと舞い降りてきた。

 巨大な鳥のように見えるその影の、かぎづめと思われる個所が兵士の肩をつかむ。くちばしかと思われる鋭いものが音もなくあっという間に兵士の首を貫くと、血しぶきをあげて男が倒れていく。


 次から次へと飛び移り殺戮を繰り返す影があまりにも速すぎて、隊長はただ半端な声を漏らして見つめ続けるしかできなかった。


 巨大な鳥が、降り立った。

 それは鳥ではなく、フードをかぶった人であった。


「おまえが……、“ファントム・アウル”」


 フクロウの亡霊が、にやりと笑う。

 捕らえられ、命じられるままに負傷兵の傷を癒していたか弱い少女の面影はそこになく、別人ではないかと目を疑った。


「そうよ。単独で森の中を動き回るより、捕まったふりをして手っ取り早く敵をせん滅する方が楽だと上に提案したら、あっさりと採用されたわ。いい案でしょ?」


 魔法使いは希少すぎて、その能力などは謎が多い。

 なので彼女がどのような技を使うのか、味方の上層部も知らない、と言う。


「それでわざと、魔法で傷を治せる治癒師がいると情報を流したのか」

「ええ、正解」

「その身のこなし、魔法で身体能力を上げているといったところだな。魔法そのもので殺さないのは、手の内を隠すためか」

「そうよ。敵にも味方にも、詳しく知られるわけにはいかないもの。……それじゃ、さようなら、隊長さん」


 治癒師と呼ばれている暗殺者、いや、大量虐殺者は、何のためらいもなく目の前の男の喉を掻き切った。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 朝日が昇った頃、治癒師の救出部隊が敵の駐屯地に到着した。

 道中で敵が一人もいなかったことで待ち伏せを警戒していたが、遺体と血の海の惨状を見て状況を把握した。


 敵が全滅したという状況は把握したが、なぜそうなっているのかは判らない。


「それよりも、彼女は」


 治癒師の幼馴染である新米兵が、あちこちのテントを覗いた。

 その一つに、少女が猿轡をかまされ後ろ手に縛られて転がされていた。

 すぐさま駆け寄り、拘束を解く。


「大丈夫か? ひどいことはされなかったか?」


 目に涙を浮かべて気遣う少年兵に、少女は縋り付いて泣きながら「大丈夫」と繰り返した。




「で、テントのそばに落ちていたコレは、やっぱりフクロウの絵のなんだろうな」


 自陣に戻った兵士の一人が、一枚のカードを見つめて言う。

 そこには、太った鳥の絵が描かれてあったのだ。


「外が騒がしくなった時に、誰かが“ファントム・アウル”って叫んでたから、そうじゃないかな」


 与えられたパンをちびちびとかわいらしくかじりながら、治癒師が言う。


「それにしても、ヘタクソな絵だな。一流の暗殺者だけど絵心はないんだな」


 カードを覗き込んだ幼馴染が言うのに、少女は頬を膨らませる。


「えー? かわいいじゃない?」

「かわいいってより、ただのデブ鳥だろ」

「むー」

「どうしておまえがむくれるんだよ」

「かわいいを否定されたら、わたしの美的感覚をバカにされた気分だもん」

「そういうつもりはないよ」


 若い二人のやり取りをほほえましく見ながらも、先輩兵士達は「ほら、もうそのぐらいにしておけ」とたしなめる。


 敵の陣営は崩されたが、まだあちこちに残党が残っているだろう。

 彼女の“ファントム・アウル”としての活動はまだしばらく続きそうだ。


 次の指令までにフクロウのイラストの練習をして、今度こそかわいいと言わせてやると、少女は心の中で誓うのであった。


(了)

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