フクロウのスナイパー

@root0

第1話

 ───銃火器など古い。前時代的だ。


 これは、世界の共通認識だ。とうの昔に廃れたとされた魔法が再生した今は。

 建物を作るのも、道をひくのも、己の価値を見出すのも、魔法を使うようになった世界。

 当然、人を殺めるのも魔法が主流となっていた。


 しかし、そんな世界で名を馳せる、一人のスナイパーがいた。どこにいようと、何をしていようと必殺必中で獲物を仕留める狙撃手。

 人は彼を、フクロウのスナイパーと呼んだ──





 夜空に星が浮かび始め、辺りが静まり返った頃。


「ホープ、見えるか?」


 俺は丘の上でうつ伏せになりながら問いかける。と言っても、返事が返ってくることなどあるはずない。

 なぜなら、こいつは人間ではない。フクロウだからだ。


 俺はライフルを組み立て、スコープを覗きながら引き金に指をかける。


 今日の依頼は隣国の重役の暗殺だ。なんでも人の精神を阻害する薬を裏で取引しようと暗躍しているらしい。


 まあ、事情はどうでもいい。ただ、的を射るだけだ。


 そう思い待っていると、ホープが僅かに嘴で俺をつついてくる。どうやら来たらしい。


「リンク、オン」


 俺はそう言って魔法を発動させると、一気に視界が開け、細部まで見渡せるようになる。

 前方、500メートルといったところか。馬車に乗り、険しい林道を突き進んでいる。そのルートを選ぶということは、こちらの狙撃や暗殺を警戒している証。

 確かに追いづらいし、見失いそうにもなる。しかし、そんなものに意味は無い。こいつには、な。


 俺は狙いをしかと定め、引き金を引き絞る───。その直前、馬車の周辺は唐突に煙に包まれ、姿が完全に眩んでしまう。火災かと思ったが、そうではない。自ら煙を発生させて視界を遮っているのだ。まさかそこまで対策しているとは思わず、一瞬動揺してしまう。


 しかし、すぐに緊張感を取り戻し、再びスコープを覗く。そう、煙幕すらも、こいつにとっては意味が無いんだ。


「知ってるか?フクロウってのは目だけじゃなくて───」


 引き金を改めて引き絞り、撃鉄を打つ。今度こそ銃弾が硝煙を散らしながら飛来していく。空気をねじ切りほぼ一直線に向かう先には、重役の頭蓋があった。


「耳もいいんだぜ」


 しかと命中。馬車は衝撃で横転し、血飛沫が乱れ飛ぶ。馬の悲鳴と人間の呻き声が夜空に響く。

 煙が晴れた時には、馬の運転手や乗組員が周囲を警戒しながら重役の応急処置に取り掛かっていた。


 まあ、もう間に合わないだろうがな。


 俺は一つ息を吐くと、魔法を解除する。


「リンク、オフ」


 瞬間、鮮明に映っていた景色は闇に消え、残されたのは暗黒だけだった。


 俺は胡座をかきながら、ホープの頭を緩やかに撫でる。すると、ホープからも体を擦り付けてきた。フクロウの中でもこいつは甘えん坊らしい。


 ────その愛らしい顔を見ることは、もう無いだろうが。




 三年ほど前だ、俺が失明したのは。あの時初めて知ったが、元々そういう病気だったらしい。


 俺はそれから、虚無感に包まれた生活を続けていた。

 法で裁けない悪を打つこの仕事に、誇りを持っていた。それに何より、俺は殺し以外何も知らず、殺していなければ自身の存在証明が出来ない。だと言うのに、よりによって失明するなんて。狙撃手としてあまりにも、致命的だった。


 情けなくて、悔しくて、虚しすぎて。涙すら出なかった。ああ、俺はきっとこのまま死ぬのだろう。


 そう確信した時───。



「ホー。ホー」



 淡い鳴き声に、気がついた。アイツだ。任務中、怪我をしていたところを気まぐれで助けたフクロウだ。

 特に飼っていたわけでも愛でていた訳でもない。優しくした覚えもない。それなのに、そのフクロウはここに住み着いていた。俺が失明しても尚───。


「まだ、いたのか。ここにはお前の餌もない。お前を可愛がる主もいない。お前を縛るものもない。なのに、なんでまだいるんだ?」


 言葉が返ってくるはずはない。それでも、問わずにはいられなかった。俺には何も無いというのに──。

 その問いへの返答は、俺の頭をつつくという形で返ってきた。


「いて、いてて!やめろバカ!」


 しかし、つつくことをフクロウはやめない。まるでバカはお前だとでも言わんばかりの勢いで。


「お、おい、いい加減に──!」

「なーに一人で喋ってんだ?」


 そこで、何だか聞き慣れた声が響く。


「失明して落ち込んでると思ったら、元気そうじゃねーか」

「ああ、お前か」


 彼は同業者で、主に暗殺の支援を生業とする人間だ。


「なんだよ、嫌味なら聞かねぇぞ」

「こっちもそんな暇じゃねーよ」

「じゃあ何の用だよ」

「そのフクロウ、お前が飼ってるやつか?」

「は?いやちげーよ。勝手に居着いてるだけだ」

「それにしても随分と懐かれてるな」

「ンなのどうでもいいだろ。本題に早く入れ」

「その本題に関わる話しなんだなーこれが」

「はぁ?」


 俺が眉を潜めると、カチッとライターの火をつける音がする。その後、硝煙とはまた違った煙が漂ってくる。


「タバコなら外で吸え」

「まあまあこれくらい許せや。そんで、本題ってのは他でもない。お前の眼を、代用出来るかもしれん」


 その一言で、心臓が大きく鼓動を打った。


「代用、だと?」

「魔法は知ってるだろ?過去の遺産を掘り出して再活用されてる技術の一つ。ここ数年で急成長し、今や人間の文化の中心に居座っているやつだ。おかげで裏の仕事でも魔法が横行して、銃火器や刃物なんかは非効率とされ切り捨てられていった。全く、時代の流れってのは恐ろしいもんだな」

「そんなの知ってる。知った上で、俺はまだライフルを使ってたからな」

「そう。お前の技術とセンスは魔法をも凌駕する力を持っている」

「褒めてもなんもでねーぞ」

「すべて事実さ。そんなお前を切り捨てるなんて勿体ないことは出来ない。うちのお得意様だしな。そこで、だ。お前の眼を代用することを提案しに来た」

「だから、それってどうやるんだよ」

「魔法と、フクロウだ」

「………は?」


 魔法に関しては、まだわかる。魔法による医療技術の革新は留まることを知らない。それを使用するのは、何となく合点がいく。

 しかし、フクロウ、なんて……。


「先に言っておくが、魔法でもお前の眼を治すことは出来ない。いくら魔法が万能と言えど、出来ないことはある。だから代用だ」

「なんでそれでフクロウなんだよ」

「ああ、魔法で治療は出来なくても、感覚を繋げることは可能とされている」

「え……?まさか!」

「そう、フクロウの感覚とお前の感覚を繋ぎ合わせる。そうすることで、お前は精密なスコープと遜色ない視力と、敵の位置や動向を把握出来る聴力を身につけることが出来る。どうだ、乗るか、この話──?」




「と言われてまんまと乗っちまったわけだが……」


 結論から言えば、俺はフクロウとリンクという魔法により感覚を共有することで、以前よりも遥かに精度が上がった射撃が出来るようになった。


 以来、俺は失明以前と同様の生活を送れていた。俺の生きる意味を、取り戻せたのだ。このフクロウのおかげで。

 俺はこいつにホープという名前を付けた。由来など、単純極まりない。こいつは間違いなく、俺の生きる希望となった。それだけの理由だ。


 なんでホープが俺の傍から離れなかったのか。今でもこうして共に居てくれるのか。

 恩を感じたからなのか、俺を憐れんだからなのか。未だに判然としない。


 しかし、わかる事はある。今もこうして生きていられるのは、こいつのおかげだ。


「これからもよろしくな、ホープ」

「ホー」


 短い返事とともに、ホープは俺の肩へと登ってきた。皮肉なものだ。殺し屋が、生き物を慈しむなんて。


 まあ、そんな人生もいいだろう。


「じゃあ帰るか。報酬を貰うためにな」


 俺はすっと立ち上がり、ホープを乗っけたままその場を後にする。


 いい事なのか悪いことなのか、俺は裏の界隈では有名な人間となっていた。この時代に今尚、銃火器を使う暗殺者。しかも、技術は飛び抜けており、ターゲットが生きていたことは無い、と。

 その精度と状況把握能力の高さから、フクロウのスナイパーと呼ばれていた。と言っても、誰もホープの存在を知った上でそう呼んでいるものはいない。


 俺ばかり評価されるというのは少々遺憾に思うところもなくはないが、きっとそれでいいのだろう。


 なぜなら、ホープは俺の奥の手であり、隠し玉。


 いわゆる、切り札なのだから───。

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