第二章 国竜防衛戦
一定のリズムを刻みながら、寝ている体を揺らす。
何時しかその揺れは身体を揺さぶるようになり、脳を空想の世界から現実の世界へと呼び戻し始める。
まだ寝ていたい。そんな思いもしたが、寝る以前の記憶をまだ覚醒しきらない脳みそが引き出しを開け閉めし、情報を探る。
そして、その記憶を発見し理解したと同時に体を跳ね起こす。
「!?」
気が付けば、竜の首の下ではない。ましてや、周りがフィールドと打って変わりこじんまりとした布団。とも呼べぬような布が敷いてある木造の長方形の一室。
「気が付いたか」
後ろを向くと、固い鎧に身を包んだガタイのいい美形の男が木製の椅子に座っている。
「誰じゃ」
「ああ、俺はバルトス王国自警団、団長のアルギという」
「
単なる冒険者ではないだろう、とアルギは心の底では思っていたがそんな思いも白仙の気配でそんな考えさえできなくさせられ、打ち消される。
白仙の方を見れば、目線はアルギのすぐ脇。何かあったかと、目をやるとそこには目の前で気配が平常ではなくなった白仙が身に着けていた武器が立て掛けられていた。
「お前のだろう。寝かせるときに少し外させてもらった。別に盗って売ろうなんて考えてない。ほら」
「・・・なんだ。そうか、年甲斐もなく早とちりをしてもうた。ほんの少し前に刀を売れと言って襲ってきた輩がおってな。それはそうと。その感じからして我を助けてくれたんじゃろう?そなたは」
自分の非を水に流してくれと、引き目の笑いをアルギに投げかけつつ、刀をサササッと腰へ携える。
「察しがいいな。あともう少しでさっき言った俺らが守っている国に到着する。そこでいろいろと質問させてもらう。ダンジョンのこととお前のことも調べておきたいからな。それまではここの宿馬でゆっくりしていてくれ」
そういってアルギは椅子のすぐ横にある扉を開け、かなりの速度で走る宿馬と呼ばれた馬車の一種から飛び降りる。
「ちょ!?」
いわばその行動は走る車から突然降りたようなものだ。普通に行けば慣性などの影響で足が持っていかれ、怪我は逃れられない。
それには、白仙も焦って体を扉の所へ持っていく。が、アルギは自身の鎧と同じ色の馬鎧の着けた競走馬並みの大腿筋を持った馬に飛び乗り、颯爽と走っていた。
「はぁ・・・異世界はほんとに常識が崩れるの・・・」
全く知りもしない人間の安否でひやひやさせられ、安堵の気持ちが出るなど七百年生きて来て初めての経験であった。
それから、すぐ。ではなかったが十分ちょっとで国の城壁が見えてきた。
城壁の高さは二十メートルはありそうなほど高く、所々に赤い染みが見えていた。
その染みが何なのかなど考えたくもないなと心の中で扉から乗り出した体を戻しつつ、つぶやき外側に開いた扉のノブをもって閉じる。
そして、門をくぐりまたそれなりの距離を進んだのちに、馬車が完全に停止した。
「よっこらせ。待たせたな、国に着いた。これから外に女性の部下を待機させている。そいつに従って城の中で待っていてくれ」
扉を開け、実はそれなりの高さがあった宿馬の中へ上半身だけのぞかせたアルギ、それだけ伝えるとどこかへと走っていった。
「・・・どこの世界でも人間というのは大変な生き物のようじゃ」
「人間が何だって?」
突然の声に一瞬耳が反応するが、扉の所に顔だけのぞかせた金色の艶やかな髪が特徴的な女性がいた。
「な、なんでもない。そなたは何者じゃ」
「東国の言語みたいね。あなたの話し方ってそうじゃなかったわね。あたしはフェルム、ここバルトスで在駐兵をやっているわ。隊長からあなたを城へ導けって言われた人よ」
「そうであったか。よろしく頼むぞフェルムとやら」
「ええ。それと、あなた名前は?」
「名乗り遅れておったわ。我の名は白仙、冒険者じゃ」
宿馬から飛び降り、冒険者証を和服の懐から取り出しどこぞの水戸黄門風に見せながら白仙は自己紹介を軽く済ます。
周りは兵士に合わせて城にいる関係者なのか豪華な服を着た貴族や、白衣を着た研究者や赤十字の書かれた箱を持った、医師らしき人がごった返していた。
「それじゃ、こっちよ」
見回しているうちにフェルムは人込みをかき分けながら一直線へ進む。その先には横にも長く、最長点もかなりの高度を誇る頑丈そうな城があった。
フェルムを見失わないよう、小柄な体を駆使し追いかけていき、城の入口を抜ければ内装もそれはまた豪華なものであった。
「・・・・・・」
思わず、辺りを細部まで見回し圧巻の一言と思いが幾度となく脳内で発生している白仙に、フェルムがその様子に声をかけてくる。
「そんなに珍しいかい?」
「いや。我の考えはズレておるからして、フェルムが考えた我の気持ちとは差異が発生しておる」
「ん?あたしはあんまり頭が良くなくてね。ちょっと白仙が何を言っているのかわからないわ」
少し後ろを歩く白仙に顔を合わせるため、後ろ歩きをしながら目的地へ向かうフェルムが首を傾げ、目を細め自虐気味に笑う。
「能がない・・・と?ならばなぜフェルムは城で仕事ができておるのだ?」
頭が悪いと自虐したフェルムにただ純粋に、元いた世界の情報で言えば能なき者は職などないといえるような世界であったがゆえに白仙はかなり困惑した顔で尋ねた。
「んー。そう言われると心にちょっとだけ刺さるものがあるけど、あたしは単純に技術の面で補っただけよ。能?だっけ?それがないなら違うところでカバーすればいいじゃないっていう考えで試験受けたら受かったのよ」
「なるほど。あれか、スポーツ選手の中に阿呆者がいるのと一緒というわけじゃな!」
見た目に反して年増な人間らしく右手に拳を作り左手の手に平に垂直に打ち付ける。
「東国の方言ってあたし全然知らないからわからないけどきっとそれよ」
そんな雑談をしているうちに目的の部屋へと到着する。
扉を開けた先には座ったときにちょうど膝ぐらいに当たる高さのテーブルに、それを挟むように置かれた三人ほど横に座れるぐらいのソファーが置かれ、周りには骨董品やらの装飾がされていた。
「あともう少しで隊長が来ると思うからそこに座って待っていてちょうだい」
そうして指をさされた手前側のソファーに向かっているうちにフェルムは部屋を出ていった。
ソファーに座ると、柔らかなふかふかの素材が沈み込み、体をほんの少し優しく包み込む。そして白仙の全身にたまった疲れが口からため息として出ていくのはほぼ同時であった。
「うやぁー・・・まだこの世界におりて一日も経っておらぬと思うと気が重くなるのー。七百年生きてきたがここまで日が長いと思ったのは初めてじゃ・・・」
ソファーの快楽に呑み込まれ、ぐでーっとしていた最中後ろから鎧の重なり合いから発する音と質量をかなり持った足音がする。
ぴくんと白仙の耳が反応し、すぐさま姿勢を整える。
ガチャ。というドアノブの捻られる音とともに後ろから物凄い赤い色のオーラを出すアルギを少し顔を横に向け、目視する。
「待たせて悪かった。色々と今回のことで報告しなくてはならんくてな」
「管理職などそんなもんじゃ。我もよーく知っておる」
目の前のソファーに腰掛け、手を後ろにし広さを余すことなく腰掛けたアルギは、少しきょとんとした顔をしたがすぐに高々と笑いだした。
それには思わず白仙も引き目に笑うことしかできなかった。
「こんな小さな獣人の女の子に同調されるなんてな! 管理職がなんだかよく知らねーが、きっと報告の義務やら部下育成がある職業のことなのだろう。いやはやそれを経験した子供がおるとはな」
「そ、そうか・・・それとだが、子供。というのは控えてもらえぬか? これでも身長が小さいだけだ。年は教えれぬが、子供という年齢ではなか」
そういうと、これまた拍子抜けしたような顔を一つ浮かばせるとアルギは先ほどまでの青年差など微塵もなく、三十代のような喋り方と笑い方をしだす。
「そうかそうか、年齢を聞くのはやぶさかであったな。ちなみに俺は二十七歳だ」
「き、聞いておら・・・二十七!?」
アルギの年齢には思わず、聞き流そうとしていた心という川の流れがせき止められる。
「なんだ? 二十七だが」
「そ、その年でその顔でその喋り方とは・・・なにやら我の元いた地域とはかなり違うようじゃな・・・」
「やっぱりそうなのか・・・周りのやつからもおっさん臭いとは言われていたのだがな?どうもこの喋り方がしっくりきてしまっていてな。それと、白仙。貴様が言えた口ではないぞ」
などとほんの談笑ののちに、アルギは本題だ。と話を切り替え、顔が仕事人の顔つきとなり、その表情は正に堅実さがあふれ出していた。
「ではまず、あのダンジョンには一人で行ったのか?」
「うむ。初級と言っていたから体慣らし程度に挑むことにしての?冒険者登録を初日に済ませて入った。仲間などここには誰一人としておらん」
「そうか。あのグリフォンは白仙がやったのか?」
「そうじゃ。二体、刀で斬って絶命させた。魔石は置いていったがの」
「二体だけ? 討伐されていたのは三体だが?」
机の上に置かれた真っ白な紙に羽ペンを滑らせ、調書を作成していく。
「んや? 気づかなかったのかや?あの内一体だけ斬っておらぬぞ?」
「・・・失礼。まだ情報の統括が済まされていなくてな、調査班の結果がまだ聞かされていないのだ」
あの混雑ぐらいからしても情報をまとめている暇などなかったのだろう。ましてや、生半可な情報ほど危険なものはないのだから。と心の中で思う。
すると、また背後の扉がノックされ了承なく開けられる。
「失礼します。隊長、カーゴンが接近していると司令塔から通達が。南西部です」
ガタ。
ソファーの位置がズレる音とともにアルギが苦虫をつぶしたような顔をしながら立ち上がる。
「それは本当か?」
「はい。距離は一キロを切っていると予想されています」
「わかった今すぐ向かう。白仙、すまぬが優先事項が変わった。後で戻ってくる。使用人に飲み物でも持ち込ませる」
「何があったのじゃ?」
「カーゴンだ。他国の眷属となったドラゴンが向かってきている」
冷や汗が頬を伝っていったのが白仙の目でもはっきりと見えた。
「ドラゴン?」
「ああ、悪い。もう行かなくては。使用人の指示に従っていてくれ。行くぞ!」
「はっ。数は視認した数で・・・」
歯切れの悪い空気を残してアルギは兵士とともに部屋を出て行ってしまった。
「ふん。ゆっくりできる暇もなか。南西とかいうておったな。確かあの窓の先は南のはずじゃ。見えるかもしれぬの」
ソファーから立ち上がり、部屋の奥にある窓から右側を見てみると、町中から大勢の人間が城側へと走ってきていた。
この様子には白仙も違和感を覚え、窓を開けようとする。が、鍵などなく壁と一体化し光を直接入れないためだけのフィルターとなっている。
「く。修繕費など火竜の魔石で足りるじゃろう! てい!」
右エルボーを窓ガラスに叩き込む。きれいに一瞬にしてひび割れ、砕ける。
「よっ!」
破片が刺さらないよう、注意しながら窓枠に手足をかけ、体を外へ乗り出す。すると、南西側に大きな黒い鎧を着けた竜が六匹、見て取れた。
「あれがアルギの言っていたものかの・・・っ!」
扉からまたドアノブの捻られる音が聞こえる。慌てて身を外へ放り出し、空中動作スキルで姿勢を整える。
その時、後ろから大声で何か呼び止められた気がするが気にしない。
城のレンガのようなブロックが綺麗に積み重なった壁に右足を当て、壁側に強く圧力をかけ神速を使って勢いよく飛び出す。
ソニックウェーブが発生するよりも早い速度で飛び出す。しかし、神速はそんなものが逆に消滅してしまう速度で移動する。
近くの民家の屋根へ白仙は飛び降りる。
「そこの塊は・・・どうやらあそこにアルギがおるようじゃな」
南西側。住宅街の一角にある広場に鎧を着けた大勢の兵士の群が見えた。
屋根伝いに広場へ向かう。
カーゴンの方に目をやると隊列を組み、城の城壁をもう超えていた。
乗り込んでくるその様子はさながら大戦時代。赤い空の背景が度を増させ、昔白仙が見た第一次、第二次世界大戦の様子を脳裏に浮かびださせる。
「アルギ!」
広場のすぐ近くで屋根を下り、歩いて向かう。
屋根を伝っているうちに会議だったらしい兵士の群は無くなり、数名の指揮を執っているらしい人間のみが広場にいた。
その中から白仙がアルギの姿を見つけて声をかけると、アルギが駆け寄ってくる。
「白仙! なぜお前がここに。部屋の入口には兵士を立たせていたはずだが?」
「・・・窓を割った」
「は? あの窓を割ったのか? あれは全部術式が書かれていて割れるには爆発魔法のステージⅢぐらいでひびが入る程度なんだぞ?」
「え。すまぬ。肘で割ったぞ」
「・・・ま、まあそれはおいおい考えよう。なぜここに来た?」
アルギは少し頭を抱えるが、向き直って優先順位を変更し、ここへ来た理由を白仙へ訪ねる。
「なぜ? 理由などなか。恩人への返しとでも思っておれ。あの黒い竜が敵のものなんであろう? 三体は片づけてやる」
「はあ!? 三体だと? 白仙。悪いことは言わん。この戦いばかりは参加させるわけにいかない」
「我は冒険者じゃ。アルギ、お主の部隊には入っておらぬ。気分で旅するような放浪人である。然りて我の気分であの竜を落とすだけじゃ」
「・・・勝手にしろ。悪いが、こっちはこっちの戦い方がある。邪魔になれば命は保証しない。一より百がモットーだからな」
そう言い残してアルギは部隊員の元へ駆け寄り、指示を出し広場から市街地の中へと消えていく。
「ふん」
白仙は自身の感情がいまいち把握しきれていなかった。
なぜ今、アルギの残した言葉で不快感を覚え、嫉妬と似通った思いが募っているのか。天界では一度も感じなかったものにこの世界では多く感じさせられる。
気持ちを落ち着かせ、距離を縮めてきている竜を見据える。
「いくかの。神速っ!」
ミニステータス画面の神速の文字が黄色く表示される。
広場を滑走路に速度を上げ、民家の屋根に飛び乗る。
紫雲、青雲を鞘から抜き、二刀流の構えをとり城壁を超えた竜六匹のうち先頭にいる竜に目をつける。
「お前じゃ」
ぐんっと体を前に倒し、屋根を駆け飛び上がり屋根を伝い続け、ものの十数秒で竜との距離は百メートル程。
国一の民家の密集地帯に降り立ち、作戦を頭の中で組み立てる。
「式術。炎竜」
ミニステータス画面の式術のスキルが黄色く表示される。
紫雲と青雲にグリフォンと争ったときのように赤く燃え盛る竜が刃を覆いつくす。
「はっ!」
屋根を蹴り、高度を上げる。
目と鼻の先となった竜の顔面。白仙はにやっと不敵な笑みを浮かべる。
ミニステータス画面の空中動作の文字が黄色く表示された瞬間に白仙は体を捻って空中で回転をつけ、回避動作に移ろうと巨躯な体を動かす竜へ回転斬りを一発見舞う。
綺麗に切られた線から血が噴き出し始め、切り口には火傷のように焦げた跡がある。
熱されたカッターで皮膚を。ましてや顔面。想像を絶するような痛みが竜を襲う。
「一体目・・・!」
地面に降り立ち、顔を上げれば大きく体を空中でばたつかせる黒きカーゴンがいる。
その様子は形容しがたき地獄。神とは思えぬ所業であった。
「! ・・・」
言葉を発そうと口を開いた瞬間、残りの五匹のカーゴンが大きく口を開け、中にはあの火竜の時のような魔法陣が現れているに気付き咄嗟に後ろへ飛びのく。
瞬間。白仙いた地点は業火に焼かれ、地面が黒く成り果てていた。
火力が高い。直感的に白仙は思った。そして、五匹すべてがそれなりに統制の取れているものであるということも。
カーゴンはとめどなく、魔法陣をまた編み出し中心部が赤く燃え盛り始める。
「!?」
声にならない驚愕が背中から伝わる。
後退するあまり、後ろには民家の壁。
壁を突き破って下がるわけにもいかない。横に避けようにも時すでに遅く五匹から繰り出される炎の広さから考えて無傷ではいかないだろう。
「ちっ。賭けるしかないの」
左手にある青雲を静かに鞘にしまう。
目の前の竜は魔法陣をまた編み出し、編み切った瞬間に炎を出そうと五匹すべてが共鳴しあうようにうめき声が聞こえ続ける。
周囲は炎で黒くなり、その様子はまさに防壁にあった焼け跡。
あの血のように見えた染みは焼け後だったのだろうか。などと思考を巡らせるが、それよりも賭けに勝てるかどうかの方が今の白仙にとって最重要なことであった。
「式術。神蝕」
左目に違和感。ではないが確かに神衆長のマークが現れたことを感じる。
神衆長のマークがあるからこそ認められ、力を借りれる可能性のある存在。
それこそが白仙の状況打破の『賭け』であった。
「よし、紫雲。オサキノグライ! 来い、オサキ」
白仙の式術によって黒い靄のかかった紫雲。
やがて紫雲の刃が美しい銀色から黒ずみ、漆黒の黒へと変化していく。
『白仙か?』
紫雲から声が発せられる。
これこそ白仙が助けを求めた先。オサキノグライと呼ばれた神。
疫病神などのようないい神とは真逆の存在であるオサキノグライ。名前の由来はそのモノの未来を喰らい尽くし、身を肥やすことから名付けられている。
「ああ。ちょいとばかし力を借りたいのじゃが。まさか断ろうとなどせんよな?」
『神衆長から降ろされたと聞いたが?』
「左目を見ればわかることじゃろう?そんなこと」
そう白仙が反論すると、紫雲の刃が変形し黒い靄のかかった生き物として蠢き、その先端は白仙の目の前にやってくる。
『ふん。自分のキャリア上げのために力は貸そう。決して白仙のためではないからな!』
「勝手に言っておれ。今からくる炎を全部無に帰せ」
『ちょ! 炎ってもう来てんじゃん! もっと早く言ってーよっての』
本気で焦った声を出し、口調が素に戻ってしまったオサキは目線を白仙から前方に戻し、すでに炎の放たれた竜と迫りくる炎を捉える。
瞬間。オサキの黒い靄が体積を増させ、大きく口を開く。
その大きさはゆうに二階建ての民家を三軒。食い潰せるほどの大きさ。
「喰らい尽くせ」
『言われなくとも! そうしますけど!?』
もはや口調を訂正することなく開き直ったオサキが刻一刻と迫ってくる炎に向け、口を開いたまま向かっていく。
接触。
そして目に見えていた結果に白仙は内心ほっとしていた。
神といえど、自身がこの異世界に降り立って度々死にかける辺り、絶対と言い切れない節が多くあった。
だから、今回もオサキが虚無へと還せないものなどない。と思いつつも隅では疑いの気持ちがあった。
「オサキ。別名、音なしの霧」
音なしの霧。それはオサキノグライが発見された当初の名前。
江戸時代初期の小さな村で発生した霧が原因の怪異。
当時、その村は江戸から遠く離れ、いわゆる田舎とされる場所で、食料を得るためには森へ入らなくてはならないほどであった。
オサキノグライはその森に住んでいた。
最初の被害者は村に住む二十代後半のまだまだ働き手として村から注目の存在であった男性。
男は森へ山菜を取りに行ったっきり二日。村へと帰ってこなかった。
二日後の朝。
村の畑で山菜を持ったまま倒れた男を見つけるが、男はどこか様子がおかしかった。
村長はその男を見るや否や、たった一言。
「肝が食われた」
といった。
その時の男は、目が虚ろでどこか遠くを見ていて自分が何をしているのかさえ分かっていない。
村長の言う肝が食われた。という発言にとても適していた。
それから二人目の被害者が出るのには遅くなかった。
二人目を機に村ではその問題を怪異とし、怪異の特定と討伐を決定する。
しかし、事態は悪化。
十三人の男を森へと送り、怪異を特定に走らせたが問題なく帰ってきたのは二人だけ。
そして。その二人は揃いも揃って。
「未来などない。それは真っ黒い霧で、音もなく前を歩いていた人々を包み込み、過ぎ去っていった。本当だ。そしたらもう、霧に包まれた。みんなは飛んじまっていた」
一語一句違うことなくそう証言し、やがて『狂った』
村長はその事態に森への侵入を制限し、事態究明はしないと残した。
その時の村長が残した手記。
その一部に残っていた怪異名称より「音なしの霧」と。
それから数年後。
村も発展を遂げ、時折近くの大名がやってくるほどになったとき。
音なしの霧はまた現れた。
「大名が。森にて行方が分からなくなりました」
大名の側近だけが村へやってきて放った言葉に、村人は全員が顔色を青くした。
それと同時刻に当時、約二八〇歳の白仙が上司(元神衆長)の命令で下界へと降り立つ。
「だ、大名様が?それは・・・音なしの霧という怪異のせいでしょう」
「お、音なしの霧?それは、いや。一度この事態の報告のために城へと戻ります。もし主が来た際はお願いします」
そう残すと馬に乗った側近はまた森へと走り去っていった。
そして次に村へやってきたのは側近でも大名でもない『第八乃隊』という集団であった。
紛れもなく、これは白仙の所属する第八神衆の天罰部隊である。
「こ、これは。一体」
「我々は・・・・・・様の名の元、音なしの霧。別名オサキノグライ討伐を任された幕府直属の部隊でございます」
「ば、幕府」
幕府という言葉に聞きつけてきた村人のほとんどが恐れおののいた。
が、そんなのはまっさらの嘘。正確には神直属。神のみで編成された部隊である。
「オサキノグライについての情報収集をするために被害の最も多いこの村へ聞きに来た所存でございます」
「わ、わかりました。とりあえずこちらへ」
第八乃隊の編成は最年少で二八四歳の白仙と他、最高齢で六九三歳の六人編成。
白仙は最年少ながら副隊長として天罰に身を出していた。
「書物はこれだけですか?」
集会場へと案内され、差し出されたオサキノグライについての書物。
その数は怪異としては最も少ない二つ。
その内容は、一つが前村長の手記。そして霧によるものだと判明した時の調書のみであった。
第八乃隊は口々に難しいと述べた。
しかし、六名中二名だけ違った。
「なんじゃ?これ。本体がおるなら簡単ではなか?」
「そうだな。仙ちゃんの言う通り、主犯格が判明しているなら森に入って叩けばいいだろ」
言わずもがな一人は副隊長であった白仙。
そしてもう一人が第八乃隊隊長。現神大衆長
そして、第八乃隊において最も現時点で危険な二人であった。
神の中の武力派集団と揶揄されていた二人。
白仙は式術の刀氏。天浪は隠匿の秘術士。と異名を付けられるような存在であった。
「あ、あの聞くも無駄なのですが、作戦は?」
第八乃隊の部隊員であった現在の第八神衆員の魅海が恐る恐る問う。
答えは分かっていた。どうせ作戦などないことを。
「森に入って原因を根本から叩いて終わりだ」
「それ以外に方法があるのかえ?森の中のみしか動かないオサキと対面するにはこうするしかあるまいじゃろ?」
「わかってましたけど!」
それから作戦開始まで一日となく、一時間後のこと。
「行くぞー」
「おー」
「お、おー・・・」
森の入口に立った第八乃隊の姿があった。
各自最大の武装をつけて。
当時の白仙が持つ武器は無名刀(後に修繕を施し紫雲と命名)のみ。
ほかの神は思い思いの神格武器と呼ばれる特殊な技法が用いられた人間には扱えない武器を装備し、森の中へと消えていく。
その先のことに関してはいつか。
簡潔に述べるなら、ここで白仙がオサキノグライを倒し、オサキは今。白仙の助太刀をしている。
音なく、炎が黒い靄がかった「何か」によって消滅していく。
その様子はまさにブラックホール。音を伝えない宇宙空間においてのすべてを吸い込むさまは格好の例であった。
「オサキ。そのまま一匹喰らえ」
『腹が減っているからやるだけだから。白仙の命令で喰うわけじゃないから』
炎を喰らい尽くし、オサキと竜の差は縮まり、水に走る電気のように炎を伝ってオサキは炎の出元。
竜の口にある魔法陣へと辿り着いたかと思った瞬間。
音もなく、オサキの標的となった竜の全身が黒くなる。
そして一秒も経たずして、黒くなった全身は黒い靄として空気中へ面影なく漂った。
オサキの喰らうということは、白仙の隠し能力によって怪異という存在から神獣へと変化させた際に生まれた能力『浄化』による作用で消滅している。
正確には消滅ではなく虚無へと帰しているのだが、オサキ自身はそんなことどうでもよく、単純に空腹を満たすためだと言い張っている。
「オサキ。あとは我がやる」
『ふん。勝手にして。白仙が目立つことは・・・私にとってもうれしいから』
「なんか言ったかや?」
『終焉の美だけ飾るなんて最低だって言ったんだよ!』
「かわいくないのー」
広範囲へと広がっていたオサキの靄が白仙の右手にある紫雲の刀身へと収束する。
紫雲の刀身はいまだ黒く禍々しさを残している。
「さて、あと四匹。しかしアルギの方は来ないのかの? どうでもいいのじゃが!」
背中の民家の壁を蹴りだし飛び出す。
神速を駆使し竜の真下へ。そして加速力を生かしてジャンプ。
からの青雲を引き出し足りない距離を青雲を投げて稼ぎ、式術。
「よっ! 式術・転!」
青雲のすぐ横へ移動。青雲を左手でつかみ取り、竜の首を青雲で突き刺し、ぶら下がる。
瞬間。竜が咆哮を上げ体を大きく動かす。
振りほどかれぬよう白仙は体幹を最大限に使ってロッククライミングのこぶを突破するの如く、青雲を支点に首へ跨る。
首に刺さった青雲を抜き出し、スキル二刀流を発動させ、竜の背中へと移動する。
「朽ちろ」
紫雲を背中に突き刺す。
紫雲の刺さった楕円形から竜の背中が黒ずみだす。
黒く染まり始め、胴体全体が染まり切ったとき。竜は浮力を失い、重力に引き付けられ地面に向かって大質量で落下する。
紫雲を抜き出し、落ち始める竜の背中から一足先に地面へと戻る。
「よ! ほい! しょう」
スキル空中動作を使用し、うまく速度を落とし足を地につける。
突然、後方から叫び声が上がる。
今頃になってアルギの部隊が動き出し、一匹のカーゴンの残党に手を出したのだ。
一瞬、手を出そうかとも考えたが周囲の様子とアルギの最後の言葉を尊重し、手を引くことにした。
「白仙」
城のある方から白仙を呼ぶ声が届く。
「なにようだ」
振り返らず、顔さえ合わせようとせずに残りの残党カーゴン三匹に目線を当て続ける白仙。
「・・・色々と質問したいことがある。事が済んだら城に戻ってもらうぞ」
「断る。といったら?」
「無理にでも連れて行かせてもらう。白仙。お前が出したあの黒い物体について説明してもらわなくてはならないからな」
「はあ。先に城へ戻る」
「なに?まだ三匹残っているのにか?」
「おぬしは周りを見るという点においては絶望的じゃな。それじゃあ」
踵を返し、周りを見ろとアルギを貶した白仙は静かに歩いて場内へと戻っていった。
アルギは憤っていた。
こんな短時間に。カーゴンが攻めてきた数時間の間だけで二度も白仙に馬鹿にされた。
一度目は軍の作戦を破滅させる行動をとり、三体ものカーゴンを殲滅し軍としての威厳を損なわせてきたこと。
そして二度目。指揮官として動いていたアルギにとってこの上ない屈辱的言葉をどこの国の回し者かもしれぬ白仙に言われたこと。
戦況を見て柔軟な思考を働かせ、逐次に指示を出し勝利を収める指揮官が周りを見ていないなど言われれば、落胆。ではなくイラつきが出てくる。
これは、トップに立つ人の特徴で自分の欠点を上げられた際、それが求められる能力であったとき、トップで権力などを得ていたものは、自分を改めるのではなく、逆ギレ。
自分は間違っていない。ちゃんと見ていない癖に言うな。自分はしっかりとやっているなどと考え、アイツが悪い。
そんな思考に陥る。
白仙の言い放った言葉はアルギを憤らせるのには十分に満ちていた。
今まで努力をし、指揮官という役職にまで上り詰め、全体をしっかりと見て勝利を収めていた。
その事実はアルギをトップに立つ人間に仕立て上げるのには十二分の結果といえる。
「何が何でも白仙をどうにかしなければ・・・」
アルギの憤りは結果として身を亡ぼすこと。
このまま逆ギレが続けば、ミユウなどの味方へ無理な指示を出し、指揮官という座。または除隊などというバッドエンドも容易に考えられる。が、今のアルギにそんな思考などできるはずもなく、とにかく白仙に痛い目を見せたい思いだけが脳内に渦巻いていた。
城内へと戻った白仙。
城内は至って平凡で軍の力を過信しすぎている節もあるが、白仙が戻った瞬間数名の使用人が客室へと案内するのだった。
「何かありましたらお呼びください」
そういってメイド服を着た女性が扉を閉める。
「まさかあの竜が知能高いなんて思ってもおらんかった。まさか、戦況が悪いと思った瞬間後退を開始するなんての」
白仙のいう通り、白仙とオサキによって仲間が三匹やられた瞬間、残りの残党すべてが今までじりじりと城の方向へ攻めていたのを後ろへと逃げるように下がっていた。
だから、アルギに対して見えていないと言い放った。
あのまま放っておけばこれ以上の損害なく、勝利を敵撤退で納めれたものを後退中の残党へちょっかいをかけ、カーゴンの何が何でも生きて帰るという思いで損害を得てしまう。
あそこは普通に撤退させておけばよかったのだ。
カーゴン側もこれ以上の戦闘は避けたかった。
白仙が追撃できるところを追撃せずに地面へと降り立った行為。
これをみたカーゴンは白仙による撤退要求だと思い、損害は最小限に。白仙という危険人物の情報も得れた。
ならばあの味方を三頭もやった奴の言うことに従って撤退しよう。
これは、カーゴンが人語を話せ、それなりの知力を持っていたからこそ。そうしたかったのだ。
「馬鹿だの」
すべてを見透かしていた白仙は天井を見上げ、呟く。
また、白仙は神である。
ほんの少しの未来程度予知が可能だ。
この異世界に降りてきてからはうまく機能していなかったが、つい先ほどのカーゴンが撤退を決めたことが判明したのは予知があったからこそであった。
そして。今見る予知の先はなぜかすぐ未来ではなく、もっと先の一日先の様子が見えてきていた。
その様子というのも不可思議で、アルギに異常が発生していた。
今までのように正義感に溢れた男とは裏腹に自分への敵意をあらわにしたアルギの姿とそれを薄ら笑う部下らしき男の姿が予知で見えていた。
白仙はただ。何かが起ころうとしている。不運が未来で発生しているのだと思い、先に何か手を打つことに専念する。
それもそのはず。予知といえど白仙はそもそも予知に頼ったことなどなく、扱えるにしても趣味程度といえる。
だからこそ。予知を改変できる可能性があるのだ。今のままではアルギと何かがあって対立する。
それは避けなくてはならない。しかし、問題はアルギがこの後の数時間で何が原因で白仙に敵意を持つか。
そして、あの部下らしき薄ら笑う男性は何者なのか。
場所はどうみても城外。ましてや平原のようである。
「国外・・・ダンジョン? ダンジョン。平原でダンジョン・・・か」
独り言を一つ。
一人で口に思いを出しながら、整理していく。
有言実行。平原のダンジョンへ向かうことにする。
そして、また窓をぶち破って城外へと逃走を図り、混乱中の状況に便乗して誰にもバレることなく国を後にするのだった。
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