第七話 城内


 一定のリズムを刻みながら、寝ている体を揺らす。


 何時しかその揺れは身体を揺さぶるようになり、脳を空想の世界から現実の世界へと呼び戻し始める。


 まだ寝ていたい。そんな思いもしたが、寝る以前の記憶をまだ覚醒しきらない脳みそが引き出しを開け閉めし、情報を探る。


 そして、その記憶を発見し理解したと同時に体を跳ね起こす。


「!?」


 気が付けば、竜の首の下ではない。ましてや、周りがフィールドと打って変わりこじんまりとした布団。とも呼べぬような布が敷いてある木造の長方形の一室。


「気が付いたか」


 後ろを向くと、固い鎧に身を包んだガタイのいい美形の男が木製の椅子に座っている。


「誰じゃ」

「ああ、俺はバルトス王国自警団、団長のアルギという」

わて白仙びゃくせん。単なる冒険者じゃ・・・!」


 単なる冒険者ではないだろう、とアルギは心の底では思っていたがそんな思いも白仙の気配でそんな考えさえできなくさせられ、打ち消される。


 白仙の方を見れば、目線はアルギのすぐ脇。何かあったかと、目をやるとそこには目の前で気配が平常ではなくなった白仙が身に着けていた武器が立て掛けられていた。


「お前のだろう。寝かせるときに少し外させてもらった。別に盗って売ろうなんて考えてない。ほら」

「・・・なんだ。そうか、年甲斐もなく早とちりをしてもうた。ほんの少し前に刀を売れと言って襲ってきた輩がおってな。それはそうと。その感じからして我を助けてくれたんじゃろう?そなたは」


 自分の非を水に流してくれと、引き目の笑いをアルギに投げかけつつ、刀をサササッと腰へ携える。


「察しがいいな。あともう少しでさっき言った俺らが守っている国に到着する。そこでいろいろと質問させてもらう。ダンジョンのこととお前のことも調べておきたいからな。それまではここの宿馬でゆっくりしていてくれ」


 そういってアルギは椅子のすぐ横にある扉を開け、かなりの速度で走る宿馬と呼ばれた馬車の一種から飛び降りる。


「ちょ!?」


 いわばその行動は走る車から突然降りたようなものだ。普通に行けば慣性などの影響で足が持っていかれ、怪我は逃れられない。


 それには、白仙も焦って体を扉の所へ持っていく。が、アルギは自身の鎧と同じ色の馬鎧の着けた競走馬並みの大腿筋を持った馬に飛び乗り、颯爽と走っていた。


「はぁ・・・異世界はほんとに常識が崩れるの・・・」


 全く知りもしない人間の安否でひやひやさせられ、安堵の気持ちが出るなど七百年生きて来て初めての経験であった。


 それから、すぐ。ではなかったが十分ちょっとで国の城壁が見えてきた。


 城壁の高さは二十メートルはありそうなほど高く、所々に赤い染みが見えていた。


 その染みが何なのかなど考えたくもないなと心の中で扉から乗り出した体を戻しつつ、つぶやき外側に開いた扉のノブをもって閉じる。


 そして、門をくぐりまたそれなりの距離を進んだのちに、馬車が完全に停止した。


「よっこらせ。待たせたな、国に着いた。これから外に女性の部下を待機させている。そいつに従って城の中で待っていてくれ」


 扉を開け、実はそれなりの高さがあった宿馬の中へ上半身だけのぞかせたアルギ、それだけ伝えるとどこかへと走っていった。


「・・・どこの世界でも人間というのは大変な生き物のようじゃ」

「人間が何だって?」


 突然の声に一瞬耳が反応するが、扉の所に顔だけのぞかせた金色の艶やかな髪が特徴的な女性がいた。


「な、なんでもない。そなたは何者じゃ」

「東国の言語みたいね。あなたの話し方ってそうじゃなかったわね。あたしはフェルム、ここバルトスで在駐兵をやっているわ。隊長からあなたを城へ導けって言われた人よ」

「そうであったか。よろしく頼むぞフェルムとやら」

「ええ。それと、あなた名前は?」

「名乗り遅れておったわ。我の名は白仙、冒険者じゃ」


 宿馬から飛び降り、冒険者証を和服の懐から取り出しどこぞの水戸黄門風に見せながら白仙は自己紹介を軽く済ます。


 周りは兵士に合わせて城にいる関係者なのか豪華な服を着た貴族や、白衣を着た研究者や赤十字の書かれた箱を持った、医師らしき人がごった返していた。


「それじゃ、こっちよ」


 見回しているうちにフェルムは人込みをかき分けながら一直線へ進む。その先には横にも長く、最長点もかなりの高度を誇る頑丈そうな城があった。


 フェルムを見失わないよう、小柄な体を駆使し追いかけていき、城の入口を抜ければ内装もそれはまた豪華なものであった。


「・・・・・・」


 思わず、辺りを細部まで見回し圧巻の一言と思いが幾度となく脳内で発生している白仙に、フェルムがその様子に声をかけてくる。


「そんなに珍しいかい?」

「いや。我の考えはズレておるからして、フェルムが考えた我の気持ちとは差異が発生しておる」

「ん?あたしはあんまり頭が良くなくてね。ちょっと白仙が何を言っているのかわからないわ」


 少し後ろを歩く白仙に顔を合わせるため、後ろ歩きをしながら目的地へ向かうフェルムが首を傾げ、目を細め自虐気味に笑う。


「能がない・・・と?ならばなぜフェルムは城で仕事ができておるのだ?」


 頭が悪いと自虐したフェルムにただ純粋に、元いた世界の情報で言えば能なき者は職などないといえるような世界であったがゆえに白仙はかなり困惑した顔で尋ねた。


「んー。そう言われると心にちょっとだけ刺さるものがあるけど、あたしは単純に技術の面で補っただけよ。能?だっけ?それがないなら違うところでカバーすればいいじゃないっていう考えで試験受けたら受かったのよ」

「なるほど。あれか、スポーツ選手の中に阿呆者がいるのと一緒というわけじゃな!」


 見た目に反して年増な人間らしく右手に拳を作り左手の手に平に垂直に打ち付ける。


「東国の方言ってあたし全然知らないからわからないけどきっとそれよ」


 そんな雑談をしているうちに目的の部屋へと到着する。


 扉を開けた先には座ったときにちょうど膝ぐらいに当たる高さのテーブルに、それを挟むように置かれた三人ほど横に座れるぐらいのソファーが置かれ、周りには骨董品やらの装飾がされていた。


「あともう少しで隊長が来ると思うからそこに座って待っていてちょうだい」


 そうして指をさされた手前側のソファーに向かっているうちにフェルムは部屋を出ていった。


 ソファーに座ると、柔らかなふかふかの素材が沈み込み、体をほんの少し優しく包み込む。そして白仙の全身にたまった疲れが口からため息として出ていくのはほぼ同時であった。


「うやぁー・・・まだこの世界におりて一日も経っておらぬと思うと気が重くなるのー。七百年生きてきたがここまで日が長いと思ったのは初めてじゃ・・・」


 ソファーの快楽に呑み込まれ、ぐでーっとしていた最中後ろから鎧の重なり合いから発する音と質量をかなり持った足音がする。


 ぴくんと白仙の耳が反応し、すぐさま姿勢を整える。

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