第一章 白仙の第一の仕事

「うにゃぁーーーーーーーー!!!!死ぬーーーー!!」


 紐なしバンジーから数分が経ったが、未だ地面までは遠い。


「うにゃぁーーーーーーーー!!!!息っ!息できっ!」


 低酸素な高度である。


「うにゃぁーーーーーーーー!!!!鳥ぃ!バードストライクぅ!!」


 鳥が飛び始める高度である。


「うにゃぁーーーーーーーー!!!!地面!地面!血肉巻きちらすーーーー!!」


 地面を突き破る、高度マイナスである。


 そう。白仙びゃくせんは異世界の地に足を付けるのを取り越して、埋まったのである。


『白仙。聞こえてるか?そろそろ地面のはずなんだが」


 漣が特有の能力テレパシーを使って白仙へ連絡を取る。


「地中じゃ」

『は?』

「地面ではなく地中じゃ」


 訳が分からず聞き返してくる漣に念押しをしつつ、なんとか体を穴から出し、空を仰ぐ。バンジーの最初の地点は分からないが、途方もないほど高いのだけは理解した。


『ま、まあいい。ステータス確認を願う』


「ああ、そうじゃったな」


 バンジー前の会話で言われたやってほしいことの一つであるステータス確認。この異世界に降り立った瞬間から発生する謎のシステム。


 ステータスがこの世界での生きる指針の一つとなり、それで迫害を受ける人々も少なからずいるのがまたこの異世界での問題でもあった。


「ステータスオープン」


 お決まりの言葉を言うと、目の前にいくつかの画面が現れる。


 レベルに始まり、スキルに自身のデータ。記録を付けるときに時々見た情報と似ているものだと白仙は思いつつ、ステータスに目を通す。


(レベル七百にスキルが七つ。そして、ふむ。やはりこの能力はなきゃ我は生きておれんからな)


『どうだ?一応、レベル四十以上あれば楽なんだが』


 そう漣に言われ、ステータスを見る目が止まり、尻尾と耳がピンと張る。


 レベルの標準をゆうに超す数字の出ている、ステータス画面に目を戻し、いろいろと思案する。


 レベル七百。漣の出した最低基準から六百六十レベルも上。こればっかりは、普通に言っては何か問題起こってしまうのではないか。天罰を下す以前の問題ではないのかと考えた結果。白仙は決意して、漣へステータスを伝える。


「ええっとな?レベルは七十じゃ。あとスキルは七つあるようじゃな」


 嘘を伝えることを選択した。漣は神の中でも嘘を見抜けない方の神であると知っているからこそこの選択をした。少しだけ罪悪感を感じつつ、ステータス画面を閉じる。


『七十。なら十分仕事ができるな!テキトーなダンジョン探してクリアしていくのが当面の仕事になるな。レベル上げがなく済んでよかった。何かあったら言ってくれ。じゃ』


 そう言い残して漣は能力の使用を切った。電話ぶち切りかのように。


「さて、とりあえず手ごろなダンジョンとやらを探すかの」


 事前にダンジョンの入口のスタイルを聞いていたため、歩いて数分で目的地にたどり着いた。


 ダンジョンの入口には甲冑を着て、槍を持った人間が立っていた。


 普通に彼の横を素通りで行こうとする白仙に静止の言葉をかけてくる。


「すいません。ギルド会証をご提示していただかないと入ることできません」


「なんじゃと?その会証はどこで手に入るんじゃ?」


 岩で囲まれた荒れ地の一部分にできたダンジョンの入り口前でやり取りする二人の姿はそれまた、奇妙な状況であった。


「ああ。ここから一番近いのは・・・デリオロスというそれなりの大きさを持つ街ですね」


「デリオロス・・・ああ、ありがとう」


「いえ。旅路には気を付けて」


 即座に漣と連絡を取ろうとしたとき白仙はこっちからは連絡が取れないことに気が付いた。


 神様が扱える神力いわば能力が、漣は通信系に対し白仙は変化系。相互が通信系ならば両方から話したりできるのだが、白仙といえど神力には限界があった。


 そして思わず愚痴を漏らしてしまう。


「このクソ小童めが!」


 空を見上げそんなことを荒野の中で叫びつつ、兵士に言われた方角にあるという街を目指し走り出す。


 瞬間。景色が線となり後ろへと流れだす。何かと思うと左下の方にミニステータス画面にが表示され、スキルの欄に黒い文字で七つある文字の内、『神速』というスキル名だけが黄色く表示されていた。


(ふむ。きっと発動しているスキルが黄色くなっているのかの?っとよそ見をしすぎッてにゃあ!?)


 神速のせいで一切気づかなかったが、目の前には大きなこの世のものではない。茶色の二足歩行の何かがいた。


 気づいた時には紫雲を抜き、その巨体を腹から斜めに胸あたりまで切り付けてしまっていた。


 その時、ミニステータスのスキル欄に『抜刀』が黄色く表示されていた。


 そして当の突然現れ切り付けられた茶色い巨体ことモンスターのグレートオーガは、最後の言葉も言えずに切られた切断面をあらわにしながら、真っ二つになり。倒れた。


「・・・やっちゃった?神様が殺人犯してしもうたんか?」


『あ、それモンスター。うわー。きれいに切ったね、グレートオーガの内臓なんて見たことなかったけど・・・きついなこれは』


「モンスター?グレートオーガ?」


『ああ、今白仙が殺した奴はこれから君が殺しまくらなきゃいけない相手だよ』


「なるほど。で、このグレートオーガが落としたこの石はなんじゃ?」


 身が早くも朽ち始めたグレートオーガの心臓部にあったくすんだ赤色の石を手にし、空へ掲げる。


 この時、白仙は魔石に映った自分の目のマークが左右反転しているのに違和感を覚えていた。


『うーん。声しかないからわからないけど、きっと魔石だと思うよ?それは、いわばこの世界のお金の元だ。グレートオーガ一個だと・・・資料によると銀貨一枚に銅貨四枚が相場のようだよ』


「ふむ。我はこの魔石を集めながら金銭をやりくりせなあかんのかや?」


『ああ。そうだな。この世界で白仙には冒険者という体で、色々と仕事をしてもらうからな、基本的に魔石が収入源だろう』


「ならば、持っていた方がよいのだな?」


『そうだな。あと、銀貨一枚が約百円だと思って考えるといい。銅貨は十円で、一応この世界で一番高価な金貨が一枚十万円だ』


「分かった。我はこれから向かう場所があるのでな。ここでもたもたはしておれぬのじゃ」


『なんだ。そうかそれじゃあ。また何かあったら連絡する』


 とうとう、一方的であると公言してきた漣になにか不安な思いをしつつ、魔石を拾って街へ向かってまた走り出した。


 この時、白仙は気づいていなかったがグレートオークと対峙した時、スキルは合計で三つ。機能していた。そう。一個だけ、白仙は気づいていなかった。


 それから数分。神速のおかげもあり、街へはすぐについた。街へ入り、辺りを見回しながらギルドと呼ばれる場所を探す。


 すると、ギルド会館と大きく書かれた看板の立つ建物を見つけ、外見はレンガ造りの赤味がかった色合いをした三階建てほどの縦長の建物。


 中へ入ると、目の前に四つのカウンターに右手にはバーカウンターのような設備。左はコルクボードに紙がたくさん張ってあり、その前には複数人の人で塊ができていた。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの右から二番目の人に声をかけられ、その人の方へ近づく。


「何かご入り用ですか?」


「ダンジョンへ入るためのものをもらいに来たのじゃが」


「ああ、冒け・・・ギルド登録ですね!こちらのファイルからギルドをご選択いただきまして、登録となります。登録には百銀貨。掛かります」


「・・・」


 白仙は訝し気な表情を取る。白仙が独学で覚えたほんの趣味程度である嘘を見破る力。それをもってしてすると、この職員の女性は嘘をついている。と確信する。


「どうかなさいましたか?」


「本当は?」


「はい?」


 周りから見れば、白仙は神様ではなくただの変な服と装備を付けた少女である。それは、職員の女性も例外ではなく。


 少女に突然、嘘を見破られたうえ遠回しに嘘なんだろ?と言われた日にはもう、ビジネス笑顔などできるはずもなく、笑顔が引きつり始める。


「だから。我をカモになどできるわけがないじゃろう。答ぇ?登録は何でなんぼ必要なんじゃ?」


 表情一つ変えずに、カウンターにズイッと身を乗り出してくる白仙には職員もなすすべなく、苦し紛れに、登録用紙を引き出しから取り出す。


 そして、その時ミニステータス内でまたあのスキルが黄色く表示されていた。


 紙にはギルド登録ではなく、冒険者登録と書かれており、職員が詐欺をしようとしていたことを肯定するようであった。


「これに記入をお願いします・・・」


 営業スマイルはどこへやら。嫌な客がきたコンビニ店員のような顔をしながらペンを差し出してくる。


 それを受け取り、用紙に名前を書いた後に職員の元へ戻す。


「はい。確認しました。エルミ!登録」


 椅子から離れ、奥にいる職員へ声をかける。何気にこの職員はここでは上の方の人間なのかもしれないと白仙は思ったが、どうでもいいと考えを捨てる。


「どうぞ。冒険者証のカードです。先ほどは失礼しました。今後ともギルド会館をご贔屓ください」


 椅子に座らずに、部下らしき人が持ってきたカードを受け取り、白仙へ差し出し、深々と頭を下げた。律儀なのかもしれないが、そんな上っ面の対応など、白仙に通用するわけもなく、黙ってギルド会館を後にする。


 道に出て、またあのダンジョンに向かうため街の入口へ向かう。


 街の入口を抜け、神速を使おうと足に力を入れた瞬間、少し後ろ。アーチ状の入口の左右から男三人が声をかけてくる。


「どうも。お嬢さん」


「はいはい。どうもどうも」


「何用じゃ」


「少々その武器に興味がありましてー高値出買い取らさせていただきたいなーと」


 元の国の方でも時々見かけたあの手をこする謎の動作をしながら詰め寄る、ガタイのいい男と細身の男にフードを被ったまま声を発さない、刀を売れと近づく三人組に白仙も少なからず引き目で戦闘態勢をとる。


 白仙の何かが、この三人組は危険だと警報を発していた。


「この刀は売れんし、我にしか扱えぬ。売るなどする訳がなか」


「ああ。そうかよ!でもな、それ欲しがる貴族様がおったんでね!力づくでも取らさせてもらいますよ!」


 ガタイのいい男がそう叫ぶとともに、隠し持っていた短剣を出し、細身の男も同じく短剣を出す。


 フードの男は相変わらず、何もせず俯きがちであるばかりで、別段何もしようとしない。


「ちっ。我も暇ではなか。一秒でケリをつけよう」


 白仙が刀に手を触れた瞬間にはもう向かってきていた男二人の生命活動など、止まる寸前。


 次の瞬間には生命活動は停止し、遺言なく上下で二分割された死体が倒れる。それは、本当に一秒足らずのことである。


「ん?一人逃してしもうたか・・・まあよか」


 白仙はかがみこみ、男二人の上半身から銅色と銀色の硬貨合わせて銀貨十七枚分を得つつ、ダンジョンヘンタ戻るため、死体を放置して神速を使う。


 この時もまた、スキルの一つが黄色く表示されていた。


 ダンジョンへ着き、冒険者証を提示し初めての仕事となるダンジョン攻略が始まった。


 先にダンジョンの所に立っていた兵から情報を聞いていた白仙は、その情報を頼りにダンジョンに歩みを進める。


「ええと?このダンジョンは十四階層からなる初級ダンジョン・・・ほう。推奨レベル十一・・・。なんか申し訳ないの」


 このダンジョンは極めて低難易度の初級者用ダンジョン。出てくるモンスターはスライムやゴブリン。ボスもホブゴブリンとゴブリンの集団と、レベル七百が来るようなダンジョンでは一切ない。


 実際。この世界において人を殺すという行為は基本的にしようものなら、まず不可能に近い。


 人自身の防御力はレベルに比例するが、そんな防御力以前に殺される前に逃げれるのだ。一発で即死なんてことはもとより絶対ない。そんなことがあれば、この世の原理に反している。


 が、そもそも人間ではない神である白仙に人間やこの世界の住人の常識など通るはずもないと、天界でその様子を見ていた漣と人伝を頼りに頼りまくって見ることのできた桃は思わざるを得なかった。


「むー。張り合いがない」


 そんな愚痴を言いながら、刀は一閃を描き、槌を持って迫ってくるゴブリンを真っ二つにする。


 階層は六階層目。半分に差し掛かるところである。


 そして、今まで白仙が知らぬ間に発動していたスキルが度を増して発動する。


 発動時の色は、黄色を超え点滅していた。それには、第七階層のゲートを開ける前に白仙も気づく。


 スキル名。不運。効果は字の如く、運が絶望的に低くなる。そう、あの神速中のグレートオークもギルド会館内での職員の詐欺。そしてあの三人組の男も不運により引き起こされた、ただただ運がなかっただけなのである。


 そして今、ゲート前で点滅している様はまさにその先が不運すぎる、悪運であることを示しているほかなかった。


「あ、悪運?我は神様で祀られる存在の癖して運がない・・・とな?これは。失笑もんであるな。ま、まあ今は祀られる存在ではなか、先へ進むほかないの」


 ゲートの横にある、リーダーに冒険者証をタッチしゲートが開く。そこは、広いフィールド。モンスターは依然見えないが、巨大なモンスターが三体いても問題がないほど広く、高さもあった。


 そして、足を一歩入れる。が、反応なし。全身がゲートを超え、フィールド内部へと入った瞬間。左右にスライドして開いていたゲートが閉じられる。


 振り向いた時にはすでに閉じ切られ、完全に密室状態。そして、極めつけは情報にないモンスターの出現であった。


 後ろから、聞いたこともないような咆哮が三つ上がる。


「んな!ぐ、グリフォン!?よく、元の世界のラノベというのには出ておったが・・・!これがさす異世というやつなのかの?」


 そんなことを考える白仙をよそに、現れたグリフォン三体は同時に羽ばたき、高き天井を有意義に使い上空で停滞する。


「・・・グリフォン単体はレベル七十九。それぞれが同等の動きができると仮定するならば、単純な和ではないようじゃな。積か乗算かの」


 紫雲と青雲の両方を鞘から抜き、スキル二刀流を発動させる。そして、天界一二刀流において深く狭く頒布させた最強と呼ばれた構え。『白仙流びゃくせんりゅう神碌しんりょく』の姿勢をとる。


 深く狭くというのも師範が白仙なのに対し、直接的な弟子は桃の一人だけで、天界内で孤立気味であったためである。が、深いというのは一切嘘なく。先手も取れる、守りにも転向が利く。


 深さは天界随一である。


 その構えは、両手にある刀を下に下げ角度二十五度くらいに広げて直立する。


「式術。炎流」


 神様が学ぶ基礎的な力の一つである式術。その過去最高実力者であった白仙にとって、刀に式術の力で炎を纏わせるのも、容易いことである。


 炎を纏った紫雲と青雲の刃には赤き龍が右往左往し、神々しさを出していた。


「さて。いくかの?レベル差を感じさせぬ骨のある輩であっておれっ!」


 地を蹴り、神速のスキルにより勢いよく加速する。空中のグリフォンとの間合いを詰め、十メートルほどになったところで、右足を深く曲げ、大きく飛ぶ。


「スキル。回転斬り」


 飛び込んだ先にいる、横一列になった三体のうち中央にいるグリフォンへ、スキル空中動作によって、回転力をつけ、グリフォンの顔面に遠心力を加えた炎の刃を計四回二周して、着地する。


 中央にいたグリフォンは顔面を左右に縦に切られ、声を上げることもできず、絶命。飛ぶ力も無くなり重力に従って白仙の何十倍にも及ぶ巨体をフィールドの上に地響きを伴って落ちた。


「一体目。やはり張り合いがないの。手もだせんのかや」


 落ちたグリフォンの腹を踏み、力を込めてまたほかのグリフォンと同じ高度へあがる。


 仲間の瞬間的な死にグリフォンの残りも、気を引き締めるよう咆哮を出しはするが、攻撃する間もなく白仙の刀がまだ身体を横に向けたままであったグリフォンの首めがけて、二本の刀を叩き落す。


 首の直系に満たなかった刃の長さにより、千切れかかるようになってしまったグリフォンの首はグロテスク以前に、無残さが出ていた。


 しかし、グリフォンも個体差があるようで首の千切れかかったグリフォンはまだ生命は絶えず、体を地に足をつけた白仙へ向け、勢いよく突撃してくる。


「骨ではなく首は残っているとな。無駄な行動よ。知能が足りんせん」


 向かってくるグリフォンをぎりぎりまで寄せ付け、紙一重で神速によって避ける。


 そして。この戦いが白仙の一方的勝利を決める音がフィールドに鳴った。


 グリフォンという巨大な質量が突撃し、その先にまた突撃していたグリフォンがいたら。それは両方ともが砕け散る運命である。


 頭から突撃していた二匹のグリフォンは、千切れかかっていた方は頭が衝撃で千切れ、フィールドの壁に当たって転がり、無傷であったグリフォンは頭から千切れかかっていたグリフォンの首の断面へ刺さり、グロテスクにも、無残にも残忍に千切れかかっていたグリフォンをブチブチと裂き、終ついには骨が顔に突き刺さり、どろどろと流血し、浮いた後ろ脚の片方がぴくぴくと痙攣していた。


 その様子に、白仙はただ無表情に式術を解き、刀についてしまった赤黒い液体を払って刀を鞘へと戻した。


 魔石などに興味がわかない白仙びゃくせんはグリフォン三体の朽ち始めた胴体の心臓部に浮き上がるクリスタルを拾わず、ゲートを出た。


 それと同時に、ミニステータス画面のスキル欄にある不運は黒文字へと戻っていた。


「ほんとうに、張り合いがなかったの・・・これなら桃とやっていた時の方が高揚感があったというものじゃな」


 鞘に今一度手を当て、すぐに抜刀できるように構えておく。


 しかしながら、白仙は大事な和服についてしまった血をどうするべきかとグリフォンとの戦闘中に考えていた。


 白と青色の巫女服をモチーフにした和服には赤い色を超えた赤黒い色が着いてしまっていた。


 これがまた、自分の血を一切含んでいないのも白仙としては自分がほかのものに染められている気がしてならなかった。


 ため息を一つつき、あとで漣とつながったときにでも着替えの一つや二つぐらい用意してもらおうと決心しつつ、ダンジョンの最奥へと向かう。


 そして、同時刻。




「いいか。初級だからといって侮るな。最近、ここいらでダンジョンの難易度が急変するという事故が発生している。気を引き締めていくぞ」


 赤色がよく似合う整った顔立ちの固い鎧に身を包んだ、大剣を持つ男。彼の名はアルギ。この世界において三つの大国の一か国バルトスの自警団団長である。


 今は、新人教育の一環として最近冒険者の中で話題に出ている、難易度の急変問題について任務に来ていた。


「どうかしたんですか?アルギ隊長」


 ダンジョンに入って第六階層目にして、アルギが足を止めた。


「いや。さっきから、モンスターの量が絶対に一度全滅させられている。こんなに少なくない」


「言われてみると。一度いなくなった後のような量しかいませんね」


 アルギの後ろから同調声をかけるのは、副団長の座に就く剣技において右に出るものはいない実力を持つ蒼剣の騎士こと青髪のミユウ。


「もしかしたら、先に入った冒険者がいるのでしょうか」


「可能性は十分にあるな。総員。先客がいるようだ。もし冒険者ならばあの問題に遭遇していたら危険な状況だ。少し速度を上げて進行する」


「「はっ!」」




 最終階層前のゲートにて、またあのスキルは発動した。ミニステータス画面に不運の文字が黄色く示される。


「またかの・・・ここが最後の部屋だとするなら、この先に不運級のモンスターがいると?あのグリフォン以上の実力があることを望むとするかの」


 冒険者証をリーダーにタッチさせ、ゲートを開ける。


 その先には七階層以上の広大さを持つフィールドに、至る所が陥没したり突起が発生し、異常なほどに凸凹でこぼこしているのが見て取れた。


「妙に凸凹しておるの。神速が使えるか分からぬ・・・」


 凸凹に少しでも足が引っかかればただでは済まない。転んだ日には時速をゆうに四桁ある神速である。木っ端みじんもあり得る衝撃が来るだろう。


 満を持して、足を踏み入れるとまたゲートが閉まる。と同時に大地が小刻みに振動しはじめ、地面にある小石が小さな音を立て始める。


「な、なんじゃ?この揺れは!」


 揺れは増していき、立っているのも空中動作スキルなしではやっとぐらいだろう。


 そして、上空から地震の根源が降りたち、グリフォンとは比にならぬ咆哮を一ヘクタールを超える凸凹のフィールドに響き渡る。


「・・・最後の華には相応しき真っ赤な竜じゃな」


 空気を乱れさせるほどの規模を誇る翼にそぐう巨体が足をつける。地震は一つの大きな波とともに過ぎ去る。


 目の前に現れた真っ赤な鱗に瞳を持つ竜は、静かに白仙びゃくせんを見据える。


 そして、ひと際大きな咆哮を上げ空気を乱れさせながら羽ばたき上空へ舞い上がる。


 広大なフィールドから見れば一割に満たない白仙と一割五分という大きな竜。もしこの場に観客がいたとするならば、全員が思うだろう。竜が勝つと。


「さて、やるかの」


 刀に手をかけ、引き抜く。二本の銀色の刃を持った紫雲と青雲が光を反射させ光沢を出す。


 二刀流の構えを取る。


 先に動いたのは火竜かりゅう。それに合わせ、一方通行で突進してくる直線から身体を抜き、突進を避ける。


 風を大きく切りながら曲線的に降下し、また高度を上げてフィールドギリギリの高度で停滞し始める。


「次は、こちらから行ってやろうっ!式術転」


 左手にある青雲を空中へ放り、自身の目の前に切っ先を火竜へ向けた状態で落ちてきた青雲に左手で一瞬掴み、柄を左へ捻りながら手を離す。青雲は空中で静止し左に高速回転を始める。


「はっ!」


 捻る際に後ろへ行った左手を声とともに火竜へ向けて振り上げる。刀が回転力を得たまま、空中で左右へ揺れることなく竜へと突き進み、数十メートルの差を一気に詰め、三メートル。


 火竜は巨体を大きく動かせ、横へと回避しようとする。


「逃がさぬ。式術発動」


 にやっと神とは思えぬ狂気的な笑みを浮かべ、次の瞬間。火竜が見たのは紫雲と青雲を両手で持ち、二刀流の状態で、左に体をひねりながら近づく白仙の姿であった。


 竜もその動きには目を見張り、体が短いコンマという時間の単位硬直する。


 そして、横向きになっていた火竜の固い鱗胴体へ横一線を切り裂き、鮮血が溢れ出す。火竜は驚愕を表すかのようにひと際大きな声を出す。


 それもそのはず。この火竜の鱗はそんな単なる刀に切り裂かれ、皮膚へダメージを与えられる様なものではない。


 ダメージを与えるにも、鱗と鱗の間に剣を入れて突き刺すしかないはずが、白仙はいとも簡単に横に鱗の隙間も関係なく、切ってきたのだ。


「次は・・・首じゃ!命の灯は潰えるものぞ?」


 回転を空中動作スキルで止めて、切り裂かれながらも知能があるのか白仙を見据えたままの火竜へ体を向け、口角を不敵にあげ笑みを浮かべる。


 フッと着地する寸前に体を一回転させ静かに降り立つ。


 そして、次は逆に白仙が驚かされた。目の前にいる火竜を見ると、横一線になっている翼をなぞるように円形の複雑な幾何学模様が光を放っていた。


「んや!?なるほど、漣のやつが言っていた魔法とかいうやつじゃな?」


 この戦いを遊戯かのように白仙は楽しそうに口角が上がり切っていた。


 魔法陣の中心部が赤く炎を上げて燃え始めるとともに、方向性の決まった火柱が勢いよく吹き出す。


 それには思わず、白仙も一瞬顔が真顔になり後ろへと勢いよく後退する。が、火柱は火力を維持したまま逃げた先の白仙へ狙いを変えて立て続ける。


「くっ。魔法とやらは何やらめんどくさいものであるな・・・」


 顔は先ほどと一転して苦虫を嚙み潰したように苦しい表情を浮かべる白仙へ、火竜はなおも魔法陣から炎を出し続ける。


 神速を最大限に使い、フィールドを駆け回る。


「・・・そろそろ打開しなくてはならぬ」


 フィールドの凹凸を考えながらの神速にもかなり体力を消耗始めていた。


 足がとられればすぐに炎をに焦がされ終了であろう。その火力はフィールドの焦げ具合が物語る。


 白仙が走った道は焦がされ、黒くなり所々では何か燃え続けるような物があったのか、小さな火を出していた。


 神速の状況では先ほどのように刀を使った移動もできない。


「くそ。これも不運のせいだというのかや?」


 その言葉も置き去りにして走る。速度は四桁台。にもかかわらず異様な速度で炎は迫る。


 翼の裏に回っても炎が止まることなく白仙を追尾し続ける。


「・・・はぁ。はぁ。桃よ、すまぬが少し借りるぞ」


 疲れ、息切れを起こし始めた頃奥の手とはまさにこのこと。神衆長だから使えるといえる奥義のために聞こえてはいないだろうが、桃へと断りを入れ一瞬だけ目を閉じ、意識を左目へ移す。


「仙」


 たった二文字の言葉を発した瞬間、時が偽りなく止まる。


「新雪振りし山の社にて祀られしは我。白仙のこと偽りなく。新雪の白さはすべてを覆いつくして無へと帰す。神下の白銀世界!」


 白仙の本当の姿である真っ白い狐が頭を上げ、フィールドの土の天井へ叫ぶと同時に全体に雲が発生し、新雪が降り出しやがて強く。吹雪と化した。


「我の本気に手が出せると思うな。弱竜よ」


 止まった火竜に狐の姿のまま向き直り、キッと睨みつける。


 そして、時が動き始めた時には火竜は生きているはずもなかった。


 狐の姿から戻った白仙は動き出した時の中でも微動だにしない火竜の首へ最初と同じように。

 

 青雲を上空の火竜の首元へ投げつける。


 回転斬りを決めるため、体を左に倒し、捻りながら青雲へと移動し、青雲を左手でつかみ取って遠心力をフル活用し、三回転の合計六回。切り付けると、火竜の首は皮一つよりも薄くなり、ぶら下がり血がきれいすぎる切り口によりゆっくりと滴り落ちる。


 火竜が動けなかったのは吹雪によって体の芯から凍ったのではなく、白仙が雪を司った神であったがためである。


 白仙の使った仙という能力は時を止め、狐の姿となって吹雪を降らせるだけでなく、白仙のこの世界で言うところのエクストラスキルを発動させる。


「新雪が降り、交通網が止まってしまった下界のようじゃな」


 そういうことである。事象をも動かせる白仙にとってこんなことなどいとも簡単に起こせてしまうのだ。


 新雪の積もった雪の上へ降り立った白仙は頭上の火竜を見上げる。


「んやぁ!??」


 皮一枚未満の状態で繋がっていたものが竜の巨大な頭を繋げていられるはずもなく、ぶち。という音ともに白仙の上に落下した。


「んぎゅぅ!」


 勝ったにもかかわらず、締まらない声とともに押しつぶされた衝撃で意識が天界に届かないぐらいの高さまで飛んで行った。




 そして、そんなボス戦を他所に異変を感じながら移動速度を上げたバルトスの自警団一行は。


「そろそろ中間地点です。モンスターの生成も戻ってきましたね」


「ああ。しかし、誰かが通ったのは間違いない。もう七階層に着く。中ボス戦だろうな。統計から言えば」


 先頭を進むアルギとミユウが七階層を前にして呟く。


 そして、六階層から階段を下って七階層のゲート前。通常のゲートよりも周りが装飾されたゲートは言わずもがな、中ボス前のゲートである。


「よし。もしも先陣者がいた場合は保護を優先する。いくぞ!一番隊突撃開始!」


 アルギがゲート横のリーダーにカードを当て、ゲートを開くと同時に軽装備の高機動隊が開く途中のゲートをすり抜け、六名入る。


「二十八・・・二十九・・・三十!二番隊一番とスイッチ!」


 六名の侵入によって閉じられたゲートが三十秒が経った後に開かれる。


「報告です。ボスは・・・討伐が完了され、異変も発生したと思われます。が、魔石が回収されておらず細部の調査を要すると思われます」


「なんだと・・・!よし、三番四番は第七階層で現場を調査。一番と二番は俺に続いて最下層へと進む。ミユウはここで指揮を担当してくれ」


「了解しました。三番隊四番隊、ゲートを越えた後に調査機材を配置し、徹底的に調べるぞ」


「「はっ!」」


 開いたゲートを今回の作戦に出撃した全部隊が通り抜け、固く閉ざされる。


 そして、アルギは一番隊の六名の高機動型の兵と身の丈ほどの多いな盾を持った防御力に長けた兵三名、鉄製のロングソードを携えた鎧に身を包んだ主力三名からなる二番隊を引き連れ、酷い死に方をしたグリフォンを横目に奥のゲートを越える。


 ミユウは指示通りに刻印術式と呼ばれる魔法の術式が事前に物に刻まれたものを使ってフィールドのありとあらゆるものを調べ始める兵に指揮を執る。


 これは、後にこの調査によって判明したことだが、ダンジョンの異常性の原因が何か神聖的。つまりは神々の力が加わったものだと判明する。


「なぜボスの部屋にしか異常が発生しないのだ・・・」


 そんなことをひとり呟きながら、迫ってくるレベル十にも満たないゴブリンを大剣で弾き飛ばす。


 それから、レベル平均が七十を超える部隊に途中階層のいわば雑魚モンスターが傷の一つや二つ与えられるはずもなく、難なく最終階層。十四階層目へと辿り着く。


 ゲート前に立ったアルギ一行は疑問を覚えていた。


「隊長・・・」


 兵の一人が口を開き、我慢ならずに疑問を投げかける。


「わかっている。この先に先陣を切った冒険者がいるはずなのだ。テンプレート通り一番隊が三十秒で情報をできる限り得る。そこから全部隊で情報をもとに戦線を形成する。よし、決意が決まったら行くぞ」


「「はっ!」」


 ゲート前で訓練された受け答える声が響き渡り、兵士の顔が誰が見てもわかるほどに固い決意に満ちた顔で溢れ、一層士気が高まる。


「第一番隊!構え。・・・・・・突撃!」


 先ほど同様、リーダーにカードを当てゲートを開けると細い隙間い体を滑らせ、六人が一斉に入りゲートが閉じられる。


 戦闘においてボス戦。つまりは危険性の高い時に使う自警団テンプレ戦法の先陣を切ってから三十秒後に情報を得た先陣部隊を戻して作戦を決める、この方法はダンジョンの性質をうまく利用している。


 ボス階層のゲートは開錠から人が入るとその二秒後に閉じられるシステムがあり、中へ入ると閉じられ死ぬか倒す以外開ける方法がないのだが、部隊として行動している際に遅れてきた人への救済処置のようにゲート外に仲間がいるならば、ゲートを開けることができる。


 そして、開けることのできるようになったゲートによって三十秒偵察からの帰投を可能にし、敵についての情報を高精度で得ることができる。という戦法である。


「そろそろだな」


 アルギの言葉と同時にゲートが開かれる。


「隊長・・・またですが、次は保護するべき先駆者がおり、現在五名で救助中です。そして、言った通りここのボスも討伐されておりました」


「そうか。二番隊、救助中の一番を援助」


 空いたゲートをくぐりつつ、ボスの部屋へ入ると、空気の異様さに横を歩いていた高機動部隊の一人にアルギが尋ねる。


「個々のボスは何だった?」


「火竜のようです。しかもグレートだったようで、フィールドの七割が焦げていますね。ダンジョンの自己修復が働いたうえでです」


「いや。フィールドの温度が低すぎないか?こう、昔戦ったブリザードドラゴンの凍化を打った後のような寒さが残ってるんだが」


「なるほど。ブリザードドラゴンとは僕は戦ったことがないので分かりませんが、グレートのあの技を打った後の温度ではないですよね」


 ボスが死んでいると分かっていれば、別段身構える必要もなく、ゆっくりと火竜の所へ歩いていくと、火竜の頭によって気絶したままの白仙が救助された。


「隊長!獣人の冒険者を確認しました。きっとこの様子からして、ボスを討伐したのはこの少女と思われます」


「ん。その子は俺が運ぶ。誰か第七階層で調査中のあいつらへ伝えてくれ。先に国へと戻っている」


「「はっ!」」


 アルギは床に寝かせられた白髪の獣人。正確には神様なのだが、背中に乗せて地上階へ直で行けるゲートへ向かっていく。


 アルギのいなくなった十四階層のボスフィールド内では、兵士によって誰が七階層まで戻るかを相談し始めた。


「誰が行く?」


「やっぱり、高機動の六人のだれかだろうよ」


「いや。仕事量を考えてくれないか?俺らはもう二回もここで突撃してる。対してお前らは何もしていないだろう?」


「盾部隊は無理だ。俺らが七階層まであの階段を上がったり、戦闘をするには時間がかかるからな」


 階段。そのいい例が地下鉄の階段である。あれの三倍の段数が一階層ごとの高さであり、ボスのような高さのある階層ではその倍以上あるのだ。


「はぁ・・・いいよ。俺が行くから、こんなかで一番足はええから」


 そういってひと際小柄な第一部隊の少年が第七階層へと戻るため、元来たゲートへと歩いてった。


「そういや、あいついっつも一人だよな」


「ああ、訓練の時も結構剣振るうのに合わせてランニングしたりと頑張り屋なんだよ」


「俺はああいうタイプにはなれないな」


 などと口々言いながら、外へ出るゲートへと歩みを進めた。


 そして、地上で全員が合流し帰国の道へ馬を歩かせていくのだった。

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