第五話 ダンジョン最深部Ⅰ


 最終階層前のゲートにて、またあのスキルは発動した。ミニステータス画面に不運の文字が黄色く示される。


「またかの・・・ここが最後の部屋だとするなら、この先に不運級のモンスターがいると?あのグリフォン以上の実力があることを望むとするかの」


 冒険者証をリーダーにタッチさせ、ゲートを開ける。


 その先には七階層以上の広大さを持つフィールドに、至る所が陥没したり突起が発生し、異常なほどに凸凹でこぼこしているのが見て取れた。


「妙に凸凹しておるの。神速が使えるか分からぬ・・・」


 凸凹に少しでも足が引っかかればただでは済まない。転んだ日には時速をゆうに四桁ある神速である。木っ端みじんもあり得る衝撃が来るだろう。


 満を持して、足を踏み入れるとまたゲートが閉まる。と同時に大地が小刻みに振動しはじめ、地面にある小石が小さな音を立て始める。


「な、なんじゃ?この揺れは!」


 揺れは増していき、立っているのも空中動作スキルなしではやっとぐらいだろう。


 そして、上空から地震の根源が降りたち、グリフォンとは比にならぬ咆哮を一ヘクタールを超える凸凹のフィールドに響き渡る。


「・・・最後の華には相応しき真っ赤な竜じゃな」


 空気を乱れさせるほどの規模を誇る翼にそぐう巨体が足をつける。地震は一つの大きな波とともに過ぎ去る。


 目の前に現れた真っ赤な鱗に瞳を持つ竜は、静かに白仙びゃくせんを見据える。


 そして、ひと際大きな咆哮を上げ空気を乱れさせながら羽ばたき上空へ舞い上がる。


 広大なフィールドから見れば一割に満たない白仙と一割五分という大きな竜。もしこの場に観客がいたとするならば、全員が思うだろう。竜が勝つと。


「さて、やるかの」


 刀に手をかけ、引き抜く。二本の銀色の刃を持った紫雲と青雲が光を反射させ光沢を出す。


 二刀流の構えを取る。


 先に動いたのは火竜かりゅう。それに合わせ、一方通行で突進してくる直線から身体を抜き、突進を避ける。


 風を大きく切りながら曲線的に降下し、また高度を上げてフィールドギリギリの高度で停滞し始める。


「次は、こちらから行ってやろうっ!式術てん


 左手にある青雲を空中へ放り、自身の目の前に切っ先を火竜へ向けた状態で落ちてきた青雲に左手で一瞬掴み、柄を左へ捻りながら手を離す。青雲は空中で静止し左に高速回転を始める。


「はっ!」


 捻る際に後ろへ行った左手を声とともに火竜へ向けて振り上げる。刀が回転力を得たまま、空中で左右へ揺れることなく竜へと突き進み、数十メートルの差を一気に詰め、三メートル。


 火竜は巨体を大きく動かせ、横へと回避しようとする。


「逃がさぬ。式術発動」


 にやっと神とは思えぬ狂気的な笑みを浮かべ、次の瞬間。火竜が見たのは紫雲と青雲を両手で持ち、二刀流の状態で、左に体をひねりながら近づく白仙の姿であった。


 竜もその動きには目を見張り、体が短いコンマという時間の単位硬直する。


 そして、横向きになっていた火竜の固い鱗胴体へ横一線を切り裂き、鮮血が溢れ出す。火竜は驚愕を表すかのようにひと際大きな声を出す。


 それもそのはず。この火竜の鱗はそんな単なる刀に切り裂かれ、皮膚へダメージを与えられる様なものではない。


 ダメージを与えるにも、鱗と鱗の間に剣を入れて突き刺すしかないはずが、白仙はいとも簡単に横に鱗の隙間も関係なく、切ってきたのだ。


「次は・・・首じゃ!命の灯は潰えるものぞ?」


 回転を空中動作スキルで止めて、切り裂かれながらも知能があるのか白仙を見据えたままの火竜へ体を向け、口角を不敵にあげ笑みを浮かべる。


 フッと着地する寸前に体を一回転させ静かに降り立つ。


 そして、次は逆に白仙が驚かされた。目の前にいる火竜を見ると、横一線になっている翼をなぞるように円形の複雑な幾何学模様が光を放っていた。


「んや!?なるほど、漣のやつが言っていた魔法とかいうやつじゃな?」


 この戦いを遊戯かのように白仙は楽しそうに口角が上がり切っていた。


 魔法陣の中心部が赤く炎を上げて燃え始めるとともに、方向性の決まった火柱が勢いよく吹き出す。


 それには思わず、白仙も一瞬顔が真顔になり後ろへと勢いよく後退する。が、火柱は火力を維持したまま逃げた先の白仙へ狙いを変えて立て続ける。


「くっ。魔法とやらは何やらめんどくさいものであるな・・・」


 顔は先ほどと一転して苦虫を嚙み潰したように苦しい表情を浮かべる白仙へ、火竜はなおも魔法陣から炎を出し続ける。


 神速を最大限に使い、フィールドを駆け回る。


「・・・そろそろ打開しなくてはならぬ」


 フィールドの凹凸を考えながらの神速にもかなり体力を消耗始めていた。


 足がとられればすぐに炎をに焦がされ終了であろう。その火力はフィールドの焦げ具合が物語る。


 白仙が走った道は焦がされ、黒くなり所々では何か燃え続けるような物があったのか、小さな火を出していた。


 神速の状況では先ほどのように刀を使った移動もできない。


「くそ。これも不運のせいだというのかや?」


 その言葉も置き去りにして走る。速度は四桁台。にもかかわらず異様な速度で炎は迫る。


 翼の裏に回っても炎が止まることなく白仙を追尾し続ける。


「・・・はぁ。はぁ。桃よ、すまぬが少し借りるぞ」


 疲れ、息切れを起こし始めた頃奥の手とはまさにこのこと。神衆長だから使えるといえる奥義のために聞こえてはいないだろうが、桃へと断りを入れ一瞬だけ目を閉じ、意識を左目へ移す。

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