~終幕~
孤独の吸血姫
カリナ・ノヴェールが去って五日後──。
鼻を突く鉄分臭に、ふと
「
それが吸血行為の代用となるなら、普及推進案を一考してもいいかもしれない。
もっとも反発は多いだろう。
そもそも一般吸血鬼の魔力維持が期待出来るかは解らない。カリナや自分は〈
「カーミラ様」
聞き慣れた
ジル・ド・レ卿に代わる新たな側近・メアリー一世だ。
「メアリー、居住区見直し案に進展があって?」
報告に
「防壁をシティ外まで拡張するには、あと半年は掛かると見通しが……」
「そう……」
今回の内乱で、少女領主は防壁拡張の必要性を学んだ。
シティを──
この領地
防壁がロンドンを──
そうした
それに
「人間達の
「悪くはありません。働き口が出来た事により生活の安定が見える……と、民衆は歓迎しているようですね」
防壁拡張工事には居住区をはじめとした〈人間〉達を広く
そして、これを束ねる共同責任者は、ジョン・ジョージ・ヘイとペーター・キュルテンになる。
「現場の雰囲気は
「ええ。
人間達の〈吸血鬼〉に対する嫌悪と
しかしながら、カーミラの胸中には誰にも
(……エリザベート・バートリー)
因果な事に、彼女の
さもなくば、ジル・ド・レ戦で
「……カーミラ様?
「いいえ、何も……」
メアリーからの呼び掛けに
「ところで、それって
冗談めいて
と、メアリーから
「何かしら?」
「いえ、今回の一連があってこそ、カーミラ様も変わられた……と」
「そう?」
「以前は政治に消極的──ともすれば無関心な
「ん~……どうかしらね?」
カーミラは
「今回の一件で、理想論と現実のギャップに気付かされた事も多々ある。自分が
「何よりも、守っておいてあげたいのよね──
「帰れる場所……ですか?」
真意が
だが、カーミラの
少女城主の
二人が思い浮かべていたのは、心優しき
あの黄色い巨眼は、この瞬間も
静かに月を眺め続ける。
あの
「ドイツくんだりまで来てみたというのに……何処もかしこも変わらんな」
「この道はオマエの村へと通じているのか?」
少女を送り届ける
「うん、そうよ。ダルムシュタットっていうの」
隣に並び歩く子供は
警戒心は感じられない。気を許した……という事だろうか。
年齢は十歳前後。ピンク色のチャイルドドレスが愛らしい。頭には赤いバケット帽を被り、バスケットケースを腕に通している。
出会ったのは偶然だ。
以降、襲撃は無い。
厳密には何体か遭遇したが、
「何故、あんな所にいた? 子供一人が出歩く場所でもあるまいよ」
「あのね、あのね? あそこ、たくさん野苺が採れるの」
「お母さん、野苺好きなの」
無垢な笑顔に
「だからと言って、子供一人で
「……うん」シュンと沈んだ。「前は、お父さんと行ったけど……」
「
「うん」
「お母さん、病気だから……大好きな野苺なら食べられるかな……って」
ふと似た境遇の少年を思い出した。
ロンドン居住区で出会った少年──救ってやる事が出来なかった。その
「ほらよ」
バスケットケースへと
「え?」
驚き見つめ返す少女を
「いいの?」
「悪けりゃやらん」
不器用な横顔を
「お姉ちゃんは、どこへ行くつもりだったの?」
この人の事を、もっと知りたくなった。
何故なら〝いい人〟だからだ。
そして〝優しい人〟だからだ。
「さてな……
「行くとこ、ないの?」
「無いな」
少女は何故だか悲しくなった。
この〝優しいお姉さん〟には〝おうち〟が無い。
家族がいない。
お母さんも、お父さんも、食卓も、
「じゃあ、ウチにお泊まりして? お姉ちゃん、命の恩人だもの。お母さんだって喜ぶわ」
「フッ、私を
乾いた
ささくれた心を、温情が
自分の
数歩、沈黙に足を
「オマエ、母親は好きか?」
「うん! 大好き!」
満面の笑顔が答えた。
「……そうか」
その言葉が聞けるならば、
これから先、
不意に指先へと温もりが絡まった。
幼い指が絡まる感触だ。
その懐かしさに寂しさが動揺する。
思わず並び歩く姿を求めると、一瞬だけ〈レマリア〉がいた。
が、
そこに在るのは
淡い苦笑に
「……未練だな」
だが、それにさえ負ける気がしなかった。
心に
そして、私の本質は、結局〈
なればこそ、混沌に身を投じよう。
この
哀しいまでに
「お姉ちゃん、行こう?」
少女が手を引いた。
次なる混沌の地は、もう近い。
[完]
孤独の吸血姫 凰太郎 @OUTAROU
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