醒める夢 Chapter.6
ロンドン塔敷地内には
「ずいぶんとカビ臭い場所だな」
カリナの毒突きを拾い、カーミラが簡潔な説明を
「この塔は、かつて拷問処刑場でもあったの。
「ィェッヘッヘッ……そいつは、どうかねぇ? ま、お楽しみって事で……おおっと、此処だ此処だ」
ようやく目的の部屋へと到着し、
「こ……これは!」
あまりの惨状に言葉を失う
霊気と冷気が
子供! 子供! 子供! 子供! 子供!
吸血鬼ですら
「これは……まさか、ジル・ド・レ卿が?」
思い当たる吸血騎士の
「ま、そういう事らしいな。いつから再発したかは知らねぇが……おっと、コイツだコイツ」
室内を慣れて探る死神が一人の子供の前で
見覚えのある少年であった!
「この子は……っ!」
驚愕するカーミラ!
居住区で出会った
「何故、この子が此処に?」
「ィェッヘッヘッ……
「まさか、ジル・ド・レ卿と魔女は通じていたの?」
「いんや? あのショタコン騎士と魔女は通じてねぇよ。けど、まあ〈
ゲデの
判らないが……少年を守れなかったという後悔の念だけは、
この少年だけではない。
虫の息で
自責に拘束されたカーミラを
「何が言いたい?」
「ゼェ……があ……ちゃ……」
言葉を
「心配するな、オマエの母は無事だ」
苦しみ
母親が死んでいるか生きているか──真実は知らない。
それでもカリナは、そう
「オイ……ラ……どうじで……ごんな……?」
「……私の強さは知っているな?」
「う……ん」
「なら、安心して待っていろ。吸血鬼如き、敵ではない」
「……うん」
苦しそうに、嬉しそうに、命が
直後、少年が
「ひとつだけ選ばせてやる……私と共に
「ぎゅ……げづぎ?」
「ああ」
事の
その確固たる
「どうする? 私と共に来れば、そんな苦しみからは永遠に解放されるぞ?」
されども、少年は困ったように首を振る。
「ううん……があちゃ……の……子……いい……」
「……そうか」
黒の
予想通りの返事であった。
望んだ答えであった。
少年の
「私を信じろ。痛みなど無い」
そして、魔剣は
約束通り、一瞬たりとも痛みなど与えずに……。
暗い静寂──。
またひとつ命が
たった数時間で、
重い現実だ。
「さて……と、じゃあ約束通り教えてやるかね。お嬢の過去を──」
「アンタはカルンスタイン令嬢が言う通り〈ジェラルダインの
「直接見る? どうやって?」
「
そして、ゲデの
風そよぐ小高い丘にカリナ達は降り立った。
空は清々しいほど青く、萌える草花は健全な生を
「なんだか懐かしいわね、この正常な光景は……」
周囲の情景を展望したカーミラが、しみじみと懐古に
「どうやら村の
呟いたカリナは奇妙な違和感を覚えた。
まるで
いや、彼女だけではない。カーミラも、ゲデも──全員が霊体化しているではないか。
「幽体化した覚えはないが……」
「
急に身構えるゲデの注視を追った。
一人の娘が丘を登って来るのが見える。
純白ドレスに、
その少女を見るなり、
とりわけ、カリナの驚愕は
「アレは……
「この村の領主〝アンカース家〟の娘──それが
「なるほどな。だから、キサマは〝
「まあな」
「に、しても──」過去の〝
どちらかと言えば、カーミラ
小さな人影が、せっせと
その姿を視認した瞬間、カリナは絶句に
「まさか……レマリア?」
絞り出した声が震えていた。
懐かしさと、
「レマリアーーーーッ!」
思わず駆け出していた!
感情に支配されるままに!
ただ
「ああっと! 待てよ、お嬢!」
制止の声など知った事ではない!
歴史の改変が、どうした!
あの
「此処だ! 私は此処にいるぞ、レマリア!」
されど屈託のない笑顔は、
「もう! わたし、まってっていったのよ!」
満面の笑顔で幼女が抱きついたのは〝忌まわしき
「おねえちゃん、ズルい! わたし、こどもなのよ! おそいんですからねーだ!」
「うふふ、ごめんなさいね。さあ、
「わあ、ほんとなの! これ〝おはなばたけ〟なのよ?」
「そうよ? 綺麗でしょう」
「うん、きえいね」
噛み締める
現実の無情を突きつけられた
「ィェッヘッヘッ……だから言ったじゃねぇかよ? オレ達ァ〝時空を越えた意識体〟そのもの。過去には介入できねぇんだよ」
「……分かっている」
「意識体が
「分かっていると言っている!」
さぞかし失意に沈んでいる事だろう──
しかし、立ち上がった
「そうか……あの子供が〈レマリア〉の
「ありゃ? 思ったよりも平然としてやがらぁ」
「
「クソッタレなタフさな事で」
正直、カリナにしても平気なわけではない。
むしろ
それでも、受け止めるだけの
後は〈現実〉に
無論、言うほど簡単ではないが。
「……あの二人、姉妹なのか?」
「ああ、あのチビスケはアンカース令嬢の妹──つまり〝生前のアンタ〟の妹さ」
「……そうか」
実感を
心を満たしてくるのが〝嬉しさ〟なのか〝寂しさ〟なのかは、彼女自身にも判らない。
月明かりがテラスから射し込む。
穏やかな気候だ。寝苦しさは無い。
にも
「ぅぅ……ぁぁ……ハァ……やめ……て」
その
「……どういう事?」
「それはどちらの意味だ、カーミラ?」
「どちらも……よ、カリナ。わたし達はさっきまで
「ああ、微弱ながら魔力を感じる。
彼女達〈吸血鬼〉が吸血行為に
「さて……と、まずは軽く説明してやるかねぇ?」
「まずは〝時間と場所の
実体無き
「で、お嬢を気持ちよ~く
「ハァ……ぃゃ……ぃゃ……」
「この現象は毎夜続き、
「ぅぁぁぁあああーーーーっ!」
突然、アンカース嬢が絶叫に
それは絶頂にも悲痛にも似た叫び!
呼応するように、
カーミラは身に覚えがあった。
魔剣を手にした時の荒れ狂う波動だ。
ただし圧迫感は、あの時の比ではない。
「こ……この波動は?」
「まさか〝ジェラルダイン〟か?」
「イヤ……イヤァァァアアーーーーッ!」
悪夢の餌食が激しく乱れ苦しむ!
と、赤き圧迫が次第に
「ィェッヘッヘッ……果ててやんの」
「……殺すぞ、キサマ」
いつもよりも気色悪く感じるニタリ顔を、カリナが殺気任せに
「けれど、これでハッキリしたわね。生前の
「──ああ、間違いなく〝ジェラルダイン〟だ」
カーミラの
ややあって、アンカース令嬢が起き上がった。
その表情に自我は
「やはり〝催眠効果〟を植え付けたかよ」
「いいえ、カリナ。どちらかと言えば、これは〝遠隔支配〟だわ。何故なら〝ジェラルダイン〟自身は訪れていないのですからね」
「さすがは〈
皮肉を吐き、
アンカース令嬢が虚脱的に
「いよいよ迎えに来るのかしら?」
「オマエなら、そんな面倒を
カリナの指摘に、カーミラは
「いいえ、あそこまで
観察対象が
まるで猫のように、しなやかな身のこなしで!
二階の高さから物音
「あら、この頃から体術に覚えがあって?」
「……なワケあるかよ。どう見ても、
思わず腰の魔剣へと警戒心を向けていた。
白い夢遊病が辿り着いたのは、閑散とした石造りの
魔剣〈ジェラルダインの牙〉だ。
その前まで進むと、アンカース嬢は崩れ落ちた。
様子を見る意識体が気配すら
「おい、ゲデ……此処は何だ」
「此処は〝ジェラルダインの墓〟だな」
「……何?」
「人も寄りつかねぇ
「じゃあ〝ジェラルダイン〟は、この村で
食いついてきたカーミラを
「さあねぇ?
アンカース嬢が
「アナタなのね……毎晩、私を苦しめているのは!」
わなわなと抗議の
「何故? 何故、私を苦しめるの? アナタとは会った事すら無いというのに!」
彼女の反発は魔剣へと向けられたものではある。
しかしながら、その口調や態度は明らかに〝
「どういう事かしら?」
「おそらく
「それって〝ジェラルダイン〟の魂?」
「
哀れな
「なんでよ! なんで毎晩『血を吸え』と
「アナタは恐ろしい精神異常者よ! そして、私にも
必死な無力を
「どうやら相手を〈
「私は狂ってなんかいない! 血を飲みたいなんて思ってない!」
一心不乱に頭を振って、否定し続けた。
それが何にもならぬ事を〝カリナ・ノヴェール〟は知っている。
「
「いや、潜在的に有ったはずだ──何せ〈
とはいえ、それは〈
屈した者こそ〈
「もう、やめてよ! 父様も、母様も、村の人達も……そして、レマリアさえ──大事な人が、みんな
アンカース嬢は
「それを理性で
魔剣は黙したまま語らない。
が、傍観する魔姫達は意思意向を感じる事が出来た。
「……次だな」
カリナが確信を
「い……いや!」
アンカース嬢の
「これって、まさか強制支配を?」
「ああ、遠隔支配の延長だろう。まったく……強引な手に出てくれる」
魔剣が
「いや……やめて……いやよ!」
理性を振り絞って抵抗するも、少女の
「私は、アナタの〈
クシャクシャに泣き崩れた顔で、それでも〈人間〉としての尊厳に
されど、強大な〈魔〉の前では、小鳥の
震える手が着実に
「いやあぁぁぁーーーーっ!」
彼女は呪われし魔剣を引き抜いた。
夜風は
窓から吹き込む
レマリアが大好きな人の匂いだ。
だから、ゆっくりと意識が覚める。
お姉ちゃんが胸へと沈めてくれていた。
髪を
「……ん、おねえちゃん?」
寝ぼけ
これから起こる事を確信しながらも、カリナは傍観するしかない。それが、とても
「……ゲデ、いま一度
「ああ、無理だね」
「例外的な措置法も無いのか?」
「無いね」
「……そうか」
それ以上は
覚悟を決めて直視するだけだ。
確定された哀しみを強く抱き締める。
「おねえちゃん、どうしたの?」
「どうもしないわ、レマリア」
魔性の
幼い妹は、
軽く感じた違和感さえも、警戒心へ直結させる事が出来なかった。
「ねむねむできないの?」
「そうね。ちょっと眠れないの」
「イタいイタいなの?」
「ううん、もう苦しくないわ」
「うん?」
親指吸いにコテンと頭を
姉は──
感情を浮かべぬ冷たい表情が、
「ねえ、レマリア──」
「うん?」
「──大好きよ」
「わたしも、おねえちゃんだいすきなのよ?」
「……有り難う」
悲しみを微笑んだ。
「ずっと大好き……ずっとずっと一緒だからね」
「うん。ずっといっしょなの」
幼さが嬉しそうに染まる。
深く顔を
「さあ、もう眠りなさい……それまで、こうしていてあげるから」
「うん」
約束通り、幼き
静かに──そして、ゆっくりと
起こさぬように──声を上げさせぬように──痛くないように──そして、恐怖を与えないように。
気品に愛された
それを
旧暦中世──かつてウェールズ地方には、
紅蓮に染まる灼熱と、
その奥深くで、魔性は眠りに
激情任せの
されど──。
「──レマリア」
魂が疲れ果てた。
その
そして、彼女は石の如く眠った。
運命の目覚めまで──。
気がつけば、カリナ達は例の拷問場に居た。
状況が動いた形跡は無い。
現実時間は数秒しか経過していなかった……という事だろう。
「そう……そうだったの」
カーミラは
同時に、彼女が〈レマリア〉という幻像を生み出し、狂気的
(けれど、彼女は〝同属化〟をしなかった──妹を始めとして、村人の誰一人として)
カーミラの
「最愛の妹をテメェで
聞いているのかいないのか……カリナは無反応だ。
少年の
「何にせよ、それからお嬢は
「それって〈
「
またひとつ、カーミラの疑問が
(
「
「
期待を裏切り、カリナは平然と憎まれ口を返す。
目の前で眠る少年の顔を
見渡す限りの
「
「はあ? お嬢が説明しろって言うから、わざわざ──」
「結局、
腹立たしさを噛むゲデ。
とはいえ、結局は折れるしかない。
「チッ! 何だよ、優先すべき事ってのは?」
「この部屋で
激情
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