醒める夢 Chapter.5
普段は不必要なほど静寂に祝福された大広間が、
黒が攻め、白が
白が攻め、黒が
カリナ・ノヴェールとカーミラ・カルンスタインの攻防は、
「そうか……キサマか! キサマだな! キサマがレマリアを!」
少女城主を
「いまにして思えば、最初からレマリアを狙っていたな! だからこそ、私の滞在を周到に約束させた! そうだろう!」
「とうとう〈
「とぼけるな! 恥知らずの〈
ついに来るべき瞬間を迎えた──それを覚悟したカーミラの表情は、儚げな悲哀を
(
カーミラの哀れみが自分へと向けられたものだと、カリナが
「
怒り任せに
その軌跡は鋭利ながらも、相変わらず乱雑であった。
他の吸血鬼ならいざ知らず、カーミラに
「……
「上から言うかよ! その高貴ぶった態度、
自身が
「よくも、その動きをっ!」
「
その遠心力を
「
「何が〈
足裏が地面の感触を踏んだと同時に、カリナは屈伸態勢をバネと転化する!
「レマリアを返せぇぇぇーーーーっ!」
地を蹴る間合いに繰り出される突き!
勢いと全体重を乗せた
が、
標的と
「また猿真似か!」
「言ったでしょう? 同じ〈
「
まだ剣の間合いだ!
そのまま
「もらった!」
「チィ……
カーミラほどの技量ならば、交戦下で行使できて当然。
だがしかし、精神集中の行程すらも
「何処から来る」
鋭敏な警戒心を
(とはいえ、
物理攻撃へと転じるには再実体化の必要がある。
(双方が下手に動けぬ以上、襲撃時に実体化する気配を捕らえるしかない──一瞬の賭けではあるが)
感覚を細く
落ち
黙想に立ち尽くすカリナは、
しかし、秘めたる応戦意識に
大気拡散した
(
(はてさて、何処から攻めたものかしら?)
おそらく安全
足の
「な……なんて戦いだ」無力な
「で、あろうな」
不意に聞こえた声に振り向く。
彼の背後に立っていたのは、真紅のロイヤルドレスの吸血妃──メアリー一世であった。気高き
「
「次元が違い過ぎる」
観察視を動かす事もなく、メアリーは淡々と答えた。
その場に座り込むジョンは、斜め下よりメアリーを仰ぐ姿勢となっていた。そのアングルから
「僕から見れば、
「恐縮だが
「そうでしょうか?」
認識不足の格下が
「確かに、私の魔力底値は〈
結論を
重みを持て余したジョンも、彼女に
「どう見ますか? 有利な方は……」
「
「それは
「カーミラ様とて
「え?」
「重傷を
「じゃあ、どちらも不利な条件を?」
「だから言っている……
「自我の損失に関係なく……ですか?」
「筋金入りの〈戦士〉という事だろう」
ややあって、ジョンは異なる疑問を
「あの……〈
「何? 何故、そなたが〈
「先程、カリナ・ノヴェールが襲い来る
「ふむ?」メアリーは居住区での
介入を制された事柄ではあるが、そもそも真相すらメアリーは把握していない。
だが、カーミラは〈
そして、あの時に少女盟主が秘めていた決意が、迎えるべく瞬間を迎えたのだ──と。
カリナの
瞬間は近い──そう確信した
「そこかよ!」
振り向き
奇襲に飛び掛かる
後方頭上!
そこからカーミラは現れた!
「カリナ・ノヴェール!」
「カーミラ・カルンスタイン!」
愛用の武器を
「カリナ・ノヴェール! いい加減に目を
「何を意味不明な事をホザいている! 脳味噌でも
ギリギリと攻めぎ合う押し比べ!
「かつて
「言ったがどうしたよ! 事実は事実だろうが!」
「まだ
哀れみと悲しさが
「ならば、ハッキリと言ってあげる! 最初から存在しないのよ!
「なっ?」
一瞬、カリナが
想像すらしていなかった言葉だ。
そして、彼女の
カーミラには好機である!
だが、それも一瞬──。
「言うに……
カリナが
激情が
「あう!」
床へと
直接的な肉弾戦となれば、全開状態のカリナに
すかさず
痛みを感じている余裕などない!
それほどの相手だ!
(
「させるかよ!」
瞬間的に回避を意識したにも関わらず、
捕食の如き瞬発力が赤い
「っあああああーーーー!」
非情の
ジル・ド・レが負わせた致命箇所だ!
「妙だとは思ったが……キサマ、
「っくう!」
「隠していても、
「やっ……ぱり、あの〝
「古代ギリシアの神話に於いて、
「ああ、そうさ。レマリアと──あの子と共に生きるために、私は吸血行為を捨てる必要があった。己の生命と魔力を維持するために、新たな糧を模索したのさ。常若の国の〈妖精の林檎〉や日本神話の〈
カーミラは言葉に
原初の血が、そうさせる。
哀しき
それでも、自分とカリナには
それを思うと笑わずにはいられない。
どこまでも哀れみを
「フフ……フフフ」
「何だ? 何が
「だって、
「キサマァァァアアーーーーッ!」
逆上が
それに呼応するが如く、
「クッ……ァァァアアアアア!」
彼女の中で
「吸え! 吸い尽くせ〈ジェラルダインの牙〉!
深い憎悪が、けしかける!
ますます光を輝かせる魔剣──と、その輝きは
「何だ? 何故止まった〈ジェラルダインの牙〉よ!」
「ハァハァ……フ……フフフ」九死に一生を得た
「な……何だと?」
「魔剣の中で
「な……何だ? 何を言っている!」
「この魔剣は〝ジェラルダイン〟そのもの──おそらく〝魂の転生体〟か、
「だから、何を……!」
「わたし達は共に〈
驚愕すべき
確かに自身の
さりとも、あまりに予想外の
「た……
「だからこそ、
「幻影……だと!」
またも
「私のレマリアが……
「
「ふざけるな! 現にキサマは──」
「──見てないわ」
いいや、コイツは見ていたはずだ。
初めて顔合わせをした時も、まじまじと
あの時の
直後の
私の
「わたしだけじゃなくてよ。城内の者は
「……黙れ」
「メアリーも、エリザベートも、ジル・ド・レ卿も……リック親子でさえもね!」
「黙れと言っている!」
思い返せば、レマリアへの対応を見せるのは、他ならぬ
メアリー一世も、リックも、その場にいるはずの女児には無関心だった……
「そもそも思い出して
ジル・ド・レと対峙した時、あの子は何処にいた?
居住区でのゾンビ退治から戻った時、カーミラに
リックの母親と対面した時には?
自分が揺らぐ。
だが、ようやくカリナは反論の
「いいや、サリーだ……サリーがいる! サリーは、私とレマリアを見続けてきた!」
しかし、無情なる現実は、それさえも
「……優しいのよ、彼女は。だからこそ、
「なっ?」
「彼女の
サリーの
いまにして思えば、あれは〝
「これで分かったでしょう?」
突きつけるカーミラに反論ができない。
それでもカリナは
「レマリアは……いるんだ。いまでも私を待っている」
「
「──っ!」
「悪夢から解放される
「まだ……言うかよぉぉぉーーーー!」
役立たずとなった愛剣を放り捨て、
薄々と認め始めた真実から目を
「レマリアが……アイツが、いないだと! 存在しないだと! よくも言える! あの子と私が過ごした日々も知らずに! よくも!」
無抵抗な
「アイツはな、
「機嫌がいい時は、うろ覚えの『オーバー・ザ・レインボー』を口ずさんだ! 舌足らずでな! 好奇心が強過ぎるから、片時も目が離せない! ムカデを手掴みにしそうになった時は、慌てて引き離したものさ!」
振り抜く!
振るい続ける!
カーミラは
認め始めている──そう思えばこそ、この痛みは〝痛み〟ではない。
これは〝
「いつも寝顔を
やがて完全に
「……どうなんだ……なんとか……なんとか言えよ!」
「カリナ・ノヴェール……」
カーミラには、ただ抱きしめるしか
まるで子供をあやすかのように……。
と、不意に聞き慣れた下品な
「ィェッヘッヘッヘッ……
耳にした
「ゲデか!」
その姿を周囲に捜した!
自分と
それは
普段なら見たくもない
「よぉ、お嬢……こりゃまたご機嫌そうだな? ィェッヘッヘッ」
死神は山高帽子を
相変わらずの
だが現状では、どうでもいい。
カリナは
「ちょうどいい! キサマ、証言しろ! レマリアは
「なんでぇ? おチビちゃん、いなくなったのか?」
いつも通りの
「それをいい事に、コイツ等は『レマリアが実在しない』などと言いやがる!」
「そりゃ無慈悲だねぇ?」
「キサマは知っているはずだ! レマリアは
「ああ、そういう事ね。了解了解」
カーミラは初めて会った
(何処の誰かは知らないけれど、余計な事を……せっかくカリナが現実を受け入れ始めたというのに)
そうした
ゲデは
「さあ、真実を言ってやれ! ゲデ!」
「あいよ」
意気を甦らせたカリナが
ゲデは
そして、ヌッとカリナへ顔を近付けて、こう言うのだ。
「レマリアだぁ? そんなヤツァ、
「なっ?」
思いも掛けぬ残酷な裏切り!
予想外の衝撃に絶句したのは、彼女だけではない。カーミラも、メアリーも、ジョンも……あまりに冷酷なゲデの対応に言葉を失っていた。思わせぶりな
やるせない
が、集中する憎悪さえも、ゲデには
「まったく面倒だったんだぜぇ? アンタに合わせた
「嘘を……嘘を言うな!」
「だからよぉ、そいつは〝お嬢の
「な……何?」
「この国に着いて
「う……そだ」
「ィェッヘッヘッ……ま、どちらにせよオレ様がエラく嫌われてるのは間違いねぇがな」
ただ
「う……嘘だ」
「嘘じゃねぇよ。ぜーんぶ、アンタの妄想だ」
「嘘だ……嘘だ!」
直視させられた現実に怯え、
目に見えぬ悪魔が小娘の心を
非力な抵抗を容赦なく
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
「オイオイ、お嬢ともあろう者が。
「嘘だァァァァーーーーーーッ!」
「ありゃりゃ、もう壊れてやんの。チッ、案外思ったよりも
孤高は崩れた。
頭を抱えて
「つまらねぇ……こんなオチのために付き
遠慮なく
カーミラ・カルンスタインの
傷を
「ゲデとやら、そこまでにしておくのね」
首無し紳士は転げ落ちた一部を探り拾い、有るべき
「オイオイ、カルンスタイン令嬢よォ? オレァ、アンタの手助けをしたようなもんだぜ? 聞き分けないワガママ娘に、物の
「
「ハァ? どうするってのよ?」
「──その
誰も見た事のない〈
その
彼女を中心として
初めて見る主君の
カーミラ自身にしても、
「チッ……へいへい、承知しましたよ」
ゲデは
肌で感じる魔力の
ややあって
「レマリアは……私の〈レマリア〉は……」視界が
「御聞きなさい、カリナ・ノヴェール。
「ジェラルダインの……娘?」
「ええ、そうよ。わたしも
カーミラは優しく
きっと
「
「人……間……?」
「それは
「私には……私には何も無い。
「何も無いわけないでしょう!」
此処が
いまのカリナは境界線の手前にいる!
「レマリアが……レマリアが、いないんだ」
「わたしがいる! わたしが
「レマ……リア……」
愛する名を
「しっかりなさい! いつもの
「……レマ……リア……」
感触は感じている──状況も
「お願いよ、カリナ……わたしと共に生きて…………」
「う……うう……」
顔を
カーミラは
されど──
その時、聞き覚えのある
「カリナ様ーーーーっ!」
この場に居るはずのない声だ。
油断ならない魔城にて
「サ……リー?」
広間の一角──重傷を
「カリナ様! ああ、おいたわしや!」
よろつく足取りに駆け寄る。
荒い
サリーは
自分の腕へと崩れ抱かれる老婆を困惑に見つめる。
「サリー……何故?」
「お許し下さい! レマリア様を……カリナ様の大切なレマリア様を守れませんでした! されど、生きておりますとも……きっと! このサリーが保証致します!」
老婆が
だが、その痛みが本来の冷静さを取り戻させる。
「サリー……もう、いい……もう、いいんだ」
「いいえ、よくありません! レマリア様は生きておられる! カリナ様のレマリア様は生きておられる! ですから、決して
「なんだ、それは……私が心優しい……だと? とんだ勘違いだ……迷惑な誤解だぞ。私は
呼び起こそうと揺らし続ける。
されど
眠りから覚める事はない。
「起きろと言っている! サリー!」
やがて、腕の中から黒い
「サリィィィイイーーーーーーッ!」
悲しみを噛み締めた瞬間から、どれくらいの時間が
数分か?
数時間か?
存在すら消えた
その場に居る誰もが彼女の
「ケッ……
「……カリナ」
続ける言葉など見つからない。
けれど、このままにしてはおけなかった。
「カーミラか……
「え?」
意表を突かれる。
カリナから返ってきた
「……上から目線の同情など
憎まれ
そこに存在するのは、気高き
「大丈夫……なの?」
「それが
レマリアを失った。
サリーを失った。
だが不思議な事に、彼女の心は以前より強く
静かに
「おい、
「か~?
久々となる
「オマエ、霊視ができるんだったな」
「そりゃあ、オレ様の固有能力だからな」
「ならば、私の
「それを知った上で
「……だろうさ」
ようやく
いいだろう。
それさえも受け入れ、私は生きる──
「ま、お嬢の頼みとありゃあ聞いてもいいがよ。その前に少しばかり付き合ってもらうぜ? こっちも時間が無ぇんでな」
「時間?」
「ああ、アンタに
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