醒める夢 Chapter.2
カリナの疲労はピークに達していた。肉体的に……ではない。精神的消耗だ。
そもそも〈吸血鬼〉は〝
されど〝
「何処だ……何処に行ったんだ……レマリア」
まるで不安定で
そもそも悲劇の
「まるで
「さてと、御手並みを拝見させてもらうか」
戦況などは、どうでもいい。ただの退屈
「片や選民意識に溺れた死体、片や自我損失に動かされる死体──どちらにせよ、殺し会うのは〝
別段〈
と、尾を
敵陣後方からの遠距離攻撃である!
次々と
それさえも、カリナは冷静な分析で片付けた。
「デッドと違い、ゾンビには道具を使う応用性がある。それを
堅固な石壁に
奇跡的な
しかし、彼女は微動だにしない。
「投石機でも据えれば良かろうよ」
数本は窓から城内へと飛び込んでいたが、だからといって戦局を
直後、城内からの炎上!
「何っ?」
予測外の事態である!
悪運強く部屋へと辿り着いた
瞬時に脳裏を
「マズい!」
判断も
敵は休む
次々と容赦無く撃ち込まれる灼熱の流星群!
「チィ、確実に城窓狙いか……有効策と判断したな!」
外敵を堅固に
一際大きい爆発!
「クッ! 火薬庫でも誘爆したか!」
それが何処に在るかなど知らない。知ろうとする気さえ起きない。どうでもいい情報だ。
肝心なのは、その
城塔の一角から、爆音を帯びた
頑強な石壁が内側から瓦解する!
それは、カリナの恐れる箇所──
「レマリアァァァアア!」
それを
「いま行くぞ! レマリアァァァアア!」
到達した先は、まるで爆撃跡のように崩壊していた。状況把握に左右を見渡すも、
「クソッ! 無事でいてくれよ、レマリア!」
武骨な進路障害を物ともせず、カリナは駆け抜けた。ひたすらに目指すは自室──それ以外に関心は無い。
もはや
吸血鬼だろうとゾンビだろうと、好きに
半壊した部屋の扉が視野に入ると、カリナの疾走が拍車を増す。
「レマリア!」
室内へと飛び入ると同時に叫ぶ!
瞬間、
あまりの惨状である。
チロチロと
視界が悪い。
「レマリア! サリー! 何処だ!」
「ぅぅ……」
虫の息を気配に感じた!
「サリーか?」
血の匂いを頼りに捜索すると、老婆は大きな瓦礫の下に埋もれていた。
鎮座する障害物を片腕払いに
「ぅぅ……ぁぁ……カリナ様?」
見るも痛々しい無惨さだ。右腕は引き
「サリー、しっかりしろ!」
「ぅ……」
「レマリアは……レマリアは、どうした!」
「ぅ……ぁ……」
どうやら言葉を
これ以上は
それよりも、現状で優先すべきはサリーの救命処置だ。
「待っていろよ、いますぐ
肩を貸して
この重みは、そのまま命の重さだ。
失いたくはない──
現ロンドン塔の地下には、幾つかの増築施設が在る。
全て〈吸血鬼〉の必要性によって要求されたものだ。
それは
此処〈
石造りの部屋は陰気な冷涼が支配していた。光源と照らすのは、古ぼけた蛍光灯。そのせいか、弱々しくも薄暗く浮かび上がる。色濃く充満する鉄分臭は、言うまでもなく血の匂い。床一面を埋め尽くす無数の
戸口の脇へと据えられた
彼──〝マーティン・エドワード〟は、此処の管理番であった。
青年吸血鬼は文庫本の黙読へと
「無理解の果てに蓄積していく社会的阻害感と、それが暴発した激情か──
小説の主人公へと感情移入を
「もっとも、僕達は死後転生する事で
皮肉な
「
直後、けたたましく叩かれる
ささやかな楽しみを
と、青年は思わず息を
彼女が肩を貸しているのは、
ツインテールの少女は、鋭い口調で簡潔に言い放つ。
「スコットランド、グラスコー地域だ!」
「何だって?」
「
器量の足りない管理番に、カリナは切迫を叫んだ!
「ああ……いや、用意するまでもなく有るよ。此処には在城吸血鬼の
「能書きはいい! 何処だ!」
「中央の列、奥から六番目……」
聞くが早いか、カリナは連続した跳躍に突き進む。他の棺は踏切扱いだ。
「コレか!」
目的の棺を手早く見つけると、まどろっこしさに
老婆と右腕を棺内へと納め、次の手順を語気荒く指示する。
「血だ! 再生用の血液を注げ!」
「そんなに
マーティンは壁に通る金属管へと向かった。その脇にフックしてある大口径のホースを取ると、老婆の棺へと
ホース先端から流れ出る毒々しい赤。同時に、鮮度高い鉄分臭が室内へと充満し始める。
「この供給管は貯蔵血液庫に直結してるからね。即時対応可能なのさ」
カリナは無視に
「サリー、
慈しむ鼓舞を残して、彼女は棺の
「ねえ、キミ?」
「なんだ」
振り返りもせずに無愛想を返した。
「本気で言ってるのなら申し訳ないけれど、彼女は相当な深手だ。だから、その……再生する可能性は低い。気休めでしかないよ」
「知っている」
「知っているだって?」
「そもそも〈吸血鬼〉という身に
「それが判っていて、何であんな?」
立ち止まったカリナは、
「キサマなら言えるのかよ──救かる見込みは低い……などと!」
胸ぐらを掴んで激情を
「そうか……キミも〝ムルソー〟なんだね」
「何?」
「クールな仮面を装っても、本当は人一倍強い激情家なんだ……だから苦しむ。人知れずね」
「……
怒気を
持て余す
しかし、気持ちを切り替えねばなるまい。現状は最優先すべき問題があるのだから。
「いいか、死なせるなよ」
「無茶ぶりだなあ。ま、やれる事はやってみるよ」
管理番は困惑気味に軽い苦笑を返した。
頼りない管理番に事を任せると、すぐさまカリナは自室へと駆け戻った。
「レマリア! 返事をしろ! 無事なんだろう! レマリア!」
四方に我が子の無事を求めるも、返事は無い。
「レマリア! 声を出すんだ! レマリアーーーー!」
やはり返事は
だが、それは心のどこかで予感していた事ではあった。
「いない……この部屋には」
では、何処に?
「死んでなどいない……死んでなどいるものかよ!」
そう、必ず何処かにいるはずなのだ。
城内の何処かに……。
何よりも〝
「きっと一人で避難したのさ。日頃から危険の回避方法は教えてあるからな。そうだ──そうとも」
それだけを
「何処にいる……レマリア」
回廊の石段へと腰掛けると、力無い声が
捜索の
心の
初めて体験する〝心細さ〟と共に……。
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