~第三幕~
醒める夢 Chapter.1
「何処だ! いったい何処に!」
胸中を
迷宮の如き
彼女にしては珍しくも、ありのままの自分を
それも無理はない。
彼女が〝
それだけを必死に捜し求め、彼女は駆け続けていた!
霊気に満ち溢れた広い魔城内を、ただひたすらに……。
「何処にいるんだ! レマリアァァァアアッ!」
天空の闇を
ロンドン塔の城壁周囲を、大規模な
その勢いは
ただひたすらに
城壁へと押し寄せる
謎の軍勢による
「クソッタレ! 何なんだ、コイツ
防衛部隊を
加えて、戦場の条件も悪い。
城門は南方角に当たり、表通りは東西へと伸びる。
横たわるテムズ川に
そんな路上を、
結果として〈
「このままじゃ圧倒的な
「
背後からの
東側の敵を相手取る吸血騎士──ジル・ド・レ卿だ。西側を受け持つアーノルドとは背中合わせとなる。
「単にタフネスさの底値が高いだけだ。
騎士の
が、倒れた死体はゆるりと起き上がり、何事も無かったかのように戦線復帰を
「頭を破壊しても死なぬ……か。どうやらデッドとは勝手が違う」
「敵一体を沈黙させるのに、こちらは二人
「
「基礎能力では我々〈吸血鬼〉の方が、圧倒的に
「
「ハッ! そんな
アーノルドの
無論、成果はない。
「……クソッタレ」
見渡す限り、死体だらけであった──動くも動かざるも
彼等〈吸血鬼〉の存在そのものも、例外にない。
エリザベート・バートリーの
防壁を吹き登る熱風が強烈な異臭を運んだ。
「不快ね。まるで〈
「そのようですね。カリナ殿の
「
「あの後、私なりに〈ゾンビ〉の
「
「大前提として〈デッド〉化していない〝純粋な死体〟に限るようですが……その気になれば、いくらでも調達できましょう」
メアリーの見解に
「それって、まさか?」
「恐れながら、居住区の人間達を
カーミラは強く唇を噛んだ。望まざるべき返答でありながらも、予想通りの
居住区画の
(なまじいエリザベートと
カリナが追求し、エリザベートが言い
「ドロテア……か」
敵軍先陣へと深く切り込んだジル・ド・レも、さすがに
(アーノルド・パウルが
先程、彼自身が口にした通りであった。物量押しの戦術は、ゾンビ兵に相性が良過ぎる。
剛剣の一突きが、まとめて二体の頭部を破砕した!
当然、意味など無い。首無し死体として復活するだけだ。
「
浅く
頭では理解していながらも、対デッド戦のノウハウが自然と
(確かにゾンビ共のタフな性質は厄介だ。さりとも
内政面では
(
数世紀の間、
それもこれも
理想──いや、待て。
理想とは何だ?
そもそも
取り留めもなく涌いた自問に
と、混戦の
深々と
「プレラーティか?」
死体を
「ジル・ド・レ様、
「
意味不明な
「
「……
「だから、何を──」
混戦状況そのものは変わらない。
しかし、
「こ……これは?」
「
暗い瞳が
直感、ジル・ド・レは
ゾンビ共の撤退は、この男の術だと。
黒魔術によって排除したわけではない。そうした術に不可欠な動作を
ともすれば、絶対的な支配権の
根拠も証拠も無い確信だ。
だがしかし……。
(
ジルは
(そもそも、この男は
これらの状況を客観的に分析すれば──この
「プレラーティ! キサマ、
「私は
「ワシの……願い?」
正視に
が、その魔力の源泉は、もっと根深く感じられる。魔界の
つまりは、単なる精神
そうした分析観を
夢遊のように全てを受け入れ、誘惑の声へと歩み寄る──全てを受け入れ? 何を?
何
この男は何者だ?
目的は?
何故、自分を
そして、
明答など見えない。
見えぬまま、ジルは受け入れつつあった。
やがて並び立った主人と
背後から投げ掛けられるのは、部下の制止と断末魔──
それらを
もはや戦況の行く
これから満を持して刻むべきは、ジル・ド・レ自身の
「
(ゾンビ自身は単なる労働力……自己判断力や知恵なんかは持ち合わせていない。つまり攻城戦を指揮している
主人を捨て駒とした
「メアリー、此処数日で襲撃被害に
「それはまだ調査していませんが……なにより、居住区の実態調査はコンスタンスではないので」
「大至急調べて下さい。必要とあれば、
「この状況下で戦場を離れろ……と?」
「構いません。わたしからの
カーミラの瞳には
それを
背後で一礼を払うと、彼女は紅い
居住区の方角へと飛び去る
と、はたして
黒月の巨眼を
距離にして約二〇メートル先──黒い
一瞬、エリザベートの亡霊かとも思った。
だがしかし、それは有り得ぬ話だ。呪われたる魔物と堕落した〈吸血鬼〉の魂は、霊界の
「まさか……
『ああ、私が〝ドロテア〟さ』
カーミラの推察に影が答える。肉声ではない。低く静かな
「満を
思念を返す。
『黒幕? クックックッ……』
「あら、何か
『クックックッ……
「やはり、
『……何?』
「敵対勢力の本格的侵攻ならば、全面攻撃を打ってくるでしょうからね。けれど、エリザベートの
『…………』
「背後にいるのは、エジプト? イタリア? それとも、まさかフランスかしら? どちらにせよ〈魔女の勢力〉なのでしょう?」
『……よく
ドロテアの
(これ以上は語らず……か。
(けれど、それは当たらずとも遠からずって事を語っているようなものよ……魔女ドロテア!)
互いに出方を
ややあって、浮遊する影が揺らいだ。
魔女が消え去るのを察知し、カーミラが制止を叫ぶ!
「御待ちなさい! 魔女ドロテア!」
しかし対応は紙一重で遅く、その
『カーミラ・カルンスタイン、キサマ達〈吸血鬼〉の軍勢は
置き
「
静かなる敵意に、エリザベートの哀れさを
それは、
絶対に
次なる〝エリザベート〟を生み出さないためにも!
と、背後に何者かの気配を感じた。
重々しい男性の声が、彼女へと呼び掛ける。
「カーミラ様」
「ジル・ド・レ卿?」こうした戦況には頼もしい人材であった。「丁度良かった。折り入って御願いがあるの。しばらく、わたしに代わって戦局の指示を──」
そう告げて振り返ると同時に、腹部で熱さが燃える。
「……え?」
状況が呑み込めず、カーミラは確認の視線を落とした。
彼女の腹部を
「珍しくも
力強く
それは
「かふっ!」
白が赤を
「
「ジル……ド……?」
「いま一度、生まれ変わらねばならぬのです──このロンドンも──我等〈
魔剣に
「っああ!」
可憐が鮮やかに
理不尽な
まるで、冷たい眠りへと落ちるかのように……。
本格的な戦ともなれば、
ジョン・ジョージ・ヘイとペーター・キュルテンによる合同部隊の任務は、そうした
慌ただしい誘導を終えると、ジョンは一階へと登った。正面大回廊へと続く通路だ。
城内には、人の──
手近な窓から外を眺めると、城壁の向こうには
加勢できぬ弱さが
「とりあえず全員避難させたな」
背後からの声に振り向く。遅ればせながら登ってきたペーターだ。
「非戦闘的なボク達には適した任務だね」
軽く自嘲を含むと、ジョンは視線を城外へと戻す。
ペーターも、それを追った。
「ジル・ド・レ卿とアーノルドに任せるしかないさ」
と、ペーターは異変を感じる。
「な……何だ?」
ジョンは、まだ気付かない。
「どうしたんだい?」
声も届いていないかのように、ペーターは睨み据えている。どうやら焦点は城門だ。
釈然としないままそれに
「城門が……揺れ
外側からの大きな圧力だ!
それはつまり、敵勢が押し寄せているという事実に
「
「僕にしても
「クソッ! どうすればいい!」
「まだ
「実戦部隊は
加熱するペーターに反して、ジョンは沈着冷静を
「おい、ジョン?」
「我々は、戦闘能力で〝
「だろうさ。けど、現実的に無理な話だ。いまから訓練でも重ねるってのか?」
「待ち
城門を警戒に
「正直、話が見えないな。
その時、
城門の外からだ!
「聞けぃ!
気迫だけで通る叫び声!
聞き覚えを抱き、二人は顔を見合わせる!
「この声は……ジル・ド・レ卿か!」
「
ようやく
この急変した
理由は判らない。
が、突破された防衛線が、その事実を立証している!
「速やかに降伏し、我が軍門へと
そう言い残して、気配は消えた。
訪れた静寂の中で、ペーターが
「やれやれ……カーミラ様が倒され、アーノルドも死んだ──何よりも主戦力であるジル卿が寝返った以上、我々には打つ手は無いぜ?」
「
思いの
「そいつは〝ブラッディ・メアリー〟の事か?」
「いいや」
「もしかして、ドラキュラ伯爵なんて言うつもりじゃないだろうな? 確かに〈伝説の吸血王〉かもしれないが、来城した事すら無いんだぜ?」
「いいや」
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