白と黒の調べ Chapter.4

「さ、汚い所だけど遠慮すんなよ」

 リック少年は、命の恩人達を明るく自宅へと招いた。

 その構成は二階建てで、狭い敷地ながらも背高い。角石積みの壁面に、長細い窓枠。柱や鴨居には装飾意匠が彫られている。

 ゴシック建築様式を気取っているものの、カリナ達の目には全体的に安っぽく映った。経年劣化のひびれやりも目立つ。

「随分といい所に住んでるじゃないか」

 カリナが露骨に茶化ちゃかす。

 しかし、少年はあっけらかんと答えた。

「ただの安アパートだよ」

「……だろうさ」

 静かに苦笑する。

 どうやら少年は素直過ぎるようだ。言葉に含まれたとげを感じ取っていない。

 カリナにしても、別に険悪な展開を期待していたわけではなかった。単に皮肉屋の性分しょうぶんだ。

「オイラ、ちょっと先に行くぜ。お客さんが来たのを、母ちゃんに報告しなきゃいけないから」

 リックは一足先に建物内へと駆け入った。歓迎するのが待ちきれないといった様子だ。

「そんな御気遣いをなさらなくても──」謙虚な社交辞令を返すカーミラだったが、建物内へと一歩踏み入った途端、思わず呆気あっけに固まった「──あらまあ、本当に汚ないのね」

 意図せず無遠慮な浮き世離れの頭を、カリナが軽く小突こづいてたしなめる。

「う……これは」

 常に礼節をわきまえているメアリーも、さすがに言葉を失っていた。思わずハンカチで口元をおおう。

「そんなににおうかよ」

「いや、そうではありませんが……しかし、失礼は重々じゅうじゅう自覚しながらも、つい……」

「温室育ちのオマエ達では、確かに無理からぬだろうな。潔癖な環境で暮らしていたがゆえの拒否反応ってところか」

 黒い野良は優越感ながらに柘榴ザクロすすった。

 両者とは対照的に、こうした劣悪環境には慣れている。

 彼女達が観察するロビーは、確かに見窄みすぼらしかった。あくまでも形式的な空間に過ぎないのだろう。

 中央に据え構えているのは、年季のった登り階段。粗末なかし製で、軽く足を乗せるだけで鳴ききしんだ。

「はたして強度も疑わしいものだな」

 カリナが苦笑にがわらう。

 階段をかこうように、廊下がの字に伸びていた。奥へと続く先には、これまた安板やすいた造りの扉がつらなっている。各部屋の玄関だ。

「此処は物置かしら?」

 カーミラがそう判断したのは、別に嫌味からではない。ガラクタにも見える資材の山が、廊下のはしで共同的にくずれていたからだ。

「これも住人の家財だろうよ……一応な」

「さっきから耳障みみざわりな喧噪けんそうが、ひっきりなしに漏れてくるのだけれど……何処の部屋かしら?」

「何処も彼処かしこも……さ。庶民層の安アパートは、こんなものさ」

「まるで下品なさかり場ね」カーミラがあきれ気味に漏らす。初体験した庶民の生活環境は、あまりに未知な別世界であった。「それにしてもギャップがすごいわね。外観は申し分ないのだけれど」

「このじゃないかよ」

 カリナのあざけりに、カーミラの表情が不快に曇る。

 顔をそむけた皮肉屋は、微々びびと肩を震わせていた。含笑ふくみわらいを噛み殺しているのは明らかだ。

「何やってんだ? 早くおいでよ?」

 階上の手摺てすりから少年が顔をのぞかせる。

「どうやら二階がアイツの住処すみからしいな」

 迷わず階段を踏み出すカリナに、カーミラとメアリーが戸惑とまどいつつ続いた。




 リック家族の部屋は、二階の一番奥になる。

 カリナは声を押し殺し、カーミラへと語り掛けた。

「改めて招き入れられたのは、偶然ながらもさいわいだな」

「ええ。古来より〈吸血鬼〉は、生者せいじゃの家へ入るさい家人かじんの許可を最初に得なければならない──それが〈魔〉としてのことわりですものね」

「ま、以降はフリーパスだがな」

 くして立ち入った部屋は、実に質素な印象であった。

 薄いコンクリートを基盤とした心許こころもとない内壁うちかべ。重厚な造りは外観に限った話のようだ。天井で塵被ちりかぶりとなったかさ付き電灯は、おそらく、あまり使われていない。

 それを推察したカーミラが、少年へと疑問を向ける。

「節電中なの?」

「いいや。けど、普段は蝋燭ろうそくかランタンさ」

 ふるけたランタンをともす作業ながらに、リック少年は答えた。

「電気ぐらい使えばいいのに……。供給されているでしょう?」

 電力供給は、カーミラが掲げる共存政策の一環である。

 大時計塔ビッグ・ベンを改装利用した風力発電だ。それを旧暦遺物たる電線をかいして、ロンドン中へと供給している。

「まだまだ全然、電力が弱過ぎるんだよ。実用的な供給力じゃない。だから、冷蔵庫とかを優先的にしてるのさ。貴重な食べ物が腐っちまう方が痛手だからね」

「……そう」

 少女領主は消沈気味にむすび、それ以上は会話を広げなかった。

 いや、広げられなかった──傍目はためのカリナは、そう看破かんぱする。

(リックが提示したのは実状報告に過ぎない。それでもコイツには、痛恨つうこん一矢いっしだっただろう──失策の再自覚にほかならないからな。白木しらきくいで心臓をつらぬくよりも効果的な殺し方だ)

 同情は両者に対して等しくいた。

 が、いたずらに介入する気も無い。

(答えを見出すのは、結局、本人次第だ)

 達観たっかん的持論に割り切り、会話の手綱たづなを握る。

「オマエ、家族は?」

 油芯ゆしんの寿命が限界に近いのか、リック少年は作業集中の片手間に答えた。

「オイラと母ちゃんの二人暮らしさ」

「父親は?」

「オイラが小さい時に殺されたらしい。だから、顔も知らないや」

 その抑揚には、特に感慨かんがいも感じられない。思い出すら無いのだから無理からぬ。

「デッドに……か?」

「ううん。吸血鬼にさ」

「っ!」

 少年の独白に衝撃を受けるカーミラとメアリー!

 それは自責じせきや罪悪感に近い感覚であった。

 少年に他意があったわけではない。単に〝事実〟を示しただけだ。

 それを理解していても、何故か後ろめたかった。

 一方で、カリナはしゃに構えた態度をかざる。

「吸血鬼共のかんにでもさわったかよ?」

「さあね。けど、特に理由なんて無かったかもな。アイツ等にとっちゃあ、オイラ達なんて所詮しょせんはオモチャなんだろうしさ」

 カーミラとメアリーの脳裏には、先程の末端達が思い浮かんでいた。

(ああした連中は、もっと以前から横暴を振る舞っていたのかしら)

 がゆ沈思ちんしに暗い瞳を落とすカーミラ。

 そうした反応の機微きびを、カリナは見逃さなかった。

「では、家計は母君ははぎみとそなたが?」

 メアリー一世のけに、手を休めたリックが苦笑を返す。

「なんか変な呼び方だなあ。ま、いいけど。母ちゃんは働けないから、オイラがかせいでる」

「そなたが? 一人でか?」

「ああ。母ちゃん、病気で寝たきりなんだ。それでオイラが……さ」

「なんと、子供の身で……」思わず強まるあわれみ。「して、仕事は? 子供の身では、そうそう見つからぬのではないか?」

「基本、日雇ひやとかせぎ。仕事選ばずの使い捨てなら、結構あるんだぜ」と、それまで楽観的口調だったリックは神妙に声を押し殺した。「あんまり大きな声じゃ言えないけど、ちょっとヤバめの仕事とかもさ。中身不問の物品受け渡しに、墓暴はかあばきの手伝いとか……母ちゃんには内緒だぜ?」

 一瞬、メアリーの表情が嫌悪感を呑む。王室育ちの厳格な性分しょうぶんゆえであった。

 しかし、改めて実状を噛み締めると、気持ちを切り替えざる得ない。

(いや、そこは不問とせねばなるまい。人生経験未熟な少年が家庭の柱と奮闘するは、むにまれぬ事情によるもの──ともすれば、仕方あるまい。そもそも、そうした劣悪な環境は、我等〝支配層〟のせいなのだ。責められるはずもない)

 小休止を終えて作業再開するリックに、またもカリナが会話をさそう。

さらには配給の受け取りに、闇市やみいちへの買い出し……か? オマエも大変だな」

「まあね。けど、慣れたよ」ようやく息吹いぶいた油灯ゆとうを手に、少年は別室への扉に客人を招いた。「さ、こっちの部屋だよ。母ちゃんに紹介するから」





 通された部屋は、して変わらぬ貧相さであった。

 ただし、個室ゆえさら狭苦せまぐるしい。それこそ〝物置〟と錯覚できる。

 換気もままならないのか、鼻腔びこうに届く空気も乾きにごっていた。曇ったまど硝子ガラス寄りにベッドがえられている。

 そこに寝たきりとなっているのが、少年の母であった。

 リックは母親へと〝友人〟を紹介する。その抑揚は誇らしげに自慢するかのように明るい。

「母ちゃん、紹介するよ! こっちがカリナ! 前に話しただろ? オイラを救けてくれたって……」

「別に救けたわけじゃない。ただの退屈たいくつしのぎに、オマエというが付いてきただけの事だ」

「チェ、素直じゃないなあ」不服そうに口をとがらせながらも、リックは嬉しそうだった。「んで、こっちの二人が……えっと……」

「……………………」

 いざ紹介という段階になって、少年は手際の悪さを思い起こす。新しい友人達の名前を聞いてなかった事を。

 しどろもどろになる少年へと助け船を出したのは、カリナの悪戯いたずらごころであった。

「〝マリカル〟と〝リャム〟だ」

「ちょ……っ?」「カ……カリナ殿?」

「ちゃんとことわりのっとってアナグラム名だ。悪くは……プッ……あるまい」

 寝耳に水とばかりに狼狽うろたえる二人を見て、くろ野良のらは含み笑いを噛み殺す。

 そんなたわむれの一幕へ半身はんみを起こし、少年の母が挨拶を向けた。

「これはこれは、こんな汚い所へわざわざ……。それに、カリナ様には息子が大恩を受けまして、どのようにして恩返しをしたら良いものやら…………」

 瞬時に働くカリナの洞察眼──身体からだを引きずるような動作から、かなり重く病んでいる。

「じゃあ、おとなしくいびきでもいてろよ」

 一転して放つは、あまりに冷た過ぎるぐさ

 それまで友好的だったリックも、これには憤慨ふんがいあらわにした!

「な……なんて事を言うんだ! いくらカリナでも、母ちゃんをバカにするのは許さないぞ!」

「カリナ殿、いまのは流石さすが非礼ひれい過ぎますぞ!」

 どうやらメアリーも同感のようだ。

 それを見た生来せいらいの憎まれ役は、少しだけ安心した。

 だからこそ、表情ひとつ変えずに続けられるというものだ。

「無理した社交辞令など鬱陶うっとうしいだけだ。わずらわしいのは好かんのさ」

 突き放すように吐き捨てると、くろ外套マントは一足先に寝室を出た。

「……カリナ」

 扉の向こう側へとなびき消える黒波を、カーミラは悲しそうに見つめる。

 一方で、少年の怒りは収まりそうもなかった。

「こ……のっ!」

 後追いで殴り掛からんばかりに憤る!

 その腕をつかんで制止したのは、ほかならぬ母親であった。

 温厚な表情は息子に反して怒りになく、ただおだやかに優しい。

 刺々とげとげしい態度の裏にひそむ真意をめたのは、病をわずらう母親当人とカーミラ・カルンスタインだけであった。




 雑多に小汚いダイニング。使い古された鍋やフライパンが、シンクの貯め水に積み重なっている。樫製の円卓にシミと化しているのは、質素な食事のかすだろう。それらの汚さは、日々つむがれたせい痕跡こんせき

 かろうじての配電によって機能している冷蔵庫は、しかし、内側を覗くまでもなくいているはずだ。

 家財道具はことごとほこりと汚れにまぶされていた。やまいせた母と子供の家庭では、とてもこまめな掃除までは行き届かないようだ。

 卓上へと置いた燭台しょくだいがゆらゆらと灯りを息吹いぶき、暗い室内に無数の陽炎かげろうを踊らせる。熱に溶けるろうくささが鈍く鼻腔びこうを刺激した。

 さびしい静寂の中で、カリナは頬杖に座る。

「長くはない……か」

 独り黙想へとふけり、うれいて呟いた。

 母親の方は自覚があるようにもうかがえたが、少年は知るよしも無いだろう。いずれ訪れるかもしれない〝忌避きひしたい可能性〟に対して、それなりの覚悟があるだけだ。

 無垢むくな瞳でレマリアが問う。

「おばちゃん、しんじゃうの?」

「ああ、そう長くはない」

 優しく子供の髪を撫でてやるのは、自身へのなぐさめの転嫁てんかであろうか。

 あるいは、またひとつ胸中きょうちゅうへ刻まれたむなしさからの逃避とうひかもしれない。

「なんで?」

「おそらく原因は栄養失調辺りだろうが、それはあくまでも引き金に過ぎんだろう。それによって抵抗力が慢性的に弱まり、内在するやまいが表層化した……といったところか」

「なんのびょーき?」

「さあな、私は医者じゃない」

「それって、イタいイタい?」

「……さあな」

 痛いとすれば〝心〟だ。

 息子を置いてく母親の痛み──たった一人の母を失う少年の痛み──そして、カリナ自身の無力感をともなう痛み。

「リック、かあいそうね?」

「……そうだな」

 レマリアは、保護者の脚へコロンと頭を預けた。

 事態など理解していない。

 ただ何となしに甘えたくなったようだ。

 親指を吸いながら自分をしたう子供を、若き母性が優しく撫でてやる。

 はたして自分には、この子との別離わかれを受け入れられるものだろうか──そんな寂しい想いをいだきつつ。

 静かに扉がきしみ開いた。

 カーミラだ。気配で分かる。

「お母様、寝たわ」

「そうか」

「彼、相当怒っていたわよ?」

「……そうか」

「お母様が懇々こんこんなだめてはいたけれど……ね」 

「構わん。別に誰からも好かれようと思った事など無い」

 あまりにも寂しい孤高──カーミラは、心優しい嫌われ者がいとしくなる。

 沸き立つ衝動に気持ちをゆだね、背中からカリナを抱きしめていた。

「それは、わたしもなの?」

 甘い吐息は〈魅了チャーム〉をがせるかのようにささやく。

「……そうだ」

 ゆるやかに首元へとからまる白い腕に触れ、カリナは押し殺した感情に呟いた。

「つれない事を言うのね」

「私にはレマリアがいる。コイツがいれば、それでいい」

 カリナが自己愛に撫でる組脚くみあしを、カーミラは想いを含んだ眼差まなざしに盗み見ていた。

(でもね、いつかは貴女あなたも別れなければいけないのよ……カリナ・ノヴェール)

 抱擁ほうようかさなる少女達の影が、いつくしみと寂しさを分かち合う。

 と、不意に窓があかを吠えた!

 静寂を破ったのは、明らかに異常事態の発現!

「何だ!」

 咄嗟とっさに席を立ち上がるカリナ!

 窓へと駆け寄って外の様子をうかがうと、灼熱しゃくねつしたが街を蹂躙じゅうりんしていた!

「いったい何事なの?」

 背後から覗くカーミラにも、困惑の色が浮かんでいる。

「カリナ殿! カー……マリカル様!」血相を変えたメアリー一世が、隣の部屋から飛び込んで来た。リックも一緒だ。「何が起こったのですか?」

 狼狽うろたえるメアリーへ、カリナがくちびるみに返す。

「知るかよ。だが、ただの火災じゃないようだ」

 カリナがあごしめす先には、炎の街路を歩き進む幽鬼ゆうき的な群衆の姿!

 しんがたい光景に、カーミラは驚愕の声を上げた。

「まさかデッドが?」

「いや、違うな。奴等の手を見てみろよ」

 各人の手には、剣やかまなどの簡易的な武装が握られている。

 彼等はを振るい、逃げ惑う人々を虐殺ぎゃくさつしていった。

「デッドには道具を扱うだけの知恵や記憶は無い」

「じゃあ、は何なのかしら? まさか他国怪物による侵攻?」

「さあな。しかし〝死人〟には変わりないようだ」

「どうして断言できるの?」

「自我損失・倦怠けんたい的動作・損傷不感──〈死人しびとがえり〉としての主要条件は全てそなえている」

 正直、カリナには心当たりが無いわけでもない。

 欧州おうしゅうけん概念がいねんだけに特化とっかしているカーミラ達はうといだろうが、しくも自分はハイチのブードゥー教には多少詳しくなっていた──不本意だが、あの下衆ゲスのせいで。

(おそらく〈ゾンビ〉か……)

 アレが〈デッド〉でないならば、十中八九じゅっちゅうはっく、間違いないだろう。類似るいじ的特徴からは、それしか思い浮かばない。

 一瞬、ゲデの暗躍かとも考えた。

 だが、それは有り得ない話だ。

 あの狡賢ずるがしこ口八丁くちはっちょうが、表舞台おもてぶたいで反乱を仕掛けるはずもない。

 そんな面倒をくぐらいなら、誰かをけしかけて漁夫ぎょふを狙う──そういう小賢こざかしい奴だ。

「数にして二〇体程度かしら?」

「いや、六〇体はいるだろうよ」

「それって見た感じより多過ぎなくって?」

「視覚認識の情報よりも、最低限二倍~三倍程度は見積もれよ。目に見える範囲だけが総てではない。初歩的な鉄則だ」

 意思持たぬ集団殺人鬼は、次々と無益むえき虐殺ぎゃくさつを繰り返していた。回る火の手が怯え隠れるうさぎいぶり出し、殺戮人形のむれへと追い込む。

 赤子あかごを抱いた母親が、背中からなたで斬り殺された。我が子を抱えうずくまる亡骸なきがら──泣きじゃくる赤子あかご──その泣き声もほどなくして途絶とだえる。

 階下の惨劇を、カリナはにらみ続けた!

 沸々ふつふつ芽生めばえる激情!

 そして、意を決する!

「いずれにせよ、看過かんかはできまいよ」

 颯爽さっそうくろ外套マントひるがえす。

「行くの?」

 察したカーミラのいに、憮然ぶぜんとした不敵が答えた。

「勘違いするな。ただの暇潰ひまつぶしだ」

「そう……じゃあ、わたしも暇潰ひまつぶしかしらね」

 愛用の茨鞭いばらむちを手に、しろ外套マントが並び立つ。

「勝手にしろ」

 静かな戦意に染まる二人の吸血姫きゅうけつき

 それに触発されたメアリー一世も、即座そくざに加勢の意を示す。

「では、わたくしも!」

「いや、オマエは此処へ残れ」

「カリナ殿?」

「万ヶ一……という事もあるやもしれん。不測の事態が起きたら、オマエが守ってやれ」

 言い残してあゆみを刻み出す。

 その時、こらえきれずに声を掛けてきた者がいた。

 それまで蚊帳かやそとだったリックである。

「あ、カ……カリナ!」

「何だ?」

「そ……その、さっきは…………」

 そこまで口にしながらも、それ以上は言葉がつむげなかった。

 後悔を抱く少年がこころくるしげに視線を落とす。

 仲直りをしようと自分へ言い聞かせていた──にも関わらず、肝心な時に勇気をふるえない。弱さへの自己嫌悪と、もどかしさ。

 カリナは少年の躊躇ちゅうちょを肩越しに見つめていた。

 そして、やがて静かな口調にめいずる。

「オマエは母親のそばにいてやれ」

「え?」

「余計な心配をいだかせぬように、オマエが不安を払拭ふっしょくするんだ。できるな?」

「う……うん!」

 決意を込めて、力強く返事をする。

 その気負きおった表情を見ると、カリナは薄く微笑ほほえんだ。

 少年は思い出す──初めて彼女と出会った時を。

 いまのカリナの表情は、あの時と同じものであった。

 柘榴ザクロを分け与えてくれた、あの瞬間ときと……。

 だからこそ、少年はさとった──肝心かんじんの言葉はわせなかったものの、自分とカリナはこころつうじあったのだ……と。

「さて、足手あしでまといにはなってくれるなよ」

「あら、それはわたしではなくってよ?」

 見送る戦姫せんき達の後ろ姿は、美しくも凛々りりしい。

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