~第二幕~

白と黒の調べ Chapter.1

 ロンドン塔在城五日目──さすがのカリナも退屈と鬱憤うっぷんが溜まってきていた。

 仕方なしとばかりに、今日は裏庭の薔薇バラ園でひまを潰す事とする。

 彼女にとっては、貴重きちょうな憩いの場所だ。

「わあ!」あまりの華やかさに、レマリアが目を輝かせた。「カリナ? おはな、いっぱいよ?」

「まあな」

「これ〝おはなばたけ〟よ?」

「……薔薇バラ園だ」拙ない解釈を訂正しながらも、はたと思い起こす。「ああ、そうか。オマエを連れてきたのは、今回が初めてだったな」

「そうよ、はじめましてなのよ」

「この場所を見つけたのは、敵情視察を兼ねた城内散策の際だったからな。つまり、その頃は日々サリーに預けていたはずだ」

「…………」

「…………」

「………………」

「…………何だ?」

「……カリナ、ずるい」

「別にずるくはないだろう」

 手入れの行き届いた薔薇バラ達の香りは、確かな〝生〟を謙虚に微笑んだ。その微々たるも強い自己主張を感じながら、心静かにくつろぐ時間──それは悠々と流れ過ぎ、かたくなに攻撃性を鎧とする少女の気構えを裸にさせた。何処に於いても忌避きひされる疫病神の、人知れぬなぐさめでもある。

 園の中央に設けられているのは大理石造りの東屋あずまや。その内には石卓が据えられた仕様となっている。

 背高く囲む薔薇バラの生け垣は、赤と黒のコントラストが美しい。それは保養意識のみならず、周囲から視界をさえぎるプライバシー保護壁としても機能していた。

 石卓へと席を取ったカリナは、頬杖ながらにレマリアを見守る。

 幼女は色とりどりの薔薇バラに強い好奇心を向け、なまの花弁や葉に触れては喜んでいた。

「ま、感受性を育てるに自然は大事か」

 柘榴ザクロを嗜好しつつ、独り納得に落ち着く。

「やはり此処にいらしたのね?」

 不意に鈴音のような美声が向けられた。

 それを耳にした途端、カリナは鎮静化していた気性を呼び起こす。正体知れぬ声の主を、敵意と警戒心が追い睨んだ。

 と、カリナの表情から敵対的な険が消える。

 別方角の入口から訪れた麗姿は、カーミラ・カルンスタインであった。

「探したわよ? カリナ・ノヴェール」

 白い高貴は慣れた足取りで石畳いしだたみを渡り、東屋あずまやへと歩み寄る。

「何か用かよ」

「そうねえ、例によって〝暇潰ひまつぶし〟かしら?」

 さらりととげを流し、そのまま正面へと相席する。

 カリナが露骨に牽制を向けるも、カーミラは気にも留めていない。柔らかな微笑ほほえみでわすのは、どうやら彼女の得意技のようだ。

 この数日間、少女城主は宣言通り〝暇潰ひまつぶし〟をきょうじるようになっていた。時間にしてそれほどでもないが、ひまを見つけてはカリナのもとへと訪れている。日々募る鬱積うっせきにとって、この世間話は至極しごく有益な時間のようだ。

「〈レマリア〉は、御元気?」

「フン、あそこにいるだろうさ」

 せいの息吹に一喜一憂する無邪気を、カリナは投げる目線で示した。

 それを一瞥いちべつに追ったカーミラは、して関心を抱かぬまま話題の転換をうながす。

随分ずいぶんと此処が御気に入りのようね?」

「最初の内こそは物珍しく見る場所も多々あったがな。次第に飽きが生じてきたのさ」

「あら、そう? ロンドン塔は格調高い内装を意識しているのだけれど……貴女あなた御眼鏡おめがねには叶わなくて?」

「同時に、幽然とした虚無感が蔓延している。いたる空間は日常的に霊気を帯び、どうにも辛気しんきくさい。活気の欠落ってヤツだな」

 安っぽい自賛へと一矢いっしむくいてやった。

 カーミラが柔和を含んだ苦笑にがわらいに肯定する。

「そこは無理もないかしら。何故なら〝活気〟とは、すなわち〝ける者の活動力〟ですからね。如何いか生者せいじゃと近しい存在ではあっても、城内に住まう者達は〈吸血鬼〉──わたし達〈不死者ノスフェラトゥ〉には、真の意味での〝生命いのち〟など内在していないもの」

「そうしたびしさが満ちる城内に於いて、此処には唯一〝生命いのち息吹いぶき〟が在るのさ」

「そろそろ城外へと出向きたいところかしら?」

 見透かすようなかまけは正直面白くない。カリナは不機嫌そうに顔をそむけた。

如何いかに私でも、キサマとの約束を反故ほごとする気は無い」

「あら、嬉しいわ。一応は、わたしの立場を尊重そんちょうしてくれているのね」

 小悪魔的に喜色きしょくを浮かべると、カーミラは薄暗い空を仰ぎ眺めた。

 覆う暗闇は相変わらずだが、雲間には微弱な陽光がしている。

 されども、それは重厚な闇の濃度に呑まれ、全体的な光景としては灰暗ほのぐらい。

「今日は比較的明るいわね」

「真っ昼間から巨眼が鬱陶うっとうしいが……な」

 永劫に晴れない闇とはいっても、時間帯による微少な変化は存在する。日中にはうっすらと霞掛かった陽光が差して曇天さながらになるし、黄昏刻たそがれどきならば黒雲の波間にまばらな夕陽が茜のいろどりを添えた。いずれにしても、黒雲は邪魔立てる。

闇暦あんれき世界への変貌に感謝するとしたら、日照死の怖れなく陽光を拝める事かしら。ダークエーテルのベールによって弱体化したの光は、もはや吸血鬼を焼き殺す威力を発揮しないし……」

「キサマのような〈血統けっとう〉には関係ないだろうよ」

 軽く鼻で笑う。

「あら、よく御存知ごぞんじね。わたしの事を……」

「名だたる〈怪物〉に限っては、基本的な情報を頭へ叩き込んである。でなければ、物騒な闇暦あんれきを渡り歩けるかよ」

 カリナがす〈血統けっとう〉というのは、始祖しそたる〈原初吸血鬼デモン・ヴァンパイア〉の直系ちょっけい子孫しそんの事だ。吸血鬼の歴史は原初吸血鬼デモン・ヴァンパイアから始まった。ギリシアの大蛇妖〝エキドナ〟や、ヨーロッパ圏の悪魔女王〝リリス〟等──多くの原初吸血鬼デモン・ヴァンパイアは、神話上の存在と化している。もはや〈魔神〉とでも称する方が相応ふさわしい。

 とはいえ〈血統けっとう〉は、直接的な親子関係になるわけはない。悠久の世代を越えた隔世かくせい遺伝いでんである。

「実際に陽光で死ぬのは〈覚醒型吸血鬼〉──つまり、血液嗜好症ヘマトディプシアや猟奇殺人鬼といった異常癖性へきせいからの突発的転生だ。ゆえに〈魔〉として脆弱なのさ。人間としての側面が色濃く影響する分、吸血鬼としての特性は薄まるからな。対して、オマエや〝ドラキュラ〟とかいうれは〈原初吸血鬼デモン・ヴァンパイア〉の呪血じゅけつを受け継ぐ者──なればこそ、魔性として強力なのも道理だ」

貴女あなたの言う通りね。事実、わたしは昼でも活動していたもの」素直に肯定しつつも、カーミラはものいを落とす。「けれど、多くの吸血鬼は違う。やはり陽光で死ぬのよ」

「フン、そいつは自分が稀少種だという自慢か?」

「まさか? むしろ逆。共感者がいないというのは、とても残酷な事なのよ」

「ま、現在主流と蔓延はびこる吸血鬼は、総じて〈覚醒型〉だからな」カリナは軽い共感に肩をすくめた。「あの髭面ひげづら共が〈吸血貴族ヴァンパイア・ロード〉などと物々しい肩書きを飾ったところで、所詮しょせんは〝高位吸血鬼エルダー・ヴァンパイア〟──キサマとは根本的に別格だ」

「だからこそ、憂鬱ゆううつなのよ」むなしさを吐露とろするカーミラ。「だって〈吸血鬼〉という特異存在に在っても、自分だけが殊更ことさらに特異なんですもの。この孤独と疎外そがいかんは、貴女あなたに分からないでしょうけれど……」

「対価として、それほどまでに強い魔力を宿している。少しは祖先に感謝してやれよ」

「望んでいなくっても?」

「そうだ」流浪るろうたびの実体験にもとづく持論を、カリナが毅然きぜんと示す。「闇暦あんれきける絶対的な正義は〝生き延びる事〟だ。そして、それをすには〝強さ〟が不可欠。オマエには、それが天賦てんぶとしてそなわっている。それも誰もがうらやむような〝圧倒的な強さ〟がな。それだけでもオマエは幸運なのさ。望めど叶わず死んでいった連中の無念を、私は腐るほど見てきた」

「そうかしら?」

 に落ちない様子で唇をとがらせ、カーミラはほつを梳き遊んだ。

 一方で、白き血統けっとうは思うのだ──「では、その〝わたし〟と対等に思える貴女あなたは何者?」と。

 ややあって、彼女は強引に気持ちを切り替えた。

「ねえ、カリナ? 貴女あなた、この現世が〈闇暦あんれき〉になった経緯を御存知ごぞんじ?」

随分ずいぶんと唐突だな。世に言う〈終末の日アンゴルモア・ハザード〉か? 事の起こりは、旧暦一九九九年七の月だろう」

「そうよ。無自覚にも〝大天使エノクエルからの啓示けいじ〟を受けた啓蒙者けいもうしゃ──確か〝ノストラダムス〟といったかしら──は、終末予言として世界中に警鐘けいしょうしていた。何世紀も前からね。にも関わらず、俗世ぞくせの人々は真剣に受け止めなかったのよ。わたし達〈怪物〉にしてみれば、さいわいだったけれど」

「それさえも試練テストだったんだろうよ。人類の信心を見極め、存続価値をふるいに掛けるためのな。神界しんかいの奴等は、ほとほと格差選別が好きなのさ」

「結果、アレが姿を現した……魔界の深淵しんえんから、地上に蔓延まんえんする〝おごり〟と〝堕落だらく〟を道標どうひょうとして」カーミラは闇空あんくうの支配者をうとみ、睨み据える。「自らを〈門〉と転じたアレは、魔界の気〈ダークエーテル〉を現世へと呼び込んだ。それがきっかけで、多くの人々が死んだ──それこそ〈ヨハネの黙示録〉のように」

「アレこそが〈黙示録の獣〉だとでも? そんな高尚こうしょうなモノではあるまいさ」

 きょうめに柘榴ザクロかじった。

「そこまで買い被るつもりはないけれど、アレ・・が人類文明を壊滅させた張本人なのは事実じゃなくて? 地上に蹂躙じゅうりんしたダークエーテルが、人々の生命いのちを次々と奪ったのだから──その生命力を自らのかてと吸い尽くしてね」

「あらゆる接触対象から〝生命力〟を搾取さくしゅ吸収していく性質……か。ま、遠因的には間違っていないな」

「でしょう? 無差別に増産される〈デッド〉の群勢ぐんぜいも、ダークエーテルの性質が影響を及ぼした副産物に過ぎないんだし。万事ばんじに影響をおよぼしていると言ってもいいわよ」

 一転して、カーミラは暗く沈む。

 語り聞かせるのは、忌まわしい回顧。

「遅々と地表を浸食するダークエーテルの濃度は、現在の比ではなかった。発揮する性質も〝魔気まき〟の別称に恥じぬ恐るべき猛威だったわ。老若男女問わず餌食とし、逃さず枯渇こかつさせていく──それをかてとしてさらに増殖し、いやしい飽食ほうしょくの勢いを増した。無形むけいの死神は、あらゆる場所でかまを振り続けたわ。ただひたすらに──貪欲どんよくに────」

「そして、ダークエーテルの干渉かんしょうで死んだ人間は、その場で〈デッド〉とす。止まる事を知らぬ負の連鎖だな」

唯一ゆいいつさいわいだったのは、建物屋内へと進入できないというダークエーテルの法則──つまり〈魔〉としてのことわりね。わたし達〈吸血鬼〉が、家主に招き入れられない限り屋内へと踏み入れないように。人間達が依存する科学的合理性などは無いけれど」

ゆえに籠城した人間だけは、かろうじて死のあぎとからまぬがれた。闇暦あんれきいて、人類が死滅せず生き残った経緯いきさつだな」

 カーミラの瞳が、はかなげな悲哀を宿した。

「ひどい有様ありさまだったわ。〈魔〉に属するわたしが言うのも何だけれど、それこそ地獄絵図よ」

「ああ、そうか。オマエはじかに見ていたのか」

「その頃には、このイギリスを活動拠点にしていたの」

「他の〈怪物〉とは異なり〈吸血鬼〉は、人間社会へ依存する傾向が顕著けんちょだからな」

「あら、共にると言っても良くってよ」

 悪戯いたずらっぽく微笑びしょうする。

 が、それも一瞬。

 再び物静かな抑揚へと染まり、カーミラは語り続けた。

「〈獣人ライカンスロープ〉ならば野山にかえればいい──〈妖精フェアリー〉はゆたかな自然で集落をきずけばいい──〈悪魔デビル〉なら伏魔殿パンデモニウムから現世をあざればいい──そして〈デッド〉のような単なる〝死人しびとがえり〟ならば、場所を選ばず徘徊はいかいしていれば済む話。けれど〈吸血鬼ヴァンパイア〉は、そうではないわ。何故か御分おわかり?」

無二むにかてとして〝〟が欠かせぬ事も、要因には大きいが……それ以前に我等の生前が〈人間〉そのものだからだろうよ。要は長らく〈人間〉としてつちかった生活風習や文化的価値観が、その根底から抜けきらないからさ」

「御名答」淡く苦笑にがわらう。「わたし達は人間をおびやかす〈魔〉でありながらも、人間社会とは切り離せない〈魂〉でもあるわ。ゆえに吸血鬼の活動基盤は、常に人間社会の内に求められてきたのよ」

「だからオマエは、おのれ懐古主義ノスタルジーを再現せんと模索もさくする──笑えんな」

「あら、それって皮肉っぽくてよ?」

「皮肉だよ」

 向けられる毒気どっけを流し、カーミラは続けた。

「思い出しても憂鬱ゆううつになるわね。人間側も軍隊を派遣して応戦するも、その武力抵抗は意味を為さない。無尽蔵に増殖するデッドの群勢ぐんぜいには、科学準拠の武装なんか焼け石に水──ただひたすらに銃声と飛沫しぶきと断末魔が、街を染めていったわ」

「当然だな。如何いかにデッドとはいえ、本質は〈超自然的存在スーパーナチュラル〉だ。してや唯物論ゆいぶつろん主義に準じて発展した〝同族殺し〟などが、人外に通用するものかよ」

 カリナのあざけりは正論だ。冷徹ではあるが……。

「地上のいたる場所で混乱と争乱が支配し、逃げ惑う人々もパンデミック化を拡大していったわ。思いやりや美徳なんか、かなぐり捨ててね。老人や子供連れを進路障害とわんばかりに暴力でぎ捨て、我先にと逃げ惑う。その浅ましいさまは、わたしがおもいだく〝人間像〟とは掛け離れていた。そんな光景をの当たりにして思ったわ。もはや理性をいたケダモノでしかない……と」

 当時の惨劇を想起そうきすると、カーミラは必ず思い出す物があった。

 瓦礫がれきの廃墟とした街角で拾った〝テディベア〟だ。

 しかし、あたりを見渡し捜せども、その幼い御主人様は見つけられなかった──それらしき肉塊にくかいしか。

 未曾有みぞうの混乱に壊滅した街並まちなみには、人の姿など微塵みじんも無い。おそらく〝人だったであろう物体〟が多勢に徘徊はいかいし、あるいは路上投棄されているだけであった。

 もる大気は強烈な火薬ののこに染まり、見通しもけむたくにごっている。銃撃戦の名残なごりだ。

 そんな中で入り交じりに感じる血臭けっしゅうは、けれども彼女の食欲をそそる事がなかった。

 苦い回想へと泳ぐカーミラの意識を、冷淡な達観たっかんが連れ戻す。

「それもまた本性だから〈人間〉ってヤツは怖いのさ。老若男女ろうにゃくなんにょ問わず、誰しもが心底しんていに秘めている。実際、幾多いくたもの〈怪物〉が排斥はいせきされてきた旧暦時代の史実には、そうした暴徒による強襲ケースも少なくない」柘榴ザクロすすり、カリナは渇きをうるおした。決して満たされる事などない渇きだが……。「苛烈かれつに高ぶった激情任せの狂気は、時として〈怪物〉を上回る残虐性をふるう。それは人間同士の事変でもうかがう事ができるだろうさ。例えば〝セイラムの魔女狩り〟であり、例えば〝欺瞞ぎまん的選民意識による暴行迫害〟だ。この愚かしさは人間が背負うごうそのものだから、到底ぬぐい去る事はできない──未来永劫に。ある意味、怪物以上に〈怪物〉だよ。ヤツラ〈人間〉は」

「そうかもしれないわね……けれど、やはり〈人間〉に対する理想像は捨てきれないのよ」

 うれいのままに零れたのは、間違いなく彼女の本音であろう。

 だからこそ、カリナには空々そらぞらしくさえ感じる。

「せめて、この国に保護した人々には〝人間らしさ〟を失わないでほしい……そうせつに願っているわ」

「言うわりにはおろそかだがな」

 赤の果汁をすすり、めたぐさで指摘した。

「そういえば会議乱入の際にも、そのような事を言っていたわね? あの非礼さには、正直いささあきれたけれど」

「どうにも退屈だったのさ。ならば、雁首がんくびそろえた間抜けづらもてあそんでやるのも悪くないと思ってな」あの時の状況を思い起こすと、黒姫くろひめの表情には自然と邪笑が含まれる。「それに面白そうなくすぶりも見つかった……」

くすぶり?」

「何でもないさ」

 思わず漏れた呟きを拾われ、露骨にはぐらかす。

 さりとて、仮に担ぎ上げられた立場だとしても、カーミラ・カルンスタインは愚かな飾り物ではない。誰が友好的で、誰が敵対的か──その相関図は頭の中に築いているつもりだ。

 カリナが指すのは、十中八九〝強健派〟の事だろう。大方おおかたの察しは着く。

 けれども、黒姫くろひめの真意は見えてこない。

 漠然ばくぜんとした思索を押し殺して、カーミラは先の話題をつないだ。

「それで? アレって、どういう意味だったのかしら?」

「御自慢の政策実状は、まるでざるって事さ」

 文型的には予想通りの返答であった。

 だが、どうしてもカリナの意向が読めない。

 それはそうだろう。

 常々つねづね自負じふするほど、カーミラは〈人間〉に温情をかたむけているのだから。単に〝食料兼奴隷〟と見なしている他国勢とは違う──少なくとも少女領主自身は、そう思っている。

 互いの黙考が、静かに時を刻んでいく。

 観察視ながらに突っ伏すカリナが、ようやく進展を切り出した。

「明晩、けておけ。居住区へ行くぞ」

「それって、わたしを連れて行くって事?」

「他に、どんな含みがあるよ。私個人で行くなら、わざわざ宣言などせん」

「けれど、城主が夜中に出歩くなんて問題じゃなくて?」

「気取るなよ。そもそも〈吸血鬼〉は、夜に出歩くのが在るべき姿だ。それに周囲へ吹聴ふいちょうするほど馬鹿でもあるまいよ」

「それは、そうだけれど……」

「それでも不安なら〝元・イングランド女王〟でも誘っておけ。アイツなら興味津々しんしんについてくるだろうよ」

「でも……」

 煮えきらない態度へ、カリナは後押しをする。

「オマエ、言ったよな? 私とは〝親密な友達〟になれそうだ……と」

「ええ」

「〝たちの悪い悪友あくゆう〟程度なら、なってやる」

 不遜ふそんひねくれ者は意地の悪い邪笑をあかしとした。



 少女城主が立ち去った余韻へと浸り、カリナは独り言を呟く。

さいは投げてやったが……はたして、どう転がるか」

 カーミラだけに向けられた想いではない。

 彼女の脳裏には、居住区で出会った貧しい少年も同期的に浮かんでいた。

 しがらみいだかぬカリナにしてみれば〈吸血鬼〉も〈人間〉も大差無い。

 ならば、こう不幸ふこうも等しい権利であるべきだ。

 いずれにせよ、これでますます〈不死十字軍ノスフェラン・クロイツ〉の面子メンツからはうとまれるだろう。最悪、カーミラ自身にも距離を置かれたかもしれない。

「ま、構わんがな」

 慣れた強がりに隠した。

 つくづく不器用で損な性格だ……と、自嘲を浮かべる。

 散々遊び尽くしたレマリアが、喜々ききとして駆けて来るのが見えた。

「カリナ! むしさん、つかまえたのよ!」

「ほう? 見せてみろ」

「はい、どーぞなの」小さいてのひらを広げ、モゾモゾ動くかたまりを自慢げに見せる。「カブトムシなのよ?」

「……捨ててこい」

 何故こんな所にコレがいるかは分からないが、おそらく環境変化による生態系の異状だろう。

 とりあえずカリナは、愚図ぐずる幼女から〝フンコロガシ〟を捨てさせた。

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