~第二幕~
白と黒の調べ Chapter.1
ロンドン塔在城五日目──さすがのカリナも退屈と
仕方なしとばかりに、今日は裏庭の
彼女にとっては、
「わあ!」あまりの華やかさに、レマリアが目を輝かせた。「カリナ? おはな、いっぱいよ?」
「まあな」
「これ〝おはなばたけ〟よ?」
「……
「そうよ、はじめましてなのよ」
「この場所を見つけたのは、敵情視察を兼ねた城内散策の際だったからな。つまり、その頃は日々サリーに預けていたはずだ」
「…………」
「…………」
「………………」
「…………何だ?」
「……カリナ、ずるい」
「別に
手入れの行き届いた
園の中央に設けられているのは大理石造りの
背高く囲む
石卓へと席を取ったカリナは、頬杖ながらにレマリアを見守る。
幼女は色とりどりの
「ま、感受性を育てるに自然は大事か」
「やはり此処にいらしたのね?」
不意に鈴音のような美声が向けられた。
それを耳にした途端、カリナは鎮静化していた気性を呼び起こす。正体知れぬ声の主を、敵意と警戒心が追い睨んだ。
と、カリナの表情から敵対的な険が消える。
別方角の入口から訪れた麗姿は、カーミラ・カルンスタインであった。
「探したわよ? カリナ・ノヴェール」
白い高貴は慣れた足取りで
「何か用かよ」
「そうねえ、例によって〝
さらりと
カリナが露骨に牽制を向けるも、カーミラは気にも留めていない。柔らかな
この数日間、少女城主は宣言通り〝
「〈レマリア〉は、御元気?」
「フン、あそこにいるだろうさ」
それを
「
「最初の内こそは物珍しく見る場所も多々あったがな。次第に飽きが生じてきたのさ」
「あら、そう? ロンドン塔は格調高い内装を意識しているのだけれど……
「同時に、幽然とした虚無感が蔓延している。
安っぽい自賛へと
カーミラが柔和を含んだ
「そこは無理もないかしら。何故なら〝活気〟とは、
「そうした
「そろそろ城外へと出向きたいところかしら?」
見透かすような
「
「あら、嬉しいわ。一応は、わたしの立場を
小悪魔的に
覆う暗闇は相変わらずだが、雲間には微弱な陽光が
されども、それは重厚な闇の濃度に呑まれ、全体的な光景としては
「今日は比較的明るいわね」
「真っ昼間から巨眼が
永劫に晴れない闇とはいっても、時間帯による微少な変化は存在する。日中にはうっすらと霞掛かった陽光が差して曇天
「
「キサマのような〈
軽く鼻で笑う。
「あら、よく
「名だたる〈怪物〉に限っては、基本的な情報を頭へ叩き込んである。でなければ、物騒な
カリナが
とはいえ〈
「実際に陽光で死ぬのは〈覚醒型吸血鬼〉──つまり、
「
「フン、そいつは自分が稀少種だという自慢か?」
「まさか? むしろ逆。共感者がいないというのは、とても残酷な事なのよ」
「ま、現在主流と
「だからこそ、
「対価として、それほどまでに強い魔力を宿している。少しは祖先に感謝してやれよ」
「望んでいなくっても?」
「そうだ」
「そうかしら?」
一方で、白き
ややあって、彼女は強引に気持ちを切り替えた。
「ねえ、カリナ?
「
「そうよ。無自覚にも〝大天使エノクエルからの
「それさえも
「結果、アレが姿を現した……魔界の
「アレこそが〈黙示録の獣〉だとでも? そんな
「そこまで買い被るつもりはないけれど、
「あらゆる接触対象から〝生命力〟を
「でしょう? 無差別に増産される〈デッド〉の
一転して、カーミラは暗く沈む。
語り聞かせるのは、忌まわしい回顧。
「遅々と地表を浸食するダークエーテルの濃度は、現在の比ではなかった。発揮する性質も〝
「そして、ダークエーテルの
「
「
カーミラの瞳が、
「ひどい
「ああ、そうか。オマエは
「その頃には、このイギリスを活動拠点にしていたの」
「他の〈怪物〉とは異なり〈吸血鬼〉は、人間社会へ依存する傾向が
「あら、共に
が、それも一瞬。
再び物静かな抑揚へと染まり、カーミラは語り続けた。
「〈
「
「御名答」淡く
「だからオマエは、
「あら、それって皮肉っぽくてよ?」
「皮肉だよ」
向けられる
「思い出しても
「当然だな。
カリナの
「地上の
当時の惨劇を
しかし、
そんな中で入り交じりに感じる
苦い回想へと泳ぐカーミラの意識を、冷淡な
「それもまた本性だから〈人間〉ってヤツは怖いのさ。
「そうかもしれないわね……けれど、やはり〈人間〉に対する理想像は捨てきれないのよ」
だからこそ、カリナには
「せめて、この国に保護した人々には〝人間らしさ〟を失わないでほしい……そう
「言うわりには
赤の果汁を
「そういえば会議乱入の際にも、そのような事を言っていたわね? あの非礼さには、正直
「どうにも退屈だったのさ。ならば、
「
「何でもないさ」
思わず漏れた呟きを拾われ、露骨にはぐらかす。
さりとて、仮に担ぎ上げられた立場だとしても、カーミラ・カルンスタインは愚かな飾り物ではない。誰が友好的で、誰が敵対的か──その相関図は頭の中に築いているつもりだ。
カリナが指すのは、十中八九〝強健派〟の事だろう。
けれども、
「それで? アレって、どういう意味だったのかしら?」
「御自慢の政策実状は、まるで
文型的には予想通りの返答であった。
だが、どうしてもカリナの意向が読めない。
それはそうだろう。
互いの黙考が、静かに時を刻んでいく。
観察視ながらに突っ伏すカリナが、ようやく進展を切り出した。
「明晩、
「それって、わたしを連れて行くって事?」
「他に、どんな含みがあるよ。私個人で行くなら、わざわざ宣言などせん」
「けれど、城主が夜中に出歩くなんて問題じゃなくて?」
「気取るなよ。そもそも〈吸血鬼〉は、夜に出歩くのが在るべき姿だ。それに周囲へ
「それは、そうだけれど……」
「それでも不安なら〝元・イングランド女王〟でも誘っておけ。アイツなら興味
「でも……」
煮えきらない態度へ、カリナは後押しをする。
「オマエ、言ったよな? 私とは〝親密な友達〟になれそうだ……と」
「ええ」
「〝
少女城主が立ち去った余韻へと浸り、カリナは独り言を呟く。
「
カーミラだけに向けられた想いではない。
彼女の脳裏には、居住区で出会った貧しい少年も同期的に浮かんでいた。
ならば、
いずれにせよ、これでますます〈
「ま、構わんがな」
慣れた強がりに隠した。
つくづく不器用で損な性格だ……と、自嘲を浮かべる。
散々遊び尽くしたレマリアが、
「カリナ! むしさん、つかまえたのよ!」
「ほう? 見せてみろ」
「はい、どーぞなの」小さい
「……捨ててこい」
何故こんな所にコレがいるかは分からないが、おそらく環境変化による生態系の異状だろう。
とりあえずカリナは、
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