鮮血の魔城 Chapter.7
「ええい、忌々しい!」
進展見せぬ定例会議が終わり、
金貼りの浴槽が誇示する
その浴槽内に貯まる赤い
毒々しい悪夢的な色香だ。
浴室内には
「忌々しい! 忌々しい! 忌々しい!」
強い腹立たしさだけがリフレインする。
言うまでもなく、カーミラ・カルンスタインとカリナ・ノヴェールへ対する呪詛だ。
とりわけ、
のみならず──どういう意図かは分からないが──露骨な挑発に宣戦布告してきたのだ!
「あの小娘、カーミラに通じていなければ良いが……」
「御許しを! 御夫人様、後生です! どうか御許し下さい!」
黙らせても黙らせても、黄色い
キッと頭上を
爛々とした加虐心が見上げる先には、大きな鉄の
「ぅあぁぁう! い……痛い! ヒィ……どうか、どうか御許しを!」
内側に突起した無数の刃が、娘の身体を刺し刻んでいたからだ。
「いい加減に黙れ! この
エリザベートは腹立たしさに立ち上がった。
しなやかな全裸の白肌に、鮮血が赤いショールと
あからさまな八つ当たりに、
「ひ! ひぃぃぃぃぃいいいいいっ!」
「アハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハ!」
一際大きい悲鳴が上がると、吸血夫人は心底楽しそうに高笑いを響かせた。
細々と流れる赤が浴槽に流れ落ちて
この拷問器具は、通称〝
彼女は他にも、悪名高き拷問器具〝
これら
しかし、
なんと愚かしくも皮肉な話だが〝
だからこそ、彼女には神と信仰を
感謝される
白い肌に赤い
否、実際に甦っているのだと、エリザベート・バートリーは感じている。
「今宵は
一転して静寂に包まれた浴室で、冷静に還って呟く。
血の気を失った白い肢体と、弱々しく
熱に浮かされた白昼夢から覚めたかのように、エリザベートは浴室の片隅へと意識を傾ける。
そこに積み重なるのは
処女達の肢体が折々と築く
正常な精神には、
この哀れな娘達は、皆〝絞り
自らの肌を
「ああ、なんと
彼女の鮮血への渇望は、これに起因する点が大きい。他の吸血鬼と一線を
濡れた裸身を拭いもせずに、血塗れの伯爵夫人はバスローブを羽織って浴室を出た。
応接間のソファにくつろぎつつ、エリザベートは先の余韻を
と、不意に他者の気配を感じた。
「……ドロテアか」
「左様で」
抑揚を控えた返事と共に、背後に黒い影が
影は人型となり、従者としての実体を刻む。
褐色の美貌を
見た目の年齢はエリザベートより一回り若く思えるが、そもそも人外の実齢など分かったものではない。
風呂上がりの杯を
「先の不埒者──確か〝カリナ・ノヴェール〟といったか──何か判ったか?」
「残念ながら詳細は不明……ですが、
「ほう?」
「まずジル・ド・レ卿ですが、カリナ・ノヴェールとの決着には不服を募らせている様子。多少揺らぎをつつけば、事を起こす可能性は大きいかと……」
「で、あろうな」
実益の利を生まぬ美徳を小馬鹿にしつつ、エリザベートは浅い回顧に酔った。
彼女の胸中に去来しているのは、もはや還らぬ者となった夫への慕情──そして、満たされぬ渇き。
彼もまた、そうした人種であった。
そんな女主人の微々たる心境変化を、ドロテアは黙々と暗い観察眼に捕らえる。
愛する夫の戦死こそが、エリザベートが魔性へと身を
そもそもバートリー家は、黒く
この
だからこそ、自称〈魔女〉たるドロテアが付け入るには苦もなかったのだ。
(……
策謀が内心
その隠された本性を、エリザベートが知る
忠臣を装った従者が淡々と報告を続ける。
「次に、カーミラ・カルンスタインですが……」
「通じておるのか?」だとしたら、
「そこまでは明らかにありませんが、推察するに取り立てて因果関係があるようには思えません」
「……にも関わらず、特別扱いに優遇と?」
「これらの
ドロテアは遠回しに野心を刺激していた。
「言われずとも察しておるわ。カーミラ・カルンスタインを──あの忌々しい小娘を失脚させ、我こそが〈
全同属の頂点に女王として君臨し、自らの美貌と栄華を永遠に
「時にドロテアよ、
「エリザベート様に
「そうだとも! だからこそ
安い虚栄──ドロテアは
しかしながら、エリザベート本人にとっては、何よりも重大な事柄であった。
「さりながら──」息巻いていたエリザベートは、一転して消沈へと呑まれた。「──事を起こすには、揺るぎなき地盤を築くが必須。特に実戦的な兵力がな」
「御望みとあらば、
暗い瞳が
「いまから根回しに動くと?」
「
「……デッドか」
同じ〝
否、彼女に限らず、そう思っている吸血鬼は多い。
なまじい生前の個性や自尊心を持ち越しているだけに、それらが欠落した〈デッド〉という再生体は
とはいえ、ドロテアが
「確かに短期で
「エリザベート様は〈ゾンビ〉という〝
「確か〈デッド〉の別称であったな。旧暦末期には、そうした呼び名で人間共の俗物娯楽などに使われていたのであろう?
「それは俗世に
「ほう?」
「そもそも〈デッド〉の概念が世に
「なれば、
「
エリザベートは軽く想像を巡らせた。
自分に対して献身的に服従する膨大な兵力……。
無償の服従によって侵攻を続ける不死身の軍隊……。
そして、賛美と畏怖に祭り上げられた
「悪くはないな。
近年、エジプトに君臨したと聞き及んでいる新指導者〝
そのエジプト新女王と自分自身を重ね合わせて、エリザベートは自己陶酔に
(……
事の流れは、ドロテアの
愚かな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます